第184話『魔力の極点』
宣言はいつも通りの不敵さ。
復活からの対峙に健輔も高揚しているが、心の中には冷静な部分もある。
アメリア・フォースエイド。
強い、弱いといった実力を論ずる前に、彼女は面白い魔導師であった。
健輔が知る強い魔導師というのは、状況に左右されず、かつ何処までも自分を高みに導いていくタイプの魔導師が多い。
大体にして、その時のランカーによってある程度の流れが決まるが、アメリアはこの流れに属していないタイプの強者であった。
皇帝と頂点とした体系とは異なる強さ。
健輔の精神的な気質は皇帝たちに近いが、能力面では似たところもあるこの女性にある種の共感はある。
自分だけの強みを何処までも伸ばす。
ただ強くなれなかったゆえに、最善を尽くしたのだろう。
形は違えど、あるのは同じく頂点への渇望。
似た側面があるからこそ、負けたくないと強く感じる。
よって、やれる事を全てのやるのだ。
言葉で動揺を誘うのは勿論、相手の強さへの考察を続ける。
「能力封印。正確なところは、『能力の展開抑止』って言ったところかな? 天秤さん」
「私の能力がわかったところで、あなたに何かできますか――!」
「無論」
相手を自らの舞台に引き込んでから潰す。
ある意味で健輔と似ているが、異なる部分もある強さ。
健輔の場合はなんだかんだで、最終的には自らの強さで敵を凌駕するが、アメリアの場合は徹頭徹尾、相手の強さを発揮させないところに主眼を置いている。
環境は似ていて、アプローチは似ているのに結末は異なっている敵。
自らの強さで凌駕するのとは異なる強さ。
健輔の知らない在り方は非常によい体験であった。
こうして再び対峙できている幸運に感謝しかない。
同じことを繰り返していても、成長はない。
失敗する可能性があるとしても、停滞だけは選んではならないのだ。
ゆえに、
「俺の魔力が、あんたの力を制する」
積み重ねてきたものは1度は敗れた。
2度目の僥倖において、健輔が完遂すべきはただ1つ。
己の道を信じて、再び正面からぶつかる。
自分ならば、出来る。
信じて託してくれた相棒のためにも、今まで通りに勝利する。
「あんたの土俵で、俺が勝ってやるよ」
「出来るものならば――!」
「愚問だ。避けて通れる道じゃないだろうが」
「じゃあ、やってみせなさい!!」
アメリアの能力が発動する。
1度は無抵抗にさせられた力。
冷静にあの時を振り返れば、健輔が負けた最大の要因は焦りだろう。
魔力を使用不能にさせられ、おまけに術式も封じられる。
まだまだ己の五体は残っていたのに、その時点で無理だと思ってしまった。
心の諦めを身体は如実に反映してしまう。
言い訳の余地なく、無意識レベルで屈してしまったゆえの敗北だった。
手痛い失敗で、ミスとしか言い様がない。
あれほど警戒していたのに、と自嘲の1つや2つはしてしまう。
「――当然だ。1回や2回の敗北で挫けるほど、柔らかい心はしてないさ。何より、実はあんたには感謝している」
「一体、何のこと……?」
「簡単さ。勝手にある種の頂点を極めたと思っていた。そんなアホの考え違いを正してくれたことさ。いい一撃だった。ああ、あんたも実に素晴らしい魔導師だ」
「え、う……ありがとう」
「いやいや、事実だと思うよ。俺が知っている中でも、考えた上で突き抜けてるのは、あんた以外には真由美さんやハンナさんぐらいだろうさ。ああ、だからこそ――」
真っ直ぐな賞賛を受けて、照れているアメリアに健輔は言葉を重ねた。
ミスを消し去ることはできないが、見つめ直すことは出来る。
術式への依存、明確な弱点を弱点のままにしていた。
当然、相手は分かる範囲で無力化を狙うだろう。
案山子ではないのだから、相手も思考し、可能ならば弱点を狙う。
当たり前を失念して、強くなったと無邪気に喜んでいた。
愚かしいまでの無能さ。
強くなったことに浮かれて、戒め続けた慢心の心が知らない内に滲み出ていた。
まだまだ自分は真由美のように強く自分を律することは出来ていない。
「――倒した時は最高の気分だろう? 敬すべき相手ゆえに、超えたいというのも真理だと、個人的には思う」
「戦闘狂ね……! 眩しくて、目を逸らしたくなるほど、真っ直ぐで――腹が立つ!」
身体に重圧が掛かる。
封じられるのは、術式と魔力の生成。
都合4名分の力が健輔を抑えにかかる。
『天昇・万華鏡』を失った健輔では特性で対抗できず、力技も万能系でやるには貧弱すぎる。
どこまでも詰んでいる相性。
先ほどまでの牽制めいた能力発動とは違う全力の技に、
「効かないな」
満面の笑みで自信を携えて、健輔は宣言する。
自らの能力を破る者はいても、効かない相手など見たことがあるはずもなく。
カウンターとして放たれた健輔の拳は無防備なアメリアへと突き刺さるのだった。
「がっ!? ど、どうして……!?」
「ほらほら、止まると落とすぞ」
「っぅ!!」
健輔の連撃から逃れるために、全力を駆使する。
近接戦のエキスパート比べればまだ粗いが、流石にランカークラス。
引き際の見極めは上手い
「やっぱりな。俺とあんたは相性が良い。いろんな意味で、な」
全方位に隙なしの能力。
変幻自在にして、力も備えた最強の万能系。
佐藤健輔を評する言葉はそのぐらいであろうか。
では、健輔を1度は撃墜まで追い込んだ『裁きの天秤』。
アメリア・フォースエイドは如何なる魔導師と表現すべきなのか。
一点特化の究極系。
チームすらも自らの肥やしとする、嵌れば抜け出せぬ悪魔。
お互いに性質は異なれど、今大会における1ジャンルの頂点と言っても過言ではない存在であった。
「万能系! もう、対応してきたと言うの!?」
「あんたの能力は別に無敵でもないし、何よりも、抵抗不能でもない。他ならぬ優香が証明してくれただろう? だったら、打ち破すのが俺の能力だ」
理屈としてはそこまで難しいものではない。
冷静に考えた際に、アメリアの固有能力は魔導のどの分野に属するのか。
この点へと思考を巡らせば、自然と答えは見えてくる。
序盤から縦横無尽に、かつ圧倒的な強さを示しているが、実際のところ、アメリアの固有には穴が多い。
「シンプルに考えれば、あんたの系統的にも浸透系がメイン能力となるのはハッキリとわかる。能力阻害の起点はむしろ、それしかあり得ない」
固有能力を発現することで、魔導の枠を超えることはあっても、外れることは多くない。
特殊系に分類される、既存の系統では再現不能な力もあるにはあるのだが、これは単純に発見されていないだけの可能性が高いと踏んでいた。
あらゆる系統の魔力を生み出す男。
誰よりも多様な魔力に触れているからこその確信。
そして、経験を踏まえた上で、相手の能力を分析すれば、浸透系と距離を無視する遠距離系が出てくるのは当然のことだろう。
「騙されたよ。最初に妙な物言いでフィーネさんたちを無力化されたから、てっきり特殊なタイプの力なのかと思った」
「っ……!」
アメリアの鞭を躱し、能力の展開を防ぎながら、健輔は余裕を演じる。
能力を解明したからこその相手の脅威度もハッキリと理解できていた。
1つのミスがそのまま敗北に繋がりかねないレベルの強者。
しっかりと積み立てて、敗北へと導く必要がある。
状況はまだ、アメリアが組み上げたレールの上を走っているのだ。
防御は可能、しかし、突破される可能性もある。
相手の舞台で踊れるようになっただけ、まだまだペースを掴んだ訳ではない。
「元々の能力が相互干渉能力。自分と相手、という範囲であることにもっと早く気付くべきだった。能力が進化した際に、範囲が拡大するのは普通にあり得ることだからな」
例えるならば、アメリアの能力はエンジンを動かせないようにする力である。
そのための手段として、浸透系からの魔力干渉が必須となっているのだ。
エンジンをどうこうするのではなく、結果としてエンジンを動かさせなくする。
「だったら、基本は浸透系の固有能力のままだ。浸透系を遮断する魔力があれば、どうとでも出来る」
如何なる魔力をも生み出す。
自らの能力を理解した上で、最適解を導き出した。
ここまでは正解の自信があり、外れることはないだろう。
問題は、ここからである。
「――なるほど、でしたら、ここから先の展開も予想ができるのでしょう?」
「おうさ。こっちの疲弊も徐々に激しくなる。そして、そちらの消耗もな」
防ぐ手段は手に入れた。
しかし、今度は単純な力の問題が残る。
アメリアの干渉力は仲間の撃墜と共に跳ね上がっていく。
最初の方はいろいろと工夫が必要だが、試合の後半になるにつれて信じられないレベルの強制力を発揮するだろう。
遮断する、という性質を持っていても、遮断する以上の力で干渉されてしまえば意味はない。
干渉されてしまえば、結末へは一直線。
無様な醜態を晒した時と同じ展開になる。
「ここでの正答は、消耗しきる前にあんたを倒し切ること」
「させませんし、見過ごすつもりはないですよ!」
チームとしての戦況が不利になる程に強くなるのがアメリア・フォースエイド。
如何なる能力も発動しないと意味はない。
防ぐための盾は時間と共に劣化していく。
必要なのは速攻だと、かつての健輔は判断する。
その上で、今の健輔はもう1歩、踏み込むことを狙っていた。
この方法での対抗は、『天昇・万華鏡』のままでも出来る。
今の健輔はもう1つ上が必要なのだ。
相手の能力に引き摺り込まれた上で、勝利する必要性があった。
「わかってるさ。だから、最初に言ったじゃないか」
魔力の遮断を解除して、あえて敵の固有能力を受け止める。
停止する魔力生成。
当然ながら、健輔の力強さは失速する。
展開としては1度目の撃墜と同じで、このままアメリアが攻勢に出れば結論は同じとなるだろう。自殺行為にして見えない敵の動きにアメリアは困惑するしかなかった。
「本当の、万能系を見せてやる、ってな。なあ、先輩。1つ疑問に答えて欲しい」
「……何でしょうか」
警戒は厳重にし、いつでも攻撃に移れるようにしておく。
問答を仕掛けてくる敵を見ながら、消極的な対応になったのは得体のしれない脅威を感じたからである。
迂闊に攻めると、そこから逆転されかねない。
勘にすぎないが、アメリアもこういう時の勘は疑わないタイプであった。
彼女もまた、強者の1人。
修羅場の1つや2つは経験しており、何かをしでがす相手というものをよく理解していた。
「万能系は、どうして全部の魔力を使えると思う?」
「それは……」
研究中の課題であり、アメリアが知っているはずもなく、考えたこともないことだった。
彼女にとって、その力はそういうもので納得できる。
しかし、納得できない人間というのも世にはいるものだった。
他ならぬ、佐藤健輔もその1人である。
納得できないからこそ、ルーツをたどるように『万華鏡』は生まれたのだ。
友の助けを受けて至った領域、そして、今回の敗戦が齎してくれたもの。
「負ける瞬間、強く思った。このままでは終われない。結果的に、あれは敗北で終わったが、最後の瞬間にある気付きを与えてくれたよ」
「……えっ」
アメリアが周囲の異変に気付いたのは早かった。
自らの能力は間違いなく眼前の相手の魔力生成を封じている。
なのに、周囲から正面の敵とよく似た波長を感じたのだ。
慌てて見渡すと、明らかな異常が空に発生していた。
「雪? ……いえ、違う。まさか、これは!?」
「勘違いしていた。魔力というのは、最初から周辺に転がっていたんだ。少なくとも、俺にとっては、そういうものだった」
健輔の魔力が健輔の体内以外で生成される。
通常の魔導師にはあり得ない非常事態が起こっていた。
「あ、あり得ない……。まさか、そんな……魔素の、直接変換とでも、言うつもりなの」
アメリアは呻くように言葉を漏らす。
示される事実、自らの能力と――相手の能力。
もしもを想定して吐き出した言葉は、より最悪な形で否定される。
「違うな。万能系っていうのは、魔素を強化する系統だったのさ」
「魔素を、強化する。嘘、じゃあ……」
「あんたの能力は、起点を潰す力だ。おい、魔素を取り込むっていう機能を完全に妨害できるのか?」
魔素から魔力を生成する。
これが通常の魔導師であるが、万能系は違う。
魔素を性質そのままに強化する。
違いが何かと言えば、魔素の中から必要なモノを抽出する必要がある普通の魔導師に対して、万能系は取り込んだ時点で仕事が終わっているということだろう。
取り込まれて、吐き出す間に魔素が持っている要素を偏らせる。
結果は似ているが、過程に大きな違いがあった。
「わかりやすく言おうか。俺の魔力は、そこら中に転がっているぞ!」
魔素から魔力を生み出す以上、魔素は全ての要素を持っている。
普段は発揮されない力を、発揮させられるのが万能系なのだ。
ある意味で魔素と万能系は似た存在と言えるだろう。
何にでも成れる代わりに無害、というのは両者に共通していることだった。
結果論であるが、美咲の生み出した『万華鏡』は万能系の本質に掠っていた。
魔力回路をより魔素と適合した形にして、適合率を上げる。
これでより良い形で魔力を生成する――間違いがあるとすれば、この一点だったのだろう。万能系はそもそも魔力を生成する必要がない。
魔力を生み出せない中でも、身体の中でうごめく力を理解したことで、健輔はこの事に気付くことが出来た。
体内に取り入れて、魔力を吐き出す――ように見えるからこその勘違い。
他の系統に合わせて、効果を発揮する領域にまで強化すると同じモノにしか見えないゆえに起こっていたことだった。
「ほらな? 相性がいいだろう――!」
「こんな、バカなことが!!」
夥しい量の魔力が一気にアメリアに叩き付けられる。
アメリアの干渉力を力で跳ね返す物量。
質を極めたのが皇帝であると仮定すると、今の健輔は量の究極である。
周囲にある魔素を取り込み強化する、もしくは反応させて自分のモノにしていく。
この単純な作業だけで勝利が狙える。
「嘘、嘘……嘘ッ!!」
既に発生した現象はアメリアには止められない。
健輔が言った通り、魔素の取り込み事態を妨害するしかないが、魔導師が魔素を取り込むのに必要な作業は魔素がある場所に存在することである。
魔素がある場所にいることさえ出来れば、呼吸で取り込むことが可能で、当然ながら肌呼吸でも可能だった。
つまり、魔素を取り込むことを妨害しようと思えば、相手の生理機能自体を潰す必要がある。
当たり前であるが、命に関わる危険行為で、ルールに抵触するのが目に見えていた。
「だったら――!」
取り込んだ後に強化する部分を潰せばいい。
強化が出来なければ、ただの魔素が残留するだけである。
アメリアの考察は間違ってはいない。
「まあ、そうするよな。俺でもそうするが……いいのか? 俺の領域で、戦うことになるぞ。この魔力量の壁を突破できるなら、やってみろよ」
「こ、こんな事って……!」
4人分の干渉力がただ存在している大量の魔力の壁に阻まれる。
強化はできずとも、体内に取り込む、もしくは自分の魔力で魔素を反応させた時点で周囲の魔素は全て健輔のモノとなってしまう。
他人の魔力に干渉するには、浸透系の錬度と干渉力が必要で、どちらもアメリアも得意な分野であるが、如何せん量の桁が違う。
「これじゃあ……」
仮にチームの全員が落ちても、意味がない。
固有能力は桁が違うが、健輔の量はもはやそういう領域の話に収まっていないのだ。
バケツと海ではもはや比べる意味もないほどに差がハッキリとしている。
覆せぬ相性の悪さ。
丁寧に整えた勝利のレールを圧倒的な物量で覆される。
「それでも、それでも――!」
振るわれる鞭は過去最高の威力。
複雑な軌道を描く一撃を、
「もう1度言おうか。俺の領域で、戦って勝てるつもりかよ」
無造作に拳で叩き落す。
溢れる魔力で身体能力を強化した男が近接の鬼と化して迫りくる。
「知ってる……。私は、この光景を!」
噴き出す魔力だけでアメリアの攻撃が無力化される。
まるで、いつかの日の王者のように。
かつて敗れた未熟な皇子のように。
強くなったはずなのに、真っ直ぐな強さがアメリアを打ちのめす。
「これで、終わりだ――!」
全力全開の拳を続けて叩き込まれて、天秤は破壊される。
万全に試合を運び、後1歩というところまで肉迫した挑戦者。
能力を制すると言って過言ではない『裁きの天秤』を、魔力の極点に至った最強の万能系が撃破する。
3度目のエース対決はクォークオブフェイトが制した。
優勝候補を追い詰めたダークホースは、エースの撃破と共に失速。
枷から解き放たれた葵たちの奮戦により、無事勝利を勝ち取ることになる。
今大会でも最初の激戦となった試合は、こうして終わりを迎えたのだった。




