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第1話『胎動』

 魔導。

 長ったらしい正式名称や、学術的な意見、この言葉を定義するものは数あれど、最もシンプルな答えはたった1つしかない技術。

 現代に蘇った魔法――それこそが『魔導技術(マギノ・テクノ)』と呼ばれる超常の力だった。

 もっとも、おとぎ話の魔法のようになんでも出来るのか、と言われると疑問符は付いてしまう。

 あくまでも技術に過ぎないという側面もあり、それは当然のように技術的な限界に阻まれている。

 そんな夢に溢れているが現実にはまだ勝てない『魔導』であったが、憧れる者は後を絶たない。

 この日、天祥学園高等部の入学式を経て、新しく学園に所属した魔導師の卵たち、その中の1人である彼女――『桐嶋朔(きりしまさく)()』もその1人だった。


「ふ、ふふふ、うふふふ」


 オリエンテーションやクラス分けなどの退屈な時間を乗り越えて、彼女はようやく望み時間に辿り着いた。

 テンションは最高潮、自分の夢に向かって挑戦する準備は万全である。

 この魔導の学び舎『天祥学園』における普通の学校との最大の相違点たる部分と接触する時が来たのだ。


「今日、この日から私の伝説は始まる!」


 天に右手の人差し指を突き上げて高らかに宣言する。

 自信に溢れた振る舞いに迷いはなく、その体躯に反して活力を感じさせた。

 身長は高校生の平均から10センチほど低いだろうか。

 黒髪を綺麗に纏めた短髪も幼なさを助長している。

 しかし、彼女の瞳を見ればただの過信ではないとわかるだろう。

 外見に反してギラギラとした瞳は、強い力に満ちていた。


「さ、さっちゃん、目立ってるよぉ~。何がそんなに楽しいのぉ……?」


 自信に溢れる振る舞いの少女の僅かに後ろにいる少女は怯えたように友人に声を掛ける。

 対照的な両名、接点などないように見える彼女たちは長い付き合いの親友だった。

 雪のように真っ白な髪は神秘的な雰囲気を漂わせ、雰囲気と相まって侵しがたい場を形成している。

 汚してはならない、同時に汚したくなる、そんなアンバランスさがある容貌だった。

 彼女の名は『川田(かわた)栞里(しおり)』。

 朔夜と同じように、本日から魔導師となった卵の1人である。


「何って、栞里も楽しみじゃないの? 私の伝説が今日からついに始まるのよ!」

「で、伝説って何よぉ~」

「そりゃ、下克上でしょう。新技術に適応していたおかげでちょっと早く学園に来たから、もう魔導戦闘にもある程度習熟してるもの。この学園には世界で1番と2番のチームがあるのよ? そこを下してしまえば、私がナンバー1じゃない」

「え、えええええええええー。む、無理だよー。やめようよ~、危ないよぉ」


 友人の絶叫を無視して、朔夜は楽しそうに手元にあるパンフレットに視線を移す。

 トップに記載されている女性と、次のページに特集されている魔導師たち。

 この学園の誇るエースたち、その全てを倒すのだ。

 無論、いきなり全てを倒せるとは思っていない。

 まずは内部に入り込み、全てを暴いてから倒す。

 2番目を仕留めたら、次は1番上にいる存在である。


「やれるわよ! だって、私は新世代魔導師よ。旧式になんか負けないわ」

「……でもぉ」

「もう! いいから、どうせ入部とかに試験があるんだろうし、その時にハッキリするわよ。あんまり弱いみたいなら、そこで終わりにすればいいもの!」


 朔夜は自分の輝かしい将来を夢見て、満面の笑顔を浮かべた。

 多くの者が過信と断ずるであろう彼女の言。

 それでも彼女は自分を信じていた。

 まずは自分を信じないと何も出来ない、というのが彼女の持論であり、それに従って生きてきたのだ。

 魔導という現実を侵す力を持ち得てもそれは変わらない。

 傲慢であるが、その自信は魔導師には必要不可欠なものである。

 戦う前から諦めるような者では、頂点の領域では戦えないのだから、彼女は上に挑む資格を確かに持っているのだろう。


「さ、行きましょう! 輝かしき、私の第1歩よ!」

「えー、待ってよぉー。置いていかないでーッ!」


 駆ける2人の姿は年頃の少女であり、何もおかしいところはない。

 ただ1点、その瞳に宿した力強さだけが異なっている。

 新星が少しずつ、その姿を見せ始め存在を主張していく。

 見えないところで新しい才能の台頭は確かに始まっているのだった。






 新しい魔導師たちにとっては入学式は今までとは違うことを始める場所である。

 対して、在校生にとっては各々違うステージに来たことを明確に意識する場所でもあった。

 2年生たちは3年生――つまりは最高学年として、チームを率いる立場に。

 1年生たちは卵から孵り、成長を示す立場に。

 彼ら――『クォークオブフェイト』も例外ではなかった。


「よしよし。全員、ちゃんと揃ったわね。じゃあ、葵お姉さんと今年の1年生をどう料理するのか話し合いましょうか」

「もう知っていると思いますが、参謀として、この獅山香奈様が司会をするよー。さ、拍手、拍手っ!」


 全員の視線を集める活発そうなショートカットの女性。

 本来は茶色だったはずの髪が魔力との適合により毛先だけ赤紫に染まっている。

 彼女の魔導師としての格によるものだが、妙に似合っているのは何故だろうか。

 彼女の名前は『藤田(ふじた)(あおい)』。

 このチーム『クォークオブフェイト』の新リーダーである。

 隣で囃し立てているのは参謀の『獅山香奈(ししやまかな)』であった。

 先代に比べると落ち着き、安定感などというものが皆無な組み合わせであり、微妙に白けた感じの空気がメンバーのテンションを示していた。

 常人ならば逃げたくなる空気の中を現在のクォークオブフェイトのナンバー1、2だけが楽しそうに笑っている。


「おい、そこのアホ2名。料理することが決定していたら意味ないだろうが。真面目にやれ、真面目に」

「……同意しようか。あまり選り好みする余裕はないだろう?」


 3年生に残った最後の良心――『杉崎和(すぎさきかず)()』は頭痛に耐えるかのように額に手を当てながら自由な空気の両名に鋭いツッコみを入れる。

 同意を示したのは『佐竹(さたけ)(つよ)()』、口数は少ないがその発言の重さは最上級生になったこともあり葵でも無視は出来ない。


「ぶーぶー! 剛志と和哉は本当に面白味に欠けるよねー」

「ははは、香奈はちょっと弾け過ぎのような気がするなー。早奈恵さんから解放されたのが、そんなに嬉しい感じ?」


 サラッと発言に毒を混ぜるのは、3年生の最後の1人『伊藤(いとう)()()』である。

 葵とは幼馴染である、香奈とも付き合いはそこそこあるのだが、だからこそ彼女の言は鋭く相手を突き刺す。

 バトルスタイルとよく似た在り方は魔導師に共通する部分だろうか。

 そんな友人の発言に香奈は表情を歪めて抗議の声を放つ。


「ちょ、真希ちゃん酷いっ」

「はいはい、遊ばないの。たとえよ、たとえ。まったく……。後、達観した表情で他人のふりしないの。健輔、意見があるなら言いなさい」


 ハイテンションな最上級生たち、方向性はバラバラな5人。

 しかし、総体として見ればバランスが良いのが彼ら、『クォークオブフェイト』3年生の特徴だった。

 なんだかんだで安定感があった先代とは違う。

 混沌を好む気質はそのままに、それでも1つの筋を以ってこのチームを治めていた。

 在り方は変わっていない、変わっていないが恐ろしく強化もされている。

 そして、そんな混沌の被害を一身に受けるのが、2年生のリーダーである『佐藤健輔』だった。


「……元気っすね。先輩方」


 目の前の高すぎるテンションに若干引きつつ、健輔はゲンナリとした声を吐きだす。

 葵たちのやり取りは別に初めてではないのだが、止める人物がいないという事実を改めて突き付けられるのは辛かった。


「え、健輔は楽しくないの? 新入生をボコ――もとい、教育する楽しい期間なんだよ。いやー、去年は本当に楽しかったよ。――誰かのおかげで、ね!」


 わざわざ笑顔で『誰か』に強調する香奈に健輔は僅かに苛立ちを感じる。

 親友からのアイコンタクトを受け取った意地悪な姉も悪乗りを始め、


「そうね。誰かのおかげで退屈とは無縁だったわ」


 ニヤニヤと笑う現在のチームリーダーに、溜息を吐く1人の後輩。

 先輩たちの愛を受けて、すくすくと成長した男は頭の上がらない先輩が天敵でもあった。

 一廉の魔導師となった健輔は傍にいる幼馴染『高島(たかしま)(けい)()』に視線を送る。


「健輔、諦めなって。……口で勝つとか、無理だから」

「爽やかな笑顔で諦めるなよ。というか、そんな意思表示いらないから」


 この1年でノリが良くなった親友を喜べばいいのか、それとも悲しめばいいのか。

 健輔もわからぬままに、今度は女性陣の方に視線を送る。


「……あのね、私がどうにか出来る訳ないでしょう」


 知的な雰囲気を感じさせる口調の砕けた女性――『丸山(まるやま)美咲(みさき)』は健輔の懇願を理解した上で切り捨てる。

 1年前を思えばかなりの態度の変化だろう。

 いろいろとお世話してもらっていることもあり、健輔は彼女には強く出られない。

 ならば、と最後の希望に視線を向けて――直ぐに諦めることとなった。


「えーと、何か問題がある感じですか? すいません、こういうことに疎くて」


 困ったように微笑む美少女――『九条(くじょう)()()』。

 腰の辺りまである絹のような黒髪は昨年よりも艶を増し、1年前は硬かった表情も今は柔らかい笑顔となった。

 それだけならば喜ぶべきなのだが、基本的に善良な彼女はこういう時には全く役に立たないのである。

 健輔にとっては目標とすべき魔導師である彼女も日常では少し抜けたところのある可愛い女性でしかなかった。


「ああ、うん……知ってた。俺に味方はいないよな」

 

 頼れる女性2人のあっさりとした言葉に健輔は肩を落とす。

 片方は助けるつもりがなく、片方はいい子過ぎて意味がわかっていない。

 先輩の暴虐を止めてくれるだけの力は期待出来なかった。

 先代たちがいない以上、健輔を助けられる人材はもういないのだ。

 そんな風に健輔が落ち込んでいると、美咲と圭吾の2人はコソコソと話し出す。


「圭吾君、どう思う?」

「自分だけ常識人、とかって思ってそうだね。そんなこと、あり得ないよ。あそこまでの戦闘狂、中々いるものじゃないしね」

「魔導師ってだけでもあれなのに、おまけに自爆もするものね。勝つためでも普通はしないでしょうに」

「最近は自爆するんじゃなくて、相手にさせるのが流行りみたいだよ。そこは成長したんじゃないかな」

「おい、そこ! 勝手なことを言うな! と言うか、せめて聞こえないように言え!」


 好き勝手言っている同期に文句を言うも、2人はジト目で反撃されるだけだった。

 気圧される自分を感じて、助けを求めて優香を見つめるが、


「……? えーと、どうかされましたか? 美咲ちゃんも高島くんも健輔さんを褒めてるんだと思いますけど。……あっ! わ、私も健輔さんは凄いと思いますよ」

「ああ、うん……。優香は、そのあれだよな。いろいろとキャラが変わったよな」

「はぁ……? キャラ、ですか。その、すいません。何かご迷惑でもおかけしましたか?」

「いや、悩まなくていいから。うん、是非、そのままでいてくれ……」


 激しい脱力感を感じるも、健輔はなんとか前に向き直る。

 この間、後輩たちのやり取りを見守っていた諸悪の根源はとてもいい感じの笑顔をしていた。


「いやはや、変わらないわねー」

「だよねー、健輔は本当に良い子だよね。これからもお姉さんたちが可愛がってあげましょう!」

「……数ヶ月で劇的に変化を遂げたら怖いでしょうよ」

「あら、男の子は3日もあれば別人になるんでしょう? 自覚はなくても変わる部分ってのはあるものよ」


 意味深な笑みを浮かべてこちらを見る葵に健輔は顔を逸らす。

 1年前の自分と同じ反応を示すことに葵は噴き出しそうになってしまう。


「もう、最後まで反抗しなさいよね。ダメよ、あなたはもう先輩でもあるんだから、後輩にはそういう姿は見せないように。私たちもちょっとはしゃぎ過ぎたわ」

「うーす。……もうちょっと、頑張りますよーだ」


 不貞腐れる健輔に葵は苦笑するも、それ以上は話題を引き摺ることなく、本題を切り出すのだった。


「さて、健輔を弄るのもこれくらいにしてそろそろ本題をいくわ」

「はーい、香奈ちゃんが補足するよ。現在、我らがチーム『クォークオブフェイト』に所属するのは9名。つまり――」

「最低でも3人は新入りを確保しないと、大会に出場出来ないという訳だな」

「いえすいえす! かずやんの言う通りだよー。つまり、新入りをゲットするのは確定事項って訳ですな」


 チーム制度。

 魔導の学び舎たる天祥学園を象徴する制度である。

 極限の緊張状態、すなわち戦闘行為こそが魔導を扱う回路『魔力回路』を成長させるという結論から生まれたこの制度。

 一言で言えば、部活に入って戦闘を行う。

 ただそれだけのものなのだが、『戦闘』という非日常行為の持つ言葉の重さがそこにあった。

 魔導が奇跡的な要素を持っているにも関わらず、世にそこまで普及していない理由の1つがこれである。

 もっとも、既にどっぷりと戦闘に使っている彼らには関係のない話ではあった。


「と言う訳で、新入りを確保しないといけないんだけど」

「まあ、当然だけど弱い人を入れてもねー。ネームバリューはあるから、そこそこは集まると思うけど、正直なところそれぐらいの子は意思が弱いからね」

「健輔並み、とまでは言わんが、圭吾程の情熱は欲しいな」

「ははは、僕と同じくらいというのは嬉しいですけど、健輔と同程度は厳しいですよ。負けず嫌いの化身みたいな存在なんで」


 褒められているのか、貶されているのか。

 健輔もどちらなのか判別が付かない会話だが、言っていることは簡単に理解できた。

 新入生は新入生なりに新しい戦力でなければならないのだ。

 ちょうど、昨年の健輔たちがそうであったように。


「高望みするなら、それこそ優香ちゃんくらいのが欲しいけど、それは厳しいしね」

「スカウト、っていうなら『黄昏の盟約』が物凄い頑張ってますからね。あそことぶつかるのはちょっと面倒臭いですよ」

「私を、というのは光栄なのですが、基準としては微妙だと思います。今のチームを補う形を考えた方が良いのではないでしょうか」


 各々が好き勝手に話し出す中、パンッと両手を合わせる音が部屋に響く。


「――と、意見がいろいろあるのは知ってるわ。さて、まずはリーダーとして方針を発表します」


 議論が熱くなるのを見た葵が喧噪を収める。

 彼女は近藤真由美から『クォークオブフェイト』を受け継いだ新しい将星。

 リーダーとして不足のないだけの器がある。

 葵の雰囲気が真面目なものに切り替わったのに合わせて香奈からも遊びが消えていく。


「現状のチームを鑑みるに、後衛戦力の充実は不可欠だよ。真由美さんに頼っていたツケ、みたいなものだからこれは仕方ないよね」


 世界最強の後衛魔導師。

 この称号が持つ意味は大きかった。

 だからこそ、失われた時の穴埋めもまた困難である。


「2つ目。先の条件を加えた上で、最低でも魔導に全てを捧げられること。夏休みは凄いのを計画しているし、遊びたいとかいうのは要らないからね」

「妥当だな。しかし、そんな優良物件を集めるのは難しいだろう? しかも、規定の人数を揃えないといけないんだ。いろいろと制約は多い」


 和哉の指摘に葵は頷く。

 どこのチームも、それこそ世界を狙っているようなチームならば人材は探しているだろう。

 天祥学園はそれなりに巨大な学園であるが、日本における私立高校の枠組みを大幅に超えている訳ではない。

 海外の関連校も含めれば世界でも有数の教育機関ではあるが、ただの学生では他の学園の者を引っ張ってくるのは中々に難しい。

 和哉の疑問は的確であり、常識的なものだった。

 そして、当たり前のことに対処しないほど藤田葵は無能ではない。

 葵はニヤリと笑い、


「その辺りは織り込み済みだよ。実は、2人は確保済み、って言ったらビックリする?」

「え……」


 それが誰の声だったのかは、その場にいた全員がわからなかった。

 ハッキリしているのはドヤ顔で言い切った葵に、香奈を除く者が若干の腹立たしさを感じたということだろうか。

 

「良識の範囲内で基本的に何をやってもいいからね。最近は内部生の事前スカウトも盛んだし、ま、これでもいろいろと考えていた訳ですよ」

「香奈ちゃんから補足すると、1人は受験組の外部生だよ。もう1人は内部組かな。かなりの大物だけどねん。ちなみに両方ともバックスだよ」

「経路は? お前にコネ、なんていう上等なものがあるとは思えないが」


 和哉の言葉に少しだけ剥れて、葵はニヤリと笑った。


「外部生の方は能力よりも情熱評価かな。私に直談判に来たからね。いやー、あの子は伸びるよ、うん」

「もう1人は新制度絡みかな。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 新ルールの開示に合わせて、チーム制度絡みでもいろいろと変更があった。

 健輔たちはルールの方はともかく制度の方はまだきちんと連絡を受けていない。

 葵と香奈が忙しい、というのも理由であるが葵の性格を知る者たちはサプライズをしたいのだろうな、と勝手に納得していた。

 実際、かなりの相違点があるらしく試合にも大きな影響を及ぼすらしい、と健輔は少しだけ説明を受けている。


「別に疑っている訳じゃないでしょうに。葵、その言い方はあまりよくないよ」

「ごめん、ごめん。でもそういうことなんだけど。――どう? 和哉は納得出来る?」

「ふむ、そういった事情が込みで料理、という単語に繋がるのか?」

「そーいうこと! 志望者集めて、無差別級の戦いでもやらせようかなって思ってるよ」

「……なるほど、確かに料理だな」


 和哉の言葉に葵は笑みを深める。

 葵は手段として力尽くを好むが、頭の回転が悪いわけではない。

 頭の良い脳筋という非常に性質の悪い人種ではあるが、だからこそこういった遊びは得意な女性だった。


「ま、ミニ鬼ごっこみたいな感じかな。ただし、鬼を倒すのもあるけどね」

「という訳で健輔、頑張ってねー」

「え……、それって……まさか!?」


 新年度早々に最初の無茶ぶりが健輔を襲う。

 決定事項とばかりに微笑む葵と香奈に視線で抗議をするが、


「おお、葵さん、見てください。あのやる気に満ち溢れる瞳を!」

「そうね! 流石、健輔っ! 私の1番弟子だわ」


 既に真面目な雰囲気を霧散させた2人は一切の効果がない。

 2人の言葉を聞いて、健輔はあっさりと諦めた。

 決定されたことを変えるように抗うほどの価値がこのイベントにはないと見切りをつけたのである。


「……もう、いいです。やりますよ、鬼役」

「最初からそう言えばいいのよ。どうせ、戦闘になったらノリノリでしょう?」


 葵の言葉を否定も、肯定もせずに健輔は溜息を吐く。

 

「否定はしませんよ。まあ、普通の俺に怯むような奴はいらないですか」

「そういうことね。後は私の基準でちゃんと潰してくれるでしょう? 健輔はいろいろと器用だから助かるわ」


 この日、この時、新入生に試練が訪れるのが決まったと言えるだろう。

 魔導世界の王者、『皇帝』を倒したこともある男が最初の課題として立ち塞がっているのだ。

 無茶ぶりもよいところだった。


「さて、やるべきことも決まったし準備を始めましょうか」

「応募してきてるのはそれなりにいるからね。ちゃんとデータに目を通すこと。明日、いきなり行くわよ」

「了解です。微力を尽くします」


 世界大会という激闘は終わりを告げた。

 舞台は新しい時代、新しいメンツで行われる新世代の戦いへと移り変わっている。

 まだ見ぬ後輩に思いを馳せて、試験官としての責務を果たすべく気合を入れ直す健輔だった。

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