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第182話『正義と万能』

「はああああッ!!」

「ガッ!?」


 空を駆ける魔力の鞭。

 刻まれる軌跡たちに成す術なく、ダメージを負う。

 回避も防御も、妨害も何も出来ずに無様を晒す姿は健輔を知る者からすれば信じられない光景であろう。

 どこにでもいる一介の魔導師であるかのように『境界の白』が敗北に沈もうとしていた。


『マスター!』

「わかっている、わかってるさ」


 相手の攻撃を利用して距離を取る。

 思うのは現在の状況に陥った理由――否、状況が変わった理由はわかっていた。

 術式の使用不能。

 魔力の外部展開不可。

 内部魔力の生成量も激しい落ち込みを見せている。

 あらゆる事象が1つの事実を示す。


「俺の能力が完璧に封印された」


 万華鏡どころか術式というカテゴリーが封鎖されている。

 ――剣を失ったに等しい。

 魔力の外部展開、つまりは放出するという機能の不全。

 ――四肢を失ったに等しい。

 万能系たる由縁、全ての系統の魔力も外に干渉できないのならば用途は限られる。

 近接戦闘が得意な万能と、近接戦闘しかできない万能系では意味が違うのだ。

 おまけとばかりに術式が封じられた健輔はリミッターの解放すらもできない。

 ごく普通の万能系が抱える問題の全てが再発していた。

 まるで1人だけ1年以上前に逆行したかのようである。

 だからであろうか。

 過去の教えが教訓として脳裏に過る。


「真由美さんは、本当に大切なことばかり教えてくれているな。活用できなかった我が身の不明を嘆くね」

『本当ですね。私も記録の整理を行うようにします。あの人の言葉は最上位に設定しておきましょう』


 振り返った教えの中に今回の敵の正体と呼べるものがあった。

 国内大会から世界大会へ向けて、様々なものを叩き込まれていた頃。

 まだまだ健輔が未熟だった時だが、あの頃が今の全てを作ったと言ってもいいだろう。

 基礎こそが1番大事。

 だからこそ、今の時期に詰め込む。

 イイ笑顔で言い切られた地獄の日々。


「ああ、本当にその通りだ。陽炎、あの正義の正体は」

『はい。疑いようもないです』


 戦いの中で過去を想起する。

 あまりよくない展開であるが、今だけはやるしかなかった。

 敵の本質、脅威から目を逸らしていては勝てる試合も落とす。


「深層、展開……!」


 固有能力。

 魔導の華であり、個々の魔導師の能力を決定的に方向づける要因。

 これのありなしは大きな意味を持つ力。

 健輔も分類で言えば、持っていない方に属するのだ。

 最大の脅威については十分に学んでいた。

 学んでいたからこそ、この事態を予期出来なかった自分に腹が立つ。


「真由美さんの言っていた意味がよくわかるな……!」

『私の記録にもしっかりと残っています』


 ――健ちゃん、覚えておくといいよ。固有能力っていうのは、個性がよく出るんだ。

 笑顔で言い切られた言葉の意味がようやく実感として認識できた。

 深層展開とは、本人の深い部分が出てきた状態を指す。

 端的に言えば、固有能力の本質・・が浮かび上がった状態と言ってもいいだろう。

 真由美から初めてこの事を聞いた時、健輔は不思議に思った。

 本質、とは一体何を指しているのかという疑問を抱いたのだ。


『人は体面を取り繕う。真由美の言葉でしたか』

「要は理屈付けするタイプもいるってことだな。大抵の固有能力はわかりやすいが、わかりやすいだけじゃないのも、人間の証みたいなものだ」


 今回のアメリアで言うのならば簡単である。

 相手の能力を封じる――この手の類の能力を持つ者は根本的な部分で自信を持っていない。相手を脅威に感じるから封じる。

 思考としてはそんなものであるが、この時点で矛盾していた。

 自らを上回るからこその脅威。

 簡単に封印できるようならば脅威とは言えないだろう。

 だから、アメリアは繕っているのだ。

 仲間が犠牲になった――これは許されない罪で、相手は罪人。

 犠牲となった仲間の代価・・として、能力を貰おう。

 これでも、こちらからすればまだまだ安い。


「本当に傍迷惑な正義だ。だが」

『強い、ですね』

「ああ、事実上、皇帝の能力も封じれる。仲間の犠牲が必要だが、試合としてみればその程度のリスクは許容も可能だろうさ」


 数値としての公正さは微妙であろう。

 しかし、感情が理屈を上回ることもある。

 どれほど優れている存在でも他人と身内で後者が大切、という概念は多くの人間に共通するモノであろう。

 個人としての価値観の中で釣り合いが取れているというのも間違いではなかった。

 正義。

 この免罪符があってこそ、アメリアの能力は全力を発揮する。

 仲間のために奮起することに過ちなどあるはずもなく、もはや力関係や認識を超えて、アメリアは能力を封じてしまうのだ。

 圧倒的に格上であろうが、仲間の犠牲の数だけアメリアは封じてくる。

 こうなってしまうと、健輔の万能性も意味を持たない。

 何故ならば、この女は持っている。

 健輔では至っていない領域の力を。


「固有能力がないことがこれほど祟るか……!」


 結論に至り、大本の原因に怒りを向ける。

 意味はないとわかっているが、やらずにはいられない。

 無意味とわかっている行為。

 もっとも、長く続けられるほどの余裕はなかった。

 向こうからすれば、弱った健輔は早急に落とすべき敵なのだ。

 見逃してくれるはずがない。


「思考もいいですけど、あまり余所見は感心しませんよ?

「はっ、抜かせ! 警戒を正面から抜いてきただけだろうが!」


 仮の話であるが、同じ固有能力があれば格は同格であるため、抵抗自体は可能だろう。

 優香が封じられてなお、漏れ出る理想で強さを示したように。

 しかし、健輔にはない。

 ないのだから、抵抗すらも出来ないのだ。

 術式を封じられて、ただの万能系となり、ただの万能系である以上、出てくる魔力は知られているモノとなる。

 理解しているモノへの強さは群を抜いているのが、アメリアの固有能力であり、理解されてしまった万能では最大の力を発揮できない。

 あらゆる強みを潰されて、必死に時間を稼いでも、出来ることは高が知れていた。

 今の健輔に出来ることはただ祈ることだけである。

 誰か、助けに来てくれ、と。


「ぐあッ!?」


 脇腹に叩き付けられる魔力の鞭。

 正面で対峙していたのに、全く反応できなかった事実に戦慄を覚える。

 いつも感じていた圧倒的な活力。

 加速する思考。

 その全てが今は沈黙していた。

 魔力を生み出すことはまだ出来ているが、外に出す手段がない。

 肉体の活性も、万能系の状態でランカークラスを相手にするには無理があった。

 

「考えろ、考えろッ!」


 自らに過った後ろ向きな思考を唾棄する。

 闘志はまだ潰えておらず、全力で打開策を考えていた。

 それでも、加速度的に終わりに向かう状況に打つべき手段が見えてこない。

 まだ万能系としての健輔は生きている。

 能力差で言えば、初めて桜香と戦った時の方が絶望的であろう。

 諦めるには早すぎると健輔もわかっている。

 しかし、あの時とは諸々の状況に差異があった。

 1つは健輔が封じられる側であろうと言う事。

 もう1つは健輔であっても大きすぎる落差を修正するには時間が掛かるということだった。既に『天昇・万華鏡』がありきでの戦闘こそが日常なのだ。

 1年前の感覚を呼び覚ませ、と言われてすぐに出来るはずもない。

 何より、相手の猛攻を捌いている状況なのだ。

 他のことに集中などすれば、


「――余所見はダメですよ?」

「ッ、言われなくても!!」


 当然のように隙を晒す。

 叩き付けられる鞭。

 威勢よく言葉を返しても状況は変わらない。

 焦りを追い出そうと注力すれば、集中力に欠け、逆に思考に集中すれば磨り潰される。

 アメリアの正義を覆す何かが必要なのはわかっているが、答えに至るための時間がない。

 そして、アメリアは時間を与えるつもりがなかった。


「言わせてもらいます。もう、終わりです。努力をに敬意を。しかし、絶対にここで落とさせてもらいます」


 内容とは裏腹に静かな様子でアメリアは宣告する。

 千載一遇の好機であるからこそ、機械のような正確さで処理・・を進める。

 お互いにランカー。

 もしかして、という可能性を考慮しないはずもなし。


「ッッ――!!」


 言葉が出てこない。

 もはや決着は付いていた。

 想定していたであろう流れに乗せられている。

 封じられた対象からしても十全に練られていた。

 中途半端な策は意味をなさず、力技での突破は封じられている。

 仲間という尊い犠牲・・を余さず活かす。

 ここから先は輝しき最強の万能系が活躍する舞台に非ず。

 理不尽な『正義』が暴力で全てを蹂躙するだけの場所となる。


『フィールド効果発動。『正義の炎』―【生命昇華】』

「あなたは強かった。しかし、私の前でその強さには意味がない。戦いが成立しないんですもの。――戦いを制するあなたでもどうしようもないでしょう?」


 微笑む笑顔は勝利を確信していた。

 ここからの逆転はあり得ず、佐藤健輔は敵のエースが掲げる最初の戦果となる。


「くそったれが……!」


 健輔は敵に弱体な存在だと思われてはならないと感じていた。

 予想は正しく、健輔の差配は十全であった。

 ただ1つ、相手の本質を読み切れなかった。

 無条件に全ての能力を無効化する。

 こんな夢物語あり得るはずがない、と決めつけてしまったのだ。

 固有能力は理想の己を具現する力。

 ルール上で制限が加わることはあっても、本人が望み、相応しい力を持っているならば、発現する能力は如何な理不尽も成立させる。

 劣化していた通常の発現すらも強い能力だったため、無意識でもアメリアの強さを見切った気になっていた。

 失敗は致命のタイミングで露呈する。

 幾重にも重ねたであろう策略。

 相手の上を狙う執念を舐めていたとしか言えない。


「あなたにとって、私のようなタイプは初めてですか?」


 健輔の叫びを受け流して。アメリアは最後の問いを放つ。


「何……?」

「あなたは過程にも重きを持つ。端的に言えば、王者の気質があるんでしょうね。でも、世の中には器の小さい者もいるものですよ。結果こそが、全てと言ってしまうような、ね」


 健輔や、それこそ葵や真由美のように相手を己の強さで上回ることを是とする者がいるのならば、真逆に相手を引き摺り落とすことを是とする者もいる。

 昨年度において、ランカーの中にそういった魔導師は存在しなかったが、以前にはそういった強者も確かに存在していた。


「戦闘を楽しむ感性は私にはないですが」


 冷たい視線には怪しげな色が混じっていた。

 確かな強者を、正当な魔導師を叩き潰す喜びが見え隠れしている。


「勝利への希求はわかります。ええ、負けるのは嫌ですよね。私も嫌です。特に、私のような人間に負けるのは本当に」

「あんたは……」


 嗜虐的だが、自虐的でもある。

 なんともわかりにくく、本質が掴み辛い。

 つまりは、アメリアとはそういう人間なのだろう。

 いろいろな意味で健輔にとっては初見の相手だった。

 正しく未知との遭遇。

 未知を武器とする者が未知に敗れる。

 これもまた、1つの結果であった。


「は――そうか、そうかよ」


 戦いはただ結果を出すためのモノで重要なのは結果という名の果実。

 勝利を。

 敗北という名の屈辱はもういらない。

 負けたからこそ、完全無欠の勝利を欲している。

 過程にも重きを、言うのは聞こえがいいが、いろいろなモノに浮気をしている、という側面も確かに存在していた。

 勝つ為にチームの構成も含めて全てで挑んできた『正義の炎』。

 彼らの決意も並みなどでは、断じてあり得ない。


「私たちも昨年度は未熟でした。上にいるものが当然のように勝つのではない。下を蹴散らし、上をも喰らうものが勝利する。ええ、本当にいい教訓でしたよ」

「だから、今度は勝つと」

「はい。あなたたちという最高の相手で、私たちは強さを証明する。太陽がどれほど強くとも、1人では私に勝てない」

「仲間という犠牲がお前を勝利に導く、か」


 肯定を示す笑みは勝利を確信した証。

 明確に分かたれた両者。

 己の立ち位置を理解した時に、胸に湧いた念を表す言葉を健輔は持っていなかった。


「欲を言うならば、もう少しだけ隠していたかったんですが、贅沢な悩みだったようです」


 アメリアは健輔の健闘を讃えていた。

 よく頑張った、見事だと言わんばかりの表情に苛立ちを感じたのは自然なことであろう。

 まだ終わった訳でもないのに、既に敵は終ったつもりなのである。

 煽られているのか、それとも天然なのか。

 攻撃を捌きながら意味のない思考が過る。

 このよくない傾向を健輔は知っていた。


「なるほど。これが切り札だったからこそ、可能な限りは隠したかった訳か」

「ばれているなら、それはそれで遣り様はありますが欲を掻くならば、といった程度ですよ。無理だとしても、足掻くべきでしょう?」

「ああ、全く。……その通りだよ」

「潔い。見事な態度です。私とは、違う。誇ってください。私のチームメイトを2人も犠牲にしないとあなたは止められなかった。」


 健輔の全能力をベテラン程度の魔導師2人分で止める。

 傍から見れば釣り合いは完全に崩壊しているだろう。

 何をどうしようが、釣り合わないはずの天秤。

 あり得ない均衡を生み出したのは、個々の価値観というどうしようもないものであった。

 佐藤健輔は最強の万能系である。

 揺るがぬ評価は『魔導』そのものを封殺する強さに何もできない。

 魔導を使えてこその万能であり、前提を潰してくるこの能力は正しく最高クラスの固有能力であった。

 相手がいる高みに至るのではなく、引き摺り下ろす強さ。

 健輔とは近くて遠い在り方であるからこそ、特大の効果が齎されている。


「ふん、受け取っておこうか。はな」

「あら、があると思いますか? 仮にあったとしても、結果は同じになりますよ。私を超えるなんて――許さない」


 健輔の言葉を負け惜しみとして受け取り、最後の結果を示すための攻撃が放たれる。

 障壁の展開不可。

 魔力の外部展開も封じられて、身体を動かすことしかできない人間に対するモノとは思えない、容赦の欠片もない攻撃であった。

 急激に低下するライフ。

 逆転のための手段は思いつかず。

 仮に思いついたとしても実行する手段が存在していない。

 今、健輔に出来る事は何もなかった。


「――――ッ!」

「……終わりですね」


 追い詰めて、討ち取ろうとする瞬間。

 勝利という輝かしい場面でアメリアは何とも言えないモノを感じていた。

 眼前で猛攻に耐える相手の表情は無。

 怒りも何もなく、ただ現実を見つめる冷徹さが窺えた。

 あらゆる可能性を追求して、それでも足りないと叫ぶ意思が見える。

 アメリアの見たことのない瞳。

 この時、感じたことが何なのかはその場ではわからず。

 1つだけ確かなことは、速やかに終わらせることを選んだことである。


「――さようなら、強き魔導師。あなたは私よりも強かったですよ。でも、勝ったのは、私たちです」

『佐藤選手、ライフ0%。撃墜判定』


 戦場に響く宣告は終わりの始まり。

 フィールド効果の影響を受けて、ライフポイントが全快した上で、この試合における最強のエースが解き放たれる。

 勝敗の天秤が大きく傾く。

 進撃する身勝手な正義。

 秩序という暴力を前にして、混乱する戦場。

 足並みが乱れるクォークオブフェイトの戦線。

 1つの輝きが退場し、正義の炎が戦場を照らす。

 勝利を確信した正義。

 試合を決定づけるために先へと踏み出そうとした時、理想の輝きが彼女たちの前に立ち塞がる。

 理不尽な正義に蒼き理想が立ち向かう。

 エース対決はまだ終わらない――。


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