第178話『変わりゆく潮流』
前衛から少し離れてみると戦場には閃光が飛び交っている。
空を切り裂く光。
相手の陣から撃ちこまれる魔力砲撃を同じく魔力砲撃で撃ち落とす。
火力で押し負けると戦力比が意味を成さなくなる。
現状の魔導における環境とはそういうものであった。
これこそがスタンダード、しかし、桐嶋朔夜にとっては初めての体験に近い。
「朔夜ちゃん、右!!」
「はいッ!」
真希の声に焦りが籠っている。
止まることのない砲撃。
致命傷こそ避けてはいるが、明らかに押されていた。
クォークオブフェイトが撃ち負けているという事実。
砲台として責任を背負っている朔夜の顔色はよくなかった。
「リズムが変だし、妙な軌道の攻撃が混じっている……!」
単純な脅威で言えば、合宿で体験した真由美には及ばない。
朔夜の火力でも十分に相殺が可能であるし、感じる圧力も大きくはなかった。
それでも結果は押されている。
同じ後衛だからこそ見逃せない差異。
工夫とでも言うべきだろうか。真っ直ぐに基礎を伸ばしてきた朔夜とは違う在り方が見え隠れしている。
発射間隔の調整と、稀に混じる軌道が変化する砲撃。
対処はできるが、パターンに嵌りそうになったところで呼吸を乱されるのは辛かった。
直前までの落差からか余計に精神を消耗する。
「上手いね。1人じゃなくて複数かな。能力レベルで連携できてる。流石はランカー級のチームかな。この辺りは出来が違うや」
「構築が上手い?」
「そういうことだね」
朔夜の疑問に真希が答える。
「連携って言っても、一緒に戦うぐらいが常で能力レベルまで、ってなると色々と手間も掛かるからね。あそこまできっかりしているのは、あんまりないよ」
「珍しいんですね……」
「付与術式が使える子もいるらしいし、小粒だけでタレントはいる、か。やっぱりランカークラスのチームは水準が高いや。嫌になるよ、本当に」
会話をしながらも2人は迎撃を続ける。
今のところ戦場に影響が出る分は排除が出来ているが、いつまでも続けられるとは思えなかった。
状況から鑑みると相手の方には余裕がある。
余裕がある状況で、相手が何もしないと思えるほど、真希も朔夜も楽観的ではない。
「マズったなぁ……。多分だけど、バックスと連携しているだけの砲台に足を止められちゃってるよ。このままじゃ、遊撃に戦力が割かれるかも」
「ササラたちの方が影響がでますか」
「可能性は高いよね。だって、私たちが人数的には1人に足止めされている訳だし」
「佐藤先輩とか見ているとあまり思わないですけど、連携って怖いですね」
「能力レベルの連携は戦法の噛み合いとは違うシナジーを生むからね。一部のエースを除いて、考えれば十分に強いよ。何より、あっちの方が本来はスタンダードだよ」
「なるほど、流石は最優秀校ですか」
能力レベルの連携は日本では非常に珍しいが、アメリカ校では割とオーソドックスなものである。
日本の場合は個性を尊重し、個々の特性に合わせてチームの戦術を作ることが多い。
対して、アメリカ校では先にチームの戦術を決めてから、メンバーの能力を作り上げることが多いのだ。
欧州は両者の中間、といったところであるが、アメリカ校の手法の優れたところは個性に依存しないゆえに安定して強いということであろう。
この手のタイプの究極系は『アルマダ』であり、昨年度の世界大会にもしっかりと出場している。特別なエース抜きで世界に出れるのだ。
後はそこそこのエースがいれば上位も難しくない。
「エースを見てると忘れそうになるけど、こちらが本来の正着手。個に依存しないでチームを作り――」
「強力が個が出たら、カスタマイズする、ですね」
「ええ。本当に綺麗なチームだね。シューティングスターズも、クロックミラージュも、それにパーマネンスもだけど、アメリカのチームは筋が通っているよ」
コンセプトがハッキリしており、かつ非常にわかりやすい。
正義の炎。
世界大会に出ていないが、流石の強さであった。
「朔夜ちゃんにもいい勉強になったんじゃないかな?」
「はい。こっちが本当の魔導競技」
「まあ、いつものも本当だけど、こっちの方が常識的だよね」
むしろ、近年の環境が酷すぎたとも言えるだろう。
1人でチームを粉砕してしまう程の力を持った個人が複数人、しかも長期間に渡って存在していたのだ。
そんな怪物は数年に1人ぐらいが目安にも関わらず、条件にもよるがランキングの半数程度がそのクラスで埋まっていたのだ。
全体の環境が過熱するのは当たり前であるし、影響を受けて強力な魔導師が出てくるのも道理であった。
「……そっか、そういう意味では私も大分毒されているかなぁ」
あちらが標準でこちらが異常。
1人のエースを軸にして、上手く連携を生み出している辺り、『正義の炎』は非常に優秀なチームであろう。
職人芸が中心の日本のチームとは根本の思想が違う。
おそらく日本で1番近いチームは『ツクヨミ』であろうが、あのチームよりもより高度に出来ている。
「役割をしっかりと果たす。じゃあ、他の後衛のお仕事は……」
「真希さん?」
朔夜が主力であるが、経験では真希の方が優るのだ。
真由美という最高の後衛と共に戦い続けた熟練者。
まだ未熟な面がある後輩のためにも、流れを見極める必要があった。
「次は、攪乱かな?」
真希が予測すると同時に小型の何かがこちらの戦場に飛来する。
正義の炎の次なる一手。
全面攻勢は第2段階へと移ろうとしていた。
チーム全体に攻勢を仕掛けられる。
危機的状況の中でもっとも重要なことは情勢をしっかりと把握することであろう。
チームの頭脳であるバックスの仕事とはそのためにあると言っても過言ではない。
だからこそ、お互いに相手の頭脳への攻撃は苛烈になる。
クォークオブフェイトもそんなことはわかっていたからこそ、最強の護衛を置いておいたのだ。
問題はその護衛の能力が制限されていることと相手が不死身であることであろうか。本来ならばこの苦境を覆せるだけの力を持っているのに、十全に発揮できない上に相性が致命的に悪い。
「はああああああああああああッ!」
烈火の気迫と共に突き出される槍。
最大の固有能力を封じられたところで大本の強さはあまり変わらない。
変換系の祖として能力の大部分は無傷。
固有能力なしでも全力の下位ランカーと互角に戦う程度は造作もない。
欧州の覇者。
最強の女神が咆哮を上げる。
紫電を纏った槍の一撃は上位ランカーの障壁でも紙のように引き裂くであろう。
――相手が普通であれば、であるが。
「あらあら、そんなに叫ぶと皺が増えちゃうわよ? 若いからって安心してると大変なことになるんだから、気を付けなさい」
女神の全力。
一切の加減のない攻撃に何もしない。
焼けた肌に豊満な肉体。
大人の女性というべき艶やかな女性は微笑み、優雅な姿勢を崩すことはない。
自然体のまま少しずれたアドバイスを送る。
「戯言を!!」
「本気の提言よ。ふふ、綺麗な顔よね。最強の女神なんて可愛くない仇名よりも最美なる女神とかの方が似合いそう」
フィーネの攻撃は止まることなく空を駆ける。
雷光を纏った一閃はクラウディアよりも苛烈で洗練されていた。
一閃、二閃、三閃。
加速度的に攻撃の威力と精度を上げていくが、甲高い音と共に全てが障壁で防がれてしまう。
フィーネの強さを知るがゆえに目を疑う攻撃である。
まるで、女神の攻撃など大したものではないと言わんばかりにあっさりと受け止めてしまっていた。
「頑張るわね。不屈の闘志。嫌いじゃないわよ」
「っ……!」
自らの力が一切通用しない。
障壁という破られやすい力が文字通り無敵の盾となる。
彼女の名はレジェンドの中でも最高峰の知名度を誇っており、知らない者の方が珍しいであろう。
フィオナ・テューク。
現役時代の2つ名は『美姫』。
魔導師は美人になる、という評判の大本となった人物である。
如何なる時も損なわれない美しさ。
戦い方などよりもそちらの方が有名なため、彼女がレジェンドの中でも一際性質が悪いということはあまり知られていない。
「やはり、私の能力ではどうしようもないですか……!!」
事前にわかっていたことであるが、実際に現実となると衝撃の度合いが異なる。
美しさと言う点においてならば、フィーネも負けてはいないが、いくら彼女でも戦いの競技の場で美しさの方が際立つことなどない。
運動していれば、汗は掻くし、余裕のない表情も出る。
何よりもド派手な攻撃能力や敵とのバトルに目を奪われるのが普通のことであろう。
にもかかわらず、眼前の相手の2つ名『美姫』。
同性の目から見ても確かに美しいが、あらゆる人物を置き去りにするほどのものではない。戦場で戦っているにも関わらず、美しさが評判になった。
本人の美貌は当然ながら彼女の戦い方、能力も深く関係している。
現役時代に彼女に付けられたもう1つの2つ名。
『不落』。
ランカーとして周知されるようになってから、ただの1度も撃墜されたことがなく、未だにその記録を破った者がいない伝説の一角である。
彼女こそは数多の魔導師の中でただ1人だけコーチによる恩恵が意味をなさない存在でもあった。
「知ってはいましたが、本当に酷い能力だ!」
「お褒めに預かり光栄ね。名高き女神。でも、私はただ美しく在る《・・》ことしか出来ない女よ。勝利を掴むのは、あの子たち。そこは勘違いしないでね」
「言われずとも!!」
フィオナがやっているのはたった1つのことである。
状態を固定する――ただそれだけ。
固定系を象徴するようなその固有能力の名を『永遠の祝福』。
如何なる事象の変化も拒むという1点に力が集約されている。
固定系の頂点たる力。
彼女の生み出す障壁は並みでしかないが、この固有能力があれば何をしようが砕けない壁の出来上がりである。
己の身体を覆うように常時展開されている薄い膜のような障壁と合わせて彼女の防御は誰にも砕けない力となった。
「この人に、総合力が高いチームが付くとマズイ……」
遠距離展開こそ出来ないが、付近の味方に障壁を張っているだけでもその領域は文字通りの難攻不落となる。
移動する城壁。
当時のランカーたちが何をやっても突破できなかったのだ。
それこそ『皇帝』であろうが『太陽』であろうが、フィオナを撃墜することは出来ない。
『女神』たるフィーネも例外ではなかった。
仮に固有能力が使えても状況に変化はなかっただろう。
物理的な魔力や攻撃で突破可能な人物ではない。
周囲の人間の防御を突破するだけでも、固定と対をなす流動の力が必要になる。
それも生半なものではなく、限りなく頂点に近い力で、であった。
この美しき魔導師を倒すのに必要なのは『強さ』ではなく、『手段』なのである。
「それでも、やり続けるしかないですか――!」
「若いわねぇ。流石にそういう我武者羅さは残ってないわ」
フィーネの猛攻を余裕で凌ぐフィオナは呑気な感想を漏らす。
不変の美しさに代わりはなくとも精神的には相応に年月を重ねている。
10代の容姿のまま微笑む姿は変わらずとも中身には変化があるのだ。
「3強。私には意味がないのだけど、確かに強いわね。他の子たちとは桁が違うかな。私たちの後の代の集大成が、あなたたちと考えれば中々に感慨深い面もあるわ」
魔導競技の発展には大きな節目が存在する。
魔導と言う単位での歴史は長いが競技としてみるとまだまだ数十年程度の短い期間しかない。
活発になってきたのがここ20年あたりだと考えれば発展途上という形容は何も間違っていないだろう。
しかし、若い競技であっても積み重ねた密度は相応にある。
発展の歴史。
その中で時代と称されるほどの区分になったのは現在で3つほど存在していた。
「女神の集大成、か。マリアさんを知っている身としては、正反対であるのに完成と言うのもなんだか妙な感覚よ」
「私は、あの人の後継者になりたくて競技に身を置いた訳ではないですよ!」
「あらあら。マリアさんには言わないで上げてね? あの人、自分の2つ名は恥ずかしいけど、誇りにも思っているのよ。最高の後継者にそんなことを言われたら泣いちゃうわ」
「善処はします!」
「ええ、そうしてちょうだい」
時代といっても別に綺麗に分かれている訳ではない。
ある種の流行、1つの大きな流れに沿っていた時をそのように呼称しているだけである。
何も根拠はないが、多くの魔導師がそういうものを知っていた。
元より、そういった分類が好きな人種が多いのだ。
必然として、定義づけは生まれる。
「大帝の時代、ようは初代らへんの人たちが大暴れした後に競技が多様化した後のいろいろと試行錯誤が起こったのが私たちの世代。だから、私みたいな妙な能力持ちが多い」
「固有能力の氾濫、でしたか」
「ええ、まだまだ未開拓の場所が多かったということなんでしょうね。誰もが先駆者に成り得たからこそ、競技には不向きでも研究的には価値がある能力とかがいっぱいあったわ」
他ならぬフィオナもそうであるし、『転送』を生み出した魔導師や『飛行』を生み出した魔導師も同様であろう。
一部の錬度の高い魔導師に限定されていた空戦を一般的と呼べるまでに引き下げた。
結果として競技の高度化が起き、見栄えの良さなどが強調されるようになったのは重要な転換点である。
「そして、私たちからのあなたたち。徐々に洗練されていく形は、魔導師としての強さの極める感じかしら」
「魔導師としての?」
「私なりの解釈だけどね。まあ、今の流行から見ると半分ぐらい、って言ったところかしら。私も当事者じゃないから実感とかはないけど」
なんとなくではあるが、言いたいことはわかった。
魔導の開闢、発展と来れば、次は完成となる。
事実、魔導師としての単純な強度で言えばこれ以後にクリストファーを超えるような人材が出てくるとは思えなかった。
同時に、単純な戦闘能力でフィーネを超える女神も出てくるのかは怪しいところであろう。しかし、そんな皇帝も女神も昨年度の大会で敗北を刻まれている。
つまるところ、それを成した人物たちが『次』の時代のトレンドとなるのだろう。
「何事も綺麗に区切られている訳じゃないけど、あなたたちが活躍している直ぐ下辺りに次の世代の先駆けはいたでしょう?」
「……そうですね。『女帝』に『凶星』。魔導師として見れば、私たちよりも格は一枚落ちてしまいますが」
「競技者としては、完成度が高かった。砲撃魔導が流行っているって聞いた時は、耳を疑ったわよ。あれ、基本的に魔導競技以外では役立たずだもん」
話ながらもフィーネは攻撃を続けている。
不落の名を持つ相手をどうするのか。
ここでフィーネが縛り付けられている以上、相手は完全に役割を果たしている。
なんとかして主導権だけでも取り返したいが、1番有効な手段である攻撃が封じられてしまっている以上は取れる手が少ない。
無駄な消耗はしないように気を使いつつ、しかし、相手の隙も見逃さないように牽制に終始する。
まだ戦いは序盤。
焦るような時間ではないし、何よりもこの伝説の見解は面白かった。
次の世代というものについて漠然と考えていたフィーネに輪郭を与えてくれている。
「なるほど、私たちはあくまでも魔導師で」
「あなたたちの同年代の中に兆しがあって、下の世代が完成を進めている。競技者としての、魔導師の在り方をね」
ここから先に出てくる魔導師たちは――健輔たちはどうなっていくか。
美しき姫と女神はお互いに笑顔を浮かべる。
言葉を重ねることで、お互いに意見は一致していた。
「あなたたちを倒すために上を目指した子にはある傾向がある。あなたのところの万能系くんも同じね」
「魔導を競技として捉える傾向。魔導師としての在り方ではなく、競技として使える能力を模索している」
「ええ、こちらのアメリアもそうだけど、固有能力の、いえ、能力の競技適性が上がっているというべきかしら」
魔導師であるが、競技者としての魔導師になろうとしている。
そして、選手の在り方に変化が出てくれば、チームの在り方にも影響はあった。
より競技的に洗練された形の模索。
フィーネも『ヴァルキュリア』で探していた形であるが、現役時代には結局のところ、答えは出せなかった。
「変化が来ている、ということですか」
「ええ、大人から、部外者から見た意見だけどね。昔は能力という名の我の張り合いだったけど、今はどうやって我を通すのかまで考えている。大帝辺りは小細工だ、と言うのかもしれないけれど、こういう頭脳戦も楽しいものよね」
わかるでしょう?という言外の問いかけにフィーネは笑みと共に問いを投げ返した。
「――どれほど、中身が変わっても変わらないものがあります。わかりますか?」
「強敵を超える喜び、でしょう? 戦闘型じゃなくても、こんた野蛮なことに身を置いたんだからしっかりとわかってるわよ」
強大な敵を倒すからこそ、楽しいのである。
万事を全て、予定通りに進めても猶、クォークオブフェイトには耐えるだけの力があった。いや、ここであっさりと倒れるようならば世界第2位など名乗れない。
敗色濃厚を互角に引き戻しただけでも十分とは言えるが、まだ手を出し尽くしていないクォークオブフェイトに対して正義の炎が使用した札は多過ぎた。
均衡が崩れる時は一瞬である。
「俄然、やる気が出てきました。ここから逆転とさせていただきます」
「努力は否定しないわ。若い子に混じってやるような年齢じゃないけど、参加が決まった以上は仕事をする。それが大人というものよ」
美しき女性2人がお互いの矜持に賭けて役割の完遂を狙う。
敵の突破が必要なフィーネ。
絶対に相手を逃がしてはならないフィオナ。
後者に傾きつつある天秤の中で、最強の女神は打破のために思考を回転させ続ける。
機会は必ずやってくる。
無敵の盾など存在しないと知っている故に女神は決して諦めない。
――昨年度の敗戦から彼女が得たのは不屈の闘志。
何があっても諦めない心なのだから――。




