第177話『絢爛』
セオリーに従えば、序盤は様子見が正しい。
エース同士の戦いは何が起こるのかが分からない以上、最初から全力でいくのは危険なのは明白であろう。
多少の時間を掛けたとしても、取り返すのに苦労することはない。
上にいる魔導師として、正しいのはそちらの判断だと健輔もわかっている。
わかっているのだが、性に合わない選択肢はすぐさま破棄された。
挑戦者が全力を賭してきたのだ。
答えるのが上にいる者の義務である。
判断までの睨み合いは刹那の時間で、決断した後の行動に迷いはなかった。
「行くぞッ!!」
「この状況で、攻めを選びますかっ!?」
能力を無効化するのならば、された時に対処する。
割り切った攻勢に迷いはない。
一歩間違えば過信となりかねない無謀な攻勢なのだが、アメリアは明確に気圧されていた。ここで攻めてくる、と言う事の意味がわからない彼女ではない。
アメリアの能力を見た上で、揺るがぬ自信で攻める。
並大抵の魔導師に出来ることではない。
身体に染み付いた習性に従って、迎撃には移ったが気合の入らぬ剣で止まる男ではない。
「オラァッッ!!」
「うっ?!」
アメリアが突き出した剣を拳で砕く。
次の瞬間には、片手に剣を展開。
阿吽の呼吸の魔導機と共に一瞬であろうともバトルスタイルが安定することはない。
生み出される魔力は千変万化。
読むだの、読まないだのという領域はとっくの昔に通り過ぎている。
ランカークラスであろうとも、先に読むなどというは不可能なレベルの技。
だからこそ、上位ランカーすらも射程に入るのだ。
「先取点は貰うッ!」
「――させませんよッ!!」
漲る魔力が一気に減衰し、展開された障壁が健輔の攻撃を阻む。
1対1においては無類の強さを誇る。
前評判に偽りはない。
圧倒的な力押しで最終的には押し切られる可能性が高いが『皇帝』とも勝負は出来るのだ。軍勢という使い方とは頗る相性が悪かったが、個人戦でならば芽がある。
事前に知り得ていた情報に齟齬はない。
この相手は強い。
自らの攻勢を凌がれたことにも感心するしかなく、実に厄介な能力だと評価していた。
昨年度を含めても、やり辛さならばトップクラスに位置する。
「まあ、この程度はしてくれんとな」
内部の魔力が減衰したのは確かである。
しかし、まだまだ足りていない。
万能系を――否、佐藤健輔に止めるにはいつも通りでは後1歩、足りていないのだ。
「陽炎」
『承知しました』
忠実な魔導機が主の意思を汲む。
減衰したはずの魔力が一気に高まりを増していく。
先ほどまでは身体系として肉体の活性に使われていたものが、いきなり収束系へと変化して、出力強化を行っていた。
「まさか……!?」
眼前の光景にあり得る事象を思い浮かべる。
通常、魔力は魔素から変換した時点で性質が決定してしまう。
つまりは、魔力として外に出された時点で他の用途に転用は出来ないため、新しく魔力を生み出すしかなくなるのだ。
アメリアの能力の厄介なところは、この生み出した後の魔力を一気に減衰させるところにあった。
もう1度、最初から生成を行う。
この過程を挟まねば低下した魔力量を補うことが出来ないのだ。
時間にすれば一瞬であるが、前衛の戦闘で無防備となる数秒が持つ価値は計り知れない。
「生成後の魔力まで、あなたは性質を変えることが出来るのですか!?」
「さて、どうだろうな。見て判断すればいいんじゃないか?」
減った魔力を収束系で一気に補い、再び身体系へと魔力を戻すく。
つい最近、メアリーとの訓練によって身に付けた力なのだが、前から出来ましたよという様子を装う。
わざわざ正答をこちらからやるつもりはなかった。
この大会に合わせて生み出した新しい戦法なのだ。
外に出た魔力の性質を見て、安心しているような相手は食い破っていく。
「今度こそ、貰うぞッ!」
「くっ、拳程度で!」
「はっ、本当に、ただの拳かな?」
拳が障壁と接触した瞬間、僅かに競り合ってから身体に流れる魔力を全て破壊系に切り替える。
生み出した魔力すらも途中で性質を切り替えるということがどういうことのなのか。
数多の魔導師の中でも最初に体験してもらおう。
健輔なりのサービス精神である。
受け止めれていたはずの攻撃がいきなり別物に変化してしまう。
一気に障壁全体に広がる罅を見たアメリアの衝撃は如何ほどのものであったか。
「なぁ!?」
「はああああああッ!!」
障壁を破壊の魔力が浸透し、罅を入れて砕く。
在り来たりな光景であるがこのレベルで成功させるのは並みの技量では不可能であろう。
あらゆる戦い方に一瞬で変化する男。
その戦法を支える万能の魔力があってこその一撃である。
「てりゃああああああァァッ!!」
2度目の正直。
粉砕される障壁と再度、拳を掲げる男。
この時、障壁が粉砕されるタイミングを利用して後ろに大きく下がったのは、アメリアの白兵戦能力の高さを示していた。
教科書通りの部分も多いが、如何なる戦場でもその通りにやれるのならば、決して悪いことではないだろう。
健輔の常識を超えた戦法に惑わされずに、愚直にやれることをやる。
かつてのランカーの矜持があった。
「は――」
どんな事態に陥っても対応してくる。
これこそがエースとの戦いで、これこそが魔導競技の醍醐味であった。
相手の奮戦に応えるべく、戸惑いなく全力で加速する渾身の拳。
「まず、です!」
「まだ何かやるのか! いいぞ、もっと本気でこい!」
「その余裕、後悔させてみせるッ!」
「ああ、期待してるッ!」
再び魔力が減衰するが健輔は止まらない。
減少した魔力など知らぬとばかりに収束系からの出力強化と集まった魔力の身体系への変換を高速でこなす。
障壁を突破してしまえば肉弾戦のダメージはどれだけ魔力を注ごうが一定である。
本来は障壁を突破するために多量の魔力が必要なのだが、健輔にだけは通用しない常識であった。
あらゆる魔力を、否、未知の魔力すらも瞬時に生成するからこその万華鏡。
籠められた魔力が本当は何なのか、ということなど受けてみないとわからない。
アメリアの脳裏に『万華鏡』を無効化することが浮かぶが、直ぐに脳裏から追い出す。
現状の認識で望むような結果が得られるとは思えない。
むしろ、健輔と万華鏡の脅威を焼き付けられた状態で行使しようものならば、どれだけの代価が必要なのか想像もできない。
「――前に出るッ!」
1番わかりやすい対抗策が出来ない以上、真っ当な手段で抗戦するしかないが、体勢が崩れた状態での無理矢理の防戦では無理が出てきていた。
なんとか仕切り直す必要がある。
今までの経験から最もよい手段を選択し、あえて距離を詰めにいった。
「ここで前に出られるか!」
見事としか言いようがない覚悟。
健輔は笑みを浮かべて、一切の躊躇なく拳を放つ。
前に出た以上は何か策があるのだろう。
「見せてみろ! その上で、超えてやるッ!」
「勝手に盛り上がる人ですね!」
健輔の高まり期待に苦い表情を見せるも、アメリアの身体は忠実に動いていた。
交差の瞬間、健輔の拳が届く距離になった瞬間にアメリアの力が発揮される。
渾身のストレート、いつも通りの一撃が大きく空振りとなったのだ。
直前までいたはずの眼前の敵。
姿が消えた後には青空が広がり、健輔に異常を伝える。
「これは……高度かっ!」
「正解ですよ!」
渾身の一撃となるはずだったものが高度の低下でポイントがずれる。
無防備に晒されるのは健輔の頭頂部。
完全に上を取られた状態な上に、空戦をしようにも術式が一切の反応を示さない。
「飛行術式……!」
「貫け、槍よ!!」
頭上から落とされる槍に障壁で応戦する。
問題はこの次であった。
速度の柔軟性に劣る状態ではいつまでも防ぐことはできない。
何よりもこの瞬間にも高度が落ち続けているのだ。
地上に降りてしまえば、砲撃型になるぐらいしか応戦の方法がなく、型に嵌ってしまうとアメリアには途端に弱くなってしまう。
「――まだだ」
そして、最も重要な問題がある。
この戦いの中でも常にアメリアの固有能力についての考察はしていた。
どうして、健輔の『万華鏡』を封じないのか。
こうしてあっさりと飛行術式を封印したのだ。
その気になれば『万華鏡』も簡単に潰せるはずだろう。
にも関わらずにやっていない。
もしくは出来ない理由とは何なのか。
「このまま、あっさりと対処されるのはマズイ!!」
結論はまだ出ていないため、ハッキリとしたことは何も言えないのだが、このままアメリアの能力にあっさりと型を嵌められてしまうのは危険だ。
健輔の直感がハッキリと警告していた。
この程度の苦境は笑って乗り越える必要がある。
「陽炎ッ!!」
『既に』
「流石だ!」
主の叫びにすぐさま応じる魔導機に賞賛を送り、魔力回路を全力駆動させる。
攻防的には大きな意味はないが、この試合の趨勢を決めかねない場面だと心に強く刻む。
かつての準決勝や決勝戦にも劣らぬ意思が必要になる。
「ウオオオオオオオおおおおおおおっ!」
この試合に勝利するためには絶対の条件が其処にあると感じていた。
天秤の釣り合いが取れる存在ではないと示すしかないのだ。
佐藤健輔は侮れず、万華鏡は脅威。
他に2つとない能力で、魔導師だと示し続ける。
それこそ、アメリアの大事な何かと引き換えに出来るとも思えないほどの力を示さないといけないのだ。
順当な対処方法で潰せるなどと思い上がらせる訳にはいかない。
過去に類を見ないほどの速度で処理された術式は主の意思に従い、空中に見えない足場を生み出す。
「拳が嫌なら――」
高度の落下が止まり、しっかりとした足場で攻撃の防御も可能。
まさかの動きに目を見開く美女に不敵に笑い返して返礼に移る。
「――蹴りをプレゼントだッ!」
「嘘!?」
迫る槍を蹴り飛ばして、そのまま飛び上がる。
次々と生み出す足場。
文字通り、空を駆けあがる健輔にアメリアの対処が一手遅れたのは当然のことだった。
どんな系統で、どんな術式を使って、どうやって処理をしているのかがわからない。
わからない以上は、秤に掛ける訳にもいかず地力の対処が必要になる。
どうすれば、と立ち止まった彼女に生まれる隙。
そして、生まれた隙を見逃すような男ではない。
空の階段を駆け上がり、足場を粉砕する勢いでジャンプした。
槍のお返しと言わんばかりの人間ランスアタックである。
「今度こそ、先取点は貰ったッ!」
「しょ、障壁!!」
健輔と同じように障壁での防御を行う。
あまりにも当たり前に過ぎる行動。
当然ながら、健輔の前には意味をなさない。
口角が大きな弧を描き、健輔の魔力が破壊の色を帯びる。
変化に気付いた時にはもう遅い。
「がァっ!?」
脇腹に渾身の蹴りが突き刺さり、アメリアは身体ごと大きく弾き飛ばされる。
まずは一撃。
ダメージ的にはそれほど大きなものではないが、この場面を制したのは大きな成果であろう。健輔は容易くないと、彼女の心にしっかりと刻んだのだから。
「いつもと少し違う感じの戦いだな。1つのミスも許されないし、弱い振る舞いも出来ない。……はははは、なんとも、心が躍るな」
綱渡りような感覚。
試合はいつもそんなものであるが、いつも以上に張りつめているのは相手の能力のせいであろう。
未だに全容は不明。
未知という名の脅威に健輔は晒されている。
その状態で、見事に相手を制した。
この達成感はなんとも言えない。
「いくか。まだまだ楽しめそうだ」
1つの局面を制しただけで、まだまだ試合は続く。
全体で見れば、まだ少し不利なのがクォークオブフェイトなのだ。
この勝負が試合の趨勢を決める1戦なのは間違いない。
健輔が手間取った分だけチームは不利になるのは否めないし、逆にアメリアを早期に討たれしまえば決着は見える。
双肩に掛かる勝利の重荷を理解して、健輔は身を震わせた。
これこそが魔導競技。これこそが待ち望んでいた試合。
半年ぶりの歓喜を乗せて、相手を粉砕するために健輔は征く。
戦いはまだ序盤。
エース対エースを皮切りに試合は過激の一途を辿る。
魔導競技の神髄に1年生たちも触れようとしているのだった。
「たああああああああッ!」
「はんッ!」
突入してきた敵の前衛を栞が迎撃する。
相手の手にあるのは銃型の魔導機。
前衛が銃を持っていることに僅かな疑問はあるが、迷うことなく前に出ていく。
栞は格闘型の魔導師。
距離があっては何も出来ないのだ。
何をするにもまずは詰めると言うことが大切だった。
半年で詰め込まれた論理に従い、身体は忠実に前進する。
教科書に乗せたいような見事な敢闘精神。
迎撃からの動きも実に素晴らしいものだった。
――ゆえに、戦場の機微を知るベテランには読みやすい。
「格闘型はわかりやすいな。特に1年目というやつは素直でいい」
「前に!?」
当然、相手も栞の心情は理解している。
ライル・クレッド。
彼はアメリアと同期のチーム創設メンバーの1人である。
上に向かって駆け上がった一員として、殻を被っているような新人へと対処方法などいくらでも心得ていた。
「ほれ、どうした? お前さんの距離だぞ」
「っ、たあああああああああああああッ!」
「はいはい、残念賞だ」
栞の手刀を2丁の銃型魔導機の片方で受け止めて、もう片方の魔導機で無防備な腹を撃ち貫く。
「この、ぐらい!」
「優秀だなぁ。ま、それだけだけども」
咄嗟に障壁で防いだ栞に賞賛を送るも、ライルの動きが止まるようなことはない。
銃を持ったまま、格闘戦に移行する。
実際の銃と違い、これは銃型の魔導機。
魔力を纏えば十分に鈍器として機能する。
「格闘型!?」
「いんや、違うよ」
否定しながらも見事な体術でライルは栞に迫る。
空中での制動、魔力の分配。
前衛に必要なものを高いレベルでこなす技。
明らかに格闘型の前衛である。
生粋の前衛を葵しか知らない栞から見ても見事なのだから、その錬度は容易に測れた。
ベテランを超えて、2つ名持ち、ようは準ランカークラスには届いている。
「俺は全衛型だ。ま、自称みたいなものだけどな。それよりもさっきは距離を詰めようとしたのに、今度は腰が引けてるぞ。いいのかい? 其処も俺の距離だが?」
「えっ――」
大きく距離を取った訳ではないが、前に出てくる敵を凌ぐため、栞は少しだけ後ろに下がっていた。
身体に染み付いた格闘の動作。
本当に僅かであるが、同時にライルの側も下がってしまえば、相応の距離にはなる。
自称、全衛型。
どんな距離でも戦えると謳うごく普通の魔導師。
当然、それにはカラクリがある。
彼が手に持っているのは2丁の魔導機――こちらは前衛用。
しかし、ホルスターの中には他にもう2丁ほど魔導機が用意されている。
こちらは後衛用。
レギュレーションで魔導機の使い分けは特に規制されていない。
自らの能力を大きく変化させるような改造や、魔導機そのもので魔力を生成するのはルール違反であるが、用途別に複数の魔導機を使うの何も問題がなかった。
ホルスターに収められた魔導機には戦闘中に溜めた砲撃用の魔力がある。
素早く持ち替え、引き金を引く。
それだけで大きな火力が生まれるのだ。
「じゃあな、1年生」
「まだ――!」
しかし、栞もただでは終わらない。
渾身の魔力を右腕に集中させて刃と成す。
先輩からの教え。
相手の必殺に掛かったのならば、自らの必殺で抵抗しろ。
首を取る一撃が、腹に穴を開ける程度にはなる。
結局のところ致命傷に近いが即死ではないことに意味があった。
純粋な後衛には劣る砲撃。
渾身の手刀が迎撃する。
「ヒュー、凄い度胸だ」
相殺、まではいかなかったが7割ほど威力を削ぎ落とされていた。
いろいろと考えて火力を上げてはいるが、根本的な非力さは隠せない。
全衛型などと気取っているが実情は寒いものがある。
複数の魔導機を使ったところでメリットなどほとんど存在しないのだ。
この戦法とて、高い能力を持つ魔導師ならば素で出来る。
イメージ力を補うために魔導機という形を必要としているからこそのバトルスタイル。
弱い魔導師なりの工夫に過ぎない。
実際、純粋な前衛なりの強さを魅せつけられたのだ。
小手先ばかりが器用になった身として眩しいばかりだった。
「その度胸は認めるよ。ようこそ、魔導師の世界へ。俺も先輩の1人として盛大に歓迎しようか」
ホルスターの中に秘めた4丁目の魔導機が唸りをあげる。
少しでも処理能力を上げるために砲撃術式のみ刻んでいる本命用。
1撃目を防いだ相手にプレゼントする終わりの一撃だった。
素早く引き金を引き、思考を次へと飛ばす。
ライルの中で既に栞との戦いは終っていた。
事実、彼にとっての必殺で、栞に覆す手段はない。
――しかし、この戦いはチーム戦。
如何に能力を封じられていても、決して潰えぬ輝きが存在している。
「――させません!!」
「なっ、スレッドを抜けてきたのか!?」
ライルと栞の間に割り込む影。
放たれた砲撃に真っ向から立ち向かう蒼き輝きがいる。
「雪風!」
『いけます!』
剣に魔力を集中させて、構成の甘い部分を叩き切る。
力で掻き消すのではなく、技で断ち切った。
言うのは簡単であるが、膨大な魔力の塊である砲撃に容易くやれるようなことではない。
「く、くははははは、凄いな、流石は世界ランク2位だ。魅せてくれるねぇッ!」
手に持った囮用の魔導機に魔力を送り散弾として放つ。
先ほどと同じように格闘戦など挑めば簡単に断ち切られる。
経験上もそうであるし、実際の錬度も確認した以上、否定する要因はなかった。
先ほどまでの栞との戦いとは逆の構図。
距離を取ろうとするライルと詰めようとする優香。
攻守がそっくりと入れ替わっていた。
「クソッたれッ!!」
「はああああああッ!」
弾幕を正面からの剣技で突き進む。
最近はパワーからの大味な面が強調されているが本来の優香はテクニカルな魔導師である。パワーが取り沙汰される影でしっかりと技術を磨いていた。
そして、技術を支える心も成長している。
持ち得るスペックを十分に発揮できるだけの土台は出来上っていた。
「くッ! こういう時、このスタイルは困るッ!!」
複数の魔導機を使った制御とバトルスタイルの構築はアメリカにおいて絶大な影響を持つある魔導師のスタイルを参考にして生み出したものだった。
つまるところ、アメリカでは割とよくあるスタイルなのだ。
ランカーから落ちてしまったが、『ガンナー』が環境に与えた影響は大きかった。
複数の魔導機を使うスタイルは凡人にこそ大きな効果がある。
特に彼のように魔力量には自信があっても制御が下手くそと言う人間には本当に有り難いものだった。
同時に処理を走らせるからこそ混線する。
だったら、分けてしまえばよいとばかりに生まれたのが『ガンナー』のスタイル。
誰でも物量という意味で魔力を扱えるようになるという点では非常に優れていた。
これだけ並べれば利点しかないのだが、当然ながら弱点もある。
「いただきますッ!」
「させんさッ! こういう場面には慣れている!!」
手に持った魔導機を投げつけて、ホルスターに収めた前衛用の魔導機に持ち替える。
「魔導機を?」
「意味などないよ!!」
意味はないが、避ける動作はしてくれる。
その間に生まれた刹那の時間は貴重なのだ。
目に掛かった防護術式を強化し、前衛用の魔導機に用意したとっておきを発動する。
砲塔に集う魔力を、別のものに『術式』で変換して炸裂させる。
「ッ、目晦まし! この程度で!」
「見失うことはない、だろう?」
「其処!!」
「おっ、と。悪い、ね!」
優香の斬撃を魔導機で受け止めるが、踏ん張りきれずに吹き飛ばされる。
いや、あえて狙っていたというべきだろう。
優香がどれほど強くともあの状況に陥れば、とりあえず斬撃を放つのは容易に想像が可能である。
後は受け止められるのか、ということだけだった。
流石のライルもそれぐらいには自信がある。
「ッ! いいえ、まだですッ!」
「んな!? おいおい、勘弁してくれよ!」
己の失策を悟ったのか。
直ぐに追い掛けてくる優香にライルの顔が青ざめる。
複数の魔導機を扱う関係上、ライルが行使できる術式は多くないのだ。
シンプルに完成しているため、シンプルにしか対応ができない。
戦い方そのものに工夫をしているのも、それ以外の部分で工夫のしようがないからなのである。
上手く流れに落とし込まないと勝てない。
本家である『ガンナー』はそんなことはないのだが、あくまでもアレンジであるライルにはこの辺りが限界だった。
彼もその程度のことはわかっている。
わかっているからこそ、しっかりと対策をしていた。
優香との対峙は時間稼ぎ。
振り切られてしまった相棒と合流することが目的だった。
「させぬッ!」
「立て直してきますかッ!」
「すまん、スレッド!」
スレッド・ホイール。
ライルと同じく3年生で防御特化の魔導師。
盾の形をした魔導機を構えて、優香との間に割って入る。
チーム最大の防御力の持ち主にライルは礼を述べた。
「助かったわ」
「気にするな。そもそも、俺が抜かれたことが不覚なのだ」
「なんだ、自信満々だな。相手はランカー様だぞ」
「ふん、敵の強さに言い訳するつもりはない。それよりも、どうなんだ」
「あっちの新人も含めて、強い強い。俺たちじゃあ、2人を釘づけにするのが限界かもしれんわ。というか、欲は出さん方がいいと思う。常識で考えるとな」
ライルとスレッド。
2人の役割はアメリアが1対1で当たれる状況を生み出すことである。
中々に強力であるが防御に難があるライルと、防御は一級品であるが攻撃に難があるスレッド。
双方の弱点を補い合うよい組み合わせである。
経験と合わせて、この戦場の中でも侮れない力を持っている。
「なるほど、では、攻める必要があるということか」
「そういうことだ。冒険しないと順当に終わる。相手は、格上なんだしな」
「そうか。では、前は受け持つ。いつも通りにいくぞ」
「おう、信頼してるよ」
静かに盾を構えて、スレッドは優香を見据える。
防御型であるスレッドはサラやパーマネンスといった魔導師たちのスタイルを参考にして自分のスタイルを組み上げた。
盾形の魔導機に魔力を展開して魔力防御を。
物質化を使って物理防御を。
戦況を見極めて自在に対応してくる。
サラと比べて破壊系にも対応できる点が優秀な部分であろうか。
大火力を受け止めるには少し非力であるが、前衛に位置する『壁』としては十分に頑強であった。
今の優香と栞は十分に対応が可能である。
問題は能力を失っても優香の技量が残っていることであろう。
徐々にであるがライルもスレッドも削られている。
相手の陣に攻め込んでいる状況。
下手するとフィールド効果で一気に不利になる可能性もあるのだ。
気の抜けない戦闘をずっと続けるには経験豊富な彼らでも厳しいのは否めなかった。
「もう1度、同じ攻めでいくぞ。お前がランカーを。俺が小さい方を」
「ああ、何度でもやってみせよう。しかし、こういう状況だと火力が欲しくなるな」
「言うなよ。俺も思ってるんだからさ」
魔力はアメリアから提供されているが、それは予備があるというだけで蛇口から出る量は何も変わっていない。
瞬間的な出力の増大こそが火力のアップに繋がる以上は普段よりもスタミナがあるというだけで他には何も変わりがないのだ。
十分と言えば十分だが相手が平気で追随している状況だと文句の1つぐらいは言いたくなるものであろう。
「これはどこも厳しそうだな」
「わかっていたが、流石は世界第2位だよ。いや、総合力ではナンバー1なのかな。どっちにしろ、アメリアの固有を使って互角なんだ。元の差は知りたくないね」
軽口を叩くベテラン。
厳しさを知っていても折れるようなことはない。
屈辱の敗戦は1度でいいのだ。
必勝を期して此処に居る以上、全霊を賭すのに迷いはない。
前衛として、何よりもアメリアの友人として敵を倒す。
お互いに相手を窺っていたが、ライルたちの戦意に合わせて優香たちの戦意も呼応する。
第2ラウンドの開始であった。
「次こそ、仕留めます!」
「さっきみたいには、いきませんよ!」
「ははは、楽しみにしてるわ、おちびちゃん」
「ただ、己が身で受け止める。俺の役割はそれだけだ」
勝利のための厳しい戦い。
彼らの決死に応えようと『正義の炎』の後衛と遊撃班が猛攻を仕掛ける。
応じるクォークオブフェイトも全力で迎撃を行う。
選抜戦でも最大級の消耗戦。
両者の一歩も引かぬ殴り合いはますます激しさを増すのであった。




