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第175話『立場は変われど』

 予選が開始されてから時間は順当に過ぎていく。

 波乱がないままにクォークオブフェイトも既に2試合を消化。

 残すところは4試合となっていた。

 新人たちも無事に初陣を迎え、クォークオブフェイトの前途は明るいと言えるだろう。

 順調な歩み。

 だからこそ、不安になっている者もいた。


「次の試合、私たちが選出されましたけど、大丈夫でしょうか」


 少しだけ陰りのある表情でササラは健輔に尋ねる。

 言葉には出さないがこの場にいる1年生たちの総意なのだろう。

 誰1人として異論の言葉を挟まない。


「大丈夫か、と言われてもな。さて……」


 何を不安に思っているのかはわかる。

 順調に試合を消化していく中で次の敵が既に見えてきていた。

 今のところ蹴散らした相手などどれだけプラスに見てもクォークオブ勝つ確率は1桁を割っているようなところばかりだ。

 対して、今度の敵はそうもいかない。

 10回戦えば、7回は確実に勝利するだろう。

 しかし、3回は危ない試合が混じる。特に初回で初見となる戦いならば可能性は大きく上昇する。

 1度の奇跡を掴むからこその強豪。

 限りなく近い領域の、そして真実の意味でエースと呼べる魔導師とぶつかることに不安を感じるのは当然のことだった。

 健輔にはあまり馴染みのない感情であるが、一般論として理解は出来る。


「逆に問おうか。今回のメンバー選出の意図は理解しているか?」


 自分が先輩たちに導いてもらったように、この後輩たちにも何かの標を与える必要がある。わざわざ食事に誘ってまで設けた場なのだ。

 せっかくならば良い機会となって欲しい。

 そのためにも、まずは漠然とした不安・・という何とも言えない悩みの段階は超えてもらう必要がある。



「ある程度は……。その、予想に過ぎないですけど」

「考えろ、思考停止するな、って言われてますから。自分なりの理屈もしっかりと考えてますよ」

「同じく」

「己なりに、真剣には」

「わ、私も……その、自信はないんですけど」


 返ってきた言葉は頼もしいのか、それとも頼りないのか。

 垣間見える各々の立ち位置に苦笑しつつ、続きを促した。


「なるほどね。じゃあ、桐嶋の見解から聞こうか」


 立ち位置が変わった自分に感慨深いものを感じるも表情には出さない。

 昨年度の真由美たちがしてくれたようにする。

 その事だけに神経を集中させていた。

 答えをあっさりと出すのではなく思考させる。

 1メンバーに過ぎなくとも考えることには意味があるからだ。

 与えるのは簡単だが、結果的に成長の機会を奪う訳にはいかない。

 今度の敵は強い。

 強いからこそ、超えた先には更なる強さが手に入るのだ。

 後輩たちにもあの喜びは味わって貰いたい。


「では、後衛としての私は不動。自分で言うのもあれですが、私を抜いた場合に後衛火力が不足するのは間違いないですから」

「ふむ。残りは?」

「葵さん、佐藤先輩、優香さん。この辺りも不動で、後はバックスの3名」


 朔夜が上げていくのはクォークオブフェイトの不動枠についてであった。

 実際、朔夜の予想は常識的には何も間違っていない。

 現在のクォークオブフェイトで火力を担える後衛は彼女だけしかおらず、健輔は後衛に割り振るには仕事が多過ぎる状況だった。

 後衛火力による優勢は対抗戦術も出てきているが現在の環境では最前提となる戦術でもある。

 わざわざ投げ捨てる必要性は皆無であった。


「結局、人数の関係上抜けるのは1人です。私の考えとしては枠が多い前衛系、中でも使いどころが限定される佐竹先輩や高島先輩、後は」

「私、とかが抜ける対象だと思ってます」

「なるほど、なるほどね」


 外す対象と明言された親友に視線を向ける。

 苦笑しているが特に否定もしない。

 チームの現状として間違いではないのだ。

 朔夜のそれは理屈として真っ当なものであった。


「筋は通っているな」

「基本の理屈、というだけですけどね。相手チームを見て変える部分は多分にあると思います。偏りが良い方向にいくこともあるでしょうし」

「ま、うちの編成方針はそれで間違ってないよ。実際、真由美さんが抜けてからの後衛火力の貧弱さは弱点だからな」


 火力の弱体化は正直なところ、朔夜がいてくれてよかったとしか言えない状況である。

 類稀な後衛がいたからこそ他の部分に力を注いだ。

 結果として全体の向上にあったが、当の本人が抜けてしまえば該当部分の戦力低下は激しくなるのは当然だった。

 クォークオブフェイトの明確な弱点の1つではあるだろう。


「これまでの試合で『正義の炎』はオーソドックスな編成で来ている。だったら、こっちもある程度は合わせる方針となる」

「前衛3、後衛3にバックス3。後は遊撃班、と言う形ですか」

「練習試合なども通じてやっぱりバランスは大事ってなったからな。紛いなりにも戦っている訳だから、下手な偏りは命取りになるってことだ」


 健輔たちの場合、前衛に該当する選手が多いのに健輔も含めて前衛系のエースが3名も存在している。

 相手からすれば読みやすい布陣なのだ。

 ある程度バランスを意識する編成をすると予想すれば、自然と答えは見えてくる。


「朔夜ちゃんの理屈で言うなら、前衛は葵さんと私。後衛はあなたと真希さん。バックスは海斗くん、香奈さん、美咲」

「遊撃に俺。ここまでは大体確定って訳だ」

「はい。和哉さんやササラも後衛枠ですけど」

「俺みたいにどこでもいける面があるからな。遊撃枠って早い話、便利屋みたいなポジションだしな。普通に前衛と後衛を混ぜて戦線を突っ切るってチームもあったしな」


 追加で配置された3名の使い方はチームの個性が出てくる。

 エースの強化、1つのチームとしてバランスよく纏めるなど参考にすべき点は多い。

 そういう意味で遊撃とはまだ何も決まっていない枠とも言える。

 暫定としてとりあえずバランスのよい魔導師を放り込む、というのがクォークオブフェイトにおける自由枠の使い方であった。


「ここまで言えば、今回の穴を埋めたメンツの理由も簡単にわかるだろう?」

「経験を積ませる、ですね。強敵との」

「正解だ。模擬戦ではなく本当の試合でエースの意味を理解する。そのために今回は布陣がお前たちを中心に組まれている」


 前衛の空きには剛志ではなく栞。

 後衛にはササラ。

 遊撃には圭吾と嘉人。

 3年生たちを外しての布陣。

 3年生と1年生ならば経験の分だけ3年生たちの方が安定している。

 しかし、『正義の炎』との戦いに安定性は不要。

 相手がブロック中で最大の敵と認識しているゆえに今年のクォークオブフェイトを試すには持って来いの相手なのだ。


「慢心になるかは勝敗次第だが、気合を入れていこう」

「あなたたちにとって、自分たちよりも明確に強い相手との正面対決です。これを乗り越えて先々までの覚悟を済ませてくださいね」

「わかってます。先輩たちの期待に応えるために全力を尽くします」


 健輔は後輩の返事に内心で苦笑しておく。

 実情としてはもう少し踏み込んだ部分があるのだ。

 気合を入れているところにわざわざ水を掛けるつもりもないため、言うことはないが相手側の実力を考えると不安定な、より言うならば研究されていない状態の方がいいという判断を葵がしている。

 昨年度のランカー落ちにはもう1つ『ガンナ―』のチームがあるが、昨年度の時点では『ガンナー』のいるチームに『正義の炎』は勝利していた。

 負けたのは『クロックミラージュ』と王者たる2チームのみなのだ。

 真由美のような上位チームからの離脱者もいない純粋な結成2年目のチームにしては異様なほどに安定感がある。

 観戦した試合でもそうだったが、チーム全体の錬度も高く、かつその上でエースの完成度も悪くはなかった。

 読み取れる部分からも結成3年目とは思えないほどの完成度が感じられるのだ。

 安定した勝率はアメリアの能力だけではなく、個々の技能も綺麗に棲み分けされている可能性を示唆している。

 どんなチームにも基本の布陣で応対できるというのは、非常に頑強な構成力をしていないと不可能なことであろう。

 火力優勢に環境にも上手く適応して出てきたチームが、再起を掛けた今年に温い状態でやってくるとは思えない。


「去年の弱点はキッチリと補完して安定感や長所はそのままの可能性が高い、か」

「先輩?」

「ああ、すまん。ちょっと考えていることがあってな」

「は、はぁ……」


 戦い抜き勝利することも魔導師を成長させるが、敗北もまた魔導師を成長させる燃料に成り得る。

 ランカーに至るほどの逸材が去年のままなどということはあり得ない。

 何より健輔の勘に過ぎないが、今回の形は『正義の炎』には向いていると感じていた。根拠は皆無であるが、おそらく『正義の炎』は力押しが苦手なはずなのだ。

 アメリアの固有能力は非常に稀有で対策が難しい。

 ある意味で同類だからこそ見えてくる部分がある。

 仮にアメリアの能力が強くなっていても根本の性質には変化がないはずであろう。

 健輔の万華鏡も大本には万能たる力がある。

 エースキラーとして、数多の魔導師を乗り越えた男からすると自分と似たような相手への番の対処方法はハッキリとしていた。

 昨年度の『正義の炎』の傾向からも読み取れる部分であろう。

 クロックミラージュも未熟ではあるが、力押しを是とするチームである。

 皇帝率いる『パーマネンス』は言うまでもなく、『シューティングスターズ』にしても火力と言うの名の力押しが主戦法であった。

 3年生を主体とした場合、クォークオブフェイトのチーム傾向は技に傾く。

 真由美がいたゆえに火力を必要としなかった世代のため、仕方がないことであるがその火力源がいなくなった影響として偏りが出るのは当然だった。

 1年生はいなくなった真由美の穴をチームで埋めると言う方針で採用された面もある。

 朔夜などは良い例であろう。

 誤差程度であるが、相性はよい方向に倒しておくと言う判断をするのも当然であった。


「……よし、嘉人。今回のこっちのフィールド効果の意図について言ってみろ」

「へ? え、えーと。『生命帰還』『全体回復』『身体保護』ですよね。前の模擬戦の敵チームのように持久戦狙いだと思ってたんですけど」

「ああ、それであってるよ。もうちょっと付け加えるとそうした方が相手側の予期せぬ能力に対抗しやすいと考えたんだ」

「アメリア選手の能力に、ことですか?」

「普通に考えて最低でも新しい術式ぐらいは携えているはずだ。仮に能力を発展させている場合も元々の能力傾向からすれば妨害系になるのもハッキリとしている」


 1年生を無駄に緊張させないために言わないようにしているが、ほぼ100%の確率で固有能力が発展しているだろう。

 あのメアリーがわざわざ指導に向かって何もないなどあり得ない。

 どんな能力なのかはわからないが、相手に干渉する類のものになるのは間違いなかった。

 

「そのため、今回は安全重視の策でいくことにしました」

「短期決戦の殴り合いをするんだったらもうちょっと考えたんだがな」

「未知の部分が多いからこそ、ですか」


 1年生が試合を十分に経験出来るように、と言う配慮も裏にはある。

 最大の利点はエース撃墜時に復活が可能というところであるが、おそらくそれは向こうと変わらないだろう。

 『自陣』で撃墜という条件があるため、エースを必ずとは言い難いが復活が可能というのはそれだけである程度の安心が得られる。

 新ルール下での最初の強豪。

 いくらか安全策を取り過ぎのような気もするが、負ければ一気に本戦出場が遠のくのだ。

 臆病なぐらいがちょうどよいとも言えた。

 王者に近いクォークオブフェイトは多くのチームから研究を受けている。

 気付いていない弱点などを射抜かれる可能性もあるのだ。

 健輔としては大きく変わったつもりはなくとも、チームの立ち位置には大きな変化が発生している。

 上に立つ者たちとして相応の振る舞いがあった。


「決戦は週末だ。全員、きっちりとコンディションは整えておけよ。魔力で誤魔化すのもいいが、劣勢になると一気に崩れるからな」

「わかってます。このタイミングで風邪なんで引きませんよ」

「マジで頼むぞ。これって振りじゃないからな?」

「そこは流石に私たちを信じてくださいよッ!」


 魔導師になってから体調不良などは彼方に飛んでいった。

 しかし、頑強になったゆえに気付いていないだけという可能性も十分にあるのだ。

 昔にあった事例だが体調を崩している事に気付かずに試合に臨んだ選手がいたらしい。

 激戦の末、一時的な魔力切れに陥った瞬間、意識を失ったとのことだった。

 当然ながら試合は負け。

 直ぐに魔力を補給して命に別状はなかったが、それから試合の前日には必ず魔力なしで体調の確認をすることが義務付けられた。

 一歩間違えば、命を落としかねない危険な行為である。


「というか、先輩が1番危ないと思うんですが」

「そうよね、私も同感だわ。優香もそうでしょう?」

「はい、その健輔さんぐらいですよ? 寝てる時も魔力生成しているのなんて」

「え? いや、そんな……え、マジ?」

「当たり前じゃないですか。常に魔力生成なんてしてたらいつ身体を休ませるんですか」


 後輩からの指摘に健輔は汗を掻く。

 実際のところ、1日中魔力を展開し続けるような人間は多くない。

 少なくとも健輔が気付かない可能性と比べて、1年生たちの方が気付かない可能性は低いだろう。


「健輔、気をつけてよね?」

「は、はい……わかりました」


 がっくりと肩を落とす姿に全員が笑い声を上げる。

 戦いの前の最後の確認。

 各々が必要なものを自覚した。

 後は決戦の舞台で試すだけである。

 クォークオブフェイト対正義の炎。

 予選ブロックの中でも最高峰となる戦いの日がとうとうやってきたのだった。


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