第174話『難題であるが故』
あのチームはあそこを意識している。
ライバル関係、もしくは何かしらの因縁があるなどにより、お互いのことしか目に入っていない状態というのは外から見ていると割とわかりやすい。
全員を意識する訳にはいかないし、実際に何かしらの縁がある方が戦いに臨む際に気合が入るのも当然だろう。
優先順位というものが何事にも存在し、それ自体は何も悪いことではない。
悪いことではないが、対象にならなかった側からすると素晴らしいと手放しで褒めるようなことでもなかった。
お前たちなど眼中にない。
過激な言い方であるが、そのように主張されているようなものなのだ。
理不尽な怒りであるのは間違いないが彼らのように納得をしないものたちも存在する。
「ぶー、ぶー、自分たちの世界を作るとか羨ましいぞー」
「世界2位に見初められるとか……。くそ、どうして去年はイイ感じに活躍できなかったんだ……」
「えっ、いや、別にそれはそれでいいだけど。横から殴る方が効果的なんだし」
「細かいことはわからないが、とりあえずぶっ飛ばそう。殴ればわかり合える」
全く意見が統一されていない混沌のように見えて、意識し合う2チームに自分たちを刻みこもうという意思だけは共通している。
実績という面で彼らは劣っており警戒されないのは仕方がないことだと理解していた。
それでも納得はしなし、するつもりもない。
実に魔導師らしいメンタリティで彼らは両チームの間に割って入ることを決めていた。
彼らの名は『白夜』。
欧州における歴史のあるチームで、同時に非常に若いチームでもあった。
「あのね……。私たちを日本のチームやアメリカのチームが意識している訳ないじゃない。欧州のチームなら昔の名前とかで結構知ってくれてるかもしれないけど」
「レイラ、皆もそんなことはわかってると思うよ。その上で、怒ってるんだ。私たちも混ぜろよ、ってね」
戦闘に参加する主力メンバーの中で3年生は僅か2名。
チームの歴史はそれなりに長い方であるため、本当に珍しい構図であろう。
年長者よりも荒い部分が多いのが若年者であるが、そんな彼らを主力に据えている。
フィーネが香奈子に語った印象ももはや過去のものと言ってもおかしくはないだろう。
チームもある意味では生き物であり、若さは不安定さに繋がるが同時に爆発力にもなる。
多くの年代を重ねたチームにとっての課題は行き過ぎた安定性による硬直であるが、このチームには無縁の話だった。
過去の成果を全て投げ捨てるかのように『白夜』は新生を続ける。
女神ですらも気付いていないことであるが、このチームは1年ごとに完全に特色が変化する。あまりにも素早い世代交代はそれ自体がチームの特色と言ってよかった。
「わかってるわよ。でもね。このチーム、いろんな意味で見切りが良すぎるし。変な凝り性ばっかりだし、で普通の感性がないでしょう。だから、1人ぐらいはそういうのがいないとダメじゃない」
「レイラ先輩には感謝してますよ。でも、私たちは謝らない」
「そうそう。先輩は凄く良い人ですよね。でも、私たちはいつも通りを貫きます!」
「ほらぁ……。もうわかってることだけど、本当にあなたたちって自分の情動に忠実よね」
泣きそうな表情になる大人びた女性。
このチームのリーダーにして数少ない3年生の片割れ『レイラ・メイント』。
リーダーとなるような魔導師は大抵は我が強い。
調整型のリーダーというのは本来は別段珍しくはないであろうが、魔導という世界では非常に稀有な存在だった。
強さと尊敬がイコールで結ばれる事が多いため、頂点に立つには例外なく強さを求められる。結果として、他者を率いることに優れていない存在がリーダーとなりチームが凋落することもあった。
そういう意味では彼女は非常に理に適った存在でもある。
チームの世話役。
リーダーというよりもお母さん。
問題児たちを纏める方法は何も戦闘力だけではないと己が身を以って証明している。
「レイラさん、その私はちゃんとわかってますからっ」
「うぅ……ありがとう。真奈美だけが私の癒しだわ」
「ははは、レイラと同じく影薄いコンビだもんね。姿形は全然違うのに姉妹みたいだよ。影の薄さも含めて、よく似ている」
「あ、ありがとうございます。レイラさんと似てるなんて、そんな……」
「え、反応するのそこなの……。うーん、真奈美ちゃんも順調に染まってるね」
騒がしい室内は彼らの一体感を示す。
バラバラの個性が調和している様を健輔が見れば、イイ笑顔を浮かべることだろう。
こういうチームは強い。
各々が自分のやることを理解して、無理であろうとも手を伸ばす。
一念こそが魔導の神髄に至るのだ。
バックスであろうが、前衛であろうが、後衛であろうがそこだけは変わらない。
「もう、呑気なんだから」
呆れたように溜息を吐くも、表情は優しい。
チームのお母さんたるレイラらしい雰囲気ではあった。
もはや作戦会議をする空気ではないだろう。
あれで何をすべきかを個々には考えているのだから自らの仲間でありながらも不思議なメンバーだと思うしかない。
さて、この後はどうしようかと、レイラが思案を始めた時、
「レイラさん」
『白夜』の最大戦力から声が掛かるのだった。
「レフィーナ?」
微笑みを絶やさないチーム良心。
真奈美とコンビを組む『白夜』の主力前衛の1人にしてエース足る者。
レフィーナ・メインデルト。
レイラは頼もしい後輩の声に一瞬、反応が遅れてしまった。
過去に1度も聞いたことがない声色。
真剣さと同時に隠しきれない興奮を滲ませた声は普段の嫋やかな印象を裏切っている。
もっとも、そこまで思考が至ってからレイラは苦笑してしまった。
そもそも、ただ嫋やかな人物でないことなどとっくの昔に知っていることなのだ。
今更怯むような事実では断じてない。
「何かしら? 意見がある感じ?」
「いえ、意見というか。感想です」
真っ直ぐにクォークオブフェイトが戦う様子を見ながらレフィーナは続ける。
その脳裏が何が描かれているのかはわからない。
わからないがレイラは信じていた。
このチームのエースは間違いなくこの少女。
1年生にして、フィーネの印象に残った不可思議な魔導師こそが彼女なのだから。
「同じくらい、魔導が好きみたいなんで。出来れば語り合いたいですね」
「どっちが魔導を理解しているかで?」
「いいえ。自分の魔導がどれだけ、研ぎ澄まされているかで、です」
真っ直ぐに見つめる先にはクォークオブフェイトの姿がある。
魔導が好きで、効率を無視して突き進む。
同じ属性だからこそぶつかり合うのが楽しみで仕方がない。
レフィーナの心が向くのは、そこだけであり勝敗など二の次だった。
必ず楽しく語り合える。
確信だけあれば、如何なる試練も超えていると信じていた。
「そう。じゃあ、この人たちにも勝って、もっと先にいけるように頑張らないとね」
「はい!」
主敵だけでなく影で轟く者たちもいる。
王者に限りなく近いからこそ、クォークオブフェイトは狙われていた。
集める視線はそれこそ無数であり、全てを察知することは不可能。
身体に染み込ませた強さだけで越えなくてはならない。
かつての王者たちがそうあったように、雄々しく雄大に。
今はまだハッキリとした自覚を持たぬ健輔たちを撃ち抜く一撃。
『白夜』と言う名の脅威は静かであるが、強く力を蓄えているのだった。
特別に何かをした訳ではなく、ただ前に進むだけで敵が砕ける。
纏う魔力の総量が常態で垂れ流しているだけなのに他の者の全力に等しい。
現時点における王者。
映像の中にいる世界最強の魔導師は今日も変わらずに怪物であった。
「ふふ、早くも桜香の観察ですか?」
「まあ、性分なんで。去年もあなたや皇帝には似たような感じでしたよ」
「あら、それは光栄です」
変わらずに暴力の具現たる桜香を見て、健輔は大きな溜息を吐いた。
何度見ても本当に理不尽な力である。
才能、と一言で片付けるのは健輔としても非常に癪であるがそうとしか言えない強さには感服する以外に出来ることはなかった。
「対抗策が浮かばない。本当に面倒ですよ」
「最強とはそういうものでしょう。誰よりも強いとされる称号です。奪い取りたいならば、相手よりも強くなるしかない」
「なるほど……。方法は問わず、かつ瞬発的でも構わないと」
「はい。昨年度はあなたも『皇帝』から冠を奪い取りましたしね」
「最後には負けましたけどね。あなたにも勝ったとは言い難いですし。はてさて、理由はわかっているんですが、なんとも情けないものだから開陳するのが億劫ですよ」
「あらら」
失敗を見つめ直すことでしか強くはなれない。
そういう意味では健輔にとって非常に重要な敗戦と言えるだろう。
皇帝には勝利したが、桜香に負けた。
この差異は何処から生まれたのか。
再び挑む世界大会の前に解決しておくべきことであり、同時に吐露しておくべきことであった。かつて凌ぎを削った相手だからこそ聞いて欲しいと思う。
「桜香さんが俺を皇帝よりも遥かに知っていた。これは敗因の1つでしょうね」
「ええ、間違いないでしょうね。最初からあなたを倒すためだけに性能を振り絞った桜香。王者として挑戦者を受けて立ったクリストファーとは明確に違う構図です」
言い方は悪いが当時の健輔は数多存在した挑戦者の1人である。
いくら王者たる『皇帝』が器が広く常に全力であるといってもテンションの差は如実に存在する状況であろう。
翻って、桜香にとって健輔は因縁の相手である。
実力的にはどうなのかという部分もあるが、ライバルのようなものであったのは間違いない。ライバルとその他大勢。
意気込みの差は戦闘能力にも出てくる。
「しかし、それだけじゃないはずです。向こう側の事情もあるでしょうが、それ以上に」
「俺の状況でしょうね。無意識で、いや、無意識だからこそあってはならなに想いがあった可能性は否定できないです」
「仕方がないことだと思いますよ。クリストファーは嘘偽りなく王者で、最強の魔導師でした。あの戦いの直ぐ後に同じだけの力を、いえ、それ以上を発揮するのは至難のことでしょう」
慰めてくれるフィーネに苦笑を返す。
燃え尽きたという訳でもないが最強を倒して安心していたところがあったのは自覚があるのだ。
あの戦いのメインは優香になる、と思い込んでしまったは不覚としか言いようがない。
裏には最強を倒した安堵と、1度勝利した相手に対する関心の低さが滲んでいた。
これでは真実の全霊に程遠い。
「言い訳にしかならないですけど、去年は成長しながらの戦いでしたからね。常に最高点が変わる状態で、常にベストを維持するのは無理でしたよ」
「私との戦いの時とクリストファーとの戦いの時にも意気込みに差がありましたものね」
「い、いや……本気だったんですけどねぇ。本気だったからこそ、僅かな不純物が差になったというか」
所詮は女、というと流石に言い過ぎであろうが健輔としては世界最強の男性魔導師である『皇帝』との戦いの方に比重が傾いていたのだろう。
最強という冠に男が憧れるのは当然で単独ではないとはいえ、勝利してしまったら気が抜けるのも妥当である。
「わかってますよ。手を抜けるような器用さは持っていないことぐらいは」
「は、はははは……」
「まあ、私に言われるまでもなくわかっている事だと思いますが、この先はその無意識レベルが大きな隙になりますよ?」
わかりやすく御せる部分は既に完璧とは言えずとも隙は無い程度に固められている。
問題となるのは、自覚が出来ない部分の歪みなのだ。
健輔にも存在しており、今年は其処を乗り越えるための戦いとなる。
「わかってますよ。わかってるからこそ、前の試合も何も隠さなかったんです」
「常に出し尽くす。余裕などを心が抱かないように?」
「いいえ、いつだって初心を忘れないようにです。俺は強いということを自慢したくて魔導師になった訳じゃないので」
強さは結果。
健輔が求めるのは過程である。
相手を超えるために成した全てが報酬なのだ。
結果に捉われないためにも得た物は常に出し尽くす覚悟をしている。
無論、どんな相手にでもオーバーキルをするということではない。
相手との戦いに合わせて直ぐに出せる最高レベルを出せるように慣らしをしておくということだった。
「なるほど。では、その結果をこの大会の中で発揮するという訳ですか」
「ええ。さしあたって、『裁きの天秤』辺りにぶつけますよ。向こうも俺との激突をお望みみたいですしね」
己を狙ってくる未知の敵。
過去に例のないシチュエーションである。
早々にぶつかれる幸運に感謝したいほどであった。
「いつも通りで結構なことです。私も相応に頑張らないといけないですね」
予選ブロックでフィーネが警戒するほどの魔導師は多くないが、チームと連携すればどうなるかわからないのが実情である。
攻撃も防御も得意であるが、相手を仕留める攻撃に制限を掛けられているコーチの立場ではフィーネに出来ることも限界があった。
如何にしてチームに貢献するのか。
ノウハウの無い状況で試行錯誤することに遣り甲斐を感じている。
自らの存在が優勝への一助となったと言われるようになるためにも努力は惜しまない。
「外様なのは事実ですが戦友なのも間違いないです。一緒に優勝の光景を見ましょう」
「あら、素敵なお誘いです。そうですね。1度も見る事が無かった光景を一緒に見れるのならばそれは、嬉しいと思います」
柔らかくも、寂しげに微笑み女性に何とも言えない感情が湧き上がる。
女神。
美しさと言う意味ではこの人物も図抜けているのだ。
脳内を占める要素の大半が魔導で占められているだけで健輔にも相応の異性への興味はある。年上の美人など本来はいろんな意味で劇薬であろう。
全幅の信頼まで預けてくれているだから、健輔以外であったのならばとうの昔に撃墜済みなのは疑うべきもなかった。
「……なんか、やる気が出たので明後日の試合は凄く頑張ります」
「は、はぁ。いえ、一緒に頑張りましょうね」
「う、うっす……」
負けられない理由をもう1つ心に書き記す。
期待に応えられなかった悔しさを忘れないためにも過去の汚点は余さず理解する。
その上で、負けられない理由を積み重ねてきたのだ。
「挑発は受け取るけど、ただ未来を見てるだけで勝てると思うなよ」
心は挑戦者で態度は王者に近い。
矛盾した在り方でも健輔にとっては調和が取れている。
見据える先はただ1つだけ。
佐藤健輔は万全と言えるだけの準備を重ねるのだった。




