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第172話『正義の炎』

 選抜戦の期間はそれほど長くない。

 およそ2週間程度が大体のチームの期間であり、10月の半ばには学園全体が文化祭のムードへと切り替わっていく。

 健輔たちクォークオブフェイトも例外ではなく、既に初戦の時期は迫っていた。

 そして、健輔たちが出陣する以上、他のチームの試合も始まっていく。

 健輔たちのブロックにおける最初の戦いは注目すべき敵たちから始まっていた。


「セイッ! やァッ!」

「くぅぅッ!」


 美女の手から魔力の塊がブーメランのように放たれる。

 己から武器を手放す。

 普通はあり得ない選択肢だが彼女には常のことであった。

 健輔ほどではないが非常に稀有な系統を持ち、バトルスタイルを組み上げている。

 最前線にいることから前衛だというのはハッキリしているが、それはにしては妙な攻撃が多い魔導師だった。

 ブーメラン然り、鞭を形成したり、素手で殴りかかったりと一定した戦い方を持っていない。まるっきり法則性がない訳でもなく、彼女に共通しているのは全てが魔力の流れで生み出されているということだった。


「はっッ!」

「魔力を、掻き乱すかッ!」

「それが、私の戦い方ですから。――知らないんですか?」


 魔力で出来た渦が弾け飛ぶ。

 小さな塊がさながら散弾のように周囲へと飛び散り、敵の陣形へと放たれる。

 指揮官の判断は素早かった。


「くっ! 散開ッ!」


 対峙する敵が慌てて陣形を崩す。

 固まれば一気にやられかねない。判断としては至極妥当なものだったが、ゆえに彼女の目には非常に凡庸であった。


「――あら、それでいいんですか? 私としてはおすすめしないのですが」

 

 首を傾げて、唇に指を添える。

 外見的には相応の、しかし何処かで無理をしている色気を感じさせる仕草。

 場違いなリアクションに問いかけられた魔導師は咄嗟に反応できなかった。

 良いも悪いも、彼が判断したのはこのままでは不味いということだけだったのだ。

 戦略的にも戦術的にも何も考えていない。

 反射で動けるだけ、彼はベテラン相応だったというだけなのだ。

 よって返すべき言葉は1つで咄嗟に口から出てしまう。

 散開したことによって、結果的に自分が1人で敵と対峙していることを忘れて。


「戯言を――」

「『堕ちなさい』」


 たった一言。

 何かに干渉された感じもせず、圧迫感も感じさせない。

 ただそれだけで歴然として変化が訪れる。

 身体に漲っていた魔力が全て消え失せたのだ。

 

「なっ!?」


 視界が急激に落ちる。

 内部に溜められた魔力は攻防に用いるものだが、1番重要な術式にも使われていた。

 燃料が尽きればエンジンは止まり、当然『空』にいた彼は翼を失う。

 否、事態はそれだけに留まらない。

 防護のための障壁も消え、反撃するための牙も捥がれていた。

 彼が失念していた脅威。

 そう、この敵と1対1で対峙することはやってはいけないことなのだ。

 特に苛烈な消耗戦を展開した後は、絶対に出会ってはいけない。

 事前のミーティングでしっかりと刻んでいたが、小さな限定空間ゆえに気付くのが遅れてしまった。

 戦場においての遅れは致命のものとして突き付けられる。


「しまった!? 天秤と、1対1は――」

「やってはいけない。アメリカではそこそこだったけど、私も世界クラスとしてはランキング落ちです。我が身の不明ですが、嫌になりますね。――1度の敗戦でこうまで舐められるのはッ!!」


 声のトーンが一気に落ちる。

 美女が魅せる冷たい表情。

 彼女に好意を持っている人物がこの視線をぶつけられたら死にたくなるであろう絶対零度の眼光が敵を射抜く。

 昨年度は固有能力に対策を立てられた上に、クロックミラージュとの相性の悪さから敗北してしまったが実力そのものが低下した訳ではないのだ。

 むしろ、昨年度の屈辱の敗戦は彼女を大きく伸ばした。

 2度目などない、と断言できるほどに。

 折れて、地に堕ちたからこそ炎はより強くなった。


「潰れなさい。ここであなたは終わりにします」


 再び魔力が渦巻き、眼前の敵を取り囲む。

 1対1の状況を限定的でも生み出す。

 ――これならば、負けないだけの自信はあった。


「術式展開――!」


 流れを制する復活の魔導師。

 類を見ない系統とバトルスタイル、そして強力な固有能力。

 数多の武器を携えて、天秤は再び舞い上がった。

 雪辱を果たすためにもこの程度は余興にもならない。


「終わりです。このブロックを制して、世界を獲る。あなたたち程度に屈する暇はない」


 相性などと言うもので負けてしまい、チーム全員を屈辱に塗れにしたのは疑いようもなく彼女の失態である。

 失態を拭うには更なる栄光しかない。

 かつての戦いでも常に意識はしていたが同じメンバーで戦えるのはこの大会が最後である。ただ出場しているだけのチームとは意気込みが違った。


「そう、私たちは『正義の炎』。この選抜戦で再び世界に示してみせる。私たちの強さを」


 見に来ているのだろう。

 自分ならば絶対に敵を確認する。仮にも世界の頂上まで近づいた者たちが彼女の思う強者の定義から外れているとは思いたくなかった。

 復活の狼煙を上げるのに最適な相手はしっかりと見据えている。


「――本当に、楽しみです。もう1度、世界レベルで戦うのが」


 『裁きの天秤』アメリア・フォースエイドは哂う。

 復活を遂げたと世界に示すためにも獲物は最上級であるべきなのだ。

 打ち破るべき敵は、世界大会準優勝。

 彼女たちがただの1度も倒せなかった王者を打破した相手。


「待っていなさい。『夢幻の蒼』に『境界の白』。王者に勝っておきながら、太陽程度に負けた罪。必ず裁いてみせます」


 目の前の敵を魔力の渦で飲み込んで潰す。

 アメリアと1対1で対峙して、魔力を失った人間に耐える術などあるはずもなく、


『撃墜! 『正義の炎』、アメリア選手が先制だッ!』

「当然です。だって、私は――裁く者ですから」

 

 自らの2つ名を誇るように微笑む。

 宣戦布告は終った。

 この程度の雑魚に出し惜しむものなど何もないと言わんばかりにアメリアは暴れ回る。

 かつてのランカーは健在であると、世に示す一戦。

 昨年度の強敵だけでなく、1度は落ちたものたちが這い上がりを見せ始めていた。

 絶対的な王者たる『皇帝』が抜けたからこそ、争いは加速していく。

 次なる王者は己であると、全ての魔導師が戦意を露わに進むのだ。

 ――選抜戦、開幕。

 戦いの秋が、やってきた。






「わかりやすく意識されてるな」

「ですねー。先輩に対する挑発もあるんじゃないですか、あのわざわざ1対1を作った辺りのところ」

「俺の万能さも私の前では無意味よ。しっかりと対策しなさい。もしくは逃げなさいってところだな」


 敵情視察は当然ながらクォークオブフェイトもやっている。

 せっかく『正義の炎』の初戦が日本でやっているのに確認しないはずがなかった。


「佐藤先輩。あの能力は?」

「健二さんの能力の上位互換だよ。能動的な相互干渉能力ってやつだ」

「先代のサムライ……。あ、魔力の打消し、ですか?」

「いんや、ちょっと違う。いや、違ってはないのか……。うーん、なんていうかね」


 アメリアが誇る固有能力はかつての『スサノオ』のエース望月健二が持っていた能力とよく似ている。同系統の上位互換と言ってよいだろう。

 白兵戦においては健輔も面倒な能力だったとハッキリと覚えていた。

 しかし、上位互換であるアメリアは健二のものとは微妙に異なる点が多い。

 共に偵察に来ていた後輩たちに知っている情報を開示していく。


「魔力っていうのも間違ってないんだよ。早い話、あの『天秤』の能力って物凄く交換レートが柔軟で幅が広いからな」

「柔軟っすか?」

「そ。健二さんは同じだけの魔力を打ち消す能力だったけど、『天秤』はもっと応用が利く。同じだけの魔力、とかそういうことじゃないのさ」

「……え、えーと、よく、わからないです」


 栞の素直な言葉に健輔は笑って頷く。

 最初に聞いた時、健輔も似たような感想だった。

 あまりにも抽象的な物言いだと葵に抗議したものである。


「端的に言えば、『天秤』が攻撃に使った魔力は対価として指定できる。防御も、飛行も、あらゆる魔力を消費する行動が対象だ」

「……だから、飛べなくなったんですね?」

「そういうことだな。健二さんが明確にお互いの魔力をだったが『天秤』は自分が消費した魔力でも問答無用で消費を強要する」


 健二との違いは簡単である。

 健二が攻撃などとは別に『消費用の魔力』を用意しなければならないに対して、アメリアの方は己の行動で発生した全ての魔力消費に対して交換を強要してくるのだ。

 空を飛ぶ分の魔力を使用すれば、相手の同等レベルの魔力を。

 障壁が砕かれれば、その分の魔力を。

 アメリアが消費するのは既に使われた魔力のみだが、相手は倍の速度でしかも予兆なく失われていくことになる。

 

「1対1で対峙してはいけない理由も簡単だ。レートが暴利だから、1人で受け止められる存在が限られている」

「……葵さんとかでも厳しそうですね」

「そうなんだよ。でも、同時に弱点もある。地力では優っていたであろう『クロックミラージュ』に負けた理由も簡単だ」


 アメリアの能力は1対1ならば非常に強力な能力である。

 しかし、如何な能力にも欠点はあった。

 健二の能力もそうであったが、干渉系の固有能力が対象とするのはあくまでも1つものに限るのだ。

 複数人を敵にすると途端に効力が下がる。

 アメリアの場合、健二の能力と違って対象を自分で選ぶ必要もあった。

 結果、処理が追い付かず相手からの攻勢に受け身になる。


「エース同士の戦いで見れば、クロックミラージュのエースたる皇太子はそこまで怖くない。でも、チーム同士だと別だからな」

 

 チーム全員の地力を己とほぼ同等程度に引き上げる能力。

 皇帝とも類似する軍勢系の固有能力はアメリアと比較してもレア物である。

 戦略を戦術でひっくり返す超エースの前では脆かったが、逆に言うとエース同士での接戦を呼び込む同格程度との戦いならば『クロックミラージュ』はかなり強い。

 全員が全員、能力だけで見ればランカーになるのだ。

 相手の能力を打ち消すアメリアでは相性が悪かった。

 対人系の能力と対個人の差が如実に出たというべきであろう。

 固有能力による強力な弱体化さえ凌げば多少珍しいバトルスタイルを持つ程度の魔導師に一気にレベルが下がってしまう。

 ベテランクラス程度に固有能力を使わなければ勝利できないのはランカーの地力としては低いと言わざるを得なかった。


「対個人と対チームの差、ですか。私たちのチームはやっぱり凄いんですね」

「なんだ、今更か。ササラもわかってきたんだろう?」

「理解するのと実感するのは違いますから」


 個人用のエースである葵。

 超級エースで、どちらもいける優香。

 対エースにおいての切り札にして戦術の広さで追随を許さない健輔。

 3人のエースを核としてクォークオブフェイトは綺麗に纏まっている。

 結成3年目の完成度とは思えないレベルであった。


「さて、帰るか。見たいものは見れたしな」

「わざわざ挑発したってことは自信があるってことですよね?」


 嘉人の問いに健輔は頷く。

 アメリアが先ほどの戦いで見せたのは、わかっていた部分のみ。

 つまりは1年前と同様のレベルだった。


「自信があるということは、勝算があるってことだからな。固有能力を発展ぐらいはさせてるだろうさ」


 去年よりも成長しているのだろう。

 アメリアも――そして、チームも。

 確認していた去年のものよりもメンツも変わっているが気迫も違う。

 1つずつの動作が機敏で、明確な動きをチームとして感じさせる。

 エースが不利になった時にはチームで取り返す。

 強い意思を感じさせる動きだった。


「それよりも桐嶋。お前らも実感は出てきたか?」

「実感……?」

「世界大会に、来たぞ。まあ、実質的にはまだだが大会に出ている事には変わりない。どうして俺が此処に連れてきたと思うよ。――あれが、お前たちの敵だからだ」


 全てのチームが己の意思を賭して戦いに挑む。

 上位2チームが先に進むとはいえ、負けてよい戦いなど存在していないのだ。

 健輔の発言に1年生たちも表情を引き締める。

 既に戦いの幕を上がっていた。

 激突へのカウントダウンは始まっているのだ。


「明日は俺たちも試合だ。各々、あの挑発に返す返答はしっかりと考えておけよ」


 半年の成果が試される時が来ている。

 約束された激闘の相手を最後に振り返り、朔夜たちも健輔の後に続く。

 彼女たちが所属するチームは世界の上から2番目に坐す。

 新人たちに経験があろうとなかろうと上に立つ者として下を迎え撃つ義務があった。


「そっか。……はい、気合が入りました」

「ならばよし。落ち目の正義に目に物見せてやろう。」

「勿論です。私だって、エースには憧れますから」

「ははは、だったら頑張れよ。この大会で俺を潰す、ぐらいは言えるようにな」

「了解です。楽しみにしておいてください」


 不敵に微笑む敵のエースに強い敬意を抱き、同時に倒したいとも思った。

 エースとして、チームを背負い勝利する。

 春には1度諦めた夢であるが諦め続けるつもりはないのだ。

 視線を自分達の先輩へと戻して、朔夜は心を引き締める。

 この背中から学ぶべきを学び、来年こそは己もまたエースとしてチームを背負う。

 決意を改めに進む姿は強いに意思に溢れている。

 そして、そんな彼女の背中を見て他の1年生たちも決意を固めていた。

 誰もが負けられない理由がある。

 当たり前の事情を強く意識して、新人たちも戦いに赴くのだ。

 敵の覚悟を超えるだけの覚悟を背負って。


「――ああ、楽しみにしている。本当にな」


 この日、健輔たちのブロックの初戦となった試合で『正義の炎』が勝利を飾る。

 続く同ブロックの第2試合。

 クォークオブフェイトの戦いが始まろうとしていた――。


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