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番外編『次のステージへ』後編

 上手い。

 健輔と対峙するメアリーの最初の感想である。

 相手の情報を得てから、解析、決断、実行のプロセスが早い。

 解析も的確でメアリー側の心理までよく考えている。


「私の魔導の特性がよくわかってますね。左程、万能ではないというのもしっかりと見抜いているようで安心しました」

「呑気に採点してやがって……!」


 言葉による挑発も激昂しているように見えるが、行動には何も影響が出ていない。

 テンションの上昇はそのまま爆発力に繋がるのに、怒りの方は努めて表に出さないようにしているのだろう。

 熱さと冷静さの共存。

 およそ考える限り、戦闘魔導師としての姿勢は完璧だった。

 ここに本来ならばあらゆる系統を生み出す力が加わるのだ。

 強いのも当然であろう。

 事前に相手の要たる部分を把握し、恐ろしいまでの相性の良さを誇るからこそメアリーは優位に立っているのだ。


「事前に知っていてもこれですか。……魔導師殺し。最強のキラーにして、エースというのも伊達ではないですね」


 メアリーは対魔導――つまるところ、技術としての魔導に対して優越性がある。

 解析と再現。

 2つの固有能力があれば、技術の最前線にいる彼女にとって相手の魔導を潰すのは難しくないからだ。

 対して健輔はバトルスタイルなどを含めた『魔導師』としての強さを踏み潰しにくる。

 どちらも脅威なのは間違いないが、カテゴリーの広さではメアリーに軍配が上がるだろう。だからこそ、現状が成り立つ。

 メアリーのような自らよりも広い範囲をカバーできるキラーを恐らく健輔はまだ知らないはずである。

 未知の敵に対して後手に回ってしまい、主導権を奪われてしまう。

 健輔が勝ちパターンに入る時と状況的には全く同じだった。


「あなたは良い魔導師だ。単純に考えれば、既にウィザードも射程に入ってますよ」

「はっ、射程に入っているか。ものは言いようだなッ!」

「そんなに疑わないで欲しいですね。純粋に褒めているのに」

「――上から目線の褒め言葉なんて、御免だねッ!!」


 プライドの高い発言。

 友人たちの顔が浮かんだのは同類を見つけたからであろうか。


「そういうところは子どもらしいとは」


 苦笑するも相手を潰すための行動は速やかに組み上げられる。

 万能さにおいて健輔を超えるただ1人の魔導師。

 『魔導』という技術においては魔導大帝すらも超えると自負していた。


「では、そろそろ決めさせていただきます。こういうのは、如何ですか?」


 右手に解析、左手には連動して解体の術式を再現するように設定しておいて健輔の術式発動を自動で消し飛ばす。

 基本能力の向上を封じられてしまった以上、健輔は己のバトルスタイルと戦闘技術のみで立ち向かうことになる。

 そして、メアリーはわざわざ相手の土俵に乗るつもりはなかった。

 最先端――多くの者にとっては『未知』の力で奇襲を仕掛ける。


「起動」


 1つの単語でメアリーの瞳に潜んでいた術式が動き出す。

 攻撃範囲は視界に入る全て。

 ある意味ではとても魔導らしい『魔眼』による攻撃。

 素早さと威力を両立させた小型化の進んだ魔導技術である。


『マスター、魔力反応です! 広範囲で、これは……』

「あれは、目か!」


 美咲から最新の術式については聞いている。

 術式をコンパクトに纏める技術は以前からあったが威力が不足していた。

 この分野に光が差したのは、健輔にとっては縁深い人物が関係していた。

 ――近藤真由美。

 彼女の存在によってインスピレーションを得たことで一気に進み始めた分野の研究だったりするのだ。

 魔力の質を高めることで威力を上昇させる。

 この発想を応用して、術式レベルでの実用性向上を果たしたものの1つがメアリーが発動した『魔眼』であった。

 進化する魔導競技に合わせて、技術面でもいろいろと変化が起きているのだ。

 もっとも、今まさに最先端の力を受けている本人にはどうでもよいことであったが。


「ぐああああああ!?」


 健輔だからこそわかることだったが、メアリーの視界内に存在していた全ての魔素が起爆していた。

 慌てて障壁を強化するが障壁の内部にも魔素は存在しているため、事実上の素通しとなる。結果は言うまでもないだろう。

 周囲で次々と生まれる爆発に健輔は飲まれてしまう。


「些か卑怯でしたかね。……まあ、初見の技で奇襲というのは格下が格上を倒す術としては割とポピュラーでしょう。これぐらいは受け入れるだけの器がありませんと」


 健輔が戦う舞台はそういう場所なのだ。

 何せ、今年からは上にいた者たちが下にいる者たちへと技術を伝授する。

 戦い方もそうだが、素直な者では思いつかないようなルールのギリギリをいくようなことをする者たちも出てくるだろう。

 わざわざコーチという形で上の世代を引っ張ってきたのにはきちんと意味があるのだ。


「まずは1勝。……でも、どこまで付き合えば諦めてくれるかしら」


 これで話は聞いてくれるだろう。

 メアリーの魔導師としての強さを認めないような狭量さはないと思いたい。

 つまるところ、この時点で彼女的には目的を果たしているのだが、健輔はどう見てもそう思っていないことが問題だった。

 爆風から現れた男は尽きぬ闘志で瞳を輝かしている。


「私もいい年なので10代のノリは流石に辛いんですけどね……」


 素直に言っても聞いてくれる確率は五分五分であろうか。

 メアリーの中でいろいろと計算が働くが――大きな溜息と共に戦闘態勢に戻ることにした。今回は割とメアリーにも非があるのだ。

 付き合ってくれる若人に本気で相対すべきだろう。

 相手を対等だと思うのならば必須のことであった。


「気が済むまで付き合います。だから、今日中には話をしっかりと聞いてくださいよ?」

「勿論。――ただ、数戦ぐらいで終わらせるつもりは全くないですけどね!」

「はいはい。存分に付き合いますよ。私も、魔導師の端くれですからね」


 第2ラウンド開始。

 メアリーは付き合う自分も十分に戦闘狂だと自嘲しつつ、向かってくる可能性に笑みを向ける。

 頼もしき次代の精鋭。

 彼が存分に暴れられるようにその可能性を引き出す。

 人を育てる喜びを感じながら、最強にして最後の教え子になる予定の人物へ容赦のない術式爆撃を仕掛けるのだった。






「ぜ、全敗だと……」

『マスターがここまで負け続けるのは久しぶりですね。私の記録上でもベスト5に入るほどの回数を出しています』


 気合を入れ直して挑むこと数十回。

 全ての戦いでメアリーにライフを0にされてしまう。

 完膚無きまでの敗北はここ最近では久しぶりだった。

 桜香に夏直前で破れているが、予想通りであったあの時とは違い中々に辛いものがある。

 

「ど、どれだけの戦闘狂ですか……。まさか、ここまでやることになるとは……」


 時刻は夕暮れ時。

 1日をほぼ戦闘で使い潰すなどという事態はメアリーにとっては非常に珍しいことである。基本は机仕事がメインなのだ。

 超人たる魔導師であっても精神的な疲労は相応にあった。


「まったく、あなたは強いから上手く逸らすのが本当に大変でした」

「涼しい顔でホイホイと無力化していたように見えましたけど。はぁぁ、修行のやり直しだなぁ……」


 健輔が本当の意味で落ち込んでいる姿を見せている。

 メアリーは知らないだろうが非常にレアな光景ではあった。

 強くなり、己の強さに自負もあったからこそ敗北の衝撃は大きい。

 良い勝負で負けたと言うのならばともかく、圧倒的な敗北だったのも辛いところであった。天敵との戦い。相性の悪さがあるため、勝つときは圧勝。負けるときは惨敗になってしまうのだ。

 健輔でも相性の悪さを覆せなかった。

 このことが重い課題として圧し掛かる。


「クソ……制御速度、いや、視線に対する防御策もいるよな。選抜戦の直前だっていうのにやることが一気に増えたぞ」

『今回の戦闘データは美咲に送ってあります。敗北にこそ、学ぶものがある。マスター、非常によいデータが取れたのだと考えましょう』

「わかってるよ。……負けたのは悔しいけどさ」


 脳内で対策を進める。

 今回の戦いは非常に有意義だった。

 負けたこと自体は癪でも、受け入れることはしないといけない。

 メアリーほどの相性の悪さと錬度の差を備える相手はいないだろうが、世の中には万が一ということがあり得るのだ。

 わかっている弱点には対応する必要がある。


「ふふ、青春していますね。そういう姿を見ると私は学生時代に凄く勿体ないことをしていたなと思います」

「ん? ああ、あなたは学生時代は普通に学生してたんですっけ。美咲から聞いたことがありますよ」

「ええ、あなたたちのように全力で魔導に取り組むようになったのはかなり遅かったですね。後悔というほどじゃないですけど、勿体ないとは思ってます」


 微笑むメアリーは健輔に曖昧な笑みを向ける。

 勝者にも関わらず、勝者が持つべき雰囲気が皆無なのだ。

 落ち込んでいるのがアホらしくなるほどに纏う空気が普通である。

 ある意味で健輔はこの空気感に敗れたとも言えるだろう。

 対峙する相手の警戒を緩めてしまうような、そんな妙な感じを抱かせる。


「やり辛い……。マジで天敵だな」


 戦っている最中から相性の悪さは感じていた。

 見透かされているような、それでいて相手の底は見えてこない。

 桜香とは違うベクトルの底知れなさがある。


「さてと、あなたも私が『天敵』だということに納得してくれたところでそろそろ本題を話したいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「はい? 本題って……」

「本題は本題ですよ。さっきの戦闘は、まあ、挨拶ですね。魔導師というのはそういうものでしょう? 特にあなたのように強い魔導師は弱い相手から学習することなんてない、そう思っているタイプです」

「いや、そこまでは思わんけどさ」


 メアリーの語る人物像は傲慢に過ぎる、と言い返そうとして再び美咲からの情報が頭に過った。

 メアリーと仲が良いとされる魔導師たち。

 レジェンドの中でも一際際立つ者たちの名は、


「そうか、魔導大帝……」

「アンドレイの名で納得されるのも凄いあれですね。こう、私はあの類とは違うつもりなんですけど」


 メアリーは少しだけ表情を引き攣らせる。

 アンドレイと同じカテゴリーに括られて納得されるのは微妙な気分だった。

 訂正するのに時間を使うのは勿体ないため、抗議の言葉は飲み込んでおく。


「ま、まあ、いいです。今は置いておきましょう。私が此処に来たのは、あなたに指導するためですから」

「指導……?」

「はい。期間限定のコーチみたいなものです。春の間は『裁きの天秤』を監督していましたよ」


 メアリーは魔導の最前線にいる人物であり、だからこそ他のレジェンドとは役割が異なっている。

 正しい意味でのコーチと言うべきであろうか。

 扱いの難しい能力を持っている魔導師のところへ派遣、面倒を見るのが今期の彼女の仕事であった。

 アメリカ校に所属の『裁きの天秤』は極めて希少な固有能力を保持しているが制御に難があったため数ヶ月に渡りメアリーが調整作業に従事していたのだ。


「春の間ってことは」

「今は引き継ぎを行いました。希少性が高い能力を持っているのは別にあの子だけじゃないので他にもいろいろなところへとお邪魔しましたけど。ここに来たのも似たような理由ですよ。最後になったのは相応の理由がありますけどね」

「似たような……最後……えっ、もしかして?」

「はい、希少な能力を持つ子への指導。つまりはあなたみたいなワンオフものを持つ子への指導教官ですよ」


 現状はルールの改革途上であり、コーチが戦闘要員に寄っている。

 これは全体に派遣するほどコーチの人員が足りていないことが主な原因だった。

 教師が足りていないのだから、当然のようにコーチも足りていない。

 選手として求められている技量と指導者に必要なスキルは異なる。

 しかし、急に人を増やせない以上はある程度の妥協が必要だった。

 コーチ側となる人員にも選択権がある以上、新しいポジションとして定着させるためにいろいろと荒い部分が出てしまっている。

 メアリーはそうした齟齬を埋めるための人員の1人であった。


「コーチ制度は戦闘面への波及のみに留まってます。バックスの子とかは派遣された者によっては一切の恩恵がないでしょう?」

「あー美咲が何か言っていたような……」

「納得できる部分があるならよかったです。早い話、そう言う子たちのためにも一定期間は私のようなタイプがくるようになってます。大分ギリギリになってしまったのはあなたの成果もありますけどね」


 少しだけ恨みが籠っているのは気のせいではないだろう。

 メアリーも本気で言っている訳ではないが、やはり残業の原因となった者には思うところがある。


「いやー、それほどでも」

「神経が太い子ですね。まあ、そういうことですから、アドバイスさせてください」


 ここまで言われれば健輔もメアリーが戦いを挑んできた理由がわかる。

 同じタイプとはいえ、健輔がボロ負けするのは些かおかしい。

 戦いながら、感じたある違和感も大きな理由である。

 まるで優香と戦っている時のように攻撃を避けられてしまう。

 気勢を制されてしまう。

 言ってしまえばその積み重ねが健輔を敗北へと導いた。


「覚悟はしていたみたいですね。やはり、あなたは優秀だ」

「子ども相手に完全にパターンを解析してからくるとか本気っすね」

「一廉の実力を持つあなたに手抜きなんてそれこそ侮辱でしょう?」


 微笑み返してくる大人の笑顔になんとも言えない気分になる。

 美人というのは本当に得だ、と学園に入ってから幾度目になるのかもわからない溜息を吐いた。


「俺のパターンを読み、系統の変化を潰せば勝てる。天敵というのはそういうことですか」

「ええ。まあ、非常に困難だと思いますよ。あなたのパターンを読み切るのに多くの戦闘データと、最新の設備を使って数ヶ月の時間が必要でしたからね」


 メアリーが持ち得る環境は相手の分析という分野では文字通りの意味で世界トップである。

 彼女の技量も加われば戦闘パターンを丸裸にする程度は造作もない。

 その上で数ヶ月という時間を費やしたのは、言うまでもなく健輔の研鑽の証だった。

 同じことを他のチームでやることはほぼ不可能であろう。

 つまるところ、天敵と成り得るにも相応以上の実力が必要なのだ。


「私と同じことを出来る人間は多くありません。世界でも数人でしょうね」

「過程は違えど、ってやつですか?」

「はい。どんな相手なのかは、想像が出来るでしょう?」

「……なるほど」


 健輔が自らの弱点を自覚しておくべき相手たちなど簡単に数を絞れる。

 そして、数を絞れる相手こそが健輔の勝ちたい相手だった。


「先は長いなぁ……」

「むしろ、1年で此処まで来ている方が驚きです。まあ、普通だったらここでしばらく足踏みでしょうね」

「ん?」


 何やら怪しげなニュアンスの発言に健輔は首を傾げる。

 実際、メアリーの言うことは正しい。

 最近は以前ほどに手応えがないのだ。

 根本的な強化の道と言うのが見えてこないで小手先の技が多くなっている。

 技が生まれることは悪くはないが、やはり大本の部分をなんとかしないといけない時はやってきてしまう。 

 結果として生まれる焦り。

 停滞への苛立ち――などと思っていたのだが、


「普通?」

「ええ、普通は、ですね」


 普通、という部分に引っ掛かりを覚える。

 まるで、あなたはまだ先にいけると言わんばかりの言葉であろう。

 期待に笑みを浮かべながら、健輔は意を決して尋ねた。


「俺が、これ以上にいける方法があるんですか?」

「ありますよ。だって、あなた、まだ系統に目覚めてませんもん」

「は?」


 思いもしないメアリーの言葉に健輔は完璧にフリーズする。

 同時に何かが胸の奥で高鳴るのを感じた。

 聞くべきことはたくさんあるし、聞きたいこともたくさんある。

 沸き起こる衝動は中々に制御し難く、健輔をして叫びたくなるような想いを感じさせた。

 荒れ狂う思い。

 とりあえず、1番伝えたい想いだけを伝えるために健輔はゆっくりと開く。


「スパルタで、お願いします」

「あらら、そこからですか? はい、任されました。きちんと、嫌と言うほどに叩き込むわ。だから、出しゃばってきたロートルなんかに負けたらダメよ?」 


 言外に指定された魔導師を悟る。

 浮かぶ笑顔は不敵なもので、自分が随分と好戦的な顔をしていると自覚した。


「勿論、誰にも負けるつもりはないですよ」


 たとえ、チームメイトであっても負けっぱなしで終わる訳にはいかない。

 勝ちたい相手など腐るほどいるのだ。

 そのために必要なものが目の前に転がってきた。

 ならば、佐藤健輔の行動は決まっている。

 やると決めて、後は駆け抜けるだけだった。


「よろしくお願いしますよ、3人目の師匠」

「承りましょう。おそらく、私の教え子の中で最強になる弟子さん」


 選抜戦を前にして健輔は好機に恵まれた。

 この先を戦い抜き、今年こそ頂点を取るためにやれることを全てやり切る覚悟を身に纏う。――最後のピースが揃い、万能は次の頂に進む。

 そして、彼が進むということは各地のライバルたちもまた歩みを進めているということであった。

 激化する戦い。

 昨年度すらも超える激戦が幕を開ける――。


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