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第170話『課題はあれども夢もある』

「勝利に終わったというのに少し表情が重いですね」

「そうかしら? 深刻に捉えているってことはないんだけどね」


 模擬戦を終えて、両チームは解散し各々の日常へと帰還していた。

 反省会も既に終わり部室に残るのはたった2人だけである。

 コーチたるフィーネとリーダーたる葵。

 チームの頭脳とも言える両名は各々が抱えた感想を口にする。


「新ルールは思っていたよりも楽しそうですね。コーチとしては、そう言えますが」

「戦う方は頭が痛いわ。実戦を想定する、という意味ではあんまり役に立たなかったもの。今回は結局のところお互いに不慣れだったから正攻法でくるのは想定通りとも言えるから」


 健輔が完璧に読んでいたように今回の作戦に限るのならば敵の行動はわかりやすかった。

 奇抜な行動を出来るほどに地力はないし、より言うならば向こうも試運転に近い。

 お互いに初心者同士。

 無理な冒険はしていない。


「コーチをどのように使うか。より実力が近いチームとはどうするのか。課題は見えてきましたか」

「ええ。こっちもいろいろと考えるけど、このルールは総合力が高いチームほど有利だわ。ベテランでも数名でエースと引き換えに出来る。あれはそういうルールだもの」


 エースの強さを大きく低下はさせないがやり方次第では無傷で落とせる。

 新ルールの匙加減は中々に良く出来ていた。

 葵からしても望むところ、という出来であるが課題は課題として認識している。

 何せ、このルールだとヴァルキュリアなどは以前よりも遥かに面倒臭くなるチームであった。

 皇帝の率いた『パーマネンス』のようにワンマンな方がやり易いのである。


「メンバー全員を警戒するのは難しいですから。古巣であれですがヴァルキュリアやアルマダは脅威度が違いますね」

「全員のレベルが高い。つまり穴が少ないということは、その人が落ちても戦闘力を維持できるってことだもの。私たちは些かエースに火力を頼りすぎよね」

「強みであり、弱み。当然ですが、どのチームも完璧ではないですね」

「あなたみたいなのがいたのに平均レベルが高い。惜しむべきは1年の差かしら?」


 葵は欧州の差を茶化すように笑い掛ける。

 笑い掛けられた方は苦笑で返すしかなかった。

 フィーネも惜しむ気持ちはあるのだ。

 自分が率いるヴァルキュリアで今のルールならばもっとやれることはあっただろう。

 しかし、全てはもしもの話であり、現実では彼女にその幸運は舞い降りてはこなかった。

 降りてこなかった以上、彼女に思うところは特にない。


「環境に文句を言うのは意味がないですから特には何もないですね。あの時、あのルールで勝つことが大切なことであり、勝利自体が目的という訳ではないですよ」

「そっか。無粋なことを言ったわ。ごめんなさい」

「気にしてないです。よく言われることですからね。個人的にあの終わりはそれでそれで良かったと思ってますよ」


 全力を超えた先で仲間に全てを託して、その上で負けたのだ。

 フィーネにとっては最高のメンバーで、あれ以上はなかった。

 カルラたちには他の想いがあるのだろうが他ならぬ女神は納得しているのだ。

 あれが自分にとっての3年間の終わりならば、それで良かった、と。

 他者の評価云々などよりも自己の中で完結している。

 桜香にも共通する点であるが、フィーネは桜香と違って明確な意思の下にその在り方を選択していた。

 両者の差が強さ以外の――ある種の風格の違いを生み出している。


「私の過去などよりも未来の話をしましょうか。コーチとして気になることも何点かはあります」

「そうね。まず認識すべきことは私たちの弱点」

「エースの戦力が大きいのも良し悪しですね。今までのピンチは結局のところ、健輔さんやあなたの奮闘でなんとかなっていた面が大きい」

「総合力はある方だけど、それ専門のチームには劣るわね」


 ルールの変化があれば、警戒すべきチームの質も変わる。

 アマテラスが強いのは当然で警戒することも変わらないが、戦い易いか戦い難いかの問いならば前者となる程度には相性が良い。

 チームの相性すらも押し殺したのが桜香であり、脅威は何も減じていないが対抗する手段がある以上は余裕は生まれる。


「怖いのは総合型。アルマダや……アメリカの上位チームにもいくつかいるタイプよね」

「ええ、欧州にもアメリカにも一定数あります。本来のアマテラスも其処に属するのでしょうが」

「紗希さん辺りから変質してるものね。エース特化は分かり易くて華があるもの」


 群れとしての強さを押し進めたチーム。

 全体の方向性の違いは些細だが無視してよい要因ではない。

 中堅どころの中では見所がある。

 魔導探究会のポジションはその位置であり、クォークオブフェイトに劣る要因はない。

 本来は無傷でもおかしくなかった。

 

「初見殺しもやり易そうだし。チームとして戦法があるところはフィールド効果の与える影響も大きいでしょうね」

「対抗するには当然、地力の強化を。そして――」

「――チームとしての特色を考える、よね。エース押しの火力は捨てずに、新しい在り方を模索しないと」

「時間は左程ありませんよ?」

「あろうがなかろうがやるのよ。決めたらやる。これって大事よ?」


 可能ならば選抜戦で総合型と戦っておきたい。

 叶うかどうかもわからぬ希望を胸に秘めておき、葵はフィーネとチームの先行きについて語り合うのだった。






 連携。

 言葉にすれば短く、それほど大きな意味はないように思える。

 少なくとも1年前の彼女は言葉の意味を知っていても、しっかりと実践は出来ていなかった。

 1年の時が過ぎた今でもハッキリとした意味はわかっていない。


「……美咲ちゃん?」

「あっ……ごめんなさい。話、聞いてなかったわ」

「さっきの試合のことかい?」

「うん、そうかな。追い付いたと思っても、2人共歩くの早いから。いつも置いていかれちゃうわ」


 対面に座る圭吾へ珍しくも弱音を吐露する。

 健輔と優香がそうであるように2人の間にもそれなりの絆があった。

 走り抜ける友人を追い掛ける戦友。

 他のメンバーとはまた異なった形の関係がある。


「ごめんなさい。圭吾君の方も大事な話なのに」

「いいよ。僕の強化は別に急ぎでもないし。それよりも女の子の問題の方が大事だよ。特に健輔関係で放置していたらあっちはあっという間に姿も見えなくなるからね」

「ありがとう。……別に深い理由はないんだ。なんというか、あの2人は出来過ぎなぐらいに能力も噛み合ってきている。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ……その事が複雑だっただけ」


 以前からも阿吽呼吸だった連携。

 2人が組めば如何なる敵とも戦える――というのは過言でもかなり優秀なペアだったのは間違いない。

 九条優香と佐藤健輔。

 地力もさることながら掛け合わせた際の可能性は無限大だった。

 そう、そのままでも最高に近いペアだったのだ。

 しかし、2人はその程度では満足できなかったらしい。


「優香の問題点は大きすぎる魔力生成量の制御が難しいこと。高い魔力消費を用いる技を並行して用いても足りないほどに」

「大型の施設級。単純な比較は難しいけど規模的には次元が違うよね。他の人たちが電池やバッテリーでやりくりしているのに1人だけ原子力発電しているような違いがあるよ」


 圭吾の物言いは過剰な装飾であるが事実として単位が1つや2つ違う程の差がある。

 魔導界の中でも最高峰。

 歴史上でも類を見ない逸材――であるが、肝心の出口は他の選手たちと同じ人間だった。

 相応しい出口がない以上、完璧な活用は難しい。

 常に制御に気を使わないと内側から弾ける上に、おまけとばかりに上手く外に出せても今度はその魔力に集中しないといけなかった。

 全身が火薬の塊。

 これでまともに戦えるのは偏に優秀な制御力があるからこそだった。

 卓越しているし、圧倒的だ。

 それでも尚、足りない才能こそが優香の問題点だった。

 以前からの変わらない事実。


「健輔の問題点は言うまでもないよね。出力不足だ」

「正確には以前までとは別の理由で出力が不足してきてるんだけどね……」


 『天昇・万華鏡』が形になったことであらゆる万能系の束縛から解消された健輔であるが、壁を越えた先には別の壁があった。

 つまるところ魔導師としての壁である。

 魔導師である以上、魔力の生成量には限界があり、当然ながら健輔にもそれは存在していた。

 万能系のような器用貧乏な要素はなくなかったが、真っ当な魔導師として出力には苦しむようになってしまったのだ。

 

「系統切り替えに、創造、同時運用。結果的に増大した魔力の使用量が以前と同じく出力に関しての問題を引き起こしている」

「バーストモードとかはある意味では本末転倒な力だからね。多様性が武器なのにそれを放り投げている」

「健輔が特化しても勝てるのは格下だけ。これは疑いようのない事実だもの。実際、皇帝にはなんとか勝ったけど桜香さんには負けた」

「熱量の差がダイレクトに出た結果だけど事実ではあるね。健輔は分かりやすい強さよりも多少は分かりにくいぐらいの方が似合っているかあ」


 悪い訳ではないが、特化することで失われるものは確かにあった。

 やれることが増えたことで結果的に幅を狭める。

 万能故の枷は健輔にも存在していた。

 

「だね。で、噛み合っているっていうのはさっきの試合のこと?」

「うん。なんていうか、2人とも特に狙っていないんだろうけど、奇妙なほどに補完がされているから」

「気持ちはわかるよ。おかしいよね、あの噛み合い具合はさ」


 真由美がそうしたのか。

 それとも環境が2人をその方向に導いたのか。

 答えはわからないが正しい事は1つだけである。

 優香は出力先を健輔にすれば問題の解決が出来、健輔もまた優香と協力することで問題が解決してしまう。

 双方向の能力的な噛み合いが生まれようとしていた。


「ハードルはあるけど、確かな未来よ」

「まあ、2人だけだと無理だろうね。誰かが間を埋めてあげないと」

「……圭吾君は意地悪ね。……私しか、いないかぁ。わかってるんだけど、何とも言えない気分になるよ」

「ご愁傷様。苦労性というか、美咲ちゃんはいい子だからね」


 当然のことであるが問題は山ほどある。

 優香は底なしであるが1度に出せる最大出力は桜香などとそこまで変わらない。

 健輔が組みだせる量とはイコールで優香の戦闘出力に異存するのだ。

 何も考えずに健輔と優香を結びつけるだけではどちらかの戦闘能力に大きな枷が付くことになる。

 

「いい子って、また曖昧な物言いね」

「ごめんよ、語彙が少なくてね」

「いいわよ。茶化してくれた方がヤル気も出るもの。一頻り胸の内は明かしたから、スッキリもしたしね」

「美咲ちゃんらしいね。いろいろと悩んでいるけど、最後は1人で振り切る。そう言う意味では健輔に似てるよ」


 圭吾の笑いを含んだ物言いに反論しようとも思ったがよい言葉が出てこない。

 実際、なんだかんだ言っても2人の力になるためにプランは立ててしまうのだ。

 的を射ている発言を否定するのは正直なところ、意味はなかった。


「はぁぁ……今年も結局はこうなるか」

「来年も、同じじゃないかな」

「振り回され続けるのね。……なんかそれはそれで悪くないって思うのは染まっている証拠かな?」

「だね。僕なんかは最近は楽しくて仕方がないよ。実に退屈しない」


 2人は笑い合いながら友人たちを思い浮かべる。

 主力である2人に対してサポートに過ぎない美咲とサブである圭吾は支えることこそが出来ることだった。

 戦いの形は違えど、彼らも本番へと備え始めている。


「じゃあ、そんな騒がしい友人のためにも頑張りますか。時間はどれほどあっても損はないでしょう」

「その調子で僕のお願いも素早く叶えてくれると嬉しいな」

「はいはい。今度はちゃんと聞くわよ」


 成長する友人たちをもっと高みに飛ばすために翼たちも努力する。

 全ての祈りと絆、そして努力を束ねて世界という舞台で魔導師たちは舞う。

 選抜戦開幕前の最後の穏やかな時は静かに過ぎ去るのだった。


第5章はこれでひとまず終了となります。

残りはいくつか番外編を挟み、第6章『選抜戦』となります。

次の章もお付き合いのほどよろしくお願いします。

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