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第169話『届かなくても』

 侮りなどは存在せず。

 慢心など持ちようもない。

 彼らの心にあったのは事前の作戦を完遂することのみだけで、心に不足分はなかった。

 立ち向かう覚悟も意思もしっかりと携えていたのだ。

 忘れてはいけなかったことはたった1つだけ――恐怖もまた、思考を鈍らせて道を見誤らせる要因だということだけである。


「なあ!?」

「このまま、いく!! 全員、発射体勢」

「りょ、了解! いきますッ!」


 葵による優香の投擲。

 やられたことはそれだけだったが、『あの』藤田葵の破天荒な行動に確かに彼らは浮き足だった。

 ダメ押しの最後。

 円形の魔導陣の上部に空いた穴から大量の魔力弾を撃ち込む。

 本来はそれだけだった仕事に向かってくる優香へ対処するという項目が加わっただけなのである。

 何も焦ることなく普通に打ち込めばよかった。

 彼らの攻撃に呼応して大地も激しい爆発で弾け飛ぶ。

 上と下からの同時攻撃。

 完全なる遮断からの下からの自爆だけでは足りないと判断したからこそのあえての逃げ道だった。

 誘導された逃げ道など罠でしかなく、逆に必殺に変えてやると戦う前には思っていたのにいざ目前にした時、恐怖から呼吸が乱れてしまったのだ。


「雪風!!」

『魔力放出、バーストッ!』


 タイミングは刹那。

 乱れた呼吸は連携に隙を生む。

 突然の事態に悲鳴を上げても隙を見つければ彼女は戦士に生まれ変わる。

 地力での飛行は不可。

 迫る砲撃群は後方の魔導陣と呼応して威力を天井知らずに引き上げる。

 

「後ろを振り向かない――」


 空を飛行する力はまだ戻っていない。

 相手側の結界は想定よりも遥かに出来がよい代物だった。

 おそらく攻撃が着弾するタイミングまでは優香は飛べないだろう。

 

「今!」

 

 攻撃が身体に直撃し、背後の魔導陣が弾け飛ぶ。

 激しい光が視界を埋め尽くす。

 相手の必勝の策は此処に結実したのだった。






 優香が光に飛び込むのとほぼタイミング的には同じだっただろうか。

 ひっそりと健輔が仕込んだ術式が発動する。

 効果は単純明快。

 大きな魔力の力を自らのモノへと変換する。

 かつての決戦術式から大きな進化を遂げた新しい術式。

 大会での切り札として用意していたモード。


『発動――『天昇・万華鏡』バーストモード』

「潰すぞ、魔導探究会ッ!」


 魔力光が虹色へと変貌し、出力が跳ね上がる。

 効果自体は昨年度の世界大会で発動した決戦術式『クォークオブフェイト』と大差はない。違う部分は発動に要する力が仲間ではなく、別のモノに変わったことだけである。

 決戦術式『クォークオブフェイト』は発動にチーム全体の力を必要とするため、本来ならば試合で使うには制約が多い術式であるが健輔は新しいルールを逆手に取った。

 相手側の作戦にもよるが、エースを――優香たちを仕留めるには大きな火力が必ず必要になる。

 この部分に着目したのだ。

 優香たちエースを落とすには強大な火力を必要とする。では、その火力を実現するのに必要な魔力はどうするのか。

 考えてみれば左程手段は多くないのだ。

 1番オーソドックスな部分に着目し、大量に放出されるであろう魔力を利用することを考えた。

 足りないならば他から持ってくる。

 健輔の十八番であり、健輔だからこそ出来る手段でもあった。

 バトルスタイルの変幻自在さ。

 圧倒的な系統保有数。

 これらも健輔の力であるが、昨年度で成した技の中で忘れてはいけないものはまだあったのだ。

 他者の魔力の利用。

 相手チームのものであろうとも、制御されていないのならば自らの力に変えることが健輔には出来る。

 

「っあ!?」


 叩き付けられる魔力に賢人は驚く暇すらもなかった。

 目を離したつもりもなく、相手に逆転の布石など打たせたつもりも微塵もない。

 微塵もなかったが現実は何も出来ずに目の前に超級のエースの君臨を許してしまっていた。あらゆる魔導を使いこなし、圧倒的なパワーを持つ。

 3強にも劣らぬ魔導師が此処に居る。

 事実を再確認し、心が震えた。

 限界すらも超えた更に先にいる存在。

 練習試合とはえ、これほどの魔導師を前にしてやるべきことは何なのか。

 答えは決まっている。


「怯んでいる場合かッ!」


 相手との比較を放り投げて賢人は前に出る。

 もはや計算など無用。

 ただ魂を燃焼させて前に進むのみである。


「まだ前に出てくるか。お前、面白い奴だなッ!」

「お褒めに預かり光栄だ!」


 感じる圧力はかつての世界大会で見た覚えがある。

 チーム全員分の魔力を引き換えに発動していた決戦術式。

 あれとよく似ているのだ。

 賢人は絶望的な戦況にも関わらず楽しくなる自分を自覚していた。

 世界最強の魔導師として君臨した王者。

 『皇帝』クリストファー・ビアス。

 画面越しでしか見たことはないが、その強さには憧れた。


「ふ、ふははっはははッ!」


 憧れた強さを凌駕した状態――いや、それ以上の力が賢人を蹂躙しようとしている。

 理由などどうでもよい。

 これだけ真剣にぶつかってきている相手に計算などしていて良い訳がなかった。


「たあああああッ!」


 防御を捨てて全魔力を魔導機に集中させる。

 過去最高と断言できる斬撃。

 熱くなりながらも冷静に放てた攻撃だと自負していた。

 相手の視線を自分に集中させるためにも脅威に見える必要がある。

 全力全開の一閃。

 賢人の仲間たちも呼応して攻撃を仕掛けようと動く。

 しかし、


「グォ!?」


 狙いすまされた一撃が全ての前提を崩壊させる。

 流れるように渾身の斬撃を見切って、カウンターの肘を刻む。

 突き刺さる左肘に身体を浮かされて、晒すのはより大きな隙であった。

 視界の端に握り込まれた拳を見つけて、自らの未来を悟る。


『強化―強化―強化―強化』


 4重に強化された魔力。

 やっていることは賢人と似ているが規模の差がそのまま力の差となる。

 本来の健輔でも系統の変化とこれほどの出力は扱えないが、溢れんばかりの魔力――皇帝とタメを張る程の力が造作もないことだった。


「正攻法こそ、王者の技だよな?」

「ッゥ!!」

 

 同意の言葉も反論も出せない。

 必殺技などない単純な強化の組み合わせ。

 王者が頂点として見せつけた力と同位の力。

 やっていることは単純な斬撃であるが威力の桁が違えば必殺の技となる。

 必殺技は何かしらの特徴があるゆえに防ぐことも不可能ではないが、通常の動作には絶対的な対応方法などない。

 あるとすれば相手よりも強くなることであろうが、それが出来るのならばそもそもこの苦境自体が存在していなかった。


「こんな、戦い方は……ッ!」


 仲間で囲んでいるのに、意にも介さない。

 健輔は賢人のみを見つめて、彼を終わらそうとしていた。

 連携をしているのに生まれた一瞬の間隙が命運を別つ。


「賢人さんッ!」

「間に合えッ!」


 救援を急ぐ仲間たちだが、吹き出る魔力に行動が阻害されてしまう。

 他者と隔絶した魔力に正面からの王道たる圧倒。

 眩しいまでの強さに憧憬を感じる。


「まだ、だッ!」


 憧れを押し殺して、賢人は剣を握る拳に力を込めた。

 このままあっさりと終わる訳にはいかない。


「はは、いいね。この状況で前に出れる。お前さん、環境が整えばもっと上にいけるよ。ま、今は無理だがな」

「クソおおおおおおおおおおおおおッ!」


 健輔は賢人の動きに嬉しそうに語る。

 実に戦い甲斐があった。

 既に終わった相手として語られることに賢人は歯噛みするが、最後の意地も見事に左手で払われてしまう。


「これで、下位ランカーだと……。見る目がないにも程度があるだろうがッ!」

「いやぁ、照れるな。そんなに褒められるともっとボコボコにしたくなる」

「この、ドSがあああああああああッ!」


 健輔は賢人の魂の咆哮に複雑な表情を見せた。


「俺が? いやいや、ドSって葵さんみたいな人のことでしょ。俺ってどっちかと言うとMって言われることの方が多いんだけど」

「最強のサドと比較してどうする! 一般人と比べればお前も十分にドSだッ!」

「えっ……。葵さんと同類っすか……。それは、ちょっと……」


 惚けたようなやり取りだが健輔の右手は魔力が渦巻いており、賢人の最後の意地も吹き飛ばしている。

 状況は既に詰んでいて、後は結末を出されるのを待つだけであった。


「うーん、ちょっと考えるか。じゃ、そういうことで――じゃあな」

「余裕を見せやがって……」


 物凄い音と共に賢人の意識は闇に堕ち、


(まだまだ……遠いなぁ)


 静かに頂の遠さを痛感するのだった。






『マスターッ!』


 激減していくライフ。

 90、80と低下していく数値を前にして彼女の相棒が慌てたように声を上げた。

 未だに魔力は上手く練れない。

 必殺の策。葵の機転で相手を驚かす程度は出来ているが、それ以上の結果を導き出すにはまだまだ足りていないものも多かった。

 焦る心もあるし、気持ちはわかる。

 なけなしの魔力で展開している防御膜では完全に防ぐことなど出来るはずもなく、このまま攻撃を抜ける頃にはライフは0になるのが当たり前の結末なのだろう。


「――だから、超えないと」


 きっと、桜香(あね)ならばこんな状況でもなんとかする。

 きっと、健輔ならばこんな状況でも楽しんでいる。

 2人のことを誰よりも見てきたからこそ、優香にはわかるのだ。

 自分だけ置いて行かれるつもりはない。

 いつだって大事な場面で力を発揮しきることが出来なかった。

 自らを抑える、自らで生み出した限界。

 

「私の敵は――いつだって、私だったんだから」


 姉に怯えた。

 姉から逃げた――でも挑みたかった。

 矛盾もあり、回り道だらけでも優香なりの答えは既に見つかっている。

 見つかっているのだから、やり通さないといけない。

 イメージしよう、最高の自分を。

 姉にも、健輔にも――皇帝にも、まだ見ぬ強敵にも決して劣らない最高の強さを。

 

「『夢幻の蒼』」


 意識を集中させて、思い描くのは圧倒的な魔力量。

 自分に限界はないのだと、自分を強く信じる心。

 あれほど努力している健輔に勝利したのだ。

 優香は自分が健輔よりも努力しているとは思えない。

 思えないのに勝てたのは、一緒にいた時間の長さと――才能なのだと理解していた。

 悔しくとも決して挫けぬ相棒のためにも、彼を破った才能は至上のものでないといけないのだ。


「いきますッ!」


 魔導陣による魔力の生成阻害――そんなもの、圧倒的な力で蹴散らせばいい。

 彼女の姉ならば必ずそうするであろう。ならば、九条優香が選ぶ道も同じであり、同時にそれ以上でなければいけなかった。

 単純な才能の多様性で劣っても力という分野ではもう負けるつもりがない。


「魔力フルバーストッ!」

『出力、上昇!』


 優香と対峙するバックスたちにとっては恐怖の光景。

 飲み込んだはずの淡い蒼がドンドンと力を増して、少しずつ周囲を染め上げていく。

 未だに魔導陣は正しく機能している。

 作戦は上手くいっているのに、力技で捻じ伏せようとしているのだ。

 

「こんな……!」


 連携の間隙。

 僅かに生じたミスによって、完璧足りえない砲撃であるとはいえ8割は詰んでいた。

 しかし、


「貰いますッ!」

「させるかッ!」


 一気に吹き出した『蒼』が全てを弾き飛ばす。

 双肩を携えて、長い髪を靡かせる乙女。

 終わりを告げる使者に魔導探究会は決死の覚悟で立ち塞がる。

 バックスであっても理解していた。

 この状況で抜かれてしまえば絶対に試合が終わってしまう。


「身体で、止めてみせるッ!」


 3人の中で最年長たる3年生のバックス、リーダーである人物が前に出る。

 自爆してでも、などいうのは当然のように備えている覚悟だった。

 戸惑う後輩たちを置き去りにして戦いを挑む。

 巨大な魔力は物凄い出力であるがまだ魔導陣の効果範囲内である。

 飛行術式にも制限が掛かっているし、何よりも魔力生成にも制限がある、はずだった。

 判断は常識的で、誤りはない。

 彼らが見誤ったのは、九条優香が常識の範囲内で説明がつくと思ったことだった。


「あ――?」


 優香の構えた双剣に夥しいとしか言いようがない魔力が集う。

 かつての皇帝の全力を凌駕し、姉すらも置き去りにする。

 歴代の魔導師の中でも彼女を超えるものなど皆無。

 大型の施設が備え付ける魔導炉を凌駕するほどの正しく人間の領域の超えた魔力量が顕現しようとしていた。


「阻害されるのならば、それ以上の魔力で全てを薙ぎ払う。ただ、それだけですッ!」

『発動』

「蒼い、閃光ッ!」


 空を人間を飲み込むだけの高さを備えた横薙ぎの光線。

 優香の宣言通りに無理矢理も良いところの理屈で不可能を可能へと変える。

 あまりにも目まぐるしく入れ替わる戦況に対応が出来ないのはバックス故であろうか。


「く、クソおおおおおッ!」

「嘘ぉ……」

「あ、あり得んでしょ」


 3人纏めてライフを0にする一撃。

 この時『全体統制』は働いており、『効果無効』がある健輔はともかくとして優香の攻撃自体は別のものたちで負担することも出来た。

 しかし、流石に3人分のライフを咄嗟の判断で分散させるのは難しい。

 更には司令塔たる賢人が間髪入れずに撃墜されてしまったことで混乱していたことも大きいだろう。

 これにより優香を落とす最大のチャンスは失われてしまうことになる。

 葵は魔導陣の自爆により仕留めることが出来たが、健輔と優香が残ってしまった時点で大した意味を持たない。

 魔導探究会対クォークオブフェイトの模擬戦はこの時点で終わりが見えた。

 中堅チームの挑戦は彼ら自身が感じていたように、彼らの敗北で幕を閉じるのだった。


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