第168話『思惑はあれど』
光が晴れれば、そこにあるのは巨大な魔導陣。
1つや2つではない。
狙いを一切絞らない範囲を吹き飛ばす地雷のような術式群。
相手側の能力を出させないようにする妨害系の術式群。
一定範囲内での空中機動も妨害されている。
文字通りの必殺の陣。
葵の戦歴の中でも見たことがないほどに素晴らしい出来栄えの檻だった。
「あらら、やっぱりこうなったわね」
「葵さん。その、もうちょっと言い様があるのでは……」
「別にいいじゃない。相手の精いっぱいのおもてなしだもの。楽しまないと損よ」
一概に全てが正しいと言う訳ではないが、本当は防御と攻撃ならば防御の方が有利な点が多い。
しかし、今までの魔導競技は野戦に近く、防御側のメリットはほとんど存在しなかった。
ニュートラルな状態での戦い。
公平と言えば公平なのだが、結果として実力差がダイレクトに反映された戦闘が多かった。
その状況に1つの波紋を起こすのがフィールド効果での役割であり、次の世代の戦いなのである。
「ふふ、歓迎の準備はバッチリね。ワクワクしてくるわ。ここまで不利な状況で迎え撃つのっていつぶりかなぁ」
「葵さんが余裕があり過ぎると思います……」
「いいじゃない。こういうのを体感すると変わった、って思うわ」
今までの魔導競技において最も困難な部分は相手を罠に誘い込むという点にあった。
罠、他には防御陣地など強者に対抗する弱者の技があまり上手く使えなかったのは前提条件に強さを必要としたからである。
相手が強いからこそ、罠などで対抗したいのに罠を通用させるにはそもそも実力が必要で、陣地に誘い込もうにも手段がない。
戦術魔導陣のような規模の大きな術式で補うにも、規模が大きいというは時間と何より隠蔽作業が大変という弱点を抱えていた。
相手に必中させるように狙いを絞りながら、隠して素早く描く。
同時に成すべきことが多過ぎて使い物にならない。
あまり使われてこなかったのは、展開した後に当てることが困難なことと展開を隠すことが難しいからである。
「諸々の面倒臭い部分をフィールド効果が代用。自分たちに有利な場所をどこでもいいから展開するぐらいなら、ベテランクラスだったら誰にでも出来るわ」
「細かい誘導は不要。隠して展開するだけならば問題ない、ということですか」
「おまけに時間もかからないわよ。複雑な陣形を展開するからこそ時間が必要だったんだもの。来る場所がわかってたら単純で強力なものを用意すればいい」
バックスが全力で展開していけばトラップポイントを作るぐらいは訳がない。
今まではトラップを作っても相手が引っ掛からないという問題があっただけで、その問題が解決するのならば罠は有用であることに疑いようがなかった。
相手のエースを叩き潰せるメリットを考えれば最初の20分程度は耐えるだけで御釣りがくる。とはいえ、超級のエースはそれだけでも仕留めきれない。
彼らはエースたちに踏み潰されてきた者たちである。
誰よりも敵の強大さは知っていた。
その上で、挑むことを選んだのだ。
二の矢、三の矢は用意されている。
「展開! ここでこの2人を仕留めます!」
「わかりましたッ!」
「了解っす!」
急行してきたバックスの3名。
地上から葵たちは空を見上げる。
「ま、当然よね。罠だけで仕留められるとは思ってないでしょう」
「転移直後はこちらも覚悟しているからこそあえて時間をずらしてきましたか」
「相手も人間だもの。こっちのやりそうなことは考えるわよ」
「そうですね。それに……」
攻撃の準備に移る敵を尻目に優香は全身の魔力を循環させようと力を籠めてみる。
内部に宿るのは彼女の代名詞たる圧倒的な魔力量。
外部への出口を求めて、勢いよく――噴き出すことはなかった。
予想はしていた光景。
上手く魔力が外に出せない。
無論、異常はそれだけに留まらなかった。
「葵さん、上手く魔力が練れません」
「知ってるわ。こっちを早々に自由にさせるつもりはないってことでしょう」
「魔力生成の妨害は簡単ですが、陣で起こすにはそれなりに手間なのに……」
「そのための強制転移で、そのためのこの場所なんでしょ。それよりも、あっちの方よ。そろそろ準備も終わりそうな気配よ」
「本当ですね。少し動きが拙いような気もしますが……」
ある意味では呑気な会話。
罠の中でのんびりと会話する姿は詰みと言える状況にある人物たちは思えなかった。
完璧に相手の思惑に嵌った状況にも関わらず自然体そのものの姿である。
死地にいることなどエースには普通のことなのだ。
不利な状況を逆転させるからこそエース足る者になれる。
葵はともかく優香はまだその境地にはいないが、何れは至る者として自覚はあった。
所詮、ここまでは誰でも思いつくことなのだ。
想像可能なピンチなど切り抜けてこそ、であった。
「バックスなんでしょう。前衛などは割けない。かといって後衛はもっと無理でしょう。となると選択肢としては一択になってるわ」
「空を飛べないことを考えれば実質的に後衛と左程の差もないと考えて、ですか」
空を飛べない優香と葵にぶつけるのにバックスは悪くはないだろう。
最有力候補は後衛なのだが、残ったメンバーでも後衛を抜いて対処できるほどに温くはない。
前衛では優香たちの攻撃の間合いに入ってしまうため、反撃からの撃墜が起こりえてしまう。選択肢がないとも言えた。
ある意味では臆病に過ぎると言えたが、どれほど警戒をしても足りない相手である。
魔導探究会のやり方は筋が通っていた。
「葵さん」
「あらら、目視の範囲でも結構な規模の術式は見えるわね。しかも、全部後衛用だわ。徹底的に近づいてこないつもりね」
「――来ます」
空中機動を封じられた状態で遠距離攻撃を空から仕掛ける。
制空権を奪われた状況での一方的な対地攻撃。
バックスが繰り出す砲撃は威力で後衛に劣る分、多様性に優ることが多い。
機動力に制限がある現状で全てを凌ぐのは厳しいだろう。
「ピンチね。さて、どうしましょうか」
「葵さん、私は出れるのか試してみます」
「うーーん。それもいいけど、普通で面白くないかな」
「お、面白さですか? すいません。あまりユーモアには自信がなくて……」
「おー、優香ちゃん顔が赤いね。可愛いなぁ」
高まる魔力は葵たちに狙いを定めた砲口である。
いつもならばそれ以上の魔力で消し飛ばすのだが制限が掛かっている状態ではダメージは免れない。
このままでは嬲り殺しにされる。
危機的状況を乗り越えるために秘策が必要だが、常識的な範囲では見当たらない。
優香の言う脱出口など探すだけ無駄であろう。
檻に入れた獲物を簡単に逃がす捕獲者などいない。
「可愛いついでに1つお願いしてもいいかしら? 先に答えだけお願いね。あんまり時間はないし」
「へ? あっ、お願いですか。別に、構いませんけど」
「ありがとう。――じゃあ、ちょっと空の旅にいきましょうか」
「空? いえ、私たち今は飛べないとおも――」
最後まで優香の言葉を聞くことなく葵は足払いを仕掛ける。
優香は仲間からの唐突な行動に何も反応できずに体勢を崩してしまう。
思い浮かぶ疑問の言葉。
次の言葉を紡ぐ前に、葵の意図は行動で示される。
「それじゃあ、いくわよーーッ!」
「へ!? え! 葵さん、もしかして!!」
葵は足払いの際に上に向いた優香の足首を無造作に掴む。
迸る肉体強化の魔力。
健輔の腹を幾度となく破壊した拳が巨大な遠心力を生み、必殺の弾丸を放つ体勢へと移行する。
「必殺、優香ちゃんアタックッ!!」
「きゃあああああああああっ!!」
無許可で放たれた優香と言う名の弾丸は敵のバックスへと勢いよく飛び出す。
葵は逆転の1手として旅立たせた後輩へ満面の笑みを贈るのだった。
優香が葵によって無慈悲に打ち出される少し前。
強制転移から動いた戦況は当然、最後のエースにも影響を与えていた。
「囲めッ! 時間を与えるなッ!」
「追加か……」
新しく現れた2名の魔導師。
元からいた賢人に援護の1名を合わせて都合4名。
敵側の半分の戦力が集う。
葵たちを仕留めると同時に進むクォークオブフェイトを倒すための作戦。
エースから先に潰すために魔導探究会は全力を尽くしていた。
「俺に半分か。俺も評価されるようになったもんだ」
朔夜たちは優秀であるがベテランクラスであれば十分に抑えられる相手である。
葵たちを罠で討ち取り、各戦線に展開していた兵力を下げて健輔に集中させることで健輔を落とす。
単純明快な相手の戦略。
健輔が敵でもそうするだろう。
ただ1つだけ微妙に納得いかない部分もあった。
「俺を残すのが正解って……。いや、まあ……気持ちはわかるけどさ。……微妙だ」
自分でもそう思うが、他人に示されるのは些か以上にがっくりと来た。
相手が真面目に考えた結果、佐藤健輔よりもあの2人を優先した事実にしっくりとしたものを感じない。
気持ちはわかるが、微妙に侮られている感じがするのだ。
何とも言えないモヤモヤを表情に少しだけ出してから健輔は切り替えた。
「まあ、否定はしないさ。うん、努力は認める」
作戦としては理解できるし、納得もしよう。
その上で健輔は決めた。
絶対に思惑通りには進ませない。
「絶対に負けん。何か気に入らんぞッ!!」
「捻りが足りないのは謝るさ。でも、王道っていうのはそういうものだろう!」
「そういう問題じゃない!!」
賢人だけでなく追加で2人。
もう1人が元々いたはずだが今は援護がないところを見ると他の戦線に回ったのだろう。
仮にもランカーである健輔に僅か3人。
甘い、と言いたいところだが健輔はしっかりと相手の思惑を見抜いていた。
重心の移動、相手の表情を見れば大体の狙いはわかる。
格上の猛攻に苦しむ格下。
この構図は健輔にとっても慣れ親しんだものである。
「前衛が2、後衛が1か」
「それが、どうかしたか!」
「いや、懐が厳しいのに頑張ってくれたな」
「くッ!」
新ルールで人数が増えたところで選手の総数は12名。
バランスの良さを考えれば9名の戦闘要員から多くとも前衛は5名ほどが限界となる。
この場に2名も送れば他の部分は凡そ1人となってしまう。
栞やササラは未熟であるが、壁もない後衛が耐えられるような鍛え方はしていない。
葵や優香を押さえられて火力が激減したクォークオブフェイトであるが、総合力では国内でも最高峰である。
問答無用の火力がなくなるだけで弱くなる訳ではない。
健輔が生き残る時間が長くなるほどに賢人たちは不利になるのだ。
「陽炎」
『イエス、マスター』
以心伝心。
既に肉体と変わらない感覚で健輔は魔導機を扱える。
優香のような神憑り的な直感と現実で対応できる肉体がないものに系統の切り替えなど見抜かせない。
魔導機を双剣へと切り替えると同時に魔力を切り替える。
相手側の狙いは大体見えてきた。
現時点で相手の思惑の1つは外れているのも大きい。
葵が使ったフィールド効果の1つ『効果無効』はあらゆるルール上の特殊な効果を無効化する。
相手側の『全体統制』も当然、その対象に入っていた。
「攻めるッ!」
「ッ! やはりかッ!!」
多少の手傷を無視して攻撃に比重を傾ける。
ライフの損傷も相手を落としてしまえば気にすることはない。
『生命昇華』。
相手の撃墜という中々に重いトリガーがあるが、その分の見返りは抜群である。
落とす度にライフが100%回復する、というのは敵陣効果の中でも最高峰の力であろう。
極論すれば桜香もライフでのゴリ押しを可能にするのだ。
使いこなせば恐ろしい効果となる。
「クソ、効果無効があると……!」
そもそも『魔導探究会』が立てた作戦に奇抜な部分はない。
エース2名を隔離。
罠及び、自爆も視野に入れたバックスで仕留めて残った健輔を数の利で落とす。
残りの新入生や3年生との削り合いならばまだなんとかなるだろう。
些か甘い想定もあるが基本的に定まっていたのはその程度であった。
甘い想定が入っているのも元々が分の悪い戦いだからである。
わかっていてあえてオーソドックスな戦術を挑んだ。
奇抜な戦闘方法でここで勝利をもぎ取ることも考えたが、直ぐにそんな考えは捨てていた。
正面から挑む勇気のない魔導師が、世界で戦えるはずがない。
愚かであろうとも、後悔はなかった。
仮に負けても、などとは言いたくはなかったが正面から追い詰めることに意味がある。
「おらッ!」
「シャアアアアッ!」
賢人に合わせてもう1人の前衛が健輔に攻撃を仕掛ける。
タイミングは悪くない。
普段はあまり組まない2人だが、この場では最高のパートナーとしてお互いを見ていた。
自分たちを最強のペアだとでも思わないと相手の実力に気圧されてしまう。
本来は『全体統制』で被害を拡散させること前提でのエースとの対決。
前提が既に崩れている以上、他のことで補うしかない。
考えるよりも先に必死に身体を動かす。
2年生。
健輔と費やした時間は違えど、賢人もまた努力を重ねてきた。
自らの努力が相手に劣っているなどと思っていては勝つことはあり得ないだろう。
己に嘘を吐けないとわかっていても心を鼓舞して健輔に挑む。
「俺は、此処に勝ちに来たんだ!」
「――はッ、こっちも同じだ!」
剣が瞬きの間に槍に変わり、気が付けば拳で攻めてきている。
言葉がなくなり、お互いの年月をぶつけ合う。
賢人の剣を健輔の拳が軽々弾き返し、その光景に苦味と歓喜を覚える。
相手は超級のエースに届こうという存在。
何処にでもいる2年生の賢人とはいろいろと違う存在であろう。
しかし、この場で健輔の敵となっているのは、紛れもなく賢人だった。
何とも言えない高揚感が湧き上がる。
賢人は衝動に任せるままに剣を振る腕を加速させていく。
「強い……! でも、だからこそッ!」
「上手い……! いいぞ。最高に面白いッ!」
健輔が戦った中でこれよりも強い魔導師などいくらでもいる。
その上で健輔は断言できた。
今、この瞬間だけは眼前の男が最高の敵である。
脇見している余裕もない。
必死に振るったであろう剣の軌跡をなぞってくる斬撃。
自分なりのアレンジであろう魔力の収束。
正しいや間違っているなどどうでもよかった。
海原賢人という敵の全てが1つの行動に滲んでいる。
桜香やクリストファーなどにそういったモノがないとは言わないが、これは彼ら強者は持っていない輝きだった。
凡人の駆け抜けた証。
健輔も同じように走っているからこそ強く共感する。
その上で思うのだ。
こういう相手にこそ負ける訳にはいかない、と。
「葵さんたちが戻る前に――」
健輔の決心と
「バックスを突破される可能性がある。ならば、こいつだけは――」
賢人の覚悟が同時に定まり、
「決着をつけるッ!」
「落とすッ!」
両者が切り札を出す。
満面の笑みの健輔を決死の表情の賢人が見つめる。
様子見から動いた自体は一気に終わりに向かう。
インターバルを超えた先には、どちらかの敗北という結果しか待っていない。
どちらのチームも相手を侮らず、全てを用いて勝利を目指すのだった。




