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第16話『本心は背中に向けて』

「どうして、こんなことになってしまったんだ……」


 着慣れない服に息苦しさを感じながら、いつぞやの優香とのデートのように健輔は相手を待っていた。

 不幸中の幸いと言えるのは、フィーネは優香と違って普通の時間帯に待つので大丈夫だと言うことくらいだろうか。

 他の部分では優香を遥かに上回る破壊力を持っているため、イーブンでしかないがせめてものプラス要素だと言えるだろう。

 そうでも思わないと激しく痛む身体が報われない。

 昨夜から激しく痛む胃。

 おまけとばかりに脇腹からやってくる鈍痛。

 ある意味で精神が肉体を凌駕している故に、健輔の身体は悲鳴を上げる。


「……っ、あぁ、帰りたい」


 売り言葉に買い言葉。

 フィーネの策略にあっさりと嵌められて、約束だったデートが思ったよりも遥かに早くやって来てしまった。

 健輔とて普通の男子高校生である。

 綺麗な女性と話す、それ自体に含むところはない。

 問題は相手がとびっきりの女性ということだった。

 色気よりも食気の健輔にとって、有り余る魅力というのは太陽を直視するようなものである。

 端的に言って、ダメージが大きいのだ。

 真っ直ぐに好意を向けられることに慣れていないため、照れてしまい何も言えなくなってしまう。

 葵のような姉気質にはその辺りが受けていることを知らないのは健輔にとっては幸いなことなのだろうか。

 思考に気を取られていたからだろうか、この時、健輔は珍しくも背後から忍びよる悪戯好きな女神様に気付かなかった。

 

「そんなにお待たせしましたかね? それとも――私と一緒にいるのはそんなに嫌ですか?」

「……はい?」


 くすくすと笑みを含んだ問いかけに健輔は一瞬だが間違いなくフリーズした。

 錆びついたブリキ人形のように妙にカクカクとした動きで背後を振り向く。


「ふぃ、フィーネさん……」

「はい。本日はよろしくお願いします。私のお願いに応えてくれて、大変うれしいです」


 フィーネのイメージと言えば銀だが、それを際立たせるように黒を基調とした衣装を身に纏っている。

 妖しさを感じさせるのは彼女の美貌故だろうか。

 周囲の男性の視線を集めている。

 小首を傾げる様と穏やかな微笑みがなければ淫靡な空気も感じさせたかもしれない。


「よ、よろしくお願いします」

「はい、よろしくされますね」


 完全にあしらわれている自分に少しだけ恥ずかしくなるも、なんとか心を立て直す。

 フィーネに一方的に攻撃をされている現状、なんとかしないと負けてしまう。

 健輔の中でこのデートが戦闘に切り替わったことで対処しようとする意識が生まれてくる。

 非常に面倒臭い男が佐藤健輔であるが、今回に限っては悪くない対処方法であった。

 女神の進攻を抑えられるのは彼女に抗う気力があるものだけなのだ。

 彼女の魅力に飲まれてしまうのも、敗北を喫する理由の1つである。

 フィーネにならば、負けても悔いはない。

 欧州においてはそのように思わせてしまうほどに彼女は完璧であった。


「あらら、ふふっ、健輔さんは面白い方ですね。私とこのように触れ合って、あなたが思ったのは負けたくない、でしょう?」

「い、いや……別に、それだけじゃない、です」


 内心を見抜かれていたことに戦慄を感じるも表には出さない。

 過去最強の侵略者を冷静に観察しながら健輔は言葉を選ぶ。

 相手は上機嫌だが、何を言っても良い訳ではないのだ。

 見抜かれた心の内を取り返せるように、必死に知恵を絞った。


「綺麗だとも、思いましたよ。……まあ、ちょっとだけですけど」

「え、ちょ……あの……!」


 素直なように見えて捻くれている。

 健輔はフィーネの人柄を天邪鬼として認識していた。

 ようは、武雄に極めて近い性質の人間なのだ。

 自己をしっかりと持っており、在るがままに前に進む。

 その道の途中で誰かと遊んでいくのだ。

 武雄との違いは、最後に必ず精神的に勝ちを持っていくのではなく、どちらにもメリットがあるような余裕を生み出すことであろう。

 どちらも中々にめんどくさいのは変わらないがまだフィーネの方が可愛げはあった。


「……この人の厄介なところは天然なところもあることか。持ってくれよ、俺の胃袋よ」


 小声で呟いて、健輔はフィーネを落ち着けるために言葉を尽くす。

 わたわたと慌てている様が演技でないからこそ、この女性は魔性なのである。

 優香とは別ベクトルで胃を攻め立ててくる敵に悲壮な決意を抱いて健輔は戦いに挑む。

 皇帝や桜香に挑んだ時に並ぶだけの悲壮な決意を胸に健輔は前に進むのだった。






 魔導を扱うにおいて必須のものがいくつかある。

 まずは魔素。

 これが無ければそもそも魔導という技術が成り立たないため、当然の前提条件であろう。

 次に魔力回路。

 これもまた前提条件として必要なものである。

 燃料があったところでエンジンがなければ前には進めないのだ。

 以上の2つ、これこそが魔導において必須のものだった。

 そう、過去形である。

 以前までの定義においてはここまでは魔導に必要なものだったのだ。

 これが近年では評価が変わってきている。

 上の2つにプラスして、現代の杖たるある存在をあげる者たちが増えてきたのだ。


「理由はまあ、そこそこ多いですね。大前提にあるのが魔導の高度化に伴う複雑化でしょう。工程が増えてしまえば、どうしても人力だけでは難しい部分が出てきます」


 清廉な声は耳心地がよく、するりと頭の中に入り込む。

 健輔のような勉強嫌いでも彼女のような教師がいれば夢中で勉強しただろう。

 僅かな時間の講義だけでもそう思わせるほどに女神の声は美しかった。

 戦闘時や日常ともまた違う響きに鼓動が少しだけ高鳴るのを自覚する。


「だからこそ、近年、学園では魔導機の開発を強く奨励してきました。エースクラスへの優遇処置も根本には新しい魔導機技術の開発があります」

「……確か、俺の系統に対する予算が付いたのもその辺りが理由でしたっけ」

「ええ、万能系はその性質から『魔素回路』との関係性が強く疑われていますから。最初のニュートラルな力、あの段階の微弱な回路がそのまま成長したのではないかと言われていますね」


 陽炎が1年生であった健輔に割り当てられたのも研究の進捗を図るためである。

 蓄えられた膨大なデータ。

 万能系で世界クラスと戦った意味は確かに存在し、研究チームは驚喜していると健輔も聞いてはいた。

 

「魔導機の性能を上げることに注力しているのは、まあ、強力な魔導師を育てるのよりは楽だから、というのがあります。皇帝や私のような者を量産しようと思うよりも健全ではあるでしょう」

「量産って……」

「噂話程度ですけど、私のクローンを見た、という都市伝説もありましたよ。まあ、現代の魔法ですから多少イメージが悪いのはあるかもしれませんね」


 クローンなどを用いた技術の開発は禁止されているし、何よりもそれにはあまり意味がない、というのが既に研究で発覚している。

 何故かはわからないが魔導というのは完全に個々の資質に依存するのだ。

 同じ細胞、限りなく近い環境で育っていても心の在り方で簡単に姿を変えてしまう。

 一卵性の双生児の魔導師などもいたが、2人はお互いを支えるような能力には覚醒したが、完全に同じ能力は発現していなかった。


「少々脱線しましたね。話を戻しますと、魔導機は重要だという結論になる訳です」

「はぁ……、まあ、それはわかりますけど。何が言いたいんですか?」

「復習ですよ。私はコーチですからね。それに健輔さんは魔導の話には興味を持ってくれても、おいしいランチのお店とかは興味ないでしょう?」

「い、いや……別に、興味がない訳ではないですよ。うん、本当に」


 フィーネの流し目に健輔は曖昧な態度で誤魔化す。

 全然誤魔化せていないことはクスクスと笑うフィーネを見ればわかるのだが、あまり付き合いがないはずなのにそこまで見抜かれていることに驚きを禁じ得なかった。


「次はどうしてわかるんだ、って顔ですね。人間、複雑なように見えて単純なものですよ。私としては健輔さんの在り方は好ましいですけどね」

「うぐっ……。あなたは、やっぱり苦手です……」

「ふふ、正直でよろしい。っと、ついつい楽しいから脱線してしまいますね」

 

 フィーネは軽く咳払いをすると、


「話を戻します。まあ、つまりは今後の戦闘においては魔導機も重要になります、ということです。あなたには今更だと思いますけど」

「陽炎がないといろいろと厳しいですからね」


 決戦術式を筆頭に制御が複雑すぎる術式が多いのが健輔の特徴である。

 持ち味である即応性も陽炎あっての部分が多々存在していた。

 術式の勉強や分割思考の訓練も続けてはいるが、やはり本職には届かない。


「バックスの戦闘への参加。この脅威はこの間の試合で確認していただけたでしょう? 美咲さんが優秀なのは間違いないですが、ある程度は数で補ってきますよ」

「戦闘魔導師は簡単には増やせない。だったら、バックスをということですよね?」

「ええ、コーチの不死性に対する対抗策も含めてバックスを強化するチームはそこそこあるでしょうね」


 バックスは事前の準備を行えば健輔の万能系にも劣らない万能性がある。

 情報があまり集まらないため、詳細は不明だがもう1人の万能系――ヒーローたる魔導師がバックスで何かを行おうとしている噂くらいは健輔も知っていた。

 これからの大会では間違いなくバックス陣に光が当たる。


「大会の形式から考えてやらないといけないことは多いですからね。知識は力になります。健輔さんは機転などはもう養う必要はないですし、そちらの方に手を付けようかなと」

「それでデートとか言って、こんなところに来たんですか?」


 健輔の視界に映るのは見慣れた学園――から少し離れた大学部の敷地であった。

 全体的な建物などの印象は彼がよく知る高等部と大きな差異はない。

 フィーネはコーチとしてこちらの大学部に留学しているということになっている。

 3強としての実績からか自前の研究室などもあるらしく、そこに健輔を誘ってくれたのだ。

 この時、健輔は自分の警戒感が上手く解されていることに気付いていなかった。

 極度の緊張に晒された後の、よく見知った光景。

 緊張との落差でするりと懐に入り込まれている事に気付けない。

 だからこそ、フィーネは動いた。

 健輔のガードが緩んだところに切り札の1つをぶつける。

 

「さあ、行きましょうか」


 悪意など欠片もない笑顔で女神は手を差し出してくる。

 動作の意味がわからず、2人は無意味に見つめ合う。

 時間としては1分程度だったが、両者の対峙は続き、


「……え、ま……まさか」

「健輔さん? どうしたんですか? 早く握ってくださいよ」


 当然でしょう、みたいなノリで言われたことに健輔の背筋へ嫌な感じが走る。

 言葉に籠められた意味を察することを脳が拒否していた。

 拒否していたのだが、同時に彼の回転は早い脳がある答えを導き出してしまう。

 正面で手を差し出しながら、ニコニコしているフィーネはこのまま折れることはないだろう。

 つまり、選択肢は2つ。

 このままフィーネの手を取るのか、もしくはデートから逃げることである。

 後者が約束のため出来ない以上、健輔がやれることは1つしかなかった。


「フィーネさん……俺、小学生じゃないんですけど、迷子とかにはならないですよ」


 無駄だと思っていても一応の抵抗を試みる。

 手を繋ぎたくないとかではなく、彼の羞恥心の問題としてそんなことはやりたくなかった。

 しかし、相手は欧州を総べた女神である。

 農耕民族たる日本人とは違い、機会を逃さないハンターの嗅覚があった。


「私が、あなたと、手を繋ぎたいんです。――デートですし、いいでしょう? 大学までは我慢したのですから、ご褒美をいただけると嬉しいですね」


 色っぽい流し目と無邪気な笑顔。

 不能でもない限りは男としての何かを刺激する女神の色気に周囲を歩く男性の中にも目を奪われているものがいた。

 フィーネの渾身たるアピール。

 大凡の者が逃れられない魅力を前にして普通の男性ならばあっさりと陥落していただろう。


「ぐっ……。いや、でも……」


 女神の魅力をなんとも思っていない健輔には効果が薄く僅かに考えさせるに留まる。

 フィーネが嫌い、とかではなくそもそもそういう目線で全く見ていないことが態度に出ていた。

 恥ずかしい、という小学生の男の子が少しませたようなテンションで健輔は女神からのご褒美を拒否する手段を探している。

 予想通りではあるが、中々に女のプライドを傷つけるであろう光景。

 

「ふふ、健輔さんらしいですね。でも、普通の女性にはもっと紳士じゃないとダメですよ? 私は、簡単に乗ってくれない方が好きですからいいですけど」

「へ……? え、いいん、ですか?」


 ご機嫌な様子で手を引っ込めたフィーネに健輔は素で問いかける。

 

「いいも悪いも、嫌がっていることを強制するつもりはないですよ。途中で折れてくれるなら役得と思って甘受しましたけど」

「……最近思ったんですが、フィーネさんって意外と性格が悪いですね」


 ストレートすぎる物言いに目をパチパチとさせた後にフィーネは笑いを耐えるように口を押えた。

 ツボに入ったと言うのか、必死に笑いを耐えている。


「ちょ、直球すぎるでしょう!? けほっ……。ふー」


 落ち着いたのか息を整えて健輔を見つめ、


「デリカシーに欠ける人ですね。私も女の子ですから、優しくしてくれた方が喜びますよ?」

「なんで疑問形なんですか。優しくしてますよ。ギャップがあったから突っ込んだだけです。……それにしても、大分印象が変わりましたよ。大会の時はもう少し超然としてましたよね」


 リーダーとしてのフィーネの姿を知っているからこそ、今の弾けたフィーネがなんとも違和感があるのだ。

 率直な物言いに言われた本人は苦笑をしていた。


「そこで問いかけるのはあまりよくないですよ。真っ直ぐなのは美徳ですけど、それだけでもダメです」

「……はぁ、まあ、答えて貰えないないならそれでもいいですよ」

「ふふっ、ここでは恥ずかしいですし、研究室で応えますよ。――注目されてますしね」

「――えっ」


 慌てて周囲を探ってみれば見つかる視線の数々。

 強化された聴力が『修羅場』だの、『女の敵』だのと不穏なワードを拾っている。

 健輔は慌てて、フィーネの手を掴んでその場から動き出した。


「え……」

「ああ、もう、変に意識するんじゃなかった! それで、場所はどこですか?」

「あ、えーと、とりあえずは真っ直ぐです」

「了解ですっ! ほら、行きますよ」


 あれだけ渋っていたのは何だったのかと言いたくなるほどにあっさりとした様子で2人は手を繋いでキャンパスを突っ切る。

 後ろから付いて行くフィーネの顔がどうなっているのかを確認することのないまま、彼は前に進んでいく。


「……ふふっ、男の子はやっぱり背中が素敵じゃないとダメですね。――私の前を歩いてくれて、ありがとうございます」


 小声で呟く女神の本音は焦る少年に届かない。

 女神と可能性の男。

 2人のデートの一幕。

 再出発の朝はこうして、慌ただしく幕を開けたのであった。

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