第167話『憧れ』
戦ってはいるが絶妙なバランスで均衡した試合。
敵陣の中で相手を捌く。しかし、撃墜はしないという絶妙なバランスで両者の攻防は釣りあいが取れていた。
必死なのは言うまでもなく魔導探究会だが、クォークオブフェイトも自分たちらしさはあまり出せていない。
奇妙な膠着。とはいえ、全く動きがない訳ではない。
葵がそうであったように戦闘を愛する者たちが止まるはずがないのだ。
ましてや、この男にとって相手の戦術は止まるに値しない。
「チィ!! ここまでくるか、『境界の白』!」
「そりゃあね。連携すると効果が強まるのがフィールド効果。逆を言うと連携しないとそれなりの効果でしかないからな」
1人でずんずんと中に攻め込む男の姿。
健輔の猛攻を賢人とペアになる女性魔導師が必死に抑える。
右翼を突破し、指揮官を単独で落としにきた。
字面にすると狂気の沙汰であるが、健輔には十分な勝算がある。
「フンっ!」
「くぅうぅぅ!?」
相手の錬度。
既に数名と戦って、相手側の戦力は正確に把握している。
中堅らしい陣容と言うべきであろうか。
大凡の主力はベテランを少し超えた辺りでエース格は準ランカー、ようは2つ名持ちには届くだろう、ぐらいである。
相手側のリーダーペアなのであろう。
賢人とその相方は健輔を敵にしてよく戦っていた。
「クソッ!」
「見慣れているぞ」
戦うほどに動きを学習される。
言葉にすればそれだけだがやられている方は堪ったものではない。
健輔のあまり表に出てこない脅威の1つである。
映像からは徐々に避けてきているな、程度のものが実際は先読みなどというレベルではない反応を見せてくるのだ。
やることなすこと初動で潰されてしまえば驚き以外の感情も浮かばない。
他にも現実と想定の差異は存在していた。
「徒手格闘、剣、槍、砲撃、魔力干渉。この節操なしがッ!」
「足りないなりに必死でね。不恰好なのは謝るよ」
「ええいッ!!」
言葉が荒くなるのを自覚するも止める気も起きない。
相手側のバトルスタイルがころころと変わることに怒っているのではないのだ。
賢人が苛立っているのは、これだけのバトルスタイルを同年代が確立していることにだった。
1つのバトルスタイルだけでも確立には膨大な時間が掛かる。
才能の有無はあるだろうが、数が増えてしまえば多少の才能など意味がない。
才能はあくまでも上限を引き上げて、習熟を早めるものである。
大量の異なる分野を制覇させる力ではない。
「どれだけの時間、魔導に注ぎ込めば……!」
佐藤健輔は内部生ではない。
魔導に触れ合った時間は同じなのだ。
圧倒的な差を生んだのは決して才能ではない。
飽くなき向上心。
努力の差こそが両者の差となっている。認めざるを得ないからこそ、自らを鼓舞するために強い言葉を放つ。
そうしないと、憧れて、認めてしまいそうだから。
「負けて、たまるか……ッ!」
虚勢だが、心だけは折れないように熱を灯す。
才能に負けた時に自分を納得させるのは簡単である。
あれは自分とは違う生き物だ――そうやって自己を慰めればいいだけだからだ。
しかし、努力の差で負けてしまえばそのような言い訳は許されない。
賢人にもわかっている。
佐藤健輔には才能があるだろう。
持つ、持たないで言えばどちらかと言えば持つ側の人間ではある。
それでも健輔が持つ才能は他者を圧倒する類のものではない。
手に入れただけで誰かの上に立つものではないのだ。
「ウオオオオオオオオオオオおッ!」
「ん? はっ、なるほどね」
賢人が持つ剣が先ほどよりも速度を上げて健輔に迫る。
容易く対処できたつい先ほどの攻防よりも遥かに早い。
間違いなくワンランクは上の速度であった。
健輔が更なる喜びを感じる程度には早い。
「考えてる。まあ、選択としては悪くないぞ」
攻撃に力を割くのは健輔として『あり』だった。
どのみち押されるのならば、逆撃した方が気分が良い。
「いいね、肉を斬らせて骨を断つ。俺の好みだ。もっと本気でやろうじゃないか!」
「あっさりと付いてくるなよなッ!」
「ハハハ、悪い。強い相手にそういうのは無理だわ」
防御を薄くして攻撃に力を偏らせる。
コーチの身ではない賢人であるがやっていることはコーチと同じだった。
根本的な身体強化が弱く、障壁を抜くほどに魔力の密度も高くない。
中堅が上位を倒すのに、もっと言うならば格下が格上を倒すのに必要なことは如何にして足りないものを補うのかという点にある。
何処からか相手に通じる何かを用意しないと蹂躙されてしまう。
数の優位、戦術の優勢などその他様々な要因が結局のところはその部分に集約されていた。賢人の手法はメジャーと言えばメジャーなやり方である。
健輔もやったことがある戦闘力を補う方法における王道。
王道であるがゆえに強く。王道であるがゆえに健輔には勝てない。
「悪くないが――俺以外にしとけ」
「グぉ……!?」
攻撃に偏るということは荒くなるということである。
大技、大威力などは聞こえがいいが必ず力を押さえている時よりも乱れが出てきてしまう。この男はそういう隙間を見逃さない。
より言うならば王道的な強さを喰らうのがこの男である。
「いいのか? そろそろ、こっちのチームは動くぞ。様子見っていうのは、目的を果たす時までしかしないものさ」
健輔の背後で高まっていく2つの魔力。
慣れないルールに慎重だった部分はあるが、残りのエース2名の内1名は気が短いのだ。
いつまでも様子見をするはずがない。
ましてや健輔が先行して奥に侵入することで煽っている。
後輩からの挑発を見過ごすほど大人しいリーダーではない。
「っ……!!」
痛みに悶絶しながらも言葉はしっかりと捉えていた。
クォークオブフェイトが進撃を開始する。
警戒はしているのだろうが、向こう側から受けるダメージ以上のものを返せば勝利できるのだ。
元より肉を断たれても骨を断つチームである。
前のめりに倒れることは得意中の得意であった。
「せっかく戦ってるんだ。最後まで楽しんでいこう」
「この、戦闘狂がッ!」
心の中で自分も言ってみたい、と少しだけ思いながら賢人は悪態を吐く。
強者の強者たる振る舞いに羨望を感じる。
世界で競うものたちに、負けたくないと強く思いながら暴力という言葉の意味を理解するのだった。
「いくわよッ!!」
『援護します』
風が葵の周囲に渦巻く。
移動の補助、敵の攻撃を防ぐ盾。
多用途に及ぶ万能の能力は流石は元世界ランク3位であろう。
健輔とは違うが彼女も万能の領域にいるからこそ、フィーネはルールの縛りがほとんど意味をなさない。
出力や技での制限は彼女の才能があり過ぎるからこその問題であって特性としてはあまり問題にならなかった。
「ほらほら、突っ立ていていいの!!」
「くっ、立て直す――」
「――時間はあげないわよ?」
魔導機に設定されたある指令を発する。
このルールに変更になった際の特別仕様の術式。
葵が攻めるということは、出し惜しみな皆無ということである。
『クォークオブフェイト、セットアップ効果発動。『集中攻撃』。――選手選択、九条優香。藤田葵』
「なっ!?」
「あのね、呆然とする暇はあるのかな?」
優香と葵の同時攻勢。
ここから5分間で2人がライフにヒットさせた攻撃は特定の相手へと集約される。
誰であろうがダメージを受けると避けられない。
そして、この効果の恐ろしいところはチームの中核から落とされると言う点にある。
エースの猛攻にただの1メンバーが耐えないと味方のエースが落ちてしまうのだ。
「油断するからこうなるのよ?」
「はやっ――!?」
最後まで言葉を許すことなく会心の一撃を脇腹に決める。
展開された障壁ごとぶち抜く拳。
籠められた魔力の密度が以前の倍程度はある。
葵も世界大会から遊んでいた訳ではない。
次の戦いに備えて質を極めてきていた。
『ライフへ30%というところですか。障壁で削られているのに恐ろしい威力ですね』
「まだまだよ。ベテランぐらいは一撃で潰さないとね」
まだ他にも獲物はいるが、葵は泰然としていた。
1人やられたぐらいで怯んでいるような相手にわざわざ警戒してやるほど葵は優しくない。
在るがままに、彼女は蹂躙する。
「だから、もう1度言うわよ。――突っ立ってないでかかってきなさいよ。バカなの?」
「く、くそおおおおおッ!」
「一丁前に叫ぶ前にやることがあるでしょうが。悔しいアピール? そんなのは慰めてくれる女の子の前かお母さんの前でやりなさい」
自棄に近い突撃を軽くいなして、背中に蹴りを叩き込む。
全身を展開する障壁を紙のように切り裂く様は葵の技量の向上を示していた。
収束系の魔力効率を高めて高密度の魔力で突破しているのだ。
固有化やリミッター解除といったわかりやすい現象ではなく在り来たりなものを突き詰めた強さがある。
真由美と似ている強さは葵の先輩への想いが滲んでいた。
「小細工、戦術、言い方はなんでもいいわ。ええ、認めましょう。あなたたちは『敵』。でもね、私たちの道を阻むような『ライバル』には、なってないわよ」
当然と言えば当然のことを葵は語り、
「だから、早くやりなさい。こちらから動かしてあげたんだから」
「言われずとも……!」
「有言実行。いいチームなのはわかってるから、早く早く!!」
「上から、見下ろしていられるのも今だけだ!!」
チーム全員が目的を理解して実行する。
言葉にすればそれだけだが、これを行うのは難易度が高い。
アマテラスがさっぱりだったし、ヴァルキュリアもフィーネの心を理解していたとは言い難いだろう。
『魔導探究会――セットアップ効果発動。『全体統制』』
「そっちから――?」
「隙ありだッ!」
パーマネンスのような王者への信頼感とも違う在り方。
クォークオブフェイトにある意味では近い。
圧倒的な才能を超えるために個々の力を高めるには全員の心からの連携がいる。
当然、要求される実力も高くなっていた。
魔導探究会が満たせるレベルではない、だからこそ補うものが必要だろう。
それこそ、撃墜覚悟の特攻なども手段の内に入る。
『クォークオブフェイト――セットアップ効果発動。『効果無効』『生命昇華』。選手指定、佐藤健輔』
「このタイミングで!」
「当たり前じゃない。強制転移なんか放り込んだ段階である程度は察するわよ」
葵の言葉を裏付けるように続けざまに効果が発動する。
『魔導探究会――セットアップ効果発動。『強制転移』。選手指定、藤田葵。九条優香』
「ほら、やっぱり」
葵はニヤリと敵に笑い掛ける。
読まれていると予想はしてもいざやられると不安が過るのは仕方がないだろう。
「いけッ!!」
「はいはい、それじゃあねー」
葵を包み込む転移の輝き。
この先にあるものが問題で本命となる。
相手が予想を超えてくるのか、それとも予想の範囲内でしかないのか。
僅かな不安と多大な期待を胸に葵は相手の必殺を潔く受け入れるのだった。




