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第166話『奇妙な停滞』

 敵対する以上は相手について必ず調べ上げる。

 中堅以上のチームであれば鉄則であり、同時に常識とも言えること――そして、調べた上で彼らは戦術を練った。

 防御という受けに回る状況とコーチという有力な戦力。

 後はタイミングを窺える――猛攻に粘れるだけの忍耐力が必要だった。


「こっちは、コーチも入れれば5人なのにッ!」


 新ルールでの戦闘参加メンバーは12人。

 この中にコーチは入っておらず、コーチを除いた選手が全滅した時点で敗北となる。

 つまり、戦力の3分の一を此処に投入している、という状況だった。

 ベテランに近い力量を4人。

 仮にランカーであっても数の利は働くものであり、事実としてランカーでも2~3人程度のベテランに敗れたという事例は存在している。

 過去にあった事実。

 しかし、その事はこの苦境を何も和らげてはくれなかった。

 噴き出す魔力が攻撃を弾き、圧倒的な技量が人数を捌く。

 ランカーという段階で1流であるが、最上位のランカー、超1流を常識で考えるには些か想定が温い。


「後衛、援護!」

「了解!」

「いきますよ!!」


 前衛として壁となりつつ、本命の砲撃を叩き込む。

 ハンナや真由美の登場以前からもあったスタイルだが、定着したのは彼女たちの活躍以後のもの。

 やり易さと各々の役割の明瞭さ、何よりも見栄えがよいこのスタイルはすっかりと国内に定着していた。

 『魔導探究会』も最新の戦法に追いつけてはいる。

 そう、追いつけているだけなのだ。


「――雪風」

『魔力ブースト』


 魔力が噴き出る。

 蒼き輝きはそのまま壁となって彼らの砲撃を接近もさせない。

 個体としての差。

 わかり切っていることだったが、現実に体感すると数値以上の脅威がある。


「どこが、戦闘能力は数倍程度だよ」


 中堅としてそれなりに伝手はあるのが『魔導探究会』である。

 情報収集はクォークオブフェイトと夏休みに戦ったチームからも行っていた。

 クラウディアや香奈子、他にも幾人の古いチームに所属していたものとは顔見知りでもあるのだ。

 九条優香、佐藤健輔、藤田葵の情報は入念に集めていた。

 全員で頭を捻った日々。

 小さくとも勝機はあるのだと信じた。

 何も間違ってはいない。

 夏休み以前の話であるが、水守怜という明らかな格下に優香は抑え込まれたことがある。

 この情報を知っていれば人数を増やしてきちんと連携すれば倒せはしなくとも戦いにはなると考えてしまうのも無理はない。

 魔導探究会にとって残念なことは、九条優香が本当の意味で目覚めてしまったことであろう。

 以前の彼女と今の彼女は心の在り方から違う。


「先輩ッ!」

「わかってる。落ち着く、落ち着くさ! 熱くなって勝てる相手じゃないっ」


 一般的な魔導師の平均魔力量を1とした場合、九条優香は最大出力で100を軽く超える。

 恐ろしく単純な計算であるが魔力量を攻撃力や防御力に読み替えた場合に何が起こるのかは誰にでもわかることであった。

 実際のところは術式の関係、精神状態など様々なものが影響を及ぼすため、流石にそこまで圧倒的な差にはならない。

 それでもベテランを基準した場合で数倍の能力差は軽くあるだろう。

 想定は甘くない、もしろ厳しめに見ている方だった。

 彼らに甘い部分があったとしたら――数倍という数値の重さを正確に理解していなかったことであろう。


「余所見をして、大丈夫ですか?」

「なっ、一瞬で!?」

「素晴らしい連携ですが、些かワンパターンですよ」

 

 九条優香を連携で翻弄するならば健輔を超えるだけの多彩さが必要である。

 単純な出力では姉すらも超えているのが今の優香。

 魔導探究会の発想は悪くないが根本的な部分が足りていない。


「させないさッ!!」

「コーチ!?」


 視界に入れて警戒していたはずなのに既に接近されている。

 エースたちのみに蹂躙された時よりも素早い動きに完全に反応できていなかった。

 間にコーチが入り込まなければ早々に1名の脱落者が出ていただろう。

 一瞬の気の緩みが敗北に繋がる。

 これこそが最上位のランカー。

 世界を戦う上で避けられない暴虐の壁である。


「――この間も思ったが、これはマズイな。まさか、学生にあっさりと超えられているとは思いもしなかったよ」


 反応できたコーチも万全とは言い難い。

 防御を捨てられるからこそ、受け止められた。

 大人だからこそ認めがたいが、同時に大人だからこそ認められることでもある。


「こっちが現役時のランカーよりも極まってるな。こんなのが一体何人いるんだか……」


 彼も魔導師としては一廉である。本来は子どもでは相手にならない。

 常識的に考えれば、疑いようもないことだった。

 しかし、ここにいるのは常識を超える姉妹の片割れ。

 あらゆる原則を無視する圧倒的な魔力量。

 魔力の出力の膨大さに負けない流麗なバトルスタイル。

 シンプルな完成度だからこそ格下にが突ける穴がほぼ存在しない。

 健輔のような魔導師が全力で戦って力押しされるような存在とはそういう領域にいる。


「目が離せない。憧れてしまうか。若者には毒だな。人気があるのもわかる」


 端的に言って戦い方に花がある。スター選手というものを改めて理解する。

 鍛え上げてきたし戦いの経験は劣っていないが、世界で頂点を取るほどの戦いで磨いてきた相手には幾分以上に厳しい部分があった。


「一応、まだ20代なんだがな」


 まさか年下に脅威を覚えないといけないとはコーチとして赴任するまで思うこともなかった。

 既に2回の戦いで悟ってはいたが、改めて忘れないように胸に刻む。

 彼我の差をしっかりと理解した上で、今の立場を完遂する。

 大人を名乗るからこそ、そこだけは絶対に履き違えない。

 

「各員、俺が主軸になる。援護を頼む!」

『了解!』


 相手の強さは想像以上、しかし、ここから臨機応変にやれるほど魔導探究会は器用ではない。

 不利は承知でオーソドックスな戦術のまま優香に挑む。

 コーチを攻防の主軸に置いて、徐々に圧力を掛けていく無難なスタイルにすぐさま彼らは陣形を組み替えてきた。


「やはり、そうきますか」


 コーチを用いた場合の主戦術。

 自らを盾として味方に攻撃を行わせる。

 シンプルであるがゆえに対応が難しい。こういう場合は同じコーチをぶつけるのが1番なのだが、この場にフィーネはいない。

 あえて優香を1人でぶつけているため、独力でなんとかする必要があった。


「……搦め手を覚える必要がありますね。自覚がありませんでしたが、私は攻撃に偏っているようです」

『コーチには拘束系の能力が必要ですが、マスターは出力から鑑みて向いておりません』

「ありがとう。ちゃんと、わかってます。でも、出来ないままで放っておく訳にもいかないから」


 基本的にコーチの攻撃はこちらの気を逸らすためのものか、もしくは味方への攻撃を防ぐものとなる。

 どうやろうがダメージ量に制限量がある上に魔導師1人辺りの最大量も決まっているのだ。

 対峙する優香もその事を心得ている以上、両者の間にまともな『戦い』は成立しない。


「無視をしますか……。いえ、今はまだそこまでするほどの戦況ではありません。結局は、様子見になる」


 コーチは攻撃が出来ない。

 だからこそ、ダメージを覚悟してしまえば無視することも可能である。

 問題は今回の戦いでそれをやるのは少し厳しいということであろうか。

 

「力量差を鑑みての選択、ということですか。全体効果は既に発動しているでしょうし……。なるほど、確かに強かです」


 コーチの攻撃を無視してライフにダメージを受けた場合、優香は『連鎖爆発』の影響をモロに受けてしまう。

 優香が相手であるのならばコーチも最大量のダメージまではやってくる可能性が高い。

 自らの客観的な価値は優香も理解していた。

 言い方は悪いが雑魚を数名引き換えにして優香を倒せるのならば御釣りがくる。


「……少し、やり辛いですね。自己の判断だけで敵を倒せない」


 ただ相手を倒すだけではいけない。

 改めてその事実を痛感し、優香は表情を引き締めた。

 エースとして新しい環境にも適応しないといけない。

 貴重な経験を積んでいるのだと自分に言い聞かせてもどかしさを押さえるのだった。






 他のメンバーとは違う視点を持ちなさい。

 葵がチームを継承する際に真由美から言われた言葉である。

 ただの魔導師であれば、眼前の戦いに集中すればいい。

 ただのエースであれば、戦場を支配すればいい。

 しかし、リーダーはそれではいけないのだ。

 戦場の外を、来るべき次を見据える必要がある。


「フィーネさん、援護よろしく」

『了解です』


 だからこそ、葵は戦いながらも考えていた。

 この戦いで得るものは何なのか。

 練習である以上は勝利以外の何かを必要としている。

 そして、クォークオブフェイトにとって必要な何かとは何なのか。

 コーチとの連携。

 フィールド効果の体感。

 相手側の戦術確認など多岐に渡るであろう。

 全てを最高の状態で獲得するために葵は戦場を俯瞰する。

 自分と周囲を客観的に見るのは元々彼女が得意としていたことだが、最近は本当に考え込むことが増えていた。


「攻めづらい、か……。ふーん、チラつくだけでやり辛いものね」


 全体効果、『連鎖爆発』。

 自陣効果、『強制転移』に『全体統制』。

 相手側で発動しているのは『連鎖爆発』だけであるが誰かが撃墜されると発動するこの効果は思った以上にやり辛かった。

 単体ならば5%程度と受け取るのだが、強制転移と全体統制の存在が話をややこしくしている。

 

「フィーネさん、どう思いますか?」

『こういった牽制もフィールド効果の齎す影響、でしょうね。コーチだけならばコーチにコーチをぶつけるだけで済みますが、あれがあると普通の攻めに影響があります』

「そうですね。ええ、私も同意見です。実際、今がやり辛いですしね」


 強制転移に注意しろ、と言ったのは葵であるが彼女がこの効果に着目したのは別に転移そのものを恐れてではない。

 いや、正確には転移は怖いのだが、普通の転移ならば警戒はしなくていいのだ。

 問題はルール上で強制的に発動する『転移』という存在があるということだった。

 健輔がやるような転移は強力無比であるが、魔導師としては同じ土俵にある力である。

 抵抗も更に言うならば逆用なども可能であろう――実力さえあれば。

 しかし、『強制転移』は違う。

 ルールで定められた絶対の転移、つまりは転移するという結果のみは絶対に受けることになる。

 必殺のタイミングを逸らすのも、そこから逆転への布石にするのも非常に容易なのだ。

 仮の話、勝負を決める大技を放ったタイミングに重ねて発動させるだけで『強制転移』は致命傷になりかねない。

 転移先に数名自爆要員を用意しておけば、『連鎖爆発』で減ったライフの効果もありいい感じに標的は沈むだろう。

 簡単な使い方がこれだけで思いつく。

 極めて連携がし易く、かつ使う前でも牽制として生きる。


「あんまりよくない傾向ですよね。私たち、いつもよりもペースが遅い」

『10分経って、1人も落とせてないですしね』

「相手の動きに注意して、どうやって倒すかも考える。ただ倒すだけだと誘導されている可能性もありますから」

『ええ、その通りです。焦る必要はないと思いますよ』


 面倒なのは強制転移だけではない。

 全体統制という札もあるせいで今一上手く攻めていなかった。

 言い方は悪いがどちらの効果も雑魚でエースを活かす能力としては最上位である。

 迂闊に攻めればそれがそのまま致命傷になる可能性は十分にあった。


「まだ序盤も序盤。焦ってはないですよ、ただ――」

『ただ?』


 非常に気に食わないが気分だけで戦うほど葵は子どもではない。

 やるべきことはやるし、そうでないことはほどほどにする。

 手の抜き方は理解していた。


「こういうじれったい感じも今後に付き纏うのかなと。うーん、妙に静かな空気だし、やっぱり変わる部分は多いみたいですね」

『ルールが変われば、というやつですね。相手は待ちの姿勢です。主導権を握ろうとしているので、完全に守りという訳でもありませんが』

「こっちが一気に攻めた時は呼応して切り札を使うんだろうね。まあ、まだ勝負を急ぐほどじゃないし。まったりといこう」


 新人たちに経験を積ませるためにも早々に決着を付ける必要はない。

 葵はそう決断すると攻勢を少しだけ緩める。

 攻めづらいが本気を出せば落とせるレベルの相手。

 これぐらいの相手が1番多いのだ。

 貴重な機会をいつも通りの猛攻で無駄にするつもりは毛頭なかった。


『緩急をつけるということで?』

「そういうことです。ゆったりと攻めて、折を見て全力でいこうと思います。多分、そうした方が相手もやり辛いかな、と」

『なるほど、わかりやすくていいですね。では、私は全体の防御に専念させてもらいます』

「ん、りょーかいです。よろしくお願いします」


 フィーネが守ってくれる以上、こちらからの脱落は早々にない。

 向こう側はこちら側を引き込んで耐えるのが基本方針のはずである。

 受けながらも攻撃に回るのは、自由にはさせないという意思表示。

 攻めるほどの余力はない。

 

「まあ、努力は認めるけど」


 相手の創意工夫は見ていて楽しい。

 葵にも覚えのある努力の形跡が見て取れている。

 その上で葵は断言できてしまう。


「こちらの攻勢に対応してくる。きっと、そこがあなたたちの切り札。いいわ、そんなもので止まる私たちじゃない。わかりやすい罠なんて食い破ってみせる」


 上位のチームとして、格下に見せよう。

 暴力とは止められないからこそ暴力なのだ。

 お行儀のよい相手チームを一瞥し、葵は大きく口元を歪ませるのだった。


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