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第165話『楽しい戦い』

『両チーム、ポジションへ』


 機械ではない人間の肉声。

 実際の大会と同じ放送部による審判を込みでの模擬戦。

 夏の合宿よりも『模擬』という部分に力を置いた試合に必然として全員の顔が引き締まっていた。

 加速を付けると言う意味でもそうだが、新しいルールの中で自分たちがどうやって戦えるのかを知るために欠かせない戦いなのだ。

 個々の力量に差があるのは確かだが、それでもルール上では等しく全員が素人である。

 今までの経験を活かすことが出来ても、新しい戦いで全てが上手くいくとは限らない。

 だから、試すのだ。

 己の適応力を――否、実力を。


『魔導探究会――セットアップ効果は自陣効果から『強制転移』・『全体統制』。敵陣効果はなし。全体効果から『連鎖爆発』。以上の3つをセット』

「ほう、なるほど、なるほどね」


 予想通りの2つに対して、最後の1つが引っ掛かる。

 相手が何をやろうとしているのか、少しだけ健輔に見えた。

 『全体統制』は15分の間でライフに受けたダメージを自分たちで配分できる、という効果である。

 エースが受けたダメージを他の生徒で受けるという使い方を想定されている効果であった。言い方は悪いが弱い生徒を生贄にして強い生徒を活かす力とも言える。

 消耗式で限界は存在する盾のようなものだった。

 逆に全体で消耗を分かち合うことも可能であるため、相手の攻勢を受け流すのに悪くない効果であろう。

 そして、問題の『連鎖爆発』であるが、


「健輔さん、あの効果は……」

「基本は受け身だが、こっちを削る気はあるみたいだな。ちゃんとわかってるチームだ。結局のところ守っているだけじゃ勝てない」


 攻めなければ勝利は掴めない。

 その上で彼我の差を埋めるための効果が『連鎖爆発』なのであろう。

 一方的なメリットを得られる効果ではないが、中々に面白い選択だった。


「全体効果は最低限のメリットを受ける代わりにそれなりに代償のある効果が多い。ただ、その中だと『連鎖爆発』はシンプルで分かりやすい類のものだ」

「撃墜判定が出る度にチームを問わず、全ての選手のライフへ5%のダメージ、でしたよね?」

「ああ。全員満遍なく減るから有利になる訳じゃない。でも、100%よりはマシだろうな。特に一方的に攻められている時には意外と重要になる」


 防御に力を割いているが、削ることも忘れてはいない。

 健輔が好む姿勢であった。

 ただ守るだけ、ただ防ぐだけならば遠慮なく食い破るが、食い破った餌が毒だと言うのならば少しは警戒が必要だろう。

 『強制転移』という攻防に優れた効果も入れているのもポイントが高かった。

 攻撃にも意識があるように見せかける、というのも考えられるからだ。

 考えるチームの相手は実に楽しい。


『クォークオブフェイト――セットアップ効果。自陣、全体効果はなし。敵陣効果から『効果無効』、『集中攻撃』、『生命昇華』の3つをセット』


 相手の考え抜かれた効果たちに対して、健輔たちの選択は非常にシンプルである。

 超攻撃型が攻撃を強化するための効果を選ぶ。

 作戦もあるのだろう。

 覚悟も決まっているはずだ。

 素晴らしい、それごと全て粉砕する。

 端的に言って、潰し甲斐があるチームだった。


「小さくても、牙は牙。俺がそうだったように、他の誰がもやってのけるだろうさ」


 思い浮かぶのは、初めての試合。

 あの時と違って緊張は皆無だが、興奮の度合いは似たようなものである。

 初めて魔導と触れ合った時のようにただ戦いが待ち遠しくて仕方がない。

 同じように戦うはずなのに新鮮な気持ちであった。

 自分は実によい時代に生まれた、と誇りたくなる。


『3』


 魔導探究会は勝つつもりで来ている。


『2』


 そして、クォークオブフェイトは敗北など見ない。

 あるのは雪辱のみ。

 次こそ、頂点は自分たちだと自負している。

 強者としての自覚があるからこそ、無様な戦いなど思い浮かべもしなかった。

 

『1』


 だからこそ、求めるのは更なる敵。

 容易ならざる大敵を望んでいる。

 傲慢な王者のように、挑戦者たちに無遠慮に闘志を叩き付けるのだ。

 かつて、自分たちがその立場にいた時、強者たちから叩き付けられたのと同じように。


『スタート!』


 菜月の声が響き、戦いの幕が落とされる。

 練習試合、されど大事な戦いが始まった。






 弱者――挑戦者側が常に心掛けるべきことは何か。

 ふわふわ気分でやってきた現実を知らない新人たちはそもそも考えもしない。

 中堅の中で消滅間近の残っているだけのチームでは思い至らない。

 上に挑む気概がある者たちだけ知っていることがあった。

 

「主導権を取りに行く。可能な限り前進、コーチを盾にして相手の攻撃を前線で受けるぞ!」

『了解ッ!』


 チームに指示を出して、賢人は思案する。

 事前のシミュレーションは万全。

 有名チームであるからこそ相手側のデータはほとんど揃っている。

 更に夏休み分の齟齬も幾度かの戦いで調整済み。

 想定では不利にすぎる戦いだが、勝機は0ではなかった。

 既に考えるだけ考え抜いた結論。

 それでも止めることのない思考はもはや癖のようなものだった。

 劣るからこそ、考えることだけはやめてはいけない。


「全部が全部、データ通りならいいんだけどな……」


 データはあくまでも数値。

 この事を弁えられない魔導師は必ずどこかで痛い目を見る。

 強さのわかり辛い魔導師など腐るほどいるのだ。

 必要なのは慎重さと果断さの両立。

 難しいことであるが、上位チームに勝利することを考えればこの程度はやれないと話にならない。

 夢を見ていたい訳ではないのだ。

 現実で勝利するために努力を重ねた。

 

『リーダー、接敵するよ』

「わかった。藍、細かいサーチは頼むぞ。タイミングが重要だ」

『わかってる。賢人も、頑張って』

「ああ、わかってるさ」


 少しだけ声が震える。

 練習試合にも関わらず相手の気迫に押されてしまっていた。

 2年生。

 同じ年の中でも跳ね上がっていく者と長い年月を掛けて積み重ねる者に明確に分かれる世代だ。

 自分が劣っているとは思わなくとも、特別だという幻想も失っていく。

 賢人もまさにそういう心境に至っている。

 何処までも昇っていく怪物たち。

 自分達の戦場で楽しそうに己をぶつけ合う姿に――嫉妬しか感じない。

 誇示される強さに焦がれ、振るわれる技に感動し、剥き出しの意思に共感した。

 同じことをやりたくて、この学園に来たのだと、心に刻んだ日を忘れない。


「――ああ、そうさ、適当に蹴散らされた相手で終わるものかよ。絶対に、世界を獲ってやる」


 無謀でも構わない。

 至らぬ部分も承知している。

 その上で、賢人は吠えるのだ。

 自分たちは、諦めてなどいないのだと――いつでも、敵の玉座を奪う心構えなのだと。


『リーダー!』

「来るか……ッ!」


 鍛え上げたものが、何処まで通用するのか。

 不安と、それを遥かに超える高揚感を胸に秘めて、賢人たちはクォークオブフェイトの先陣を歓迎するのだった。






 前に出てくる。

 魔導探究会の動きに健輔は爽快な笑みを浮かべた。


「いいね、いいね。わかっているチームとやるのは本当に楽しいな!!」


 相手側の表情は硬い。

 何せ、クォークオブフェイトが誇る最高戦力が攻めてきているのだ。

 健輔、優香、葵。

 国内での圧力は最高、世界で見ても並ぶ者なき最高の前衛陣である。

 普通のチームならば仮に自陣であっても前に出るなどということは絶対にしない。

 受けに回るという発想で本当に受けに回ってしまうだろう。

 健輔たちに攻撃の主導権を渡す、という愚行の意味を理解しないで。


『敵陣に潜入。マスター、お気を付けて』

「わかってるさ。常に防御のリソースを残しておいてくれ。必殺の意味が裏返るのは洒落にならない」


 健輔は大規模転移、それも相手を無視しての発動が可能である。

 事実、合宿の最後に大暴れするのに使った。

 実に便利な力であるのは健輔も自覚しているが、流石に『強制転移』と比べると格が落ちる。

 健輔の力はあくまでも術式。

 実際の試合ではあそこまで上手くいくことはないとわかっていた。

 あの戦いでは人数の規模から本来あるべきものが欠けていたからである。

 バックスが展開している妨害系の術式。

 あの殴り合いの場では、全体にそれが掛かっていなかった。

 無駄に広いフィールドを転移で移動できるように限定されていたからこそ出来たという側面も存在している。


「しっかりと特定の魔力パターンは通さないようになってるな。期待はしてなかったがこうなると少しは残念だ」


 相手側の術式を視認する。

 妨害術式は非常に優秀なものが多い。

 発動方法がわかっているのならばカウンターの術式で沈める。

 在り来たりだが、戦いの進歩とはそういうものであろう。

 だからこそ、誰にでも使える危険な術式は封じる方法も簡単なのだ。

 味方も含めて、誰も転移できないようにしてしまえばいい。

 抜く方法が健輔にはあるが、リターンとリスクを考えて今は必要ないと判断した。


「接敵!」

「っ、くるかッ!」


 最初から期待していなかった転移という選択肢をあっさりと捨てる。

 どちらかと言うと正面から抜く方が好みなのだ。

 わざわざ搦め手を使う必要もないのだから、好みに走るのは悪くないだろう。


「剣か……」

「てりゃあああああああああッ!」


 ギリギリまで引き付けて避ける。

 やったことはただそれだけだが、相手の顔には驚愕の色が浮かぶ。

 初見、初めての対峙で太刀筋を完全に見抜かれた。

 中堅ゆえにその脅威がよくわかる。


「お返し、だ」


 太刀筋が鼻先を掠めたが微塵も恐れはない。

 流れている相手の身体を冷たく観察し、挨拶代りの蹴りをボディにプレゼントする。


「ゴぁ!?」

「はい、下にご案内ですよー」


 折れ曲がる身体に今度は上から肘をプレゼントする。

 大地へ向かって墜ちていく相手。

 接敵から数秒、一瞬の攻防は圧倒的な差を見せつけていた。


「せ、先輩……!」

「あん、おお、川田か。俺の援護か?」

「は、はい、その丸山先輩から」

「了解、了解。じゃあ、いくぞ」

「へ? え、ええと、その、何処へ?」

「さあ? 川田は心配する必要はないぞ。――ほれ、お客さんだ」


 相手をまだ撃墜していないが、援護がいるのならば構わないだろう。

 健輔には物足りないが、栞には良い相手ように思える。

 何せ下に叩き付けられて直ぐに上に上がってくるのだ。

 中々のガッツである。

 栞のための練習台としては最適であろう。


「お客さん? ――あっ。わ、わかりました!! 任せてください」

「待て!! 佐藤健輔」

「待てと言われて待つかよ。後は頼んだ」

「は、はい!」

「クソ、おい!」


 健輔は敵に背を向けて1人で突き進む。

 後ろには頼れる後輩がいるのだ。

 振り向く必要すらもなかった。


「どけ! 1年生っ!」

「どきません。あなたのお相手は、私ですッ!」


 勇ましい啖呵に健輔の心は更に燃え上がる。

 相手も、味方も素晴らしい。

 やはり魔導競技は最高であった。


「実に良い空気だ。こんな時には、暴れるに限る」


 今回、クォークオブフェイトはあえて連携を取らないことにした。

 葵、健輔、優香の3人をバラして、別々に進撃させる。

 戦力の分散は愚策であるが、健輔たちレベルの魔導師でやれば波状攻撃に早変わりだった。

 現に相手側の防衛陣は密度が薄い。


「中央からは優香。左翼からは葵さん。うんで、右翼からは俺。それに3人ずつほどで対処。全ポイントから見て中間あたりに司令塔ってところか」


 健輔のところは実質的に1人になっているが、これは意図的なものであろう。

 おそらく優香に4人、葵に4人をぶつけているのだ。

 本陣防衛に残っている圭吾と嘉人を除けばこちらの戦力は朔夜、ササラ、栞、真里となる。

 遊撃の1人を健輔にも割いている関係上、優香などは数的には劣勢だろう。


「普通に考えたらヤバいんだけど……。まあ、4人で止まるような女たちじゃないんだよなぁ。いやはや、味方ながら本当に頼もしいわ」


 目視で確認できる蒼い輝きに視線を送って、健輔は苦笑を浮かべた。

 試合開始からまだ10分も経っていないのに戦場は既に支配されている。

 世界ランク第2位。

 『夢幻の蒼』と呼ばれた少女が全力を出すことに慣れてきている。


「お手並み拝見だな。挑戦者さんたち、無策だったら笑うぞ」


 自らの相棒をどう止めるのか。

 期待を胸に秘めて、健輔はあえて歩みを止めて見せる。

 戦場を俯瞰するように魔力を配置しながら、観客気分でいろいろと仕込みを始めるのだった。


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