第164話『前哨戦』
中堅という言葉に満足はしない。
チーム結成5年目。
『魔導探究会』を率いるを率いる海原賢人は常に自分に言い聞かせてきた。
「難しい顔してどうした?」
「あっ……いえ、その……。いろいろと、思うところがありまして」
「いろいろ、ね。なるほど、確かにいろいろあるからな」
チーム存続の壁、というのは大きく分けて3段階が存在している。
最初の壁は結成後にすぐといってよいタイミングでやってくる。
安定して活動することが出来るのか、ということが大事だった。
この壁は左程大したものではなく、余程想定が甘い新人チームでなければ起こりえない。
多くのチームが挫折し、消えてしまう壁は残りの2つにあった。
「このチームも5年目。結成メンバー自体を知っている奴らも減ったな。こんなところか、お前が考えていることは」
「信也先輩……」
1つ上の先輩からの発言に賢人は顔を伏せる。
残り2つの壁、それは3年目の壁と6年目の壁であった。
どちらも世代交代を象徴する時期であり、3年目は創設メンバーがいなくなり、6年目は創設メンバーと関係があったものがいなくなる。
3年目を乗り越えるチームはそこそこ存在しているのだ。
事実、この『魔導探究会』も3年目の壁を突破し、創設メンバーがいなくなっても中堅として名を馳せている。
しかし、3年目の壁よりも遥かに強大なのが6年目の壁なのだ。
この頃になると創設メンバーと関わりを持っている者がいなくなってしまう。
結果として起こるのはチームを存続させる意義を失うことだった。
「そんな顔をするな。まだ俺たちは上位に『挑む』ことが出来る。弱くなった訳じゃない」
「そう、ですよね。はい、わかってます」
「2年生のお前にリーダーを押し付けて悪いとは思っているが、俺たちみたいな零細チームは早めにやりくりしないとな。わかってくれると嬉しい、賢人」
「いや、それはわかってますよ。やる気はありますし」
強さを頼みとして、名門となる。
このチームに入れば強くなれる、というのが6年目を超えるために必要なものだ。
そのためには大会での実績は欠かせない。
昨年度までならば国内大会で上位の成績を収めた、などになるだろう。
今年度からは大きなルールの改正と体制の変化があったため、全てが今まで通りとはならないはずであるが、気を抜いてよいはずもない。
「……あまり悩んでも仕方ないですか。先輩、コーチはどちらに?」
「今日は本業があるとのことだ。まあ、練習試合には間に合うだろうさ」
「本業……わかっていますが、なんとも歯痒いですね。もっと練習試合をしたいんですが、時間が足りないです」
「社会人に無理を言う訳にもな。その点はOBの方がやり易いだろうな」
「OB……呼ぶならば偉大な創設メンバー、ですか?」
少し厭らしい質問だとわかっていて賢人は言葉をぶつける。
勝つ為に、必要なことを先輩が理解していないと中堅は上にはいけない。
先輩相手でも試すようなことを平気でやるぐらいの気合は必要だった。
「そりゃあ、やれたら嬉しいさ。でもなぁ……」
「強くない、何よりも既に引退している。でしょう?」
「そういうことだな。年末にコーチの希望を聞かれた時に、一瞬は思ったんだ。でもさ、流石にないわ」
「先輩がまともで助かります。もう1度一緒に戦うというのは中々に心が弾むシチュエーションですが、実際にやるのはハードルが高いですよ」
フィーネや真由美のようなランカーならば卒業後にも高いモチベーションを維持している。何より、彼女たちは直近の卒業生なのだ。
正しく新しいチームメイトとしてやれるだろう。
しかし、中堅クラスに所属していた者たちにはそれほど簡単な話ではない。
わざわざ貴重な枠を割いても意味がない、と言うことに成りかねないのだ。
「我らがコーチもマスターの端くれ。かなりの強者だ。叩かれた分だけ、強くなれたが、やはり、足りないものもある」
「上にいくには、そこそこじゃあダメですからね」
「ここいらで世界最高峰の力を体感できるのは悪くはないってことだ。いろいろと悩むのはわかるけどな。悩みがある分、まだ成長できるということでもある」
「わかってます。そのための練習試合ですからね。……新しいルールにも慣れておかないといけません」
壁に悩んでいるのは事実だが、立ち止まる訳ではない。
やらないといけないことは理解していた。
「おう、若いチームだが、実力は本物だ。今の最上位を知ることは選抜戦で必ず意味がある。余すことなく吸収するぞ」
「了解です。やってやりましょう。中堅の意地も中々にやるものだと、教えてやりますよ」
牙を研ぎながら、突き立てる日を待つ。
下にいる者たちが夢見る光景。
格上を打ち倒し、自らが上位へ名を連ねる。
栄光を目指して、全てのチームが努力を重ねるのだった。
新年度におけるルールの中でも最も大きな影響力があるのはコーチであろう。
各チームに個人差があるとはいえ、基本的に大人やランカーが名を連ねている。
ルール上の枷があるとはいえ意識しない選手は存在していない。
夏休みの間も多くのチームが如何にこの存在をチームで活用するかを考えていた。
しかし、9月になり公布されたルールにはもう1つ見逃せない要素がある。
『フィールド効果』。
自陣、敵陣、全体という3つのカテゴリに分けられた特殊な効果を発生させるチームスキルの追加。
これにより魔導競技は昨年度よりも高度な戦術性を求められることになった。
どう動いても結局は個々の力で殴り合うのが最適解だったが、今年はもう一捻りが必要になる。
如何に、相手にぶつけるか。
そして、如何にして相手の戦術を受け流すのか。
今年からは意識すべき部分が増えている。
「今日の模擬戦はフィールド効果を意識すること。相手側の戦術に沿ってやってくるのか。それともこちらのエースを狙い撃ちにするのか。確認でしっかりと考え抜くこと」
いつも通りの葵の言葉。
真由美から葵へ引き継がれた立場であるが、既に健輔にとっても見慣れたものだった。
戦意旺盛な姿も逆に安心する。
「こっちの効果発動権限は私、香奈、美咲ちゃんが保持するようにするわ。発動優先度もそのままよ。まあ、実際は私よりも香奈か美咲ちゃんが発動すると思うけど」
基本事項の伝達を終えた葵は香奈へと視線を送る。
早奈恵の落ち着いた声とは違う、何処か面白がっているような響きが含まれた声が部屋を満たす。
「わかってることだと思うけど、もう1度フィールド効果をおさらいしておくよ。種別は自陣、敵陣、全体の3つ。各種別の中に5つのスキルがあって、その中から3つを試合ごとに申請する。まあ、単純だよね。一言で言えば、特殊な陣形をすぐさま発動できるってだけだよ」
種別のカテゴリは単純に発動領域である。
味方の選手に対して自陣として設定されたフィールド内で効果を及ぼすのが――『自陣』。
逆に敵陣に攻め入っている選手に対して効果を及ぼすのが――『敵陣』。
位置を問わずに何処にでも発動できるのが――『全体』。
各カテゴリに5つの効果があり、全部で15種類の効果となる。
その中から組み合わせは自由で3つまでを設定――以上が今年度の最後の新要素、『フィールド効果』の全容だった。
「元になったのは、大規模戦であった有効陣地の概念だな」
「選手が足りない時の復活権とかよね。あの辺りをもうちょっときちんと整備したのがフィールド効果だと思うわ」
「自陣はどちらかと言うと防御系の効果が多いかな。敵陣は攻撃。全体は……なんていうんだろう、全体?」
「そのままじゃないっすか、香奈さん……」
「だって、仕方ないじゃない! 本当に全体としか言い様がないんだよ!」
防御に富むと言う評価の通り、自陣に分類されるスキルの5種類は味方の防御性能や継戦能力に関するものが多い。
自陣で相手の攻撃に耐えて反撃する。
そんなシチュエーションを前提とした能力、と評すべきであろうか。
「はいはい、本題からずれてるよ。健輔、言いたいことはわかるけど、香奈が言っていることは嘘じゃないわよ」
「わかってますけど、全体はないでしょ。特殊とかでいいじゃないですか」
「細かいことはどうでもいいのよ。とりあえず普通とは違うってことだけわかってたら問題ないわ」
「相変わらずアバウトですね……」
健輔も別に訂正して欲しかった訳ではないので、これ以上の追及はしなかった。
それよりも大事なことはフィールド効果の詳細についてであろう。
脳裏に思い浮かべるのは、頭に焼き付けた効果の数々。
「それじゃあ、こんなアバウトな先輩たちに正しい効果を教えてくれるかな? 健輔くん」
「うげ……」
淑女のような微笑み。
この裏に阿修羅が潜んでいると知っている健輔には死刑宣告にしか聞こえない。
とりあえず話を誤魔化すためにも頭の中から必要な情報を引き摺り出す。
「自陣の効果5つは『身体保護』、『全体回復』、『強制転移』、『全体統制』、『生命帰還』。以上となります!」
「ふーん、流石だね。魔導に関することは本当に真面目」
「自慢じゃないですけど、自信はあります」
「はいはい、わかりました。健輔くんは凄いなぁーってね」
ニヤリ、としか表現できない笑みに健輔はキリッとした顔を向ける。
ここで油断すると大変なことになるのを実体験として知っていた。
「あんまり俺で遊ばないで下さいよ」
「あらあら、失礼な。折角褒めたのに」
「葵さんの褒め言葉は裏がありそうだから怖いんですよ」
「じゃあ、今度からはバンバン褒めていこうかしら。まあ、冗談はさておき、ちゃんと効果の内訳や使い方も考えてるでしょうね?」
「まあ、それなりに」
各効果の内容を思い浮かべる。
健輔が考えた内訳をざっくりと示すと防御、回復、補助、特殊、そして復活である。
香奈が防御系と評したのも間違いではない。
敵ではなく、味方を活かすのが自陣での効果。
想定されている戦場が攻め込まれている場合だからこその効果とも言えるだろう。
「健輔だけじゃなくて、全員5つの効果は全部覚えておくように。こっちから言うことはそうね……相手が『強制転移』を保有している場合は気をつけること、かな」
「いろいろと使い道が多いからですよね?」
「そういうこと。フィールド効果っていうのは、効果発揮後に指定されたフィールドから出ると力を失うわ」
基本的に指定されたフィールド――自陣ならば自陣。
敵陣ならば敵陣にいなければ効果を発揮しない。
しかし、いくつか例外もある。
葵が名指して指名した『強制転移』は例外の類だった。
「例外が強制転移、読んで字の如く。自陣にいる魔導師1名を強制的に転移させるものよ。発動回数は2回。これ使いようによっては攻撃にも使えるから健輔と優香ちゃんは気をつけること」
「わかってますよ」
「承知しました。突発的な転移にも耐えられるように気をつけます」
「よろしい。他のやつも気をつけないといけないんだけど、今回は後回しでいいわ」
クォークオブフェイトは前衛型の攻撃チームである。
チームの傾向から考えると自陣スキルを選択する機会はあまり多くはないだろう。
逆に言うと敵からすれば1番選択し易い効果ともなるため、無視してよいものではなかった。
『強制転移』だけでなく全ての効果が組み合わせ次第では危険なのだ。
防御に振り分けられている自陣の効果を使えば、相手チームは普段以上の硬さとなる。
「さて、本題よ。攻める事が多い私たちは必然としてこっちの方がメインとなる。この効果との合わせ技も考えておきなさい」
「今回の試合では思い切って全部の効果を『敵陣』から選択するよ。誰に使うのか、って言うのは柔軟にいくけどね!」
敵陣効果は『効果無効』、『瞬間回復』、『転移阻害』、『集中攻撃』、『生命昇華』の5つ。
今回はこの中から3つを選択する。
敵陣と自陣のスキルはお互いに対になる部分があるため、相手側の効果に対して対応する効果を使えば上手く脅威を減らすことも可能であった。
今回はフィールド効果を使う初めての試合なのだ。
相手側は格下なのだから、普通に考えると自陣スキルでの防御を優先するだろう。
噛み合せも考えても悪い選択ではない。
「――『効果無効』、『集中攻撃』、『生命昇華』でいくわ。今のところ、この先の戦いでも基本構成はこの3つでいくつもり」
「超攻撃構成……」
「ああ、うん、葵さんらしいなぁ」
『効果無効』は敵陣にいる味方選手1名に文字通り『効果』を無視する力を与えるもの。
コーチの無敵や、フィールド効果などのルールで用意された特殊な防護の突破を可能にする力である。
『集中攻撃』は敵陣にいる味方選手2名が5分間で敵に与えたライフフダメージの対象を変更するもの。
弱敵に集中攻撃し、敵のエースを潰す。
こんな使い方も不可能ではない中々に強力な能力である。
そして、最後の『生命昇華』は味方選手1名を指定し、その選手が撃墜した数だけ指定選手のライフが全快する効果を得るというものとなっている。
どれも選手の地力を必要とする攻撃に寄った効果。
能力に関係なくメリットを得る自陣効果とは違い、敵陣効果は相手に切り込むだけの強さと総合力を必要としていた。
「今回の模擬戦、いろいろな意味があるわ。選抜戦の行方を占うのは勿論のこと、私たちが格上と戦う時の示唆もあるでしょう」
「格上が攻撃に偏るなら――例えば、アマテラスと戦う時なんかは防御に傾けた方がいいかもしれないしね」
「スーパーエース1人だけに蹂躙、っていうのはルール上は難しくなったわ。でも、難しくなっただけよ。むしろ、崩れる時は以前よりも簡単に崩れる」
「備えていこう。私たちも決して頂点じゃないんだから」
珍しくも香奈が真剣な表情で語る。
しかし、言っていることは正論だった。
クォークオブフェイトも、健輔たちも頂点を気取るにはまだ足りていない。
挑戦者としての気概を忘れずに、いや、取り戻すためにも良い機会だった。
「じゃあ、いきましょうか。新しい時代を余すことなく堪能しましょう」
「よっしゃ、燃えてきた!」
「佐藤先輩は本当に単純ですよね……」
「違うぞ、ササラ。こいつは単純なんじゃない、考えてないだけだ」
和気藹々と戦場に挑む世界大会準優勝チーム。
新時代の幕開けを告げる新しいルールでの最初の戦いが静かに始まろうとしていた。




