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第163話『両想い?』

 光があれば影がある。

 栄光に満ち溢れた健輔の戦いによって、地獄へと叩き込まれる者たちが集まる場所。

 魔導総合研究所。

 魔導の始まりの場所であり、もっとも権威のある地で嘆きに捉われた女性がいた。

 響き渡る声は地獄から来る呪詛。

 負のオーラを身に纏い、幽鬼のような表情で机に突っ伏す。


「……うがあああああああああああああああッ!! どうして、どうして……!」


 秀麗な容姿は崩れ、目にはハッキリと隈がある。

 仮にも魔導師である彼女が肉体的に疲弊するなど、ハッキリと言って異常事態であろう。

 例えば、休みなく新発見の嵐が来る――などということがなければこんな事態に陥ることはあり得ないと言ってよかった。

 ならば、どうして彼女の肉体に色濃い疲労が現れているのか。

 理由は簡単である。

 あり得ないが起こってしまったからだ。

 結論から言うと数日単位で新しい系統を送り付けてくるある男のせいだった。


「――こんなに、新しい系統が出てくるのよぉ……。1つの系統の解明にも数年以上、ううん、基礎研究まで入れたら普通に10年ぐらいは使ってるのにぃ」

「メアリーちゃん……大丈夫?」

「良い年した女がガチ泣きしてるぞ……」

「大帝と呼ばれる俺も流石にドン引きだよ。いや、まあ……同情はするがな」


 術式開発の最先端を突っ走る数少ない戦えるバックスのウィザード。

 ウィザードとして名を刻むバックスは彼女を入れても片手の指で足りる数であり、それだけでも桁違いの能力を誇ることは容易く想像が可能だろう。

 事実、メアリーは素晴らしい魔導師である。

 かつての3強と比べても見劣りしないだけの能力があった。

 実戦となると些か経験が足りない面もあるため、圧倒するというほどではないが、魔導という技術の結晶体とも言えるだけの知識は学生ではどうにも出来ない脅威であろう。 

 健輔とは異なる意味で万能たる魔導師。

 ある意味では正統派の万能型の極致たる存在であるが、だからこそイレギュラーからの攻撃にはそれなりに苦慮していた。

 より言うと無茶苦茶すぎる『天昇・万華鏡』に苦しめられている。

 桜香の統一系は競技的には脅威能力であるが、研究的な意味では健輔の万華鏡の圧勝でだった。

 欧州の最先端の研究機関がフィーネの協力を得た上で数年の月日を掛けたものを数日どころか数時間で超えてしまうのだ。

 異常、という他に言葉がない前代未聞の能力である。


「うぅぅ……解析しても、解析しても、新しい系統が生えてくるよぉ……」

「幼児退行している……」

「終わらないマラソンを続ければこうもなる。佐藤健輔、だったか? 恐ろしい魔導師だな。俺がこれほどの戦慄を抱いたのは、制覇の奴と戦った時以来だ……」

「うーん、メアリーちゃんは真面目だからぁ。自分でやれることには手を出しちゃって適量を見誤った感じかなぁ」

「感想を言うよりも優しくしてやった方がいいんじゃないか。というか、周りも手伝ってやれよ。どうしてこうなるまで放っておいたんだ」

 

 1人で冷静に突っ込む初代太陽をスルーする初代皇帝と初代女神。

 大人になってからの4人組は凸凹した関係ながらも抜群の安定感を持っていた。

 ツッコミ担当のメアリーの苦労を除けば素晴らしい関係であろう。

 しかし、今日は流石にいつもと様子が異なっていた。

 全員でメアリーを支えようとしている。

 非常に珍しい光景であるのは間違いなかった。


「メアリーちゃんが大丈夫、って言ったかららしいんだけどねー。その、意地っ張りだからぁ」

「あー、うん、わかった」

「収まりがつかなくなったか。まぁ、引き受けたプライドがあるだろうからな。仕方がないと言えば仕方がないだろう」

「後はタイミングも悪かったみたいよ~。だって、ちょうど会いにいこうとしていた子だったんですものー」


 会いに行こうとしていたからこそ、情報のキャッチもかなり早かった。

 いや、早くなってしまったというべきであろう。

 誰よりも最初に系統を創造する能力と出会ってしまったのだ。

 無視することも出来たが、技術者として、何よりも魔導師としてスルーするには魅力的すぎる能力だった。


「だが、デスマーチをした甲斐はあるのだろう? この俺にも真似が出来ない力だ。中々の傑物と認識している」


 魔導大帝が静かに闘志を滾らせる。

 ある意味で己と似ている力にかつての王者は期待していた。

 彼もまた研究的にも大きな偉業を成した者である。

 全てがそうとは限らないが期待するのは当然だった。

 しかし、先程まで悲嘆に暮れていたメアリーの一言が彼の想いをぶち壊す。

 

「うん? なんか、私の検証結果を聞く全体になってけど、教えないわよ」

「え~教えてくれないの?」

「当たり前でしょう。調べればわかるって言ってもあなたたちが1生徒の能力を知っているのも結構な問題です。一応、アドバイザーとして仕事をしてなかったら絶対に言ってないですよ」


 メアリーは3人に冷たい視線を送る。

 協力をして貰ったからこそここまで教えたのだ、と目が語っていた。

 これ以上は健輔本人にしか言うつもりがない。

 此処から先、この3人は明確に健輔たちの敵なのだ。

 情報漏洩のような事をするつもりはなかった。


「この能力の謎を解き明かすのにアンドレイが必要だったし、まあ、マリアと昴も意見が欲しかったから呼んだの。これ以上はダメ」

「ふむ、確かにその通りだな。選抜戦以外では能力が使用済みであろうから当たる時には気にしなくていいが、選抜戦で戦う可能性もある以上、気を使うのは当然だ」

「そういうことです。新系統の解析から出てきた万華鏡のデータは役に立つ。解き明かすために多少のデメリットはあっても補うくらいには、と確信していますから」

「なるほど、戦いを楽しみにしておけということか」


 魔導大帝は傲慢な王者であり、クリストファーと比べると強者としての自負が強い。

 上から目線というものをある意味では体現した存在であるが、敵を認めないということもなかった。

 この辺りは健輔とよく似ていると言ってよいだろう。

 相手が強ければ、強いほどに倒した時の爽快感が増す。

 考えは完全に健輔と同じ。違うところがあるとすればアンドレイは自分が負けるとは欠片も思っていないところであろう。

 常勝無敗の王者。

 皇帝の系譜は揺るがない自己を備えている。


「何にせよ、後輩たちも面白いようで何よりだ。わざわざ引っ張り出されて弱い者苛めにしかならなかったら、俺たちの矜持に傷がつく」

「心配しなくてもあなたたちを倒しそうな子たちも揃っていつから安心してください。……しかし、1回ちゃんと合わないとダメですよね……。うん、とりあえず一段落は付いたし、当初の予定通りにそろそろ会いにいきますか」

「あら? 今度こそ行くの?」

「ええ、日本に。そうですね、私の仕事をたくさん増やしてくれたことには直にお礼を言わないといけないと思っています」


 メアリーは爽やかに笑って、来訪先を告げる。

 知識の伝道者と最強の万能系の出会い。

 自らを超えかねない唯一の万能。

 異なる領域であるからこそ、2人の出会いには大きな意味が宿る。

 この場にいる3人はその時を楽しみに思うだった。






 運動に限らず学習には反復が付き物である。

 日々の練習で実践し、確かな実力を身に付けた健輔にもよくわかっていることだった。

 それでも、やはり苦手というものは存在している。

 気合を入れても座学に対しての拒否反応が出てしまうのだ。

 脳が勉強用にチューンされていない男の限界が其処にあった。


「ぐぬぬ……!」

「鬼みたいな表情でテキストを睨まないの」

「子どもが見たら泣くよ、その顔」

「えーと、根を詰めても効果は薄いと思いますよ?」


 頭を使うことは苦手ではないのに知識を詰めるのは苦手。

 勉強は出来ないが要領はよいのが健輔であるが、精神力の強さは中々のものである。

 世界大会の決勝よりも遥かに労力を使いながら必死に頭に叩き込んでいく。

 効率は悪いが進んではいた。

 残念なことに順調とは言い難いのも事実であるが。


「魔力と……術式……えーと……そもそも魔素とは……」

「落ち着きなさいって。理論の方はおいおいでいいから先に結果だけ理解したらいいのよ。あなたは研究者を目指す訳じゃないんでしょう? だったら、理解して使えたら十分よ」

「いや、それってなんか、負けた感じがする。やれるところまでは粘る」

「粘るって……。まあ、別にいいけど。どうして健輔は一気にいこうとするかなぁ。もうちょっと落ち着いていけばいいのに」


 美咲が編集したノートを必死に見つめる姿は中々に微笑ましく好感が持てる。

 しかし、あまり実っているとは言い難い面があった。

 美咲は本職のバックスであり、研究者レベルのものにも手出ししている。

 健輔が希望した最先端レベルには届いていないが、十分以上に難しいことをしているのも間違いないことだった。

 簡単に言うと健輔ではレベルが足りない。

 掛け算も知らないのに一気に高等数学に手を出しているようなぶっ飛び加減である。

 

「美咲ちゃんのレベルは学生レベルをはみ出そうとしているからねぇ。言うなれば勉強方面のランカーだし」

「凄いですよね。私も美咲のやっていることはまだまだ理解から遠くて」

「やめてよ。なんか、その……背中が痒くなっちゃうから」


 美咲は絶賛の声に顔を赤くして伏せてしまう。

 褒められ慣れていないのか、素直な反応で初々しかった。

 普段はどちらかと言うと冷静なタイプなのだが意外と激情家でもある。

 1年生の最初の頃は緊張などに弱い面もあり、中々活躍が出来なかった。

 努力の成果。

 何処までも突っ走る男の影響を受けた彼女も立派な魔導師であった。


「うううううう……!」

「人語を失い始めたよ。健輔、普通にやっていこう。いくら要領がよくても勉強だけはどうしようもないよ」

「わかってる。わかってるだ。だが、諦めてしまったら、どうにもならん!!」

「あまり急いでも仕方がないと思いますよ。その、苦手であることは、理由があるものですから。まずは基礎を固めましょう。全てに通じるところです」


 健輔が自分のレベルを大きく逸脱した領域に手を出しているのは当然ながら理由が存在している。

 学生レベルでは触れられない領域――つまりは、最先端技術の中でも最重要な部分についての知識を求めたからであった。

 切っ掛けは手紙というか、伝言である。

 夏休みの間に実戦レベルでの検証は行ったが、座学の方からの考察がまだだった。

 苦手であるし、美咲に頼んでもよいのだが、全てを完全に投げてしまうのと僅かでも理解しているのには大きな差がある。


「メアリーさん、でしたっけ? 美咲はご存じのようでしたが」

「術式研究とかの有名人よ。権威、ってほどじゃないかな。まだ若い人だし、フットワークも軽い人だから」

「以前からいろんなチームを回って指導したりしていた人だよね? 術式の改良とか、固有能力の解析とかもやっているって聞いたことがあるよ」

「そうよ。ある意味では1番コーチらしい人じゃないかしら。前からユニークな能力はあるけど、指導者がいなくて力を発揮できないチームの面倒とかも見ていたらしいし」


 健輔にも以前から興味はあった、とメッセージにも記されていた。

 美咲が知る限りにおいて、魔導の実践においては最高レベルの人材である。

 特筆すべきは、彼女が構築した理論で様々な固有能力を術式レベルで再現できていることであろう。

 メアリーに公式戦の記録は存在していないため、実力自体は未知数の存在である。

 外部からわかるのは彼女がウィザードと評される魔導師にランク付けされていること、多彩な能力で世界最高のバックスと言われていることだけだった。

 戦闘経験がなかろうが、そこまで名前が売れている第一人者から連絡が来た。

 しかも万能系についての報せに興味が湧かない者がいるとしたらその者は魔導師ではないだろう。


「あなたの固有能力について、でしたよね? ご連絡にあったのは」

「おう。まあ、薄々思ってたけど、やっぱりって感じだったけどな」

「万能系で固有能力に発現した人はいない。これは、固有能力を必要とする場面がほとんどないからだ、っていう結論だったわよね」

「理屈としてはわかりやすいけどね。ちょっと引っ掛かる部分もあるけどさ」


 万能であるがゆえに不足が不足となりえない。

 実際のところ、健輔の強さからすると間違いではなかった。

 出力不足もなんとかしてしまえる辺り、万能系は系統として1つ抜けている。

 互角、もしくは凌駕しかねないのは桜香の統一系ぐらいであろう。


「圭吾が言いたいこともわかるけどさ。それにこれで終わってたらあれだけど、気になることが書いてあったからさ。元々、気合入れて行く予定だったし、ちょうどいいと思ったんだけどなぁ……」

「勉強も強さも、1日にしてならずってところね。固有能力に近いことをやれる術式。まあ、簡単じゃないわよ」

「だよなー。美咲もさっぱりなところを如何にか出来るわけないか」

「あなたの天昇モードで手一杯なのもあるけどね。小さく改良しているんだからね。無駄な魔力の流れを節約したりとか」


 力不足を指摘されて不満そうな美咲に机に突っ伏した健輔は弁解を行う。

 解釈のしようによっては美咲に不満があるように聞こえかねなかったからだ。

 健輔からしても美咲に不満などないのだ。

 あるとすれば、魔導が持つ学問という面をスルーしてしまっていた自分への憤りだけである。


「悪い、言い方が悪かった。先があるとわかると急ぎたくてな」

「気持ちはわかりますが、一朝一夕とはいかないものです」

「そうだよ。健輔は贅沢すぎるね。美咲ちゃんの天昇モード、十分な効果があるじゃない。まさに固有能力にも劣らない能力だと思うよ」

「わかってるよ。悪かったって。自分のアホさを呪いたいだけだって」


 近い内に行く。

 メアリーの言葉を頼りにして、健輔は健輔なりに考え抜く。

 実戦という意味での経験値は最高峰。

 そして、そちらの方面での劇的な強化はもはや望めないだろう。

 実際のところ『天昇・万華鏡』もバックス側からの強化である。

 苦手を苦手のままにしておけない。

 より強くなるために、毛色の違う強者との接触を健輔は強く望んでいるのだった。


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