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第162話『どちらに傾いても結果は同じ』

 選抜戦へ向けての2度目の練習試合。

 前回は意図的にエースを出さない戦いをした。

 2度目となる今回は逆のことが起きている。

 エースを前面に出しての猛攻。

 試合開始から10分程度で相手チームは防戦一方へと陥っていた。

 既に崩れ落ちそうな相手チーム。

 しかし、その中にも脅威となる敵はいある。


「あなたはかなりバランスがいいですね。楽しいですよ!」

「ありがとう、というと少し嫌味かな? 君は凄いね。流石は『境界の白』か。ランカーというのは年月を超えるだけの力があるようだ」

「エキスパートまでいった人に褒めてもらえるのは素直に嬉しいです」

「君はどんなルールでも十二分に力を発揮できるタイプだ。器用さが仇になる時もあるだろうけど、頑張ってくれ」


 戦闘中とは思えないほどに穏やかな会話。

 休みなく攻撃をする健輔と防ぐ相手側のコーチ。

 ライフが減少しないというコーチの特性を活かした防御を捨てた白兵戦で振り切ろうとする健輔を確実に足止めしてくる。

 相手のチームは中堅レベルを逸脱していないが、やはりコーチだけは歯応えが違った。

 アルメダのようにランカーではなくとも、ベテランを超える戦闘能力に冷静な戦術眼、おまけとばかりに経験まで付与されているのだ。

 これだけの力を備えた選手が、ライフを一切気にしないで行動をする。

 こちらを撃墜できないのは間違いないが、妨害程度は可能であろう。

 戦闘特化であるエキスパートの魔導師ですらも健輔の魔導に対抗してくるのだ。

 アルメダのように名があったタイプの魔導師だと上手く封じてくる可能性は考慮しないといけない。


「型が綺麗で、勉強になります」

「君のような若者にそう言ってもらえると嬉しいよ。君たちが作り上げる戦いの舞台に、横入りするような形になっているからね。腑抜けた技では不快だと思ってね。錆だけはキッチリと落としてきたつもりだ」

「感謝します!!」

「こちらこそ。君ですらも、上位ランカーではない。今の環境は怖いね。わかりにくい脅威とはいえ、これだけの選手を表面上は超えている者が複数いるんだからね。」



 剣、槍、拳、砲撃。

 目まぐるしく入れ替わる健輔の攻撃方法。

 一瞬たりとも安定しない戦い方は彼の真骨頂であり、容易く崩すことの出来ない技である。

 対応してみせる敵側のコーチは凡庸であるが、積み重ねた重荷とコーチという制度でなんとか抵抗しているだけであった。

 仮にコーチでなければ既に終わっているだろう。


「有効打を幾つ貰ったか……。呼吸を読むのが脅威的なまでに上手い」


 間合いを外すのが上手い、というべきであろうか。

 健輔は相手に対応してあらゆる手段で攻撃を放つ。

 技の間隙を突くのなど序の口で、心の動きから戦術を読む程度は軽くやってくる怪物であった。

 初見にも関わらず既に対応してきているのが対戦相手から見てもわかる。

 戦ってみないと本当の危険度がわからない。


「前情報とは脅威度の差に大きな溝がある。……このレベルに、全体を追い付かせたいのならば、大人を投入するしかないわけだ」


 蹂躙。

 敵チームは既に半数を割っているのにクォークオブフェイトは無傷。

 彼らが要望した通りに全力で稼働することで健輔たちに隙はない。

 彼がコーチを務めているのはオーソドックスな中堅チーム。

 強さは中々のもので、戦法もしっかりと環境に追随していた。

 後衛火力の優越を用いて相手を足止めまたは撃墜を狙う。

 混乱が生じた隙に高錬度のベテランで敵を落とす。

 昨年度までの主流な戦い方。後衛火力の、より言うならば攻撃側の圧倒的な優勢が生み出した殴り合いの極致である。

 時流を読み切って構築されており、決して弱くはないのだが、加速する魔導の進歩に追いつけていないのも事実だった。


「昨年度の戦いは見たけど、今後はもっと高度な人材が必要になるね」

「余所見ですか?」

「いや、感想だよ。未来というのはなんとも厄介なものだよね」


 これに勝てるように育て上げる――無茶ぶりだろ、と心の中でツッコミを入れたコーチの男性は悪くはないだろう。

 大人を完封するような怪物である。

 完封されている時点で足止めという仕事は果たしているのだが、本当に最低限の仕事しか出来ていなかった。

 コーチというものは基本的に相手のコーチと潰し合い、戦う傍らで味方の援護を行うものである。

 彼はその仕事が出来ていない。

 そう、クォークオブフェイトのコーチはフリーなのだ。


「何をしようが、どうしようが、絶対に通させません」


 健輔を出し抜こうと前に出たコーチに風が襲い掛かる。

 自らの身を一切防御せずに周囲への防御を優先する風。

 全方位において隙のない存在。

 真実のオールラウンダーたる『女神』が威容を見せつけていた。


「必要はないでしょうが、念のため見ていた正解でした」

「無名のコーチ相手に大袈裟な……!」


 見ただけでも『格』の違いが際立つ。

 遥か年下の少女であるが、真正の怪物だと認めることに否はなかった。


「フィーネ、アルムスター……それなりに鍛えてきたつもりだったけど、それなりじゃあ、ダメだったかな」

「そうですか? 流石は中位のチームだと思いましたよ。壊滅してもしっかりと立て直してくるだけ凄いと思います」

「そう言ってくれると嬉しいね。いやはや、同じ役割を持つ者として、嫉妬したくなるほどの強さを見てしまったよ」


 やっていることはほとんど一緒なのだ。

 自らに迫る攻撃を全て無視する。

 その状態で援護を行っているだけだった。

 ライフが一切減少しないのがコーチの特色。

 己の身を守る必要がないということは、他の部分に魔力を回せるということだった。

 発動する魔導は別段無敵ではないが、注ぎ込んだ力の分だけ強固にはなる。

 彼も意識してはいるのだ。

 ただ、足りていなかっただけである。


「健輔さん、そろそろ」

「お、了解です。フィーネさん。じゃあ、一旦変わりますね」

「変えさせないのが、仕事なんだけど。……止められないよね」

「ええ。健輔さんは万能、ですから」

 

 言葉を掛ける間に姿が入れ替わる。

 己を起点とした空間転移。

 来る戦いに向けて、健輔はフィーネとの連携を強化している。

 どこからでも、お互いの相手を入れ替えれるようにしているのもその一環であった。


「そちらから見て、こちらはどうだったかな?」

「良いチームかと。全体の錬度は見事、としか言い様がありません。ただ」

「ただ・」

「幾分、想定が甘いと思いました。楽観が入っていましたよね? 基本通りに忠実。下手な小細工は逆効果かと思ったのでしょうが、それが間違いです」


 淡々と響く美しい声。

 敵でありながらも周囲を惹きつけるのは頂点にいる者の特権である。

 その場に存在し、話すだけでフィーネは周囲を惹きつけていた。

 泰然としたまま、女神は敵に敗因を告げる。

 実力差は当然だが、それよりも重要な要因があった。


「このチームが何処のチームか忘れましたか? クォークオブフェイト。つまりは、近藤真由美が作ったチームですよ」

「……ああ、なるほど。認識はしていたけど、理解はしてなかったよ」

「わかっているのに、基本に走った。安易な道を選んだ。それ故の敗北です。錬度は十分。しかし、心構えが足りない」


 真由美の砲撃を知る者が数が増えてところで凡人の砲撃に怯えるはずがない。

 ましてや対処も可能なのだ。

 後衛の火力を重視した戦術の根幹部分が完全に意味をなさない。


「まあ、練習試合ですからあえて失敗するのも手とは思いますけどね。何処の国も上を狙うチームは中々に強かで悪くないです」

「弱者は弱者なりに、強かの方がよいと思ってましてね。そういう教育方針でやりました」

「ええ、素敵だと思いますよ。相手が悪かった。そう思って下さった方がいいと思います」


 形を優先したがゆえに、個々の技量に問題を抱えてしまった。

 圧倒的も生温い蹂躙に至ったのはそれが理由である。

 フィーネの防御を止めるには彼女の魔導を突破する必要があった。

 純粋な技量もそうであるが、妨害用の能力など多岐に渡る用途を持たねば行動を阻害することすら厳しい相手なのだ。

 全てを理解して、策を練っても届かない相手が世の中にいる。


「正式なルールの公布でいろいろと考えることも増えたでしょうし頑張ってください。私たちの本命は次の試合ですからね」

「ええ、わかってるよ。最後の最後はきっちりとやろうじゃないか」


 相手に正確な距離を教える。

 その上で相手側も対応してくるのを期待しているのだ。

 国ごとの特色があろうともやれる手段は似通うのが普通である。

 来るべき戦いに備えて相手の策を知るのは決して無駄にはならない。


「では、今度は私がお相手しますね」

「お手柔らかに。もうすぐ30なんでね」

「ええ、おじ様。しっかりと敬っていきますよ」


 最後の最後はコーチとコーチで終わらせる。

 お互いにダメージを負わない不毛な争い。

 どちらが先に相手を出し抜けるのか、というよくわからない競い合いが静かに繰り広げられるのだった。






「フィーネさんに来て貰ってよかったわ。やっぱり万能型の上位はいいわね」

「計算通りって感じですか? 葵さんがいつからこの光景を想像していたのか、少し気になるんですけど」

「割と前からよ。私がこの学園に入った頃には完全に火力優勢だったもの。派手なのはいいけど、正面から攻撃をぶち込む合うだけじゃあ、見てる方もいつか飽きるわ」


 試合を終えて反省会も終わった後、健輔は葵と共に振り返りを行っていた。

 全体としての課題は既に反省会で出し終わった後であるが、個別の課題はまだ残っている。

 特に健輔としてはこの試合は中々に面倒な部分が多かった。


「だから、コーチ」

「多分だけど、その内名前が変わるわよ。今は指導と選手を兼ねているけど、本当は分離させたいでしょうしね。こんな形になったのはコーチの条件が結構難しいからよ」

「能力的な意味で、ですよね。真由美さんとかはやっぱり利点が減ってますし」

「そういうこと。本当は今のコーチのポジションには防御もしくは支援系の魔導師を置きたいんでしょうね。ただ、それが出来る程の人材がほとんどいないから」


 支援を得意とする者はいるが、その中で戦闘が出来るという前提条件を付けると一気に少なくなってしまう。

 支援などが得意なのは座学に集中していた研究者ばかりなので自然と言えば自然ではった。

 ましてや10年近く戦場から離れているのにいきなり戦場に投入されて上手くいくはずがない。

 更に言えば、中には現役時代に戦ったことがない者もいるのだ。

 ライフが削れない、ぐらいのメリットはないと活躍する余地が存在していなかった。


「人材すっか?」

「そうよ。あのね、サラさんでもランカーじゃないのよ? 実際、あの人は防御は凄いけどそれだけだもの。致命的に相性が悪いとはいえ香奈子さん相手には一撃よ。どれだけ防御側が不利なのかよくわかるでしょうに」


 相手を撃墜するのがメインの競技であるがゆえにスター選手も傾向としては攻撃に寄るものばかりになる。

 稀に万能型や妨害型が混じるが、防御型のスターなどほぼ皆無であった。

 支援も同様であり、重要ではあるが全く目立たないポジションでもある。

 結果、魔導のイメージと共に攻撃型はドンドン増えるが防御型はあまり昔と変わらない状態のままとなっていた。

 勿論、莉理子やジョシュアなどの優れたバックスはいる。

 いるのだが、彼らでもランカーではないという事実は中々に重たいものがあった。

 

「2つ名持ちはランカーじゃなくても厄介だし、ランキングだけが全てじゃないけど、やっぱり名誉ではあるわ。そこに名前が乗れないのは辛いでしょう?」

「なるほど……じゃあ、コーチ用のランキングとかが出来る可能性が?」

「正確には部門別じゃないかしら。ポジション別って言いかえてもいいけどね」


 同じ前衛でもアタッカーなのか、ディフェンダーなのかと違いはある。

 今までは個々のバトルスタイルで済ましてきたが、それだけで終わらない可能性は十分にあった。

 ルールの大きな改変は先を見越したものとなる。

 葵は確信を抱いて行動していた。

 環境という流れから取り残されるのはマズイ。

 適応できなければ『死』が待っているという認識は大袈裟、というものでもなかった。


「ま、私もいろいろと考えてるから。健輔もしっかりと考えなさいよー。戦闘ばっかりに頭を使っていると真由美さんみたいになっちゃうわよ?」

「いや、どっちかというと葵さんでしょう」

「どっちでも大差ないと思うから、どっちでもいいのよ。大事なのは、影響を受けているってことだしね」

「はぁ……」

「何よー、気のない返事ね」


 葵の不貞腐れた表情に苦笑する。

 どっちに似ても結局は戦闘狂なのであるが、今更言って場を掻き乱すつもりはなかった。

 口は災いのもと――流石の健輔も学習している。


「それよりも次の試合のこと、いいんですか?」

「むー。……今回は誤魔化されてあげようか。感謝しなさいよ?」

「うっす」

「よろしい。じゃ、相手側がやってくるかもしれない戦術について。私が予想したのは全部で5パターンあって―――」


 師と弟子がお互いの知恵を絞り出す。

 小さな準備であるが、次の戦いに欠かせない段取りは地味に決まっていくのだった。


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