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第161話『継承』

 廊下を歩く2人の男女。

 健輔の傍には常に、と言っても過言ではないほどに優香がいるのだが、今日は非常に珍しいことに彼女とのセットではなかった。


「じゃあ、忙しさはマシになってるのか。良かったな。傍から見てても中々に殺人的な仕事量だったから結構心配してたんだ」

「ありがとうございます。健輔さん、普段は優しい方ですもんね」


 クスクスと微笑む小柄な少女。

 放送部所属の紫藤菜月は久しぶりの会話に弾む心を押さえて、近況を交換し合っていた。

 健輔からしても運営側にいる彼女の話は中々に興味深く、それなり以上に話が弾んでいる。


「普段は、って言うのは強調しないでいい」

「はい、わかってますよ。冗談です。健輔さんは優しい方です」

「……なんか、妙な裏を感じる。紫藤、お前さんも中々にイイ度胸しているよ」

「染まってますかね?」

「大分な」

「だったら、光栄です。チームの端くれらしい、ってことですからね」


 皮肉だったのだがとても嬉しそうな様子に何も言えなくなる。

 大分前から悟っているが、日常での男は無力だった。

 今更過ぎてもう心に刻むつもりにもならない。


「……ま、いっか。そんなことよりも選抜戦だな。準備は進んでるんだろう?」

「はい、そうですね。今が9月の上旬ですから、大体下旬辺りから準備スタートになると思いますよ」

「全ブロック、全チームの試合を大体2週間で終わらせるから、10月には予選へいけるチームが振り分けられるのか」

「これでも去年から比べたら凄く楽ですよ。日本だけでも凄い試合数があった状況から、ようやく特定期間だけは忙しいレベルまで落ちたんですから」


 影の運営は教師たち大人がやっていたが、司会などを含めた表の運営は放送部がやっていた。

 これは天祥学園だけの話だけではなく、各国の魔導校でも似たようなものである。

 学園が持つ全てのチームが戦い、その果てに世界最強を決めていく。

 規模が拡大するのにもなんとか対応し、20年以上同じ体制でやってきていた。

 しかし、流石にここまで規模が大きくなると問題は増えてくる。

 

「まあ、国内大会の試合数もアホみたいな数になってからなぁ。総数はもう想像も出来んわな」

「選抜戦のブロック総数はまだ明かされていませんが、去年の参加チーム数から考えると100に届きますからね」

「世界全部だもんな。まあ、それでも去年の国内戦よりは格段に楽になっているだろうけどさ」

「短期間に集中してやれますし、世界中のフィールドで戦いますから、場所にも困らないです。変わりに観客とかもいませんけど」

「観客を入れるのは本戦だけ、だったか?」

「はい。映像配信は全試合するので、確認は可能ですけどやっぱり数が多くなると全てを見せるという訳にはいきませんから」

「大分ゆとりがあるから戦う側として嬉しいけどなぁ」


 試合の消化速度の向上は選手にゆとりを与える。

 ブロック内での総当たり戦にすることで最低限の試合数は得れるようにするが、以前のように無策で挑んでなんとかなるほど緩くもない。

 上位チームには試合数が少ないことでプレッシャーを与えることも目的なのだろう。

 より競技として整備されている。

 多くの生徒たちは今年度の大会にはそんな印象を受けていた。


「元々が教育だった弊害の解消を目指している。つまりは、より競技として洗練したい訳なのか。色々と大変だな」

「果てにあるのはプロ化でしょうね。コーチの皆さんも引退勢の錆落としとも言われていますから」

「まあ、卒業した魔導師たちの中で今でもガチでやっているような人たちはそりゃあ基本は強いわな」


 実戦から離れていたのもあってアルメダは桜香に敗れたが、錆びが落ちていた練習試合ではかなり苦しめられた。

 圧倒的に離れている訳ではないが、流石に一日の長が向こうにはある。

 年月の密度というものは侮って良いものではなかった。


「無敵があれば経験のある魔導師はエースの1人くらいは押さえ切る。今回のルールにはそうした計算が見えている」

「いろいろなコーチさんを見ましたけど、健輔さんたちのように年が近い方が派遣されているチームには共通点があります」

「ふむ?」

「どのチームもある程度は名前が売れている、ということですかね」


 夏の合宿に参加していたチームたちがそうであるが、何処のチームもコーチ導入前からの強豪である。

 学園側もある程度の実力は考慮の上で、希望のコーチを派遣するかは決めていた。


「まあ、あんまり指導者って意味のコーチは必要ないしな」

「だから、戦力になるか、もしくは刺激になるのか辺りで選ばれたんじゃないかって噂です。強いチームは平均レベルが高いですからね」

「だよな。そう考えると、やっぱり真由美さんは凄いわ」

「環境を作った、という意味では桜香さんよりも上の方です。強さはともかく業績では魔導師の中でも5本の指に入ると思いますよ」


 後衛の超火力による優勢。

 ハンナなども関係しているだろうが、スター選手として環境を作った1人である真由美に健輔は尊敬の念を禁じえない。

 そして、変わっていく環境に適応している古豪にも同様の想いを抱いていた。

 完全な適合は出来ず、結果的に弱くなっているところもあるが、それでも中堅よりは圧倒的に強い。

 中位のチームと戦ったゆえに改めて古豪の強さがよくわかった。

 今は健輔たちの方が強いが、3年間世界のトップクラスにいるチームと20年間世界を狙える位置にいるチームならば後者の方が完成度は高い。


「だろうな。……資質に寄らない強さっていうのはやっぱり真由美さんが随一だったよ。結局のところ、俺も資質が結構な割合を占めている」

「真似が出来る。言い方は悪いですけど、そう思った方が多いってことですもんね」

「真似できるし、したいって思わせたんだから、凄いことだと思うけどな。俺も真似したかったもんよ。というか、してるし」

「流石は直弟子ですね。結構、様になっていると思います」

「いやいや、不恰好で結構恥ずかしいんだぜ? ま、あの人みたいな先輩がいて、俺は本当に幸運だったよ。それだけは、間違いないことさ」


 葵は優秀なリーダーであるし、次のリーダーも健輔か優香であろう。

 まだ指導者としてどうなのかはわからないがチームとして弱体化することはない。

 そう言う体制を作って去ったことに感謝の念しかない。

 1人ではどうにも出来ない時代が来ているのだ。

 最高のチームで戦えることに喜びしかなかった。


「俺もしっかりとしないとな」

「しっかりとやれていると思いますよ。健輔さんはエースですし」

「エースであることと、指導者として優秀かは別の話だしなぁ。まあ、俺なりに真剣にやるさ。やって貰ったことは、次にしっかりと渡すよ」


 健輔が古豪を見直したのも、これが理由であった。

 次へ、その次へ強さを受け継がせる。

 歴史の淘汰を超えてきたチームが古豪であり、彼らは単純に評価できない強さを持っていた。

 ――継承。次にしっかりと残すということの意味を健輔も考えないといけない。

 渡された身として、それだけは疎かに出来なかった。


「我らの後輩たちはどうなることやら」

「健輔さんの後輩ですし、きっと大丈夫じゃないですか?」

「だったらいいけどな」


 葵や健輔のヤル気に引いているようでは話にならない。

 負けたくないと奮起したのは認めている。

 認めているからこそ、そろそろ次の段階へと進んで欲しかった。

 そうでなければ意味がない。


「……あー、去年の方が楽だったかなぁ」


 いろいろと面倒な事情が見えてくる。

 いっそのこと放り投げられればいいのだがそうもいかない。

 戦いを前に難問が立ちはだかる。

 競技とは違う解決し難い問題に頭を悩ませるも、表情には笑みが浮かんでいる健輔なのであった。






 健輔からいろいろと心配されている後輩たち、朔夜たち1年生。

 海斗と嘉人の男性陣を含めた5名全員が食堂に集まっていた。

 基本的に読みの鋭い健輔であるが、神でもなければ本質的には策士でもない。

 悪戯小僧と言うべきなんとも言えない手腕を持っているだけであり、こう言った機微には微妙に疎いところがあった。

 自分のことを振り返る健輔でも、周囲の全てまで見渡せている訳ではないのだ。

 朔夜たちは先輩たちが思うよりも強かで、同時に折れない強さをもう持っている。

 かつての健輔たちのように。


「根本的な問題は俺たちの戦い方だな」

「連携を基本にするのか、高度の個人技の組み合わせなのか。今の主流は後者だけど、これは素質が大きく関係してる」

「ええ、最高クラスの能力に飽くなき努力。経験もプラスされることで生まれる強い魔導師たち。……先輩たちにみたいになるのは、ちょっと大変よね」


 議題はこれからについて、とでも言うべきであろうか。

 葵たちがチーム全体の動きを考える傍らで、1年生たちも自分たちの動きについて考察をしていた。

 近い将来、2年後には確実に訪れるであろう運命。

 自分達が主役となる時のことをしっかりと見据えているのだ。


「俺は攻撃力不足で、海斗も同じ。桐嶋とササラはそれなりで、川田さんは微妙」

「魔導師は基本的に火力優勢。手段の豊富さで強い人なんてそれこそ佐藤先輩を筆頭に片手で数えられるぐらい。その割には、私たちにはスタンダードなタイプが足りないけどね」


 ルール改正による影響の中でも目を引くのはコーチの存在であろう。

 防御に特化した強力な駒。

 個々の強さに差があっても撃墜されない、という魅力は強い。

 しかし、攻撃面では明確な制限を加えられており、この事が意味していることは明確だった。

 全体のバランスを整えるために防御側を強化したのだ。


「近藤真由美さん。実際に砲撃をしているところも見たけど、凄かった。私じゃ、あれと同じ事は出来ない」

「朔夜ちゃん……」

「仕方がないわよ。実際のところ、このルールで封じに掛かっているのはあの人みたいな超火力型でしょうしね。環境を覆い尽くしてしまうほどの砲撃型の勃興はあの人が震源地だもの」

「影響力って言う部分じゃあ、あの『不滅の太陽』よりも圧倒的に上だ。凡人でも数があれば似たようなこと出来るってのは大きいよな」


 魔導競技は強さを競うものであり、その頂点に立つというのは並みではない。

 並みではないからこそ、大抵の王者は模倣が難しいものである。

 事実、桜香、クリストファー、フィーネとかつての3強はそれぞれがオンリーワンだった。

 この傾向は今年度も同様である。だからこそ、重要になるのはランカーの影響力であった。

 多くの魔導師は彼らの中から目指す背中を選ぶ。

 昨年度のまでのおよそ3年間。

 君臨したのはクリストファーでも環境を構築したのは真由美でありハンナであった。


「防御が難しいのに火力がインフレ。呼応して最上位の連中も火力が極限へ。これじゃあ、中堅クラスじゃ、ぶつかる前に消えてしまうわよね」

「この間の練習試合も、強かったけど……ツクヨミとかの上位チームを見るとやっぱり上にくるようなチームじゃないと思った、かな」


 中堅の強さは体感した。

 自らの未熟さを反省したし、次の練習試合ではもっと上手くやれる。

 その上で、朔夜たちは断言した。


「殴り合いを強制する環境では成長のしようがないからな。経験を積む前に生き残るに必死になる必要がある」

「それに火力が強い選手ばかりが目立つようになっちゃうわ。魔導には裏方も大事なのに驚くほどに防御系の選手がいない」

「サラさんもランカーじゃないしね。そう言った選手にも活躍の場をってことなんだと思う。噂の段階だけど、特殊な役割を増やしていくっていう改訂も先々にあるかもしれないらしいしね」

「まだ不確定だろう? それよりも個々のスタイルをどうするよ。1人で考えるよりもみんなで考えた方が効率がいいって集まってるんだからさ」

「では、俺から発表しようか。バックスなりの戦闘について考察してみた。三条莉理子さんのデータからなんだが――」


 未熟者なりに先を見て、未来を描いている。

 関係のない話題、関係のある話題。

 種別を問わずに5人は各々の意見を出して練り上げていく。

 先輩にも負けない歩みの速度は5人で協力するからこそのものだった。

 時代の息吹は勝手に育っている。

 健輔が真由美の背を見て、葵を追い掛けたように、今度は彼の背中を追い掛ける者たちが此処にいた。

 後ろを振り返らない男の全力疾走を追い掛ける雛たちの羽ばたきは直ぐそこにまで迫っている――。


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