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第160話『強さの秘訣』

 佐藤健輔にとって最強の敵とは誰だろうか。

 己に常に問いかけている疑問。

 魔導師の中でも最高と断言してもおかしくない万能性を誇るのが健輔であるため、どれほどの格上であろうとも彼は勝利の可能性がある。

 桜香にも、そして皇帝にも。

 まだ見ぬ強敵にすらも彼が通用しないと言う事はあり得ないだろう。

 強さへの自負。

 その上で、超えたいと願う最高の敵は皮肉なことに身内に存在していた。


「勝てないっていうのが、最高なら最高っていうのはこれしかないわな!!」

 

 蒼き輝きに曇りはなく、熱い視線はどこまでも澄んで美しい。

 お互いに癖を知るを通り越して空気までも共有する最高の戦友にして最高の敵。

 ――九条優香、その人に他ならなかった。


「俺から対応能力を取ったら、少し珍しいだけの魔導師になるだろうがっ!」


 能力に差が出来れば相性などは意味がなくなるが、逆に近い能力になる程に相性は重要性を増す。

 健輔の戦い方は基本的に心を突くものが多い。

 奇襲性を高めて、相手の対応力を落とす。

 ある程度は形が変わっても根幹になるのはこの部分であった。

 どれほど強くなっても、いや、強くなったからこそ健輔は基本を忘れない。

 遥かな格上にも押しとおしてきた通りである。

 しかし、何故なのか非常に効き目が悪い存在が此処にいた。


『マスター、来ます!』

「右かッ!」


 圧倒的な魔力と共にやってくるのは一筋の軌跡。

 組み上げた系統で迎撃に移る。

 身体に染み付いた動き。如何に身体能力で劣ろうとも必ず喰らいつく。

 覚悟は十分、錬度も足りないことはない。

 これまでも繰り返されてきた動作であり――だからこそ、この後の展開も非常にわかり易かった。

 迎撃に移りつつも、相手に通用しないと確信した動き。

 健輔にしては非常に珍しい勝算なしの博打であった。


「ぐっ……!!」

「はああああああああああッ!」


 健輔の迎撃を見て速度を上げた斬撃。

 同じように剣で受け止めてみせるも直ぐに悟る。

 速度が乗っていないこの迎撃では止められない。

 健輔が反応するよりも前に相手の攻撃が最高速度に達していた。

 この状態からまともに迎撃するのはいくら健輔が万能であっても不可能である。

 万能の言葉は常に勝利を約束するものではない。


「押し負けるなら」

「――このまま受け流す」

「畜生がっ! よくわかってるな」

「はい、勿論です」


 満面の笑みと共にそんなことは許さないと言わんばかりに美しい角度で蹴りが放たれる。

 優香らしくない荒々しい戦法であるが、見覚えのある動きだった。

 葵から伝授された健輔も得意な攻撃方法である。

 簡単なものとはいえまさか優香が使うとは思ってもみなかった。


「笑顔で蹴りか! 中々荒くなったなッ!」

「組んでいる方が優秀ですから。置いていかれないように必死です」

「は!」


 真顔で言い放つ相棒に健輔は歯を剥き出しにして笑い返す。

 健輔のテンションを上げるセリフをよくわかっている。

 乗せられているとわかっていても、ホイホイと誘われてしまう。

 挑発とは違う意味で抗い難い魅力があった。

 敵の勢いを加速させることでその勢いごと殺しに掛かる雄敵。

 あくどい手法は再び見たことがある動きだった。


「楽しい相手になった。……はは、これじゃあ負けられないな。そろそろ乗り越えさせて貰いたいところだ。勝たせてもらうぞ!」

「お断りします。まだ、負けていてください」

「笑顔で言い切りやがったな!」


 だんだんと女傑たる先輩たちに似てきている。

 葵が同じように笑うと完全に修羅だが、優香の方には気品があった。

 ついこの間の練習試合での桜香もそうであったが、傲慢なセリフを使っても彼女たちには嫌味がない。

 当然だと思わせる空気感は中々に出せるものではなかった。

 健輔が同じことをやれば、相手は間違いなくキレるだろう。


「美人ってのは、これだから得だよな」


 何をするにしても容姿のメリットは大きい。

 健輔は強さを表現するのも雰囲気に頼る必要があるのだ。

 こう言った部分でも劣るのはどうしようもないこととはいえ妬ましさがある。

 もっとも、健輔にとってはこの妬ましさも含めて嫌いなものではなかった。

 壁は高い方が超えた時に楽しいのだ。

 己にあるのは使い方が悪ければゴミにしかならなでモノで良かった、と心底から思っている。

 桜香のような才能があったら、強くなる過程が楽しめない。

 戦いにおける過程と結果の内、半分も失うのだ。

 必然楽しみも半分となってしまう。

 そんな勿体ない人生は御免だった。いつか強くなるためと思えば敗北もまた愛しいものである。

 生粋の求道者であるこの男にとっては苦境すらもただのスパイスであった。


「よっしゃ、なんか気合が入ってきた! 今日こそ参ったと言わせてやる!」

「……なんだろう、その……少し怖いですよ、健輔さん」


 ハイテンションな戦闘狂を前に、少しだけ困った顔の美少女。

 傍から見たらどう見ても危ない組み合わせの凸凹コンビは毎日の日課をいつもようにこなすのだった。






「それで、健輔さんをボコボコにしたんですか?」

「はい、その……健輔さんはかっこいいんですけど、稀に怖いことがあるので」

「今日は怖い方だったってことですか。まあ、うん。気持ちは私もわかりますよ」


 日本美人である優香と並ぶ欧州美人と言うべき人物。

 肩口まである輝く金の髪と彫の深い顔は外国の血を感じさせる。

 瞳は温和だが、鋭さも備えていた。

 雷光の2つ名を持つ戦乙女。

 本場の戦乙女を凌駕する巣立った少女は親友の悩みににこやかに応える。


「健輔さん、ぶっとぶと何をするかわからないですからね。紗希さんもあの抱擁から立ち直るのは結構な時間が掛かりました」

「抱擁……。その、悪気あったのではないと思いますから、紗希さんにもそう言っておいてくれると」

「わかってますよ。健輔さんは女の人のことを考える前にこいつどうやって倒そうと思う生粋の戦闘脳ですからね。思春期の衝動は全部戦闘に変換されているって理解してます」


 茶目っ気を含んだ言い方に優香も表情を和らげる。

 あんまりな言い様だが否定する要素が皆無辺り、今日までの積み重ねは大切だった。

 本人に言っても苦笑と共に認める事実であろう。

 誰に聞いても佐藤健輔は戦闘狂である。

 国内を飛び出して世界に羽ばたこうとしている風評であった。


「しかし、健輔さんに勝ちますか。……私も結構自信があったのになぁ。何がダメだったんですかね」

「クラウが悪い訳じゃないと思いますよ。ただ、私は健輔さんを見てる時間では誰にも負けないだけですから」


 万華鏡の初見殺しが通じないただ1人の存在、それが九条優香である。

 健輔ならば、この場面でこういう系統を生み出す。

 健輔ならば、自分の能力に対抗するならばああするだろう。

 思考のシミュレーションは万全で、癖を見抜くという領域を超えて直感で健輔が魔力を切り替えるタイミングを見抜く。

 しかも後追いではなく、優香の行動の方が早いのだ。

 健輔からすると全てに先回りされて、圧倒的な能力で押されるのだ。

 利点を潰されて相手の土俵に引き摺り込まれる。

 この状況では勝てる訳がなかった。

 むしろ粘れているだけ健輔の底知れなさがわかるだろう。

 全ての利点を潰されても精神力のみで食らいついているのだ。


「なるほど、私レベルではまだまだ甘いということですか」

「甘い、ということではないと思いますけど」


 苦笑する優香に怖い部分などは微塵もない。

 嫋やかな少女であり、良き女性であろう。

 それでもこの世に健輔キラーが存在するとすれば、最大最強のキラーは身内にいると断言できた。

 練習という要因を抜いても健輔に対してほぼ無敗に近いのは異常である。


「いいえ、もっと自覚すべきですよ。あなたがやっていることはとんでもないことです」

「そう、ですか?」

「はい。相手の行動を完璧に、かつ先回りして読むなんて出来るならどんな相手にも勝てますよ。ましてや、あなたはパワー型。下手な小細工はいらないんですからね」

「私は体が動くままに任せているだけなんですけど……」

「それが逆に怖いです……。多分、あれが健輔さんに対抗する1番の方法だと思いますよ? 

後手に回ると負けてしまうから、常に先手を取り手の手を潰す。でも、普通は絶対に出来ないです」


 優香と同じことを他の魔導師が可能ならば健輔の脅威は大きく下がるだろう。

 対抗策が皆無であるのと1であろうとも存在するのには大きな隔たりがある。

 しかし、世の中というのはそれほど甘くはなかった。

 第3者としては間違いなく2人に1番付き合っているクラウディアが再現できないのが優香の技である。

 他の者が映像で確認した程度で真似できる境地では断じてない。

 魔導師として史上最高の才能を持つ桜香。

 その妹である優香が文字通り四六時中健輔と共にいて、かつ才能のほとんどを注ぎ込んで完成した技。

 多少誇大した物言いであるが、8割の能力は健輔に使われて残りの2割で戦っているぐらいの集中度の差がある。


「優香がやっていることも理屈としてはそういうものでしょう?」

「はい。ただ、実際は」

「難しい、よね? うん、当たり前だと思う。傾向があるといっても無限にある万能性から健輔さんの趣向を読み切って常に後手に回すなんて無理だもの。あなた以外は、ね」

「そ、それほど大したことをしているつもりはないのですが……。先ほども言いましたが、勝手に身体が動くだけですので」


 優香は頬を赤くして照れた表情を見せる。

 可愛らしい姿だが言っていることはとんでもなかった。

 流石は桜香の妹と言うべきなのだろうか。

 とんでもないことを勘のみでやり切っている、ということを言っているのに何も気負った様子がない。

 クラウディアをして内心の戦慄を隠しきるのは困難だった。


「流石は姉妹、か。……私のやり方は常識的で、あなたは非常識なのね」

「常識的、ですか。確かに、クラウのやり方は非常に理に適っていると思いますけど」

「理に適っているから、限界があの戦いだったのよ。まあ、いい機会だったとは思うわ。アプローチが間違っていたとは思わないけど、あの人に勝つには足りないってことだもん」


 経験と技量という常識的な刃は健輔のセンスに敗れた。

 能力的に大きく劣っていたとは思わないが、あのままでは通じないのも間違いないのだろう。

 理屈じゃない強さには理屈じゃない強さが必要になる。

 上位ランカーと戦う上で忘れてはならない教訓をクラウディアは手に入れていた。


「それよりも! 私だけ反省するのもあれですし、優香の話も聞かせてください。新しい課題が見つかったんですよね?」

「えっ、……うん、健輔さんと戦う時以外のことで少し。やっぱり力に振り回されているので。なんとかしないとダメだとは思っているんですが」

「健輔さんとの練習では解決しない問題ですね」


 健輔との戦いでは桜香すらも超えかねない戦闘力を発揮しているのだ。

 同じだけの力が常に出せればランキングの変動も十分に狙える。

 親友の眠れる力にもはや感心するよりも呆れるしかない。

 九条姉妹はどちらも怪物であった。

 これで慢心でもしてくれると可愛げがあるのだが、非常に残念なことにどちらも勤勉な性質である。

 特に優香は自らを卑下しているので、努力家でもあった。


「私の未熟は仕方がないです」

「未熟って片付けると成長が無くなるわよ? 何事も調べるようにしないとね」

「疑問を放置してはいけない、ですか?」

「ええ。健輔さんも同じ姿勢でしょう?」

「それは、そうですけど……」


 優香も常に同じだけの力は発揮したい。

 発揮したいと思っているのだが、同時に何故か反発する想いもあるのだ。

 健輔に向ける最高の刃。

 あれは、健輔だけで構わない。


「何か思うところがあるの?」

「はい、その……あれは健輔さんの専用で置いておきたいですから」

「あら。ふーん、そっか。じゃあ、仕方ないんじゃないかしら。あなたの心には嘘を吐けないわよ」

「ありがとう、クラウ。きっと、あれ以外にもあると思うんです。私の、ホントの戦い方というものが」


 健輔が敵だからこそ出せる強さ。

 優香の中であの強さはそういうものだと納得していた。

 この先、どれほどの鍛錬を積んでも同じ強さはない。

 心がそう言っている。

 揺らぐこともない。

 しかし、あの領域に健輔以外が相手で届かないとも思わなかった。

 自分の身体はまだまだ余力がある。


「じゃあ、頑張らないとね。多分、選抜戦ではまだ戦わないでしょうから。あえて言うわ。世界で、今度こそ」

「うん、今度こそ」


 2人はゆっくりと頷き合う。

 再戦の誓いを交わして、友情を確かめ合う。

 内情は些か血の気の多いものであるが、麗しい友情であることには間違いないのだった。


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