第159話『中堅』
魔導競技におけるチームのランク付けは大きく分けて3つ。
無論、大雑把な分け方であるため、内部での実力差はある。
それでも1つの基準として線引きがあるのもは事実であった。
継続できるか、と言う事も含めてこの『格』というものはとても大切であった。
上中下の3段階、何処のチームも上を目指して切磋琢磨を繰り返している。
「上位ってのも中々に考え物だよな。いろいろと柵が増える」
「仕方がないですよ。どうしたって、強くなったら戦える相手は減ってしまいます」
「わかってるけどさ。正直なところ曖昧な部分も多いから戦う上ではあんまり指針にならないじゃんか? その割に束縛が多いのが不満でさ」
「健輔さんらしいですけど、こればっかりはどうとも出来ないかと」
「殴って解決する方がシンプルで楽だよなぁー」
健輔が不満を漏らすの無理からぬことであろう。
クォークオブフェイトは立派な上位チームだが、昨年度は分類分けでは下位のチームだったのだ。
下位に分類される条件は結成1~2年目で何も実績がないチームたちである。
基本的にチームを継承できるほどの実績を積むには2年の内にそれなりに活躍をする必要があるため、大抵のチームは2年もしくは3年目で消滅してしまう。
このような事情のため、下位チームたちは毎年のように誕生することになる。
もっとも、下位とはいうが本当に実力がないとは限らないのもこのランクにいるチームの特徴であろうか。
定義的な意味だけとはいえクォークオブフェイトも此処にいたのだ。
更に遡れば『パーマネンス』もそうである。
結成1年目でも怪物的なエースと共に世界の頂点を取ることは天祥学園に限らず世界中の魔導校であることであった。
可能性の混沌たる下位。
では、中位のチーム、その中でも中堅と評されるチームの定義はどうなるのかということ、こちらも基本的には結成年数で考えられている。
4年目以降で10年以内歴史のチーム。
大体のラインはこの辺りである。
「葵さんがわざわざ中堅と試合をしようとしているのはなんでだと思う?」
「多様な相手との対戦経験のためでしょうか? コーチ及びフィールド効果、後は人数の増加と戦術的な広がりは個体の力を減少させますから」
「流石、と言いたいけど、多分違うかな。ぶっちゃけた話をすると中堅どころぐらいじゃ秤に乗れない」
「秤、ですか」
「そ、秤だな。戦術ってのはあくまでも状況を動かすものだ。桜香さんとか、皇帝がわかりやすいだろうけど、秤を破壊するような個体には意味がない」
試合の最中とは思えないほどの静寂。
健輔と優香は、本陣防衛という任務に託けた待機を命じられていた。
アタッカーは朔夜たち1年生でサブは和哉たち3年生。
葵と優香、そして健輔のエースたちは何もせずに戦場を見守っている。
「では、健輔さんは何のためにこの試合を行っていると?」
「勘違いの修正じゃないか。言い方は悪いけど、1年生は結構履き違えているだろうしな」
「勘違い……?」
「強いのは、俺たちであってお前たちじゃないってことだよ」
健輔は冷めた表情で静かに言い放つ。
必要なことだとはわかっているが、この段階で突き付ける辺りを見るに葵のスパルタは筋金入りだろう。
わかっていたことだが、やっぱり容赦がない。
健輔も同じことは考えたがあっさりと実行するだけの決断力があるかと言われると微妙だった。
「中堅っていうのは強さの幅が全然違う。下位の方に近い中堅、つまりは結成メンバーが卒業後もなんとか続いているチームもあるが、そうじゃないチームもある」
「そうじゃない、チーム……」
「早い話が上位予備軍みたいな連中だな。一昔前はスサノオとかとも競っていた、みたいな古豪は意外といるもんだよ」
今回の対戦相手も中堅ではあるが結成9年目になるチームである。
無論、3貴子に及ぶような歴史ではないが、積み重ねた強さは嘘を吐かない。
一定数の新人を戦えるレベルにまで育てられるということはしっかりとした指導体制があり、導くことが出来るベテランがいることになる。
スーパーエースという運の要素に頼らない地盤を持つチーム。
ハッキリと言ってしまえば、今の朔夜たちにはキツイ相手である。
「葵さんが今回の練習試合で私たちに待機を命じたのは……」
「俺たちは十分ってことだろうさ。実際、俺は夏にやり過ぎた感じはあるからな。今回の試合は1年生のためのもの。まあ、この後辺りに全体の再確認もあるだろうさ。その辺りの抜け目のなさは俺なんか足元に及ばないし」
健輔の都合で試合を動かした。
言い訳をするつもりもないが、結果として不都合が生まれている。
1年生にもなるべく配慮はしたが、彼らが格上と戦える機会を取り上げたような形になっているのも事実なのだ。
リーダーである葵に配慮ぐらいはするべきであろう。
「……しかし、暇だな」
「はい、暇ですね」
2人は並んで戦場を見つめる。
最後の砦にして切り札たる者たち。
敵チームは彼らを引き摺り出すことが目的であり、後輩たちはエースを守り抜くのが役割となっていた。
エースとは違う強さ。
知っているはずだったベテランの怖さというものを朔夜たち1年生は知ることになる。
数の上では1番多く、かつ正確な実力の把握が難しい『中堅』。
競技の中で平均な強さを持つということの意味を朔夜たちはまだ理解できていないのだった。
朔夜を筆頭とした1年生たちにとって強い魔導師というのは健輔や優香といったスーパーエースたちである。
身近な先輩たちであり、同時にどうしようもない怪物である『不滅の太陽』すらも倒したことのある頼れる存在だった。
師でもある彼らを尊敬し、目標にするのは至極当然の流れであり、それ自体に責められるような要因は存在しない。
彼らに過失があるとすれば、脇にいる存在だった圭吾などの実力を『自分』と比較した上で正確に評価していなかったことであろう。
どれほどの才能があろうが1年生である。
素人にようやく毛が生えた程度でベテランというクラスに挑むのはあまりにも愚かであった。
「ゃああッ!」
繰り出す体術は基本に忠実で、空中格闘をよく使いこなしている。
彼我の実力差を理解した上で――いや、だからこそ前に出て、攻め続けていく。
止まれば負ける。
栞に刻まれた鍛錬の日々が彼女に語りかけていた。
「よく鍛えられている」
敵となった2年生の男子生徒。
自分よりも年下の少女が自らと戦えることに複雑な表情を浮かべるが、行動に表すようなことはなかった。
下から怪物がくるのも、上に怪物がいるのも知っている。
2年生とはそういうポジションだった。
「流石は世界のナンバー2のメンバーだな。うちの1年生たちとは才能もモチベーションも違う。だが、まだ俺の方が強い」
「あ、当たらないっ!?」
「経験というのはこういうのを言うのさ。下でぬくぬくしている奴らと一緒にしてくれるなよ? 歩みは遅くても俺たちは努力している」
健輔のような才能と経験すらも塗り替えるような努力ではないが、確かな鍛錬を彼らは積んできた。
未だに先輩の言う通りにしか出来ない栞たちとは格が違う。
戦い方が素直であるがゆえに一定のレベルより上の者には簡単に見切られてしまうのだ。
才能のある新人とは違う泥臭い戦い方。
今までの華やかさとは違う在り方に栞は戸惑う。
「相手を倒すんじゃなくて……!!」
「足止めに徹する。そして、隙あらば――」
「撃墜を、狙うッ!」
敵の背後からの高出力魔力。
下手すれば味方に誤射しかねないタイミングだが、敵はあっさりと避ける。
後ろに目が付いているのか、と言いたくなるような完璧な回避。
威力を殺そうと魔力を高めるが、敵を前にしてやることではない。
「隙ありだ!」
「わかってますっ!」
少し遅れた形になるが、今度は朔夜からの援護が栞に届く。
相手の砲撃に無理矢理対処したゆえの隙を朔夜の援護が埋める。
確かな連携、ここまでの練習の成果は如何なく発揮され、
「だと、思ったよ。1番無難なコンビネーションだ。砲撃を砲撃で潰す。まあ、この攻撃方法への基本的な対策法だろうさ」
「よまっ――」
「当然だろう? これでも格上と戦うために連携の練習はみっちりとしている。基本形だけの連携など、どれほど高度でも見抜ける」
味方との連携はスーパーエースを擁するチームよりも遥かに力が入っている。
最後にして唯一に等しい武器なのだ。
これを磨き上げない中堅など存在するはずがなかった。
「砲撃手も優秀だ。しかし、優秀だからこそ癖がないのが却って仇になる」
これに関しては栞たちだけの責任ではないだろう。
クォークオブフェイトの育成方針自体が癖のない土台を築くことだったのだ。
完璧にそれをこなせば、当然のように綺麗なバトルスタイルになる。
個々の特性を反映していない訳ではないが、まだ型と呼べるほどの形になっていない。
むしろ、まだ正式に練習を開始してから4ヶ月ほどしか経っていないことを考えれば十分以上に優秀ではあるだろう。
健輔に施されたような最初から全てをぶっ壊すような練習の方がおかしい。
昨年度の健輔は9月の時点で既に完全な我流戦法を生み出していた。
蓄積されたノウハウを執念と特性で凌駕する。
同じチームであっても、栞たちに同じだけの念はない。
「ま、まだまだ!!」
「ん? ああ、気合を入れたところで申し訳ないが、勘違いはしないように気を付けてくれよ。君たちは強い。単純に能力で換算すれば俺を超えている部分もあるさ」
栞たちは基礎を固めて、得意分野を伸ばしている最中なのだ。
未熟な部分があるのは仕方がない。
しかし、今日まで積み上げてきたものも確かにあるのだ。
同時期の健輔がそうであったように鍛錬は決して嘘を吐かない。
予想外の苦境――と朔夜たちの無意識の慢心と相手側の巧さが圧倒されるという状況を生んでいるだけだった。
「ただ、単純な話だよ。場数が違う。規格外までいかないのなら、やり方はいくらでもあるってことさ。器を自覚するのは、普通は大事なことだよ」
「ご指導、有り難くっ!」
「構わないさ。俺たちも、そうやって貰ったからね」
センスやキレでは栞に軍配が上がる。
それを制するのは経験。
天秤を破壊するがゆえに規格外の存在であり、彼らはルールを壊して襲ってくる。
逆を言えばルールを壊せない存在は規格外ではない、ということになるのだ。
どれほど才に優れていても、理解できるのならば知恵でなんとか出来る可能性がある。
栞の優れた能力もあくまでも常識の範囲内であり、彼らにとっては見慣れたものにすぎなかった。
交戦時間は30分。
朔夜を含めた1年生の中で最優のコンビは沈む。
嘉人、ササラ、海斗も含めて1年生は弱くない。
それでも勝てない相手はまだまだ存在している。
彼らに突き付けられた確かな現実が其処にあるのだった。
「和哉、後ろにエースを置いているみたいだが、こっちを舐めてるのかッ!」
「そんなつもりはないさ、信也。ま、ハンデだとは思ってるけどね」
「舐めてるじゃないか! まったく、ふてぶてしい野郎だ」
「嬉しそうに言うセリフじゃないと思うんだけどねぇ……」
和哉から信也と呼ばれた敵チームの3年生。
近接格闘型と思われるバトルスタイルと確かな錬度は若干であるが、ベテランレベルははみ出ている。
和哉の比較対象が藤田葵でなければ十分に脅威に映っていただろう。
「嘉人たちは反省でもしてる頃合いだろうが、どっちも間違ってないからな。はてさて、どうなるものやら」
格下と思っていた相手の思わぬ強さ。
まず間違いなく、優等生である朔夜や栞は反省するだろう。
経験の大事さと自分たちにはない強さに敬意を払い、その上で取り込めるところを取り込んでいく。
真っ当な強さへの道。
和哉も文句を言うつもりはない。別に否定するようなことではないからだ。
しかし、同時に肯定することもなかった。
傲慢で、慢心に満ちていたとしても、魔導において強い者とは須らく自我が強固である。
和哉も経験から、その点は察していた。
「自らは最強だ。思い込みがないと強くなれない。そっちはどう思う?」
「他のスポーツだと微妙だが、魔導においては正しい! 実際、精神論もバカにできない事例が多いからなッ!」
「この辺りの事も含めて、まだまだ未熟ってことか。ベテラン程度の言うことは無視してもいいのにな」
「俺たちもベテランだと思うが? 自己否定はあまり良いことではないぞ!」
妙に暑苦しい友人に苦笑する。
葵に対抗してチームを作る、と言って実行した熱い男。
この手の熱さには慣れているため、和哉とはそれなりに相性がよかった。
上位互換たる葵を良く知っているからこそ、この手のタイプはわかりやすいのだ。
陰湿さなど欠片もない代わりに感情の熱量が限界突破している。
「誰しもがお前みたいに壁に挑むのを生きがいにしている訳じゃないさ」
「理解はしているが、負けたい訳でもないだろう? このままだと、押し切ってしまうぞ」
「わかってるって。きちんとやるさ。ただ、きちんとやるってことの意味が違うだけだ」
強くなり方は人それぞれ。
言葉にすれば陳腐であるが、真理でもあった。
クールに見えても和哉はそれなりに負けず嫌いなのだ。
どうすればもっと強くなれるのかを、入学当初から考えている。
葵に付いているのも、道を切り拓く姿勢に共感したからなのだ。
「ベテラン……到達点の1つで壁。……なんとかして、超えないとな」
エースを引き摺り出される訳にもいかないのだ。
杉崎和哉は余裕ある佇まいを崩さぬまま、敵を迎え撃つ。
「とりあえずは夏の間にどれぐらい強くなれたのか、だよな。おい、サンドバック。俺の強さを確かめさせろ」
「ははははは――やだねッ!!」
友人とじゃれ合いながら、和哉なりに未来を見つめる。
熱戦の前の小さな戦い、練習試合は恙なく終わっていく。
この練習にどんな意味があるのか。
今はまだ、葵の心の中に秘められたままなのであった。




