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第158話『選抜へ向けて』

 魔導競技における最高の権威を持つ大会。

 世界大会、通称『魔導戦争』とも言われる各魔導校の威信を掛けた舞台がある。

 昨年度まで9月という時期はその戦争へ参加するための権利を国内で争う時期であった。

 各魔導校内で出場するに相応しいメンバーを選出するための総当たりの戦い。

 健輔たちにとっても懐かしき戦いの舞台であるが、今年からは少々趣が異なる面が存在していた。

 情報を制するものが戦いを制する。

 これは魔導においても揺るがない事実であった。

 

「さて、全員揃ったわね」


 快活は声が響き、全員が視線を向ける。

 チームリーダーにして、頼れる女。

 藤田葵はいつもの彼女らしい自信に溢れた笑みで周囲を見渡す。

 2学期の始まり。

 始業式を終えて集められたクォークオブフェイトのメンバーたち。

 この場に集まった全員が葵の言葉を待っていた。


「まずは、新学期もよろしくね。まあ、礼儀的な意味しかないけど。昨日とかも普通に顔は合わせてたし」

「だよねー。私と葵とかほとんど毎日のように顔を合わせてたから、学校に行ってる時と気分的には変わらなかったよ」

「確かにな。俺たちはいろいろと考えることが多かった」

「はいはい、脱線してますよ。というか、俺たちも一緒に顔合わせてたんですから、あんまり意味ないですよね、これ」

「気分よ、気分。挨拶はしないとね」

  

 気分100%だろ、と健輔は内心でツッコミを入れる。

 口に出したり顔に出すこともしない。

 悟られてしまえば、意味のない理不尽な暴力が降ってくるのは知っているのだ。

 役に立つのか役に立たないのか。

 微妙なラインの技能のポーカーフェイスは無駄に磨かれていた。

 葵の目を欺くほどに進歩しているのは鏡の前で努力した意味があったということなのだろう。


「健輔の顔から何か不穏なものも感じるけど……ま、今日は機嫌がいいからスルーするわ。後で組手には付き合ってもらうけど」

「それ、スルーしてませんよね。ヤル気満々ですよね」

「うるさいのは無視するわよ。じゃあ、やり直すけど新学期おめでとう。そして、楽しい楽しい大会期間がやってきたわ。簡潔に、シンプルに言うわね。――勝つわよ」


 部屋を満たす空気が変わる。

 葵の戦意に呼応して各々が表情を変える。

 実力においては健輔たちに劣る部分も出てきたがまだまだ精神的な支柱は彼女であった。


「各々、夏で得た物を活かす機会が来たわ。いつものようにやって、いつものように粉砕する。大会でもやることは変わらないから、安心して戦っていきましょう」

「ここからは香奈さんが変わるよー。2年生の子もしっかりと傾注してね。去年とはかなり形が変わってるから、正確に把握しないと痛い目みるよん」


 チームの参謀、3年生におけるバックス担当の獅山香奈が葵から司会を引き継ぐ。

 昨年度の参謀であった武居早奈恵は落ち着いた女性だったが、同じバックスでも香奈は真逆のタイプである。

 好奇心旺盛で冒険大好き。

 術式にも趣向は反映されており、ピーキーな調整が得意だった。

 健輔とは結構馬が合う先輩である。


「事前の告知内容は以前共有したと思うけど、もう1度、最初からいくわよ」

「まずは大会の形式について。これは前の情報から変化なしだね」


 各国での大会は一旦廃止。

 今年度に関しては全ての魔導校に存在するチームをいくつかのブロックに分けて、ブロック内での総当たり戦を行うことになる。

 国内大会に変わり、世界大会選抜戦が行われるのだ。

 予選へと駒を進められるチームを選抜するための大会である。


「選抜戦から勝ち上がるのは成績上位の2チーム。基本的には勝敗の数で競うけど、同率のチームがあった場合は、各試合で残っていた選手の合計数で多い方が勝ち」

「ちなみに国内での試合は来年度には一応復活するよ。今年は全員が選抜戦にいくけど、来年度からは選抜戦に進むために国内戦がある感じかな」

「また来年になったら詳細が出るだろうさ。今年はとりあえず選抜戦に意識を向けておけばいい」

「細かいことはどうでもいいですよ。全勝すればいいだけでしょう?」

 

 健輔の意見に葵はニヤリと笑う。

 

「当然よ。選抜戦なんか、勝ち抜いて当たり前。まだ見ぬ強敵であろうが、粉砕すれば同じことだもの」

「流石は葵さん、意見が合いますね」

「はいはい、そこのバトル中毒コンビの意見はわかった。獅山、次に進めろ。こいつらのテンションが上がると面倒だ」

「はーい、って言っても、形式に関してはほとんど終わってるけどね。この選抜戦も総当たりで、次の世界大会予選もブロックを作って総当たり戦。本戦に進むのは同じく各ブロックの上位2つ」


 選抜戦、予選を経て、最後は本戦。

 本戦への出場チームは予選のブロック数で変化するが恐らく10チームほどになると予想されていた。

 それまでの総当たり形式とは違い、最後はトーナメントとなる。

 組み合わせに関しては既に発表されており、基本的に他ブロックの優勝チームと準優勝のチームが1回戦でぶつかり合う形になるとのことだった。

 新しい形式での初の大会。

 いろいろと変わっている部分があるが、大筋の流れとしてはそんなものであった。


「質問はあるかしら?」

「私たちは去年をデータでしか知らないので、あれですけど試合数は減っているんですか?」

「勿論。去年は国内だけで50戦はしてるもの」

「経験を積める回数が減るってことですか?」


 朔夜の問いに葵は頷く。

 一面の事実として朔夜の意見は正しい。

 総試合数の減少は以前の発表でも騒がれた部分である。

 しかし、膨らみ続ける生徒数と規模から考えると昨年度までの形で続けることが難しいのは誰から見ても明らかだった。

 必然の変化であり、仕方のないことである。とはいえ、デメリットばかりかと言えばそんなことはない。


「回数を経験とするのか、もしくは密度を経験とするのか。ぶっちゃけ、どっちもどっちでしょうよ」

「欧州の平均的なチームやアメリカの平均的なチームと戦うのは結構楽しみなんですけどね。質って意味では内輪の国内よりは大会らしくなると思うし」

「そういうこと。私たちみたいな例外はともかく大抵のチームは強さがわかるのが国内大会だもの。アマテラスがあれだけ圧倒的だったのは何も桜香だけが要因じゃないわ」

 

 凝り固まった環境の打破。

 チーム数の多さから対策が取りにくい選抜戦は地力というものが重要になる。

 鍛えて、備えたものたちが勝ち進む。

 当たり前のことであり、同時に初見の利が各チームに働く危うい戦場でもあった。


「質の良いバトルが出来る、ですか」

「そういうことよ。まあ、私たちみたいなチームは難しいでしょうけどね」

「地力があるからな。変わりに練習試合を合間に出来るようにもなっている。時間的余裕をどうするか。去年よりもある意味では管理が難しくなっているのさ」

「なるほど……」

「朔夜ちゃんの疑問にはこんな感じで答えたけど、他にある人はいる? いないなら次に進めちゃうね」


 ラストを飾るのは当然ながらルールについてである。

 先行公開されたルールは様々な賛否を呼んだ。

 特にコーチ周りはいろいろと言われたものだが、大会の正式ルールではどうなっているのか。また他に何か追加点があるのか。

 これからを先の戦いの中でも最重要の要素であろう。

 

「香奈、こういうのは習うよりも慣れた方が早いわ。練習試合を組んだから、そこで覚えちゃいましょう」

「へ……? あの、葵? ……私にその話は通ってますか?」

「通してないわよ。細かいことはいいじゃない。とりあえずやってみてから考えればいいのよ」

「うわぁ……流石の香奈さんもこの展開は予想外だな~」

「気をしっかりと持てよ。同類であるお前が制御を放り投げると猛獣が野生に還ることになる。普段から野性にいるようなものだが、諦めるのはいけないだろう」


 煤けた背中となった香奈に1年生たちは動揺を示し、2年生は苦笑する。

 そして、葵の同類たる男はテンションを只管に上昇させていた。


「いきなりですか! やっぱり、葵さんは最高ですね」

「でしょ? こういうのはまずは体感しないとね。同じ思いのチームから適当に選抜しておいたわ。軽く流しましょう」


 葵が試合を申し込んだチームは全部で3チーム。

 有名どころはほとんどなく、よくて中堅というレベルであるが、今回はそのぐらいの方が都合がよかった。

 同格もしくは少し劣る相手と戦うだけが練習ではない。

 本能でしっかりと悟っている健輔と理屈を突き詰めた結果突き抜けた葵。

 よく似たバトルジャンキー2名は季節が変わろうとも揺るがぬ熱を携えて日々を駆け抜けていくのだった。






「去年と比べて大きく変わった点は戦い方が1つに統一されたこと……」

「そういうことです。人数の増加、戦術的要素の補強。単体での強さを埋める数の利を推奨している。無論、単騎での無双も可能な領域で、ですが」


 天祥学園最強のチーム。

 アマテラスの部室において2人の美女が語り合う。

 参謀として、脇を固める二宮亜希。

 そして、世界最強の魔導師たる九条桜香。

 両名の目に映るのは新しいルールと、先への展望であった。


「参加人数は3名を増員の12名。バックスを込みでも9名の戦闘員を確保」

「基本は以前の公布から大きな変化はありませんが、コーチ周りとフィールド周りに変化がありますね」

「基本ルールを骨子に大規模戦の要素を組み込み、後はレース式の発想も輸入したんでしょう。新しいスタンダードを模索しているのよ」

「結果がこれ、ですか」


 コーチの無敵、という状態に関しては撃墜禁止と合わせて変更が加えられている。

 結果的に無敵なのは変わらないが、撃墜禁止ではなく明確なダメージ制限が与えられていた。

 

「与えらえるダメージに制限をつけて、無敵と言う状態もその間だけにする。1人の敵にコーチから与えられるダメージ量はライフの20%までで、100%分を使い切ってしまうと、以後コーチが受けたダメージはチーム全員が受けることになる」

「しかも、ダメージ計算は5倍で、でしょう? コーチでゴリ押しして、制限を使い切ると今度はコーチが落ちてしまえば負けてしまうことになる」

「ええ、制限時間がなくなったことも合わせて、コーチという不確定要素を残したいのでしょう。直接的には意味がなくとも、間接的には大きな意味を持ちます」


 原則ライフというものは全員の値が統一されている。

 100%のダメージ量とは相手の撃墜を指しており、コーチたちにはこの100%に達するまではダメージを与える権利を持ち、無敵の特性を維持可能となっていた。

 ただし、この100%を1人の敵にぶつけることは出来ず、普通にやると5人の選手に20%のダメージを与えるだけになる。

 使い切ってしまえば、どれほど強力なコーチでもお荷物と化すのは誰にでもわかることだろう。

 相手に反撃も出来ないのにコーチが受けたダメージはチームそのものに5倍となって跳ね返るのだ。

 必然、コーチはダメージ量を調整する必要に迫られる。

 この持ち点をどのように使うのか、というのが新しいルールにおける肝だった。

 

「優秀な盾、もしくは牽制要因。あなたみたいな存在を想定しているんでしょうね」

「ただ強いだけ、ではいけないという学園の意思表示でしょう。知恵を絞れということですよ。私にも枷が作られたと考えれば納得は出来ます」


 桜香が合宿の最後から感じていた危機感も結局のところはこのコーチと言う存在に起因する。

 無敵などという滅茶苦茶な設定をいきなり出したのも生徒の反応を見るためのなのだろう。

 結果、適応が可能そうだと判断し正式な形で組み込まれた。

 たった1人のスーパーエースだけで全てが片付くことはないように、と舞台が整えられたのだ。


「コーチだけではこちらを撃墜できませんが、こちらもコーチを落とせない。意識を裂くには十分すぎる脅威です。健輔さん辺りはあの女神でも無敵の肉盾として使いそうですしね」

「あの子ならやりかねないわね。……そんなことをされてしまえば、実力伯仲の戦いだとかなりの隙になる」

「ええ、だからこそ――私にも仲間が必要になります。20%まで削り切れば撃墜が可能なことも含めて、いろいろと考えないといけません」


 コーチというお邪魔虫を払えるだけの存在。

 アマテラスは最強の魔導師を抱えているが、最強のチームには程遠い。

 課題は明白なのだ。

 フィールド効果、という新しい要素もある以上はチーム力の強化は必須となる。

 つまりは、亜希も含めて今のままでは困るという結論に至るのだった。


「わかりますよね? 亜希」


 満面の笑み。

 親友を信じていると告げる最強の笑顔に対して、何故か亜希は引き攣った表情を浮かべた。


「桜香……非常に言い辛いけど、そういう部分までは似たらダメだと思うわよ……」

「あら、健輔さんに似てましたか?」

「どちらかというと……葵かしら」

「むっ……残念です。個人的には健輔さんを参考にしたのですが」


 参考にする相手からミスっている。

 口から出かかった言葉を必死で亜希は飲み込んだ。

 やる気になっている桜香に水を差す必要はない、ないのだがこの桜香に特訓を施される身としては言いたいことは存在していた。

 しかし、今だけは必死で飲み込む。

 そんなことを言っていられる立場ではない。


「ちなみに、もしかして練習とかも参考にしているのかしら?」

「はい! 勿論ですよ」

「そ、そう……強くなれそうね」

「ええ、私が直接叩き込むので、安心してくださいね!」


 これ以上ないほどに輝く笑顔。

 死刑宣告を受けて、亜希は静かに悟りに至った。

 恋する乙女は親友であっても手におえない生き物なのだと。


「……まぁ、可愛いしいっか」

「亜希、何か言いましたか?」

「特には。気合を入れ直しただけですよ」

「ふふっ、やる気満々ですね! じゃあ、真里ちゃんたちと一緒に頑張りましょうか」

「ええ、役に立つ程度には、なりたいわね」


 夏を終えても進化は止まらない。

 最強のチームも含めて、全てのチームが僅かな凪を活用して更なる強さに手を伸ばす。

 季節は秋。

 戦いの冬を前にした選別の舞台はこうして幕を開けるのだった。

 


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