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第15話『転んでも、ただでは起きない』

「うん、全員がいい感じだね」

「予想通り、今のチームの弱いところはなんとかなりそうだねー。それにしてもあそこまでやれるようになったかー。お姉さんとしては嬉しいね」


 1年生と2年生の激突を見守る影。

 最上級生たる3年生。

 葵たちは誇れる後輩同士の素晴らしい戦いに笑みを浮かべていた。

 健輔たちは勿論だが、1年生たちの適性や課題も見えてきた良い試合だったと言えるだろう。

 彼女たちの望み通りにフィーネは個々の課題を浮き彫りにしてくれた。


「流石は欧州の至宝だな。的確に全員の問題点を浮き彫りにした」

「だな。健輔の前傾姿勢も問題だが、九条の限界点も上手いこと引き出してくれた」

「まあ、私たちも他人のことを言えるほどじゃないけど、結構大きな課題があるねー。各チーム、今年はいろいろと多彩になるだろうし、かなり困りものだよ」


 フィーネはコーチとして戦場に投入された。

 海斗は最終的に勝ちを狙うつもりだったのだろうが、女神は意外と厳しい女性でもある。

 自力の後押し程度ならばともかく、彼女の力で勝利するようなことは認めてはくれなかっただろう。

 優香を撃破しても後は時間切れになるまで適当に戦う可能性は高かった。

 そういった慈悲にすがらず、勝利を勝ち取るために行動した、と言う意味で美咲は新入生との違いを示したと言えるだろう。

 そして、フィーネの主目的たる今後の課題を浮き彫りにする、という作業は非常に上手くいっていた。


「ま、これで方針は決まったでしょう。私たちの強化も含めて、やることは多いけどなんとかなるわよ。コーチの有能さは保証書付きだしね」

「コーチが投入された場合の想定もある程度は出来たもんねー。フィーネさんほど多彩なのは早々いないだろうけど、仮想ケースとしては有力かな」

「学園側としてはその辺りを考えさせるつもりなんだろうさ。元々、一連の施策は下の底上げだからな」


 新しい基本ルールにおいては、コーチはフィールドの設定において撃墜が制限される。

 撃墜に至るようなダメージならば全面カット、またコーチの攻撃で減らせるライフは30%までと設定されており、試合の状況を動かす力はあるが、最後の一押しは自分たちで決めなければならないバランスとなっていた。

 旧陣地戦に相当する総力戦などではまた前提が変わるのだが、最もスタンダードな戦いの形はそのようになっていくことが決まっている。

 強すぎる力が逆に仇になるのだ。

 そのため、選手によってはコーチという型に嵌った場合、弱体化する魔導師も存在していた。

 『皇帝』などはその筆頭であり、強すぎる故に黄金の力をコーチとして使うのは相当に厳しいものがある。

 フィーネという最高峰のコーチはその辺りの対応するべき基準というものも上手く演出してくれていた。

 彼女のように多様性に富んだ相手、例えば武雄などはコーチとしても要注意だろう。

 逆にあまり器用ではない魔導師は相応に苦労するのが目に見えていた。

 

「アピールが上手すぎて嫌味になるくらいだな。こちら側がやって欲しかったことを全部やってくれている」

「流石は女神、だね。安定感では3強の中でナンバー1だよ。健輔の教育係としてもこれ以上ない存在だろうし、本当にお得だったかな」


 健輔は真由美の技術などを受け継いでいるが、単純なバトルスタイルだけを見た場合はフィーネの後継者でも通じるほどに共通点が散見していた。

 未だに真意は不明だが、フィーネがわざわざ極東にまで来てくれた理由の一端はもしかしたら、その辺りにあるのかもしれない。


「何はともあれ新入生には魔導師の洗礼を本当の意味で浴びせたし、中にあるモノも確認できたし、上出来ということで」

「葵としては納得出来る感じかしら? 去年の雪辱は可能なくらいに?」


 真希の少し笑みを含んだ問いかけ。

 他愛のない雑談に果断な葵にしては少しだけ言い淀み、


「まだダメね。順調に強くなっている。でも、それだけだと桜香には勝てないわ。新しくなるだろうアマテラスと、魔導師として飛び抜けている桜香。この組み合わせをなんとか出来るようにならないとね」

「……あくまでも私見だが、魔導師として順当に強くなってもあれには永劫届かんだろうな。いや、届くイメージが出来ない」

「そういうことよ。私もまったく同じ感想を持っている。だから、健輔には何がなんでも壁を超えてもらうわ」


 桜香の強さは少し放置するだけで手が付けられなくなる。

 葵の直感に過ぎない危機感を何故か全員が共有していた。

 そのように思えるほどに最後の最強は重い名を持っている。

 恒星を有する世界最強のチーム。

 桜香が健輔に恥じない己になるために、アマテラスは必ず強くなるはずだった。


「まあ、焦る必要はない。1つずつ、確実に進めて最後に」

「喉元を食い破ればいい、でしょ? 和哉、あなたは参謀としていろいろと進めておきなさい。私も準備を急ぐから」

「合宿の設定はおまかせあれ。コーチの情報収集も含めて、物凄い規模にして見せるよ。シューティングスターズからはいい返事を貰ってるしね」


 課題は多く敵は強大である。

 だからこそ、昇り甲斐があるのだと、彼らは笑っていた。

 不屈で不倒。

 今のクォークオブフェイトを象徴するリーダーは新しい仲間たちを見て穏やかに微笑む。

 

「了解。まあ、今は新しい同朋を労いましょうか。あの子たちも直ぐにでも強くなりたいでしょうしね」


 力の差に素直に納得する者などきっといない。

 嬉しそうに笑う葵に周囲は肩を竦めてから頷きあう。

 類は友を呼ぶ。

 確かに見えてきた今期のチームの方向性。

 ここまで揃った似た者同士を見て、3年生たちは笑い合う。

 彼らの歩んだ時間の集大成。

 真由美たちから受け継いだ答えが、もうすぐこの世に生まれようとしているのだった。






「……で、3年生たちは良い感じで帰ってしまった、と」

「みたいですね。そう言う訳で簡単に反省会でもしようかと思いますが、健輔さんが如何ですか?」

「……大変、結構な事だと思いますよ? それをあなたが俺に言うのではなければね」

「あら、この程度で気分を害されるような器の小さい方だったのですか? それならば、そのように今後は接しますよ」


 クスクスと本音を見透かしたように笑う女神に健輔は不貞腐れたように視線を逸らす。

 撃墜された状態から回収されて目を覚ませば輝く女神の笑顔。

 練習で医務室に運ばれるのは久しぶりの出来事だった。

 己の不甲斐なさに嘆けば良いのか、それともフィーネに任せて放置プレイをされたことに悲しめばよいのか健輔にもわからない。

 1つだけ確かなことは笑顔で物騒な事を言う女神様が綺麗だと言うことだった。


「まあ、冗談はさておき、身体に異常はありませんよね? 過負荷による意識の遮断は症状としては珍しくないものですし、大きな影響はないと思うのですが」

「問題ないですよ。自分の迂闊さに死にたくはなってますけど」

「失敗を笑顔で語れるなら問題ないですよ。あれは練習です。いくらでも失敗して構いませんよ。あなたは1人で私に挑戦した。あの戦いで重要なのはそのことだけです」


 安全な道を選んだ成功よりも、過酷な道での失敗の方が必ずあなたのためになる。

 フィーネの言葉に籠められた想いに健輔は何も言えなかった。

 前のめりの姿勢、それをフィーネが評価してくれている。

 健輔にわかるのはその程度でしかないのだ。


「ふふ、悩んでください。コーチとしては精神面でももっと強くなってほしいと思っていますので」

「……怖い先生だよ。わかりました! 微力を尽くしますよ」


 子どものような物言いは何故か健輔には似合っている。

 大きな子どもの反抗に母のような女神はただ穏やかに見つめて微笑む。

 背伸びする男の子、その虚勢を受け入れるだけの度量を彼女は備えていた。


「よろしい。さて、言わずともわかると思いますが、簡単に今後の予定を伝えておきます」

「うす」


 ある程度空気が落ち着いたのを見計らって、フィーネが連絡事項を伝えてくる。

 模擬戦終了から凡そ1時間。

 それが健輔が寝ていた時間であるが、おそらくミーティングの類は終わっているのだろう。

 誰が誰を鍛えるのか、といった今後の予定についてはもう決まっているに違いなかった。


「私がここにいることから想像はついていると思いますが」

「俺の教育担当、メインはあなたということですよね?」

「正解です。私は全員のコーチですが、1人だけはメインで持たせていただきます。そして、その担当は健輔さんになります。これは私のチーム入りの条件でもあるので確実です」


 フィーネの役割を考えれば最良のポジションではあった。

 健輔との相性も好相性としか言いようがあらず問題点は何も存在していない。

 精神衛生という表に出ない問題はスルーされているが、悪い組み合わせではなかった。


「いいんですか? 俺が強くなれば確実に後輩の障害になりますよ」


 健輔にとっては一切のデメリットの存在しない話ではある。

 諸手を挙げて歓迎してもいいぐらいであったが、だからこそ見えてくるものもあった。

 この提案にはあまりにもフィーネへのメリットが少ないように見えるのだ。

 最終的にレオナたちの前に強くなった健輔が立ち塞がることを考えればマイナス面ばかりが目立っていた。

 そんな彼の疑問を、


「――――健輔さん、本気で言っていますか?」


 女神は逆に問いただす。

 いつになく真剣な表情でフィーネは健輔を見つめる。

 およそ1年前にも健輔は似たような感想を抱いたが、その時の背筋に走った衝撃を思い出す。

 凄んだ美人は本当に怖い。

 おまけに普段はニコニコしているからこそ、今のような冷たい瞳の怖さが際立つ。

 女神の瞳が彼に向かって強く訴えかけていた。


「……いや、失言だった。少し自分ことを過小評価していたみたいだ。申し訳ない、謝罪させてほしい」


 ベッドから起き上がり、綺麗に頭を下げる。

 フィーネが健輔を鍛えることにメリットがない――そんなはずはないのだ。

 健輔は彼女を撃破した魔導師であり、皇帝にも勝利した魔導師である。

 奇跡であろうが、1回だけのチャンスであろうがその部分は何も変わらない。

 健輔を教えるということは誰よりも健輔と接触するということになる。

 万能系の特性を把握するのも、更に言えば健輔のデータも集めるのも無駄なはずがないのだ。

 彼が自分を下げた評価すればするほどに、負けたものたちの価値が下がっていく。

 エースになるとはそういうことなのである。


「――ふふ、ええ、構わないですよ。どうですか? 少しは反省出来ました?」


 先ほどまでの冷たい空気を振りほどいてフィーネは穏やかに微笑む。

 雰囲気を落差はまさに地獄から天国と言えた。

 心臓に悪い美女をジト目で見つめる。


「やり方を考えてくれ。本気と遊びの境界がわかりにくいんだよ。……意図しているのかは知らないけどな」

「どうでしょう。昔は意図的だったような気もしますけど、今はほとんど素だと思いますよ。それに、言うほど困ってないでしょう?」

「あんたの中で俺はどんな印象なんだよ……」

「万事、集中したこと以外に興味を持っていない方だと思っています。普通の男子高校生というのは――」


 言葉を区切って、フィーネは急に顔を健輔に近づけてくる。

 下手をすると唇がぶつかってしまうのではないかと言う距離の健輔の心が悲鳴が上げた。

 実際に悲鳴を上げなかったのは男の意地であり、健輔の反骨心のおかげだと言えるだろう。

 見つめ合う2人。

 片方は神話から出てきたような美女だが、もう片方は勇者ではなくどちらかと言えば狂戦士といった感じだが、思ったよりも絵にはなっていた。


「あ、あの? フィーネさん……」

「と、動揺はしていますけど、あんまり喜びも、さらには怒りもないですよね」


 急接近の次は急速離脱。

 元通りの距離に戻った後はそんなことをのたまってくれた。

 温厚な健輔もこうまで言われれば言いたいことの1つや2つは湧き出てくる。


「あ、あのな……!」

「俺の何がわかるんだよ、でしょう? そうですね。私たちには相互理解が必要だと思います。ですから、あの約束を明日にでも果たしていただきましょう」

「へ……? 約束って、まさか……」


 後に健輔は親友である高島圭吾に万感の思いを込めた表情で語ることになる。

 あの時ほど、女の笑顔で怖いと思ったことはない、と。

 健輔にトラウマを刻み込む完璧な女神の完璧な笑顔。

 拒否など認めない。

 そもそも言わせないという強い意志を籠めた瞳は健輔から言葉を奪う。


「明日、早々にデートでもして理解を深めましょう。安心してください、お互いに理解出来るようになるまで何回でもお付き合いしますので」


 こうして健輔の明日の予定は決まってしまう。

 拒否の言葉を発することなど出来るはずもなく、男と女の戦いは女の圧勝に終わった。

 負けず嫌いの健輔を完膚無きにまで粉砕する完全勝利。

 こちらの戦いでの雪辱をフィーネは無事に果たしたと言えるだろう。

 世界大会の時は健輔を見抜いていたが、それでも傷を付けられた。

 今度は彼女の領域に誘い込んでの完封勝利である。

 実際の戦闘と同じように彼女は立ち回り、見事な勝利を勝ち取っていた。


「りょ、了解……。ああ、もう、やってやるさ! ただし、期待するなよな! デートなんて、ほとんどやったことないんだからさ!」

「私は初めてですので、エスコートはお任せしますよ。数えられるくらいにはやったことがあるみたいですし」

「え……ちょ、マジで!?」


 今度は先ほどのような力の籠った笑顔ではなく年相応の柔らかい微笑みだった。

 本心から顔を赤くした健輔は、


「わ、わかりました……。精いっぱい、頑張らせていただきます。……これで、いいのかよ、お姫様?」


 肩を落として、敗北を受け入れる。

 王子というには輝きが足りない無限の可能性。

 まだ卵の中に隠れているような状態だが、それでも白き光は眩く彼女の瞳を捉えていた。

 

「健輔さんの精いっぱいをお待ちしています」


 賢い返答ではなく本心からの言葉を彼女は返す。

 健輔の意気込みに返せる彼女の返礼はただそれだけだった。

 高校生らしく2人は青春の日々を過ごす。

 女神とそれを打ち破った者のデート。

 小さな日常のバトルはこうして、始まりを告げるのであった。


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