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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第157話『選択すべきもの』

 霧島武雄のバトルスタイルは設置を駆使したトリッキーなタイプである。

 少なくとも桜香はそのように認識していた。

 近接戦闘にはあまり強くなく、距離を詰めてしまえば打ち倒すのは難しくない――はずだったのだが、既に役に立たない情報に成り下がっているとは思いもしなかった。


「あなたは……!」

「怒るな、怒るな。この程度で苛立つようでは、器が知れるぞ、最強」


 桜香の剣線を見切って避け続ける。

 言うのは簡単であるがアレクシスが認識できなかった速度域での攻撃なのだ。

 油断すれば一瞬で撃墜となる攻撃を自然体で、構えすらも取らずに避け続ける。

 近接に不慣れな者が出来ることではない。


「いつの間にこれほどの修練を……!」

「大したことはしとらんがな。皇太子はいろいろと素直すぎる。発動された後に攻撃を避ける、などということをしようとするから格上に勝てんのさ」


 簡単に明かされたからくりに今度は別の意味で桜香の顔が歪む。


「私の行動を予測してっ」

「ま、そういうことじゃのう。健輔はセンスでやっているが、別に理論立ててやれないことはない。お前さんは素直な方よ」


 完璧に見切って上で攻撃に移るにはかなりの練習量が必要であろうが、回避に絞るのならば武雄の観察眼ならば不可能ではない。

 健輔がセンスで見抜く攻撃の初動をデータと勘で見切り同じことをしている。


「スペックに惑わされなければこれぐらいはやれるものよ」

「よく言いますね!!」

「相手を倒す、という前提があるからこその最強ゆえに。その前提がないのならばどうとでも出来るわ」


 近接型が持つ弱点の1つに接近しないと当たらないというものがある。

 砲撃型よりもそういった部分での融通は利かないのだ。

 圧倒的な攻撃力も当たらなければ意味がない。


「時間稼ぎならば、ある程度のベテランはやってのけるということですか」

「貴様ほどの魔導師相手でも怯まぬ奴が必要となるだろうがのう。ただのベテランでお前と戦えるほどの奴はほぼおらんわ」


 涼しい顔で避け続ける敵に桜香は感嘆する。

 何かに特化する、ということをまざまざと見せつけられていた。

 おそらくであるが、これと同じことが出来る者は多くはないが、数名ということもないだろう。

 バックス系であればデータで可能限り補強し、豊富な術式で実行に移せる可能性があるし、格闘型つまりは桜香のような総合型の近接タイプではなく、葵のように生粋のファイターも何かしらの方法で再現しそうだった。

 昨年度よりもチームとして劣化したアマテラスにはこの手法はとても危険のものとなる。


「時間も、これからは気にしないとダメですか!!」

「然り。お前さんの暴力は恐ろしいが、別にお前さん以外に勝てば試合には勝てる。昨年度はそうできない程度には強かったがな」

「薄々勘付いていましたが、やはりそこがネックですか」

「今のアマテラスは強いが弱い。パーマネンスほどの安定感はないな。お前さんも総合型にも関わらず、そこまで器用じゃない」


 言うや否や武雄が攻勢に移る。

 回避に集中するからこそ避けていられる状況で前に出てきた。

 予想外の行動に桜香も目を見開くが、直ぐに冷静に対処する。

 

「器用ではない? これでも、ですか!!」


 障壁を展開し、小さな誘導弾を生成する。

 剣にも一瞬で充填されてる魔力。

 正面からの大火力と相手を逃さぬ包囲網。

 迂闊にも攻撃に移った男を仕留める布陣が牙を剥く。


「おう、お前さんの防御は攻撃に偏りすぎとる。後は素直すぎるのう。前に出たから攻撃する、というのは些かに結論が早い」


 不敵に笑う武雄は目を閉じてから術式を発動させる。

 攻勢術式の包囲網に正面の一撃。

 これらが指し示すことは桜香が武雄に集中しているということであった。

 

「美女に見詰められるのは悪くないが、もう少し大人しそう方が好みだのう」


 展開した術式を視認した時、桜香は動いた。

 どんな効果でも発動させると面倒なことになる。

 

「術式解放――!」

「遅いわ」

「なっ!?」


 規模の大きな術式に見えたのに一瞬で発動する。

 思考の間隙。

 武雄を見つめたままに攻撃を敢行する桜香に強烈な閃光が突き付けられる。

 眼球自体には防御術式があるため、行動不能に陥るようなことはないが、結果的に閃光で武雄の姿が消えてしまえば目が見えても意味がない。


「必殺、目潰し。健輔も似たようなことをやっておっただろう? 何事も使い方次第よ、ではな、最強。もう少し小回りが利くようになっておけ」

「くっ! まともに戦うつもりはッ!」

「ないない。お主に勝てる訳ないからのう。逃げるが勝ちだ。では、おさらばよ」


 誘導弾を発動させるも相手の魔力を追跡して命中させる術式が上手く発動しない。

 閃光による物理的な視界を奪う術式と周囲の魔力を大きく攪乱する魔力感知を無効化する術式。

 この2つが融合したものだったのだろう。 

 変化する状況に桜香は打つ手がない。


「大きな術式に見せて発動時間を誤認させる。しかし、結果は単純だから規模は純粋に威力強化のものに過ぎない、ということでしたか……」


 桜香の魔力防御は優秀であるが、あくまでも本人への干渉部分だけに特化している。

 目潰しと言っていたが、桜香の目はしっかりと見えていた。

 問題は武雄の姿自体は閃光で包まれて見えなくなってしまったことなのだ。

 1つの手、1つの言葉、戦いの在り方。

 あらゆる要素が健輔とよく似ている。

 健輔よりも手札が少ないゆえか、弄する手段はより狡猾であるのが特徴だろうか。


「転移による逃亡。……無駄に労力を消耗して此処に来ただけ。これが本当の試合ならば私は自分を許せませんね」


 溜息を吐いて空を見上げる。

 時間が敵、ということと数の大切さを改めて学んだ。

 このようなやり方で桜香を引き付けて周囲を打倒し、時間切れを待つ。

 桜香に直接勝つのは難しいと判断して、あらゆる手段で勝ちを狙うチームならばこの程度はやってくる可能性がある。

 

「考えるべきことは多い。本当に、実りの多い練習試合でした」


 勝者であるにも関わらず何とも言えない気持ちを抱えて、九条桜香の夏は静かに終わりを迎える。

 最強であっても出来ないことはあるのだ。

 当たり前のことを今更ながらに痛感する。


「各々の役割を果たすために……私はリーダーにならないと」

 

 最強から指導者へと変わる。

 決意を刻み、彼女の小さな戦いが始まるのだった。






「あの、すいません、圭吾さん。これは、一体なんでしょうか」

「何って、見てわかるでしょう。宿題を突き返しているんだよ」

「……確か、事前の話し合いでは協力してくれる、ということだったような気がするんですが」


 武雄の全力逃走からしばらくして試合は終了となった。

 勝者は健輔たちの連合。

 欠けたのは数名であり、ほぼ主力のメンツを残したのは彼らの圧倒的な強さを示したと言えるだろう。

 対する敵チームたちはほぼ全滅であり、僅かに残った者は新人が中心であった。

 示される優劣。

 世界大会に向けて、各々の課題は浮彫りとなった。

 この壁を乗り越えたチームが次の戦いでの勝者となる。

 ――そして、今は一時の安らぎたるパーティの最中なのだが、地味に健輔にとってのピンチが発生していた。


「そうだね。でも、言わないとわからないかい?」

「……け、圭吾さん? 笑顔が怖いです」

「そうだね。僕、怒ってるからね。いや、君がそういうやつだというのはわかっているよ。わかってるけど、あれだよね。罰は必要だよね?」

「必要じゃない、必要じゃないよ!!」


 戦いよりも余程危険な状況だった。

 夏休みの宿題。

 学生にとっての最大の敵を地力で対処する。

 このような無理難題は勘弁して欲しいというのが健輔の正直な心情だった。

 実技の評価が良いせいで、地味に筆記の課題の難易度も高くなっているのだ。

 座学の大切さはわかっている、わかっているが出来るかどうかは別の話である。


「美咲……」

「自業自得でしょう。というか、藤島さんに抱き着くとか、場所が場所ならセクハラよ。自爆するからOKとかそんな訳ないじゃない」

「いや……別に抱きつきたかった訳じゃ……」


 健輔の正面から暗黒のオーラが噴き出す。

 この段階で健輔は抗議することを諦めた。

 完全に逝ってしまった葵並みに手に負えない。


「健輔、わかってるよね?」

「お前、もうそれしか言ってないじゃん……。わかったよ、頑張りますよ。仕方ないじゃんか、勢いよくいったら結果的に抱きついただけなのにさ」

「その、どういう形でも女性を抱きしめるのはどうかと思いますよ」

「優香は優しいわよね。というか、余裕があるというか」

「健輔さんがどういう方なのかは、わかっているつもりですから」

 

 自分を挟んで行われる会話になんとも言えないものを感じる。

 恥ずかしいような、嬉しいような複雑な思いだった。


「げ、解せぬ……」

「だから、お前はバカなのよ。解せや、そこは」

「なんすか、武雄さん。というか、しれっと混じらないで下さい」


 並べてあるテーブルの背後から声を掛けてくる存在を胡散臭そうに見る。

 わざわざこの人物が絡んできたのだ。

 面倒臭いことになるとわかっていた。

 現に凄く楽しそうな笑顔をしている。


「うわぁ……凄いイイ笑顔ですね」

「おうよ。最後に実に良い感じに最強を放置できたしのう。個人的には試合に負けたが勝負には勝ったようなものよ」

「あの人をからかって楽しむような人はあなたぐらいでしょう」

「あの化け物を言葉1つでその気にさせる奴に言われたくはないな」

「あのね、意味のない押し付けあいはやめなさいよ」

 

 葵の呆れたような声をスルーして、無言で視線をぶつけ合う。


「ふむ、お前さんも強くなった。龍輝じゃあ、まだ厳しいな」

「あなたも前とは違う感じですね。結局、新しいバトルスタイルは欠片も見せなかったみたいですし」

「切り札を開陳するのが普通の方がおかしいだろうよ。隠すのも王道という訳だのう」


 ニヤニヤした笑顔に溜息を吐く。

 1つの仕草、言葉で本命を悟らせない。

 余計な感情を感じさせるようにして、本当に必要なことをあっさりと隠してしまう手法は武雄の戦い方にも使われている。

 とにかく実態が掴み辛い人物なのだ。


「それで、いろいろとやったようだが目的のものは掴めたか?」

「――そこそこ、ですかね。真っ当にやると厳しいっていうのと、かと言って楽すると大変だと言うのもわかりました」

「自爆させられる。まあ、あれはお前さんの選択ミスだったのう」


 試合終了後に反省会で全体の戦闘様子は各自で確認している。

 アルメダによる健輔の最後もバッチリと記録に残っていた。


「以前みたいに自分の魔力を噛ませておけば起きない事だった」

「迂闊なのは認めます。相手から引っ張ってくるだけだと制御できていないと同義っていうのが頭から抜けてました」

「隣の嬢ちゃんにも相談しておらんかったようだしのう。何でもできるからやってみる。練習試合だからやったのだろうが、脆さもわかっただろう?」


 美咲からのジト目の視線を見なかったことにして武雄にも無言を返しておく。

 完全なる図星だが指摘されるのは勘弁して欲しかった。

 失敗も経験になるとはいえ、大きなミスなのは事実なのである。


「次は、もっと凄いのを見せますよ」

「期待してようか。今年は来年よりも楽しくなるようだしのう。お前さんも準備しておくといいさ。何処に、どんな強敵がいるのかわからんからのう」

「俺の天敵になりそうなのもいそうですか?」

「くく、どうかのう。対策し辛いのは事実だが、完璧も無敵もこの世にはないからのう」


 武雄ならば『天昇・万華鏡』の思いも寄らない突破方法を思いつきである。だから、霧島武雄は怖いのだ。

 己のそういった印象すらも利用するからこそ策士は策士たる。

 こうやってはぐらかして疑心暗鬼を誘発するのも、狙っているのかもしれない。

 深く考えるとドツボに嵌る。

 ゆえに何も考えずに殴るのが1番良い相手でもあった。


「ま、考えるといいさ。――先に親友を如何に収めるか考えた方がいいと思うけどのう」

「……見ないようにしてたのに、ここで指摘しますか」


 武雄と会話中も思い出し怒りで暗黒のオーラを撒き散らす親友。

 過去最大級の怒りを前にしては健輔の万能も無力だった。

 最後の手段、土下座を視野に入れつつ武雄から意識を逸らす。


「そうじゃ、1つだけ塩でも送ろうか」

「なんすか、わざわざ」

「何、いろいろとレジェンドについて調べた中で気になったことがあってな。貴様の天敵、既にいるみたいだからのう」


 武雄の言葉に何も返さずに視線を圭吾へと戻す。

 指摘された人物が誰なのかは健輔もわかっている。

 魔導史上、最初にして最大の能力を獲得した者。

 ウィザードなどのOBたちの中で間違いなく現役の最強格にも比する魔導師。


「魔導大帝。偉そうな名前よのう。まあ、歴代最高の固有能力は伊達ではない。せいぜい、頑張ることよ」

「愚問ですよ。勝てようが勝てなかろうが、挑むのは何も変わらない。それに、今の圭吾よりはやり方もある」

「はっ、違いない!」


 今日見定めた強敵たちとまだ見ぬ強敵たち。

 『次』への展望とやるべきこと。

 たくさんのものを得た夏が終わる。

 感慨深く、同時に達成感があった。


「……でも、最後の敵がこれか。ちょっと無理かも」

 

 絶対に話を聞いてくれなさそうな親友へ乾いた笑みを向ける。

 女の魔導師に抱き着く時はどんな状況でも相手を選ぼう。

 微妙にずれた教訓が合宿の中で1番印象の強いものとなって、健輔の合宿は幕を閉じるのだった。


第4章はここまでとなります。

お付き合いいただき本当にありがとうございました。

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