第153話『練習試合』
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
語る言葉はなくお互いに技を繰り出し続ける。
アルメダと紗希の無言の連携。
初めての共同作業とは思えないスムーズさは彼女たちのレベルの高さの表れであった。
前衛、後衛、支援、攻撃、防御。
あらゆる行動を瞬時に組み替えて最適なタイミングで攻めて守る。
紗希1人でも互角だったのだから、1人増えれば有利になるのは当然であろう。
最強の魔導師と言えども近しい領域の存在に責め立てられれば不利は否めない。
「はっ!」
「やあああッ!」
「来ますかッ!!」
槍を受け流して、死角から迫る糸を勘で防ぐ。
障壁を突破された分が僅かに身体へと辿り着きライフを削る。
ジワジワと削られていくライフは大凡4割ほどを示していた。
ここまで戦い続けて4割もあることが桜香が怪物である理由でもあるのだが、流石に状況が悪い。
謙虚に見積もれば同格、傲慢に言うならば上半身分ほどの差は付けている。
1対1ならば絶対に負けない自信もあった。
しかし、状況は彼女の思い描いたものからはずれている。
2対1という数的不利な状況では桜香も厳しかった。
削られる一方ではなくきちんと相手にもダメージを与えているが、明らかに速度で負けている。
1人の限界。
桜香がどれほど飛び抜けていても、彼女を相手にして勝率の計算が出来るレベルの強者を揃えれば『数』は確かな力であった。
加えて微妙に相性がよろしくないのも問題である。
「女神……!」
健輔への対抗策がそのまま適用できるアルメダに桜香は相性の上では有利である。
確かにこれは事実なのだが、もう1つ忘れてはいけないことがあった。
あらゆる物事は表裏一体なのだ。
健輔が桜香に勝利した以上、似たような傾向を持つアルメダはどれほど確率が低くても桜香から1本取れるだけの可能性を持っている。
健輔と似ているということは、可能性としては桜香を倒し得るものがあるということなのだ。
圧倒していても気を抜いてよい相手ではない。
何を切っ掛けにして逆転されるかわかったものではなかった。
健輔ほどに警戒はいらないとわかっていてもチラつく影が甘えを許さない。
「鬱陶しい……! いえ、落ち着かないと。それが狙いの可能性もある」
周囲を覆う糸の結界を睨みつける。
桜香の行動を阻害し、同時にルートを限定することで次の行動を予想し易くしてしまう。
いくつもの布石を打つ『不敗の太陽』の十八番。
力任せになんとかしたのが1対1での戦いの時だったが、ここにアルメダが増えたことが苦境へと繋がっている。
「力を入れようとすると」
「やらせる訳ないでしょうがッ!」
隙を見逃さないとばかりに攻めてきて、
「かと言って、消極的だと」
「貰います!」
周囲の糸が攻撃の体勢に移る。
動かないのならば存分に攻撃させて貰う。紗希の意思表示に苦いものを感じた。
桜香はどうしても受けの姿勢が多い。
力で何とかすることが可能で、大抵のことは簡単に対応ができる。
だからこそ、逆に苦境における戦い方を知らない。
昨年度の決勝戦もアドバンテージを確保した後はそのまま押し切った形に近かった。
逆境を覆したことは実は未だにほとんど存在していない。
「主導権を取り返す、というのは苦手ですね……!」
物事には筋がある。
桜香がカウンターを選んでいたのは性格的にあっていたからであり、健輔が初めて勝利を掴んだ時からある種の性格的な相性の悪さはあったのだ。
変化を心掛けても影響が残る部分は確かに存在していた。
「負けはしない、と思いますが」
不利なのは否めないし逆転の道筋もないが、桜香は自分の力を信じていた。
己こそが最強だ――クリストファーが体現した在り方に通じるものは桜香にも確かに存在している。
どうしようもない、というほどにはまだ追い詰められてはいない。
「それでも、些かに不利なのは事実です。ですから――」
「アルメダさん! 来るよ」
「後ろ、よね!!」
桜香が魔力を刀身に集中させる。
狙いは2人を纏めて吹き飛ばす一撃。
当たるとは思っていないが、掛けた時間からすればそろそろであろう。
彼ならば何かをやってくれると期待感を胸に桜香は微笑む。
「ただの威力の大きな斬撃です。上手く避けてくださいね」
刀身に籠めた力で横薙ぎに空間を切り裂く。
飛ばされた魔力の束を紗希たちが避けることで舞台は整った。
後方で宗則に異常が生じて、異常の原因たる者が笑う。
始まるのは外部からの変化。
数的不利ならば、1人減らせば互角になるのだ。
打ち返された斬撃を見て、その場にいる者全てが最後の戦いに差し掛かったことを理解した。
「この程度はどうとでもなるけど……」
「打ち返し。あの規模を反射する、か」
見せ札であろうが魅せられた以上は対抗策を考える必要がある。
必殺の一撃が無為になるかもしれないのだ。
何とも言えない恐怖感が付き纏うのは当然であろう。
最大の問題は1つだけあった有利な点がついに消えてしまったことである。
「待たせた」
「お待ちしました。いい感じに、煮詰まっていると思います」
「ああ、場は温まっているように見えますね」
桜香と合流した健輔を見て紗希が警戒した様子を見せる。
暴れに暴れたこの試合での姿は幼馴染の目から見ても危険に映っていた。
逆に中途半端に知っているからこそ、中にあるギャップを強く感じているのかもしれない。
「圭吾君も、変わってるのかな」
もう1人の知り合いを頭に思い浮かべて少しの寂しさを滲ませる。
姉代わり、などというつもりはないがそれなりに知っている後輩が全く知らない姿を見せてきた。
成長を喜ぶべきなのは理解しているが、紗希にしても何とも言えない気持ちが胸にあるのだ。
本当に小さい頃から知っているからこそ、まだまだ小さいとばかり思っていた。
「気付けば成長している、っていうのは本当ですね」
「あら、そんな風に思うほど年を経ってないでしょう? 私みたいに誕生日がくるのが微妙な年齢になってから言うセリフよ、それ」
「それもそうですか……。はぁ、こんなところで気付くなんて、思ってもみなかった」
「肯定されるのも……微妙な気分ね……。いや、別にいいけど……」
アルメダが微妙に落ち込んでいるのを華麗にスルーして紗希は物思いに沈む。
知らず後ろにいるものだと思っていた。
見下していた訳ではないが、何処かで甘くは見ていたのだろう。
そして、見抜かれていたに違いない。
用意周到にも見えるハチャメチャには確実に意図があり、組み上げた絵図の中には間違いなく紗希が絡んでいる。
対峙して面白そうに見ているのがその証拠だった。
「――謝るね。その上で、本気の本気でやってあげるから」
周囲に展開した聖素に意識を集中させる。
非礼には誠意で応えよう。
真由美や葵とは違う健輔のズレた礼儀正しさ。
その根幹を担う存在が素顔を晒す。
何よりも楽しみにしていた相手との決戦を前にして健輔のテンションも最高潮となる。
この試合における最高峰のペアの戦い。
試合の最後を彩る交差は、古い馴染である紗希と健輔の全力攻撃で幕を開けるのだった。
事前の情報からわかることは多い。
アレンがそうであったように、紗希もどちらかと言うと健輔にとっては鬼門に属する魔導師である。
彼らを如何にして攻略していくのか。
健輔にとってこの練習試合の焦点は其処にあった。苦手を超えないと先は見えてこない。
思考を辞めず、新たな境地を切り開く。
自らがある程度完成域に近づいたからころ、『次』を強く意識していた。
この戦いにおいて、アルメダと紗希を組み合わせたのもそのためなのだ。
桜香を押さえられる組み合わせの1つ。
自らの眼力に笑みを零す。
「笑うほどに余裕がありますか!」
「くっ!? いや、別に余裕って訳じゃないですよ」
「楽しみ、ですか。やっぱり性質が悪いですね!」
「すいません、性分です!」
変幻自在の糸が軌道すらも掴ませずに飛来する。
圭吾と戦った時もそうだが、紗希を源流とするこのバトルスタイルと健輔は妙に相性が悪い。
1年生の頃とはいえ敗北を喫したこともそうだが、実態を掴み辛い戦い方に手間取っていることは疑いようもなかった。
圭吾の直線的な動きには慣れたのだが、紗希の蛇行も含めた変則的な軌道は掴み切れない。これで威力が圭吾よりも高いのだから、錬度の差とはいうのは恐ろしいものである。
万能系であっても防ぎにくい。
防げない訳ではないのだが、選択肢が多いからこそ最適なものを選ぶのを迷う。
戦闘においては致命的な迷いである。圭吾との戦いでは経験もあり、早々に遅れは取らなくなった。
しかし、流石は本家と言うべきだろう。
他の能力との兼ね合いもあって大変やり辛い。
「聖素と組み合わさった妨害系の能力……!」
「新しい系統でも、私の能力には対応しきれないでしょう!」
「――さあ? それは、どうですかね。試してみればいいじゃないですか!」
「言われずとも!」
紗希とは相性が悪い。
戦う前から知っていることで、理解していたことであった。
アルメダとはお互いの相性が反転し合う関係であるが、紗希にはそういった要因は一切なく健輔のみが不利となっている。
理由はいくつかあるが、最大のものは『聖素』と『秩序反転』が強烈な『天昇・万華鏡』のメタになっていることであろう。
「クク、笑えてくるな」
優香などのバックアップがない場合、健輔の素の魔力量は下位ランカー相当にまで落ちてしまう。とはいえ、系統の創造により出力も以前よりは多少補えるようになっているため、総合的には中位ランカーの下、という程度には至れるだろう。
大凡、レオナと互角程度の出力が単体で見た場合の健輔の最大出力であった。
これを様々な方法で補うのが彼のバトルスタイルの根幹であり、後は多様性を以って圧倒するのが必勝パターンである。
だからこそ、
「鬱陶しいフィールドだ……!」
『聖素』が立ち塞がる。
魔素、及び魔力そのものへの干渉。健輔の能力があくまでも『系統』に関係しているものだからこそこの部分への干渉に抗うのは厳しい。
対抗策として1番簡単なのは『聖素』に適応することであろう。
実際、健輔もそれは考えたのだ。
魔力から反転した性質ならばいけるのではないのか。
しかし、彼の考えは儚く破れる。
能力の『格』として、系統と固有能力では後者が優っており、相性などの例外を除いて格下では格上に負けてしまう。
健輔に出来るのは、系統を使って脇から横槍を入れることだけであり、正面から突破することは出来ない。
『聖素』そのものに干渉するには、『天昇・万華鏡』でも力不足なのだ。
「力が出しきれない環境に、苦手なテクニカルタイプ。その中でも最高峰!」
新しい系統で出力を補正しても変わらない原則、そして聖素の中ではそのなけなしの出力も大きく低下する。
結果として起こるのはかつてへの逆行。
器用貧乏だった頃への帰還だった。
無論、それだけで負けるほど健輔は弱くない。
かつてへの逆行はただ昔に戻るだけに過ぎない以上は、対応の方法はいくらでもある。
問題は他にも不利な部分があるということだった。
紗希は大別すれば技巧型、ある意味ではアレンすらも凌駕する技の魔導師である。
『秩序反転』という大技を封ずる能力まである以上、地道な戦いを強いられてしまう。
「我が軌跡から、逃れられるとは思わないで!」
「最初から考えてないさよ! ダメージを受けてからどうするかは考えてる!」
錬度と基礎能力に大きな差異はあるが、基本的な部分は圭吾と共通している。
圭吾のレベルでもこの能力を回避することは困難なのだ。
より上位、アレンにも劣らぬテクニック型である紗希から無傷で逃れられるなどあり得なかった。
「さてはて、どうするかッ!!」
死角から飛び込んできた糸が、接触部分から『聖素』を流し込む。
乱れる回路に顔を歪める。
健輔は系統を創造し、切り替えることで力を発揮するのだ。
バトルスタイルの根幹たる部分――ここに手を差し込まれると辛いものがある。
浸透系を極めし者。
この模擬戦の中でも最悪の相性を誇る魔導師こそが藤島紗希である。
系統の創造と切り替えはシビアなタイミングを要求されている技能であり、発動にそれなりの手間を必要としていた。
一見して無敵の能力に見える『天昇・万華鏡』だがアレンやクラウディアがやってみせたように対抗策がない訳ではない。
全ての能力に共通していることであるが、そもそも発動させなければ強力もクソもないのだ。
切り替え前に潰しかかる紗希の対抗策は至極真っ当である。
そう、真っ当だから健輔は超えないといけないのだ。
「切り替えの、隙間を狙うか!!」
「多数の切り替えを必要とする――私の前では隙を晒すに等しいです!」
聖素により魔力回路が不調な状態での系統の創造と切り替えはクラウディアと対峙していた時よりも晒す隙が大きくなる。
時間にして数秒であるが、その数秒の重さはこのレベルの戦いでは言うまでもなかった。
クラウディアは対健輔戦の経験で見極めていたが、紗希は素で見切っている。
魔導師として格の差。
見極められて猶有利であったクラウディアよりも全てが純粋に上にある。
「はっ、そんなことはわかってたさ!」
「っ、これにも適応してくる。万能などと言うレベルですかッ!」
「いい名前でも付けてくれよ、お姉さんッ!」
健輔が突き出した右腕が『聖素』を突き破る。
紗希は驚いた表情を見せて次の瞬間には立て直す。
流石としか言いようがないが、ここも健輔が予測した通りである。
『不敗』などと名付けられた女性が些細な出来事で落ちるなど考えられない。
桜香を庇ったからとはいえ、『皇帝』だからこそ落とせたのだ。
今の健輔が隙の1つや2つを突いた程度で倒せる相手ではなかった。
「おっと、まだまだ!」
「今度は、魔導機だけ!?」
『マスター、やれてます』
「おう、ここから先に向けての切り札だ!」
未だに『天昇・万華鏡』を使いこなしている訳ではないが、戦いは常に進歩するものだ。
不完全でも十全に戦うために次に進むしかない。
正秀院龍輝がこの試合で似たようなことをやっていたが、ある意味で戦闘に特化した万能系が辿り着く答えの1つなのかもしれない。
創造に時間が掛かるのも、切り替る時に隙を突かれるのも究極的には全身へ変化を行き渡らせるためである。
ならば、無駄を避けるために一部分に絞ればどうだろうか。
タイムラグは極限まで抑えられ、かつ出力を集中させることで力不足も解決する。
リソースの節約こそ、健輔が培ってきた強さの1つ。
制御を極めていくからこそ、やれることが増えるというのは以前と何も変わらぬ道理である。
無防備なる部分は生まれるが、その辺りは出たとこ勝負で乗り切る気満々だった。
「あなたと戦える準備はある。だったら、次はどうやって勝つのかを見せてやるさ!」
アルメダと桜香は桜香が優勢であるが、健輔と戦いながらも紗希は向こうを気にする余裕がある。
フィールド展開型の強みは一帯を支配することであり、環境を掌握している紗希は内部を完全に把握していた。
効果的な援護、常時行われる妨害行為。
相性の悪い相手、しかし、紙一重の状況。
最強の相棒がいるのだが、健輔がやられるとそのまま負けかねないという実に良い感じにプレッシャーが掛かるのもよいスパイスである。
端的に最高の状況が揃っていた。
「いろいろと考えたけど、やっぱり初志は貫徹すべきだと思いまして。今年の俺の戦い方は『太陽』でテストすべきかなと」
「……簡単にいくと思わないでくださいよ!」
「当たり前じゃないですか。……最初から、簡単にいかせるつもりがないですよ!」
困難を踏破してこそ意味がある。
最強の相棒を選んでおいたのも、彼女を自由にさせ過ぎると健輔とは関係のないところで勝敗を決めかねないからなのだ。
手を抜いた訳でもなく、味方を謀った訳でもないが、最大の利益を得るのは自分と自分のチームになるように動いてはいた。
この大乱戦も結局はそのためものであり、終着までようやく辿り着こうとしている。
最後の最後、1年の集大成と次への展望を携えて健輔は残りの力を振り絞るのだった。




