第152話『不穏な影』
2度目の対戦。
1度目の戦いの反省からアルメダは桜香を徹底的に調べた。
参戦した試合のデータからの解析。
直接対戦の経験を活かしたシミュレーション。
次に戦った時に勝つために必要なことをやって来たつもり――だった。
「がぁ!?」
受け止めた剣で一気に後方に飛ばされる。
桜香の力が圧倒的なのは間違いないが、アルメダとはそこまで差がある訳ではない。
紗希の『秩序変転』は本人以外にも効果があり、アルメダはしっかりと支援を受けていた。桜香の膂力の半分程度は手に入れた状態。負ける理由を探す方が難しい状況で、押し込まれているのは何故なのか。
進化する太陽が、戦い方というものを身に付けているからである。
「この短期間で……バトルスタイルに修正が入ってるの!?」
「はっ!」
「いえ、それだけじゃないっ!」
合宿での変化だけではない。
この戦いの最中、いや、今戦っているアルメダの動きすらも学習している。
一挙手一投足、視線が捉えて離してくれない。
学習、フィードバック、修正。
人が経験を武器にする過程を物凄い短期間で駆け抜けているのだ。
背筋に走る悪寒。アルメダは真正の怪物を何人か知っているが、『不滅の太陽』九条桜香を改めて彼らと同じ存在にカテゴライズした。
一切、疑うべき余地はない。
間違いなく同じ領域の住人だった。持っている才気の桁が違う。
「はぁ……はぁっ、現役の時でもここまで怖くなったことはないわね」
無感動に、と言うと語弊があるが真剣な瞳には人間味がなく恐怖を掻き立てる。
地面に這う生き物を見下ろすが如き瞳、と言い直すと今度は悪意が籠っているだろうか。
自らの思考に苦笑しつつも、否定できないとも思っていた。
天から大地を見下ろす不滅の存在。
幾度倒そうともドンドン強くなり、最終的には手に負えなくなる。
過った不吉なビジョンは1つの未来ではあるのだろう。
抱いた不安を誤魔化すように、束の間のパートナーへとアルメダは念話を送る。
「不敗の太陽、だったわよね? この子、昔からこんな感じだったの?」
『いえ、昔はもっとやる気がなかったですよ。だから、私もいろいろと心配していたんですけど……。振り切ったみたいですね、あの子のおかげで』
「なるほどね。其処にあのハチャメチャな子が絡んでいる訳だ」
嬉しそうに花が綻ぶような笑みを浮かべていたとは思えない鉄面皮。
冷たい仮面は一切の熱量を見せない。
1度目の対戦では才能に飽かしたパワーファイターと誤認したが、アルメダは此処に至り正確に九条桜香という人間を理解しようとしていた。
「総合力の、怪物……! いえ、強さの化身とでも言うのかしら!」
大凡の能力に隙が存在しない。
圧倒的な学習能力に一瞬で自らの才能を使いこなす適合性。
攻防走の戦闘に必要な要素が高レベルで纏まっているため、正面からの突破は困難。
昨年度の段階でも現役ナンバー1の技量を持つアレンが何もさせてもらえなかったのだ。
より強くなった今では並大抵の技量ではどうにならない。
アルメダが知っている限り技だけで桜香を翻弄出来そうなのは『制覇の女帝』ぐらいである。
歴代の魔導師の中でも最高峰の技量でないと技で競えない。
こんな怪物はいるだけで現役世代にとって絶望となるだろう――普通は。
「……まあ、こんなのを倒したのがいる。しかも、あまり評価されていない系統で」
100回に1度の勝利であろうが必要な時に引き寄せたのならば明確に相手を上回った証である。
自らも手合せしたからこそ、桜香に勝利した健輔の強さに敬意を表するしか出来ない。
何よりも桜香を倒す方法があると教えてくれていることに感謝したかった。
この怪物も墜ちるのだ。
決して簡単ではないとわかっているが0と1では意味が異なる。
自分よりも遥かに年下が成した偉業。
ここで自分が怯む訳にはいかないとアルメダは気合を入れる。
前衛を望んで前に出たのは彼女の選択なのだ。
大人として、責任を持つ。
「前のめり、まずはそれが――必要よねッ!」
「――来ますか」
『っ、援護します!』
勢いよく空を駆け出すアルメダに桜香が冷静に応じる。
槍と剣、双方が戦意を滾らせて己が獲物を振りかざした。
1流同士だからこそ最高の対決。
その部分に関して、両者の間に異存はない、
「はああああああああああッ!」
「ふっ!!」
気合の差、とでも言うのか。
先に攻撃が届いたのはアルメダであった。
魔力を滾らせて、そして彼女の代名詞たる数多の能力を武器にして女神は太陽へと槍を届かせる。
「てりゃあああああああッ!」
貫通能力を纏った突きが容赦なく振るわれて桜香の防御を剥がしていく。
全てを剣で受け流す桜香であるが、余裕があるとは言い難い。
「っ、手数が多い。その割に威力もありますね……!」
「これでやってきたのよ。それなりに自信はあるわッ!」
桜香の固有能力は汎用性が高く強力なものが多くなっている。
複合的な効果と合わせて、総合的に堅牢と言うべき状況を生み出している最たる要因なのだが、アルメダと対峙した際には複合的である、ということが問題となるのだ。
汎用能力の元となったアルメダは単一系の能力を多く保有している。
単一系は文字通り1つの能力に特化しているのだが、この特化というがここで問題になるのだ。
矛盾の逸話があるが、魔導においてはいくつかの例外を除いて結末は定まっている。
「突破してくる……!」
「あんまりお姉さんを舐めないで欲しいわ。敗北を糧にしてこその超1流よ!!」
「あまり調子に乗らないでください。その程度、私も弁えていますっ!」
桜香の障壁を貫いたが魔力の噴出に止められる。
魔力を散らす能力へと瞬時に切り替えて、流れるように再度の攻勢に動く。
初見、しかも侮っていた時とは違う華麗な動き。
中興の女神に恥じぬ在り様は後方で見ていた紗希にとっても頼り甲斐のある背中だった。
怒涛の連撃。
最強の魔導師に肉迫する技の女神。
見守る2人がいけると確信した時、
「甘い、と幾度言わせるんですか」
最強が最強たる由縁を見せる。
変化は簡単に見分けが出来た。
アルメダの槍が完全に止まっているのだ。
貫通効果が微塵も発揮されずに透明な壁に押し留められている。
「少し健輔さんに似ていますが、あくまでも似ているだけですね。予想外も、想定外も存在しない。ああ、勘違いしないで下さい。研究をされたのはわかりますし、あなたが強いのも理解しました」
「物質化……でも、このレベルは」
文字通りの意味で透明な壁を創造した桜香は艶やかに微笑む。
健輔が魔導で絶対を誇るからこそ、物理的な事象に引き摺り込むための技である。
この場で健輔対策を晒したのだから、アルメダは十分によくやっていた。
よくやっていたが、ここで忘れてはいけないことが立ちはだかってしまった。
相性というものは拭い難く世に存在している。
この桜香でさえも健輔を苦手とするように、どうしても勝てない相手というのは世の中に1人はいるものだ。
競技の場では少ないかもしれないが、非常に残念なことにこの場こそが運命の出会いであった。
アルメダの上位互換とまではいかずともよく似た存在である佐藤健輔。
健輔を基準にしてあらゆる対策を練る最強魔導師、九条桜香。
結果起こるのは、健輔以外の万能に近いものへの強烈なメタである。
「存分に攻めていただいたし――今度はこちらからいきますよ」
「させるかッ!!」
魔力を高めて、破壊力を上昇させる。
健輔には出来ないパワーでの対処。生み出された壁が何で出来ているかはわからずとも破壊は可能であろう。
強引であるが主導権を失うよりはよかった。
前のめりの賭け。
健輔が大喜びするであろう対応を見て、桜香は口元を歪める。
前進する姿になんとも言えない癪なものを感じた。
先ほどの僅かな時間で影響を受けたのか、それとも――。
至った思考は愉快ではなく、桜香の決意は一色に染まる。
「潰す」
「ちょっ……!? レベルが、違う……」
簡潔な一言は心情を表し、一瞬で高まった魔力はアルメダに終わりを確信させた。
「一斬、滅殺」
『能力反転『黄泉下り』』
「まずっ、次元障壁、展開!!」
『ダメ――入れ替えますよ、アルメダさん!』
「へっ!?」
アルメダは防御特化の異能を選択。
相手の攻撃事象を別の次元に飛ばす能力で窮地を切り抜けようとする。
選択は至極真っ当――よって、九条桜香に意味をなさない。
一斬滅殺『黄泉下り』。
出せば相手を沈める覚悟の桜香が持つ最大の『攻撃用』の固有能力。
桜香が本来持っている固有能力の中に直接攻撃に応用できるものは皆無なのだが、怪物たる面目躍如と言うべきだろうか。
合宿を通じて桜香が覚醒した力。
奇しくも敵である紗希が持つ能力と似た要素――つまりは『反転』。
自分の能力を反転させて、効果を変えているのだ。
融合は分散――離合へと繋がり、結合を断つ力へとなる。
魔力も術式も能力も、彼女に及ばぬならば粉砕してしまう力へと姿を変えていたのだ。
脅威の成長力。世界最強は未だに完成に至っていなかった。
宣言通りの必殺の一撃はいとも容易くアルメダの防御を砕く。
しかし、駆け抜けた刃の向こうには敵の姿はなかった。
「……やはり、厄介ですね。紗希さん」
詳細の不明の能力をこれ以上ないタイミングで決める。
アルメダを沈めたと確信できるだけの状況だったのだが、上手く逸らされてしまっていた。
「健輔さんもそろそろでしょうか。ならば、これ以上の醜態は見せられませんね」
健輔が関わった試合で彼女が手を抜くことは皆無。
相手が誰であろうが、どんな実力でも全力全開で進み続ける。
「ふぅー」
大きく溜息を吐き、桜香は背後へ振り返る。
視線の先には紗希の隣にいるアルメダ。
どう考えても間に合わなかったタイミングでの転移。
桜香の知らない紗希の技に少し笑みを漏らす。
お互いの成長をぶつけるという行為がなんともくすぐったかった。
「今度は紗希さんと来ますか? 構いませんよ。頂点として受けて立ちましょう」
「こちらこそ、挑戦者として光栄だわ。……王者、とは言わないのね」
「私は王者というタイプではないので。何よりその呼称に相応しい方は他にいますから」
「なるほどね。少しだけ、私にもわかるかな」
「これに匹敵するのがもう1人いるって、ハッキリ言って悪夢よね。もう、今度練習試合をやる時はちゃんとバランス調整するわよ!」
第2ラウンド。
紗希にとってもアルメダにとっても、認識をすり合わせた状態での初めての共同作業。
不動の宗則が何を警戒しているのかはわかっていた。
時間の経過は彼女たちの敵であり、そろそろ厄介な男の封印は解き放たれる。
2対2になる前に最速で決着を付けなければいけない。
不退転の覚悟を秘めて、防御を捨てて2人は桜香へと立ち向かうのだった。
腕を組み自らが作り上げた風の空間を静かに見つめる。
何を言うでもなく弟子を放り込んでから彼はその姿勢で待ち続けた。
弟子の勝利は信じているが、それはそれとして来るべき時に備えていたのだ。
自分では何をどうやっても桜香には勝てない。
無為に戦力を消費するよりも小さなチャンスに賭けた。
「――来るか、境界の主」
内部の変化を捉えて、宗則が動く。
桜香は常時展開されている魔力と防御系の能力により突破手段を持たないとダメージを与えられない。
対して、健輔は圧倒的な対応力を誇るが常時展開型の防御がある訳ではなかった。
あくまでも継続的な防御はランク相応か少し下に下がる。
この事が健輔の弱さを意味する訳ではいが、宗則のような準ランカークラスには重要な意味があった。
攻撃が通じる――ならば、戦うだけの意味はあるのだ。
「爆ぜよ」
両手を勢いよく叩き、仕込んでいた術式を起動する。
荒れ狂う風が収束し、内部のものを消し飛ばす技。
クラウディアに餞別を送っただけではない彼の小細工の1つが確かに健輔を捉えた。
「これで倒れてくれるならば有り難い限りだが……期待は出来ん」
仕込んでおきながら失敗を確信する。
彼我の差を冷静に見切っているからこそ宮島宗則は此処からの展開を予期できていた。
「やっぱり、あなたがここで来ますか!」
「良く言う、境界の主よ。お前も望んでいたのだろう?」
「ええ、あなたは俺が尊敬する数少ない男性魔導師ですからね!」
「1年前は凶星との戦いに興じたが、今日はお前の相手をしよう。既に乗り越えられた身であるが、慢心するならば我が風の刃が貫くとしれ」
大層な物言いに懐かしさがこみ上げる。
昨年度の男子生徒の中でも最上位、健二すらも凌駕していた位置にいる魔導師。
『風』の創造系を駆使して変換系すらも凌駕する存在。
皇帝と戦った健輔が認める世界で2番目の創造系の使い手である。
『風』という固定された属性が足を引っ張ってしまうほどの魔導師なのだ。
1度正面から戦いたいと健輔は思っていた。
「いいね。楽しませてくださいよ!!」
「ふん、凶星の継嗣よな。よく似ている!」
健輔の死角から風の刃が飛来する。
遠近の双方で一切の戦力低下を感じさせない。
ヴァルキュリアのメンバーを知っているからこそ、宗則の強さがよく理解できる。
同じことを出来る変換系の使い手はレオナかクラウディアぐらいであろう。
卒業後も鍛錬を重ねたことが読み取れた。
「ははっ、戦い辛いな!」
『傾向は万能。風という単一属性を良く使いこなしています』
火力が足りないが発動速度、及び応用範囲に優れた属性『風』。
足りない火力を補う方法もあり、十分にランカーを狙える位置にいる。
純粋な戦闘力では下位ランカークラス。
希少性が足りないのと、実績不足で準ランカーになっている、というところであった。
隠れていた実力者の1人。
宗則や健二を見ると健輔は魔導の奥深さを理解できる。
派手さはないが堅実な強さ。
2人よりも強くなろうとも、想いは変わらない。
変わらないからこそ、最速で片付けることを決めた。
「あまり時間を掛けるとあれなので、一気にいきますよ!!」
「なんとも出来んか。我が風もまだまだ未熟だな」
死角から来るとわかっているのならば常時展開で防御する。
攻撃を通す術を持たない宗則の限界であった。
後1つ、何かあれば大きく化ける。
そのためのピースは揃っているのだ。来る世界大会で脅威となるかもしれない相手。
切り札のない現時点でランカーに近い実力を健輔は決して甘くは見ていない。
「とりあえず、これで終わらせてもらいます」
「ん? その構えは……」
魔導機を変化させて、ポーズを取る。
宗則にも見覚えのある形で体勢。
ボールか何かを打ち返すような姿勢はあるスポーツを想起させた。
「待て……打ち返す?」
「引き付けて――」
健輔の言葉と共に背後を振り返る。
宗則は総合的にはかなり実力を持っているが、大体の能力が戦闘に振られていた、
風で気配の察知などは出来るのだが、少し離れた場所の動きを詳細には掴めていないのだ。
健輔はそういった補助的な部分でも優れている。
例えば、桜香が放った魔導砲撃がこちらに向かって直進してくる、というにも気付いていた。
全ての動きに意味がある。
回避しながら宗則を射線に誘導した男は会心の笑みを浮かべ、
「狙うは、ホームランッ!」
「なるほど、貴様の強さはその自由さかッ!」
レインボーモードでちゃっかりと読み取った桜香の魔力を『反射』する系統を生み出してバットに纏う。
即席のカウンターアタック。
咄嗟に回避した宗則に容赦のない打ち返しが迫り、
「よし、終わり」
一撃で、終わらせてしまうのだった。
残るは2人。
『反射』という事前の準備が予想以上に上手くいったことに満足気な笑みを見せる。
自らを魔導に引き込んだ者との戦いにはこれが必要だったのだ。
「さて、後は体感するだけだな」
終わりが近づくことに僅かな寂しさを感じるも、それを超える驚喜で胸はいっぱいだった。
最後の最後まで健輔は健輔のまま存分に戦いを楽しむ。
自らへの誓いを硬く握りしめて、空を駆けるのであった。




