第151話『必殺すぎる拳』
「たぁッ!!」
クラウディアの切り札たるモード『ヴァルキュリア』。
基本的なコンセプトは基礎能力の大幅な向上。
何をするにしても基礎の向上は無駄にはならないというのは実に堅実は思考であろう。
周辺の魔力を取り込み、変換することで出力を嵩上げし、単純な戦闘能力を引き上げている。
「おお、重い攻撃だな」
「軽い調子で受け流してくれますね!」
「それは仕方ないな。普段の訓練相手の格が違う」
「否定できるだけの要素はないですか」
「九条姉妹よりも強くなってるなら、俺も驚いてやるよ」
クラウディアの連続攻撃に難なく対応する。
基本的な膂力では上回られているが、この程度は想定の範囲に過ぎない。
基礎の強化は重要であるが、基礎しか上げていないのがこのモード『ヴァルキュリア』が未完成である部分であろう。
「もう1つの面白機能も1発限りだしな」
「それはあなただけです! 普通はあっさりと対応なんて出来ません!!」
「そうかぁ? 案外やれると思うけどな」
「自己評価の低さはそろそろなんとかしてくださいよ!!」
「なんとかした結果が今なんだけど……」
特変換系を応用した相手の特性を無効化する防御。
健輔は面白機能と名付けたが、中々に優れた防御系の能力である。
空間展開の特性を用いて、出力の嵩上げのために吸収した魔力を元にして特定の魔力に対する反魔力とも言うべきものを生成してぶつけているのだ。
吸収した魔力にしか力を発揮しないが普通に考えれば脅威の能力であろう。
相手が健輔でなければ現時点でもそれなりの力を発揮していたのは想像に難くない。
優香のような出力に頼ったパワー型には大きな脅威となる。
完全な無効化は不可能でもある程度の低減は避けられないからだ。
しかし、健輔相手では話が変わってしまう。
最高の能力型にして、最強の能力型キラーなのが佐藤健輔と言う魔導師である。
端的に言って、モード『ヴァルキュリア』のメイン機能が少しだけ堅い壁程度の価値になっていた。
「陽炎、なるべく変化を多用する。美咲も頼んだ」
『破壊系、強化系、セット』
『陽炎の補佐はこっちでやっておくから、好きなようにすればいいわ。後悔のないようにしててね』
「ああ、ありがとう!!」
心は熱く、頭は冷静に。
万能系たるものとして健輔も基礎を疎かにしていない。
『天昇・万華鏡』は強力な術式であり、健輔の自信作であるが使いこなすには相応の錬度と心構えが必要だった。
チンピラが武器を振り回すのと軍人が武器を扱うのでは意味が異なるように、健輔も万能系という武器を使いこなすために修練を積んでいる。
ようやく入口に入ったばかりといえ、誰も扱ったことのない系統の第1人者。
弱いはずがない。
「駆けよ、稲妻!!」
轟音と共に飛来する雷撃を健輔は直感に従って避ける。
桜香の力があった時は迎撃を選んだが、本来ならそんな事をする必要もない。
クラウディアは強いが正当派に強いからこそ健輔には読みやすいという弱点もあった。
相手を知っているのはお互い様であり、健輔の呼吸を彼女が読めるように健輔もクラウディアのタイミングを見切っている。
近接戦闘はともかくとして、間接攻撃の類は通用しない。
発動の兆候を悟らせなかろうがクラウディアの心を読んでくる男には意味がないのだ。
「――大振りで、隙だらけだぞ」
「グっ……!」
力に頼っていて良いのか。
言われてことをそっくりそのままお返しする。
健輔にも自覚はあるのだ。
桜香の力を使っていた状態よりも今の方が強い。
空気を読む、という行為をするには桜香の力はあまりに次元が違う。
周囲の全てを自分の魔力で染めかねないのは優香にも通ずる危険性だった。
環境を自分に合わせてしまうのだから、健輔の得意技である相手の機微を読む能力も大幅に劣化してしまう。
こう言った問題点を実戦で使う前にしれたのは悪くない。
何よりも今の自分というものを再確認できたのも中々に良いことだった。
「読む必要がないほど強い、というの悪くはなかったが、やっぱり一進一退というのが俺の好みなのも間違いないな。戦っている、と言う感じがする!」
「楽しそうに言いますね!」
「楽しいからな!!」
基礎を固めたクラウディアの判断に間違いはない。
健輔のアプローチも別に方向性としては過ちではなかった。
しかし、両者には明確な相違点がある。
クラウディアのやっていることは現時点においては何も完成していない、という問題点があった。
基礎を高めて、相手の能力をある程度は封殺する。
下位ランカー程度までは圧殺も可能であろうが想定している相手がまだ甘い。
「さて、ここまで見せた貰ったことの採点といこうか!」
「一体、いくらの点数を付けてくれますか!」
「そうだな――40点ってところだな」
「思ったよりも、低いですね!」
「理由を説明しておこうか。まずは、この特性だが――」
「っ、させないッ!」
健輔は徐に魔力を高めていく。
系統を創造して、変化させる予兆。
経験とデータからクラウディアは防御に動く。
空間展開は最少の範囲、彼女の身体として展開されており、常に周囲の魔力を取り込むことで無効化する魔力を選択している。
このモード『ヴァルキュリア』の特性のみに全てを任せはしないが相応の自信があった。
機を読んで、先んじて攻撃する事と発動後の無効化。
2つの盾でクラウディアは健輔から主導権を奪う想定していた。
「――既に穴が見えている。わかるか?」
クラウディアの目指しているバトルスタイルを一言で言えば攻撃的なカウンター。
健輔の攻撃を潰してそのまま反撃に繋げるやり方。
考え自体は悪くはないが、些か『天昇・万華鏡』を舐めている。
系統で出来る範囲を超えることもないが、逆に言えば系統で出来ることはほぼ全てを実現可能なのが現在の健輔なのだ。
クラウディアの特性が空間展開を応用している以上、対抗手段の構築も難しくはない。
ましてや、主導権を奪うための手段の1つが呼吸を読むなどという不安定なものではスタイルと呼べるほどのものではなかった。
呼吸を読んでの攻撃など来ると覚悟していればそこまで怖いものではない。
「惜しいな。もう1歩は踏み込みが欲しいところだよ」
「あなたのハードルが高いんです! 私だって、しっかりと考えてましたよ。こんな時期にそこまで行ってる方がおかしいんです!」
「周りはこんな感じばっかりなんですけど、そこはどうお考えで?」
「どう考えてもクォークオブフェイトは標準仕様ではないでしょう!?」
「いや、其処を突かれると痛いな」
軽口を叩くが攻撃は一切緩まない。
緩急を付けつつスピードが上がっていく攻撃に徐々にクラウディアのリズムが乱れていく。
多様される系統の変化、対応するクラウディア。
攻めて止めないといけないのに受け身の動作となる対抗策。
「ま、とりあえずだが1つは潰しておくぞ」
「っぁ――!!」
クラウディアの攻撃に完全に軌道を合わせて逆カウンターを仕掛ける。
健輔から主導権を取るのは桜香ですらも完全に匙を投げたことなのだ。
この男を超える何かで立ち向かわなければ、易々と奪い取れるものではない。
知っている、ということだけでは足りないのだ。
力押しに飲まれそうな状態ならばともかくとして通常状態として復帰した今では何の問題もなく攻撃を見切れる。
クラウディアらしい強さの形。
其処に至るための土台は出来ているが、土台だけでは健輔には勝てない。
「魔力を取り込んで無効化するのは凄いが、取り込むのが条件だと俺みたいなのには逆手に取られるから気を付けるように」
「なっ!?」
健輔から魔力を読み取った瞬間にクラウディアの魔力回路が大きく乱れる。
特定の性質を組み合わせれば取り込まれた際に不具合を狙うのは容易だった。
知られる、ということが健輔には致命傷になる。
物事への対処力に関して現行の健輔を超える者は歴代の魔導師でも3人もいれば良い方であろう。
健輔の能力を想定し、対抗しようとするのは自然である。
自然であるが、相手が悪いとしか言い様がなかった。
桜香でさえも、何より皇帝も結局のところは力押し以外での対抗手段がなかったのだ。
自分らしさを押し通さないとこの男には勝てない。
「じゃあ、これで終わりだ。俺はまだ向こうでやることがあるからな」
「ま、まだです!! 風よ、敵を払いたまえッ!」
「おっ、これって」
クラウディアのモノとは異なる魔力。
宗則の力を何故かクラウディアが使っている。
健輔も予想外の一撃は確かな奇襲であった。
「危ないな」
それでも通じない。
変換系との戦いを想定して、健輔は障壁にある仕込みをしている。
創造系に対する破壊系ように、変換系のみをピンポイントで無効化する系統で補強していた。
リミットスキルで補強されているのならば突破は可能であろうが、宗則の魔力つまりは他人の魔力を放つ程度ではどうにならない。
「嘘っ!?」
「完璧な奇襲だったよ。意味はないけどな。名付けて『還元』ってところか? これを知れた良い合宿になっただろう? 今度はもっと想定しておいてくれ。俺ももっと強くなるからさ」
「っ……約束、します!」
追い詰められたクラウディアが魔力を引っ込める。
純粋な白兵戦技能での攻撃に健輔は笑みを深くした。
健輔がクラウディアの能力を考察していたように、クラウディアも健輔の能力を考察していたのだろう。
一見すれば魔導に対して無敵に近い『天昇・万華鏡』だがいくつかの弱点がある。
大きなものは、系統の追加そのものが戦力の増加を意味しないことであろう。
つまるところ、近接戦闘に限るのならば注意されしてれば『原初』とそこまで戦力差はないのだ。
アレンとの戦いに苦戦したのもそれが理由であり、健輔がテクニック型に弱いのも結局のところ系統そのものが攻撃に向いている訳ではないというのが大きかった。
多様性に絡め取られるパワー型の方がやり易いのは生粋のキラー属性の成せる技であろう。
本来は優香も射程範囲に入っているのだが、初めての戦いでは能力の扱いやすさの差が出てしまった。
力の限りに暴れるだけで良い優香に対して、健輔の万華鏡はどう考えても難易度が高い。
そして双方のバトルスタイルの理解があの結果を生んだのだ。
翻って、クラウディアでは足りないモノが多過ぎる。
優香とは戦えても健輔にはまだ及ばない。
これもまた相性というものであった。
健輔としての改めて自分の得意分野を自覚できた貴重な戦い。
感謝の念と共にいつもの会心の一撃を叩き込む。
腰を落として、力を込めた拳は毎度のように完璧な角度でクラウディアの腹に向かって突き進んでいく。
健輔に想定外があったとすれば1つだけであろう。
『多重強化。純粋な筋力での一撃です』
「えっ……」
「え?」
気が利きすぎる魔導機のお節介によって剛腕と化す右腕。
止められない攻撃が完璧に放たれて、クラウディアは苦悶の表情を浮かべて沈むことになる。
直撃と同時にあまり聞いたことのない鈍い音が響いて、流石の健輔も顔を青くした。
「そ、その……すまん」
「こ、ここまでやらなくても……いいじゃない、ですか……」
「う、埋め合わせはする。うん、約束だ」
「絶対、ですよ……」
力強い言葉と視線。
試合中よりも恐ろしい鬼気を感じて健輔は激しく首を縦に振る。
ノーと言えば死ぬ。
比喩でもなんでもない感覚があった。
「お、恐ろしい敵だった。……陽炎、加減も覚えよう」
『マスター? 完璧な一撃だったと思うのですが……』
「ああ、うん。お前は俺の魔導機だよ。……どうしようか」
惚けた反応に自分との繋がりを感じて、妙な納得を覚える。
魔導機の更生について真剣に悩みつつも気持ちを切り替えて外を見る。
風の檻は健輔にはほとんど意味はないため、重要なのはどうやって出て何をするのかということであった。
「とりあえず、切り替えよう。……アレンさん、ちょっと残念な女神、クラウ、最後は……まあ、あの人だよな」
脳裏に浮かぶ幼馴染のお姉さん。
桜香との連携を試す相手としても最適であろう。
聞く人が聞けばキレるような感想を口にして、健輔は最後の相手を決める。
「いくか」
『破壊系でよろしいですか?』
「いや、変換系でいこう。安直な方法に慣れるのはそれはそれであまり鍛錬によくない」
『わかりました。あまり楽を覚えるのもよくないですからね』
決めたのならば後は駆け抜けるだけだった。
強大な1つの魔力とそれを押さえる2つの魔力。
何処からどうのように乱入するのが1番なのかを計算しながら健輔は風の中へと突入を開始するのだった。




