第149話『次を目指して』
数多ある戦場の中でも一際煌びやかな場所。
1番レベルが高い戦いが健輔とクラウディアたちならば1番ド派手な戦いは此処となる。
誰もが同意するであろう星屑の戦場。
飛び交う最大級の火力は他の魔導師たちの比ではない。
戦闘というよりも戦争しているかのような大火力。
魔導の歴史でも最上位の砲撃型が正面からお互いの武器を叩きつけ合う。
荒々しい叫びが響き、空を引き裂く。
絶大な魔力と共に天に描かれるのは巨大な魔導陣。
魔導師が数多いるといってもこのような手段で攻撃をする者は多くはない。
最大の知名度を誇る『魔女』は苛立ちと共に全魔力を解放した。
「鬱陶しいッ!! 引退した世代が出しゃばらないでよッ!」
「おろろ、そんなに邪険にされるのは真由美さん悲しいですよ。あんなに砲撃で競い合った仲なのに」
「うっさいッ! 私は、あなたと遊んでる程、暇じゃないの――!!」
空を覆う極光。
膨大な魔力はクレアの魔力量が桁外れだと言うことを教えてくれていた。
優香や桜香、つまりは3強の潜在スペックには及ばないが近い場所には存在している。
スペックだけで見れば、不利なのは受け止める側であろう。
「いやー、激情家だねぇ。うんで、砲撃も凄い。私なんか簡単にぶっちぎっている感じかなー。でもさぁ――」
呑気な声だが、瞳は真剣だった。
いつだって全力投球。手抜きなどそもそも存在していない彼女だからこそ、冷静に攻撃の規模を見極めている。
貫通性能を高めて、範囲も広い砲撃。
凡そ砲撃型の理想の一撃であろう。真由美からしても惚れ惚れとする錬度であった。
「――それだけだよね。核ミサイルがあるのと戦争に勝てるのかは別の話だよ、クレアちゃん。武器の取捨選択って大事だと私は思うな」
魔力を圧縮し、先端に集中させる。
パッと見では槍にも見える魔導機を構えて、天へと突き立てる準備を行う。
降り注ぐ光の雨は視界を奪い、真由美を大地へと叩き付けようとしている。
「ん、同感。デカいだけの魔力が良い訳じゃない」
「おっ、流石。私が撃ち負けただけのことはあるね」
クレアの攻撃を遮る黒い閃光。
破壊の一撃が一瞬であるが、クレアの攻撃を堰き止める。
生まれた好機。
見逃す真由美ではなかった。
「対策はしてるみたいだけど、まだまだ甘いよ」
魔導機に魔力を通して、先端に1点集中させる。
魔力で形成した先端を更に魔力で強化していく。
重なる密度は小さくとも圧倒的なレベルへと至っていた。
真由美は満面の笑みを浮かべて、
「古い古い。やり方が私たちの代のままだよ。それじゃあ、負けては上げられないかな」
魔導機を放り投げた。
クレアからすれば予想外の攻撃。
何をされたのかもわからずに顔を顰める。
そして、次の瞬間には焦り顔へと一気に変貌していた。
香奈子が止めた一撃と真由美の槍が触れ合った時、クレアの攻撃をすり抜けて真由美の槍が飛来してきたのだ。
いきなり過ぎる窮地にクレアが焦るのは無理もないことだった。
「ちょっ、ちょっと、待って!?」
障壁を展開するが、高密度の砲撃をすり抜けてきた槍がその程度で止まるはずもなく。
「きゃ、きゃああああああああああああ!?」
美しい一撃を見事に貰うことになるのだった。
「ん、お見事」
「ありがと。クレアちゃん、砲撃型だから物理攻撃はしないってちょっと頭固いよね」
「ん、同意。私たちも戦術は進化する」
「だよねー。環境が変わるんだから、柔軟にいかないと。火力全盛はもう終わってるのに、やり方が去年のままだと置いて行かれちゃうかもね」
冷静な論評は2人が新しい時代をしっかりと見据えている証拠だった。
健輔が弄り回した戦場であるが、此処だけには何も手を付けていない。
そんなことをせずとも既に必要な条件が揃っているのだ。
何もしないのも道理であろう。
クレア・オルブライトにとって超えないといけない壁は間違いなくこの場にいる者たちなのだ。
真由美にとっても過去の自分に近い存在――『星光の魔女』と対峙することには意味がある。
未来にいくためには真剣に過去を考える必要があった。
「しかし、あの子も頑丈だね。なんだかんだで防御したみたいだよ」
「魔女は中々に強か。あの子も素直だけど、とても優秀」
「あれで頭が後少しだけ柔らかかったら、間違いなくナンバー1の砲撃魔導師なんだけどね。まあ、クレアちゃんは頑固なところが可愛い部分でもあるからなんとも言えないけど」
根性で防いだのだろう。
女性がするには微妙な表情を浮かべてクレアは真由美を睨んでいた。
あれだけ完璧にカウンターをされたのに全然堪えていない辺りは健輔にも通ずる部分を感じる。
この負けず嫌いがあったらこそ、多少不器用でも大成したのだ。
長所と短所は表裏一体というのをよく体現している。
「はぁぁ、はぁ、はぁぁ……ど、どんなものよ!」
「ボロボロで言うセリフ?」
「ん、負け惜しみ」
「に、2対1で、生き残ったなら、私の方が勝ちよ。だって、残ってるもん!」
指を突き付けてくるクレアに2人は苦笑した。
本当はわかっているのに表では我慢する辺り、根本の素直さがよく出ている。
裏にある焦りを隠しながらもよくやっていると言えた。
「ま、頑張ってるところは褒めてあげよう。ただ、ここからが本番だよ。クレアちゃんも自分が頑張らないといけないのは自覚してるみたいだしね」
「っ……上から物を言うわね」
バックスからの最後の通信は健輔が手を加える直前。
あの段階で既にクレアたちの陣営は大きく疲弊していた。
非常に癪な話であるが、女帝が落ちてしまったのが士気にも大きな影響を与えている。
ただでさえ向こうには3強が揃っているのだ。
少しのミスが大きく歯車を狂わす。
不利な状況、敗北は見えてきている。
しかし、それでもまだ決定的ではないし、やれるだけの手段はあった。
そう、手段はあるのだ。
逆転に必要な大規模な火力、有無を言わせぬ貫通能力。
時間を掛ければクレアは全てを用意できる。
「……クソッ!!」
「悪態を吐いてるだけじゃ、現実は変わらないわよ?」
「わかってるわよ!! この、戦闘狂!」
「少しは落ち着いたかと思ったけど、相変わらず激情家だよねー」
相手の余裕のある態度に一気に沸点が上昇しそうになる。
舐めているのか、と飛び出しそうになった言葉を唇を噛み締めて堪えた。
自らの欠点は自覚している。
この熱さが武器になる時もあるが、今の状況においては完全に足を引っ張っていた。
リーダーになるには熱しやすい。
同時期にいた優秀な砲撃タイプの者たちと比べた際のクレアの弱点がそこであろう。
「れ、冷静にっ!!」
「いやいや、無理だって。クレアちゃんにそういうのは向いてないよー」
「ん、何処から見ても無理。あなたは熱血」
「ね、熱血って! 何を根拠にッ!」
怒鳴り返すクレアに真由美は面白そうに指摘した。
真由美の持論であるが、
「砲撃型、しかも大規模な打撃力を選ぶみたいな人がクールにやれる訳ないじゃない。全部吹き飛ばそうとしてるんだよ? どう考えても大雑把で、頭に血が上りやすいでしょ」
「はぁ!? だ、だったら、あなたたちもそうなの!?」
「うん、私はどう考えても熱血組だと思うよー」
「ん、私もそう。女帝も多分一緒」
「多分というか、ハンナもだね。あの子は自分との付き合い方が上手いからあれだけど、基本はどっちかという短気だよん」
理想のリーダーは落ち着いて、クールなものである。
クレアの中にある謎のリーダー像であるが、実態としては欧州最強のとある女性を彼女から見た場合のイメージだった。
フィーネ・アルムスターのように泰然とし、チームを纏め上げて上に立つ。
クレアが思い描いていたのはそういったリーダーだったのだ。
実際、フィーネのようにやれるのならば『魔女の晩餐会』も実力以上のものが発揮できるであろう。
問題があるすれば、たった1つだけ。
どう考えてもクレアに向いていないということだった。
「ま、参考にする人がいるのはいいけど、自分なりのビジョンも持っておこうね。クレアちゃん、折角優秀なのにいろいろと残念だからさ」
「ざ、残念ってなんですか!!」
砲撃と砲撃をぶつけ合う。
威力ではクレアに分があるのだが、総合力では真由美に劣っている。
アレンとの練習で近接戦に対する耐性は付けたのだが、健輔とも殴り合える真由美にはハッキリと言えば不足していた。
ハンナと真由美は共に砲撃型の完成系に近い。
完成系に近い彼女たちでも上位ランカーに収まっているからこそ、アリスはあえてスタイルを崩したのだ。
「ん、純粋にあなたの方が上」
「だと思うよ。アリスちゃんは気付いたみたいだけど、私たちのやり方をなぞっても3強には届かないだろうね。基本の設計部分が古いもの」
自分の未熟さというものを真由美は理解している。
追い抜かれることに思うところはあるが、それはそれと割り切れるゆえに彼女は強いのだ。
役割を果たすということにおいては未だに最上位の1人である。
健輔からしても遠距離での殴り合いなど御免蒙るし、桜香にしても変わりない。
1つの頂点にいるからこそ、真由美にはわかるのだ。
クレアは現在の環境で生き残るには足りていないものがある。
「賢いんだけど、残念な子だからね。見所もあるし、何とかしてあげたいところだよ」
「ん、あなたは良い人」
「人材コレクターだからね。イリーネちゃんとかもそうだけど、優秀なのに活躍できない、って言う子はなんとかしてあげたいじゃない。健ちゃんみたいに思いも寄らない方向にいたら楽しいしね」
本人も気付ていない、もしくは勝手に芽吹くだろうが磨き甲斐のある才能を真由美は好んでいる。
ヴァルキュリアにやってきたのも非常に磨き甲斐がある才能がそこにあったからだった。
手間の掛かる子ほど面白い。
健輔が練習試合だからと盛大に遊んでいるのも真由美が影響がないとは言えないだろう。
「さて、この戦いでどこまで伝えられるかな」
来る世界大会に向けて強敵は多ければ多いほどよい。
熱いクレアを熱いまま強くするにはそれなりに経験が必要であろう。
自分という存在が最適だと真由美は知っていた。
「じゃあ、香奈子さん、援護をお願いします」
「ん、任された」
砲撃型としてあまりにも隙のない2人。
純粋に彼女たちを暴力で上回らない限り、クレアは他者への支援に向かえず、突破するには頭を使うしかない。
しかし、根本が力押し思考の魔女には荷が重く、結果は真由美によって言いように翻弄されてしまっていた。
経験豊富な上位ランカー。
健輔が尊敬する魔導師として、格の差を存分を見せつけて、彼女は追い掛けてくる後輩を一蹴するのだった。
九条桜香は自らの限界を知らない。
練習によって強くなってきたのは事実なのだが、実際のところ桜香は強くなりたいと思うと勝手に強くなっていた。
昨年度の国内大会において、健輔に敗北するまでは本でも読み進めているような感覚で魔導に携わっていたのだ。
ページを進めるかのように、自然と強くなる。
言葉にすれば簡単だが、内容をよく考えてみればとんでもないことを言っているというのがよくわかる。
これこそが九条桜香の強さの証で、同時に弱さの根源だった。
強くなりたいと思っているが、自らの意思で強くなったことがない。
知らない、未知であることを実行するのは難しいことである。
仮に天才であろうとも、最初の1歩の難しさに差異はないのだ。
桜香の天才はこの世の臨界を超えているものではあるが、未だに生まれていないものに適応されるものではなかった。
――だからこそ、この少女に強くなるという感覚を教えられるのならば大変なことになる。
既存のものを組み合わせて新しいものを生み出す。
これもまた創造の行為であり、既に彼女が1度成し遂げていることであった。
「くっ!?」
「……なるほど、なるほど。剣とは、魔力とは、このように使うものなのですね」
紗希の糸を容易く両断する。
溢れんばかりの魔力が鳴りを潜めて、常に比べれば圧力は小さくなっていた。
外見だけ見れば劣化。
しかし、桜香がそんなことを知らないはずもない。
これは劣化にあらず、必要な力を必要なだけ配分する。
適している、という状況は怪物の強さを英傑の強さに整えてしまう。
「案の定……! 健輔くんッ!!」
「いや、怒られても……その、困ります」
「とんでもないことをしてくれますね!」
「健輔さんを責めないでください。私のためにやってくださっていることなんですよ」
「……風を総べる俺だが、この状況が混沌としているのはなんとなくわかるぞ、うん」
各々の主張が混じっているため混沌とする戦場。
後衛として桜香を援護する男は苦笑しつつ、非難の視線を向ける2人に説明をした。
九条桜香は最強の魔導師であるが、その強さはどちらかと言うと野性的に近い。
人の技も心も知っているのだが、肝心な部分にそういった要素が入っていないのだ。
天然で強いから天然のままになっている。
悪いとは言わないし、これはこれで個性なのだろうが、勿体ない部分もあった。
弱者の戦い方を身に付ける必要はないが知っていることに損はない。
敵を知り、己を知る。
桜香にその心得を物理的に叩き込むための方法を健輔は持っていた。
「レインボーモードがこういうのなんで許してくださいよ」
2人を繋ぐ魔力のライン。
かつてのシャドーモードは健輔の強化のためであったが、レインボーモードは両者のための力である。
端的に言えば、相手の魔力を自分の魔力を完全にシンクロさせることで力を一体化させるのがこの力の本質となっていた。
桜香の魔力を健輔の制御力で使える、逆もまた然りとなる。
つまりは、
「強化系、というのは面白いですね」
満面の笑みで、鬼畜なことを桜香がやり始めるこということである。
『不滅の太陽』のパワーで『天昇・万華鏡』の性質を扱う。
対峙する敵にとってはまさしく悪夢の具現である。
同時に、健輔の方からの攻撃も警戒しないといけない。
「統一系も面白いですよ。ただ振るうだけで武器になる」
『境界の白』が脅威の変幻自在さで統一系を扱う。
健輔を起点とした利点の融合。
七色の輝きは正しく魔導を総べる力となる。
こんなものに初見で相対させられた4人の顔は面白いことになっていた。
「アルメダさん!!」
「無理!!」
紗希の叫びに端的にアルメダが答える。
健輔だけの力には対抗できてても此処に桜香が加わると最悪となってしまう。
力が備わったテクニックとは、強いというのだ。
技しか持たないアルメダではどうしても力で押し切られる。
「さっきまで互角だったんだ。こうなるのが道理だと思うんですけど」
「あなたに正論を言われると非常に腹が立つわね……!」
健輔の涼しい顔にアルメダは青筋を浮かべる。
紗希との連携に不足はないが、もはやそれでどうにか出来る状況は過ぎていた。
能力すらも含めた連携。
健輔が明確に今までの魔導師とは違うレベルを想定しているのが窺える。
万能。
この言葉をその身で体現する男は、先を常に見据えている。
桜香という最高の片割れで来るべき本番へのテストをしているのだ。
想定はしていたが、ここまであっさりと使いこなせているのは相方が桜香だからである。
総合力における究極の天才。
優香とやった時はお互いに制御できずに自爆していた。
内心で暴発の心配をしていたのだが、即席の相棒のヤバさを甘く見ていたようである。
余裕の表情の下に歓喜を隠して、健輔は次なる期待へと視線を向けた。
「さて、どうするよ。昔のままの連携じゃ、俺には勝てんよ」
「私にとっても非常に新鮮な戦いですね。まだまだ学ぶことは多いようで、少しだけ安心しました。ありがとうございます、健輔さん」
「あなた1人だけなら、次は勝てる。だから、しっかりとしてくださいよ」
「はい、お約束します」
並び立つ両雄。
新しいステージに昇る魔導の競技。
既に戦いの火蓋は落とされているのだ。
自分が強くなることなど当たり前であり次をどうするのか。
全ての魔導師が『次』への展望を問われている。
先達として、後輩からの問いに紗希をアルメダが表情を硬くし、同輩としてクラウディアは力強く睨み返す。
去年が個としての頂点を極めた者たちによる宴だったのならば、今年は群として超越する宴でなければならない。
同じことをするつもりはない――頂点に近い者からの挑発を受けて、全員が表情を引き締める。
「――さあ、魅せてくれ。そして、技を競おうじゃないか」
強者の自覚を胸に、健輔は宣誓する。
この時、彼は自らの強さを初めて認めた。
弱いと言い聞かせてきた少年は、恩師からの卒業と共に強さを示す。
新時代の魔導の息吹。
新しい時代の戦いが、本当の意味で始まったのだった。




