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第14話『歓迎』

 美咲の魔力がフィーネと優香を包むように術式を展開する。

 空間転移、及び通常の移動ですらも封じる空間の防壁。

 立方体に区切られた空間は彼女たちを包む檻となり脱出不能となっている。

 時間制限があるフィーネの身では致命傷に等しい一撃だった。

 これがただ術式を展開されただけならばまだ問題はないのだ。

 如何なる術式であろうが突破する方法はあり、最も簡単なやり方は力押しだろう。

 ましてや捕らえられたのはフィーネ・アルムスター。

 彼女を超える魔導師などほぼ存在していないのだから、本来ならば慌てる必要すらもない。

 そう、この術式にある能力が使われてさえいなければ問題はなかったのだ。


「リミットスキル……! それに、固定系とは、私も流石に想定が抜けていましたよ」


 声を聞いているであろう美咲に向かって、見事な作戦だと伝える。

 展開されている空間の檻は本来ならばフィーネが本気を出せば破壊出来るものでしかない。

 空間封鎖であろうが力技で突破が可能なのは彼女と同格である桜香が既に示していることだった。

 しかし、ここにリミットスキルが絡むことで事態は異なる方向へと流れてしまう。


「『事象再生』! 流石に、これをどうにかするには流動系が必要となりますか!」

「――私がいることも忘れないでください。もう、あなたには何もさせません!」

「ッ……! あなたを一緒に閉じ込めたのは、そういう理由ですか!」


 固定系のリミットスキル『事象再生(イベント・リジェネレート)』。

 術式の大量ストックなどで用いられる固定系だが、その性質を最大限に発揮したリミットスキルの中でも極めて強力なものの1つである。

 能力は単純明快、指定した術式を『再生』し続けるのだ。

 これには魔力の有無すらも問わないし、破壊系でも破壊することは出来ない。

 扱う術者の力量にもよるが、1つの術式を『事象』へと昇華して本人の意思で取りやめるか、流動系のリミットスキルを受けるまではいつまでも展開することが出来るある種の永久機関を生み出す能力である。

 魔導の発展を導いた礎たる能力であり、ある意味でリミットスキルの代名詞たる『空間展開』を超える能力だった。


「……これは、困りましたね」

 

 フィーネの額に僅かに汗が浮かぶ。

 拘束系の術式をリミットスキルで強化して展開、中には優香を残せば脱出は困難になる。

 おまけにこの場所は美咲が生み出した檻なのだ。

 地の利すらも向こうにあり、フィーネは敵を倒すことが出来ない。

 ダメージを受けないため、優香を無視してしまえば脱出に専念は出来るのだが、それをやらせてくれるほど目の前の少女が甘くないことはわかっていた。

 

「致命的な隙を見せて、どうにか出来る程の差は流石にないですね」

「美咲が作ってくれたチャンスです。私も無駄にはしません」


 優香が剣を構え直し、不退転の意思を見せる。

 フィーネは自分の失態に少しだけ笑い、


「健輔さんとあなたに集中しすぎた。私もまだまだ未熟ですか」


 この状況に絡め取られてしまった時点で勝負は付いたのだ。

 フィーネが試合を決めるには決定的に時間が足りない。

 残りは1分。

 最後に暴れるにも優香が相手では道連れも相応に難易度が高い。

 美咲の掌の上にいる以上、ルールの穴を突くような余裕はないだろう。

 初見、さらには健輔が珍しく無警戒に来てくれたらからこそ最高の形で罠が使えたのだ。

 2度目の奇跡を期待するのは流石に虫が良すぎる。


「それでも――!」

「来ますかッ!」


 銀の輝きを強くし、フィーネは突撃を敢行する。

 ここで優香を落としておかないと新入生たちにチャンスがないことを正確には理解していた。

 美咲が『事象再生』を使えるということの意味を正しく理解できるのはフィーネしかいないのだ。

 1年生が無知、という訳ではなくまだバックスの怖さというものを理解していない以上、どうしようもないことだった。

 経験が足りない1年生たちでは望むべくもないだろう。


「やれるだけはやらせていただきますよ!」

「流石です! 女神、フィーネ・アルムスターッ!」


 虹と銀がぶつかり合う。

 1分間の短い激突だったが、両者がその時に尽くせるものを尽くした戦いだった。

 時間切れと同時にフィーネは戦場から弾かれて、後には消耗した優香が残る。

 ライフは残り1割まで削られるほどの大きな消耗。

 それでも偉大な女神相手に1人の犠牲で勝利したのは事実だった。

 戦いは最後の局面へと移る。

 新入生たちの意地と、2年生たちの積み重ねたもの。

 両者が1歩も引かぬ戦いは最後の激突へと向かうのだった。






 自分に対して、今まで生きてきた中で怒ったことなどあっただろうか。

 自問しながら、桐嶋朔夜は戦場でなんとか役割を果たしていた。


「な、何よ……。これは! どうして、私が負けてるのよっ」


 健輔がいるかのように再生される光景は美咲の手によるものだった。

 『事象再生』は残存魔力から遡って、味方の攻撃を再現することも出来る。

 実力のあるバックスが全てを解禁される、ということの意味を朔夜では理解出来ていないのだ。

 本来ならば、こういった事を防ぐべき味方のバックスが何も出来ていない。

 戦場を支配する美咲の掌の上で朔夜は遊ばれている。

 健輔と戦っていたからこそわかるが、美咲が生み出した絨毯砲撃は威力などは本人と同じだがテクニックでは劣っていた。

 質の劣化を数で補う戦術を前に、朔夜の努力は容易く踏み躙られる。

 己の惨めさに涙が滲んだ時、朔夜の中で何かに火が付いた。

 

「――いいえ、違う! 私は、まだ負けていない。そもそも、ちゃんと戦いの舞台に立っていない!」


 浮かれていた、と言われれば否定は出来ない。

 今の朔夜にはその程度の自覚はあった。

 健輔にボロ負けした結果、苛立ってしまう。

 確かに敗北は辛いものであるし、苛立つのは道理だがその発生源がわからなかったのはおかしかった。

 本当はずっと前に気付いていたのだ。

 朔夜に才能があり努力を重ねているのは事実だが、それだけで勝てるほどに世界は甘くない。

 小さな世界、小さな認識の範囲でならば朔夜は変わらずに天才であれたのだろう。

 その箱庭から自分で出た時から、この結末は必然だった。


「こんな当たり前を自覚すらしていなかった! 自分のバカさ加減が嫌になる!」


 一頻り胸に溜まったものを吐き出す。

 挫折は経験した、自分の足りない部分も自覚した。

 ならば――、


「私は、私を超える。この程度で、私が終わる訳がないッ!」


 ――後は前に進むだけである。

 朔夜に自覚など欠片もないだろうが、その在り方はクォークオブフェイトに良く似合っていた。

 膝を折っても構わない、代わりにもう1度立ち上がれ。

 健輔を筆頭にこのチームの在り方はそのようなものだと決まっていた。

 優香を含めて、それこそ新しく入ったメンバーを含めてもこのチームに挫折を知らないものなどいない。

 桜香のように最終的になんとかしてしまう者たちとは決定的に異なっているのだ。

 ここは負けられないと歯を食いしばる普通の者たちが集まるチーム。

 自分は凄いと理屈なく思っていた少女は死に、ここに新しく不屈の少女が誕生した。

 

「だから、まずはあなたを倒す!」


 姿は見えないが確かに力を感じる相手に高らかに宣戦を布告する。

 感じる魔力は最高潮、振り切った少女は2色の魔力光を一切の遠慮なく魔導機に注ぎ込む。

 美咲の小細工とも言える『事象再生』を力尽くで粉砕しようとしているのだ。

 

「唸れ――『スターストリーム』!」


 2色の魔力が混じり合うように螺旋構造を作る。

 放たれた光はドリルのように空間を突き抜けていく。

 目標は1つ、高島圭吾。

 美咲による防護が意味をなさないくらいに圧倒的な力で敵を蹴散らす。

 これこそが、朔夜の選んだ選択である。


「これで、終わりだああああああッ!」


 一瞬で空を駆ける光に狂いはなく、彼女の思う通りに進めば結末は朔夜たちの勝利で終わったのであろう。

 

「知ってるかしら? 人間が1番油断する瞬間を。それはね――勝利を確信した時よ」

「え……!?」


 耳元で声が聞こえ、慌てて周囲を見渡す。

 当然ながら人影など微塵も存在していない。


「ど、どこから!」


 己の放った攻撃の行方も、ましてや圭吾の生存すらも忘却して朔夜は1人で周囲を見渡す。

 棒立ちの自分が相手から見た時にどのように思うかなど、考えもしていない。

 未だに狩人として未熟。

 誰よりも後ろから試合を見てきた彼女の前では裸の王様に等しい。

 彼女が俯瞰した戦場は、皇帝が制し、太陽が輝き、女神が舞い、女帝が笑う場所だったのだ。

 タイミングよく悟った程度で彼我の溝は生まらない。

 健輔という輝きに隠れていたエースキラー。

 バックスというもう1つの万能が戦場で牙を剥く。


「リミットスキル再始動――術式選択『ヴァルハラ』!」


 戦場に残存しているフィーネの魔力を集めて、疑似的に楽園を再構成する。

 リミットスキルと美咲の精緻な術式制御力を組み合わせた技術によるオンリーワン。

 不死鳥の如く彼女は敵と味方の技を蘇らせる。

 バックスにおいてならば桜香を凌駕しかねない才能、その一端が存分に発揮されていた。


「――あなたにも、言いたいことはあると思うわ。でもね、それは私も同じよ」


 挫折を経験したのが朔夜だけはでないように、決意をしているのも朔夜だけではない。

 去年は戦場に残っていながら、健輔のために出来ることがなかった。

 桜香に敗れ、地に堕ちる彼を最も悔しい気持ちで見つめたのは、他ならぬ彼女である。

 自分も戦えたのならば、それが出来なくとも健輔のために何かが出来たのならば、あの結末には至らなかったかもしれない。

 必要な時に必要な力を発揮出来なかったことを彼女は未練として抱えている。


「もしも、あるいは、こんなの言葉遊びよ。私がいても、きっと太陽はどうにも出来なかった。でも――」


 朔夜の前にヴァルハラと虹の魔力を集める。

 ある意味で桜香とフィーネの合わせ技。

 禁断の術式で美咲は不屈の少女に再び現実を叩き付けるのだ。

 先輩を舐めるな、という気持ちと共に渾身の魔力を解放する。


「――だからこそ、次はないのよ。立ち上がったくらいで、私が諦めると思うなッ!」


 1年で強くなったのは優香と健輔だけではない。

 美咲もまた、チームを背負うに相応しい魔導師に至っている。


「術式解放『グングニール』!」


 残ったヴァルハラの残滓を槍の型に当て嵌めて、中には優香が発した桜香の魔力を詰め込む。

 固定された事象は再生され続けて、威力を減衰することのない無敵の槍として誕生した。


「これで、終わりよッ!」

「くっ、まだッ!!」


 朔夜の前で生まれた神槍は神々しいまでの輝きと共に進軍する。

 咄嗟に迎撃を試みた朔夜だったが、彼女はそこでもう1つ信じられない光景を見ることになる。

 迎撃のために砲撃を放ち、距離を取ろうとした時にそれは起きた。

 

「私は、伊達でこんな名前は付けてないわよ」

「あっ――」


 美咲が浮かべる不敵な笑みと共に朔夜の前に現実は示される。

 朔夜を追いかけていた槍が、まるで自分の意思を持つかのように軌道を変えたのだ。

 ジグザグに出鱈目に描かれる軌跡は明らかに誰かによって意思を持って操られている。

 誰が原因かなど、言うまでもないだろう。


「ちょっと容赦のない感じになったけど……」


 迫る神槍に朔夜が出来る事は何もなく。


「これもチームの仕来りみたいなものなのよ。これから、よろしくね」


 遥か後方から風にのせて声を届けていた美咲は穏やかに微笑み、


「じゃあ、今日はこれでおしまいよ。――これから、あなたたちは強くなりなさい。私たちがそうしているように」

「っ、ご指導……ありがとうございましたっ!」

「ええ、あなたも素晴らしい闘志だった」


 後輩の精いっぱいの強がりに微笑みを浮かべて、美咲はゆっくりと朔夜を再度の敗北へと運んでいくのだった。






 朔夜が撃墜される、ということはある少女の目覚めを意味している。

 新入生の中で最もメンタルが安定しておらず、同時にある意味ではメンタル面で飛び抜けている存在と言えば彼女になるだろう。

 親友の無念を感じて、彼女――川田栞里はもはや怒りを表すことすらなく静かにキレた。

 身体を拘束する糸を身体が傷つくのも気にせずに剥ぎ取って前進を開始する。


『お、おい! 待て!』 


 先ほどまでは大人しく指示を聞いていた嘉人の声も今は届かない。

 新入生の中で1番の格闘センスを持つ彼女である。

 思考が戦闘の一色に染まってしまえば、栞里の身体は勝手に動く。

 格闘戦のお手本のような手堅い動き、最少の動きで敵の攻撃を躱して、懐に入って穿つ。

 センスや持ち得る才において、圭吾では栞里と比較にもならない。


「随分と怒っているね。けれど、攻撃は鋭い。なるほど、君はそういうタイプの人間なのか」

「――――!」

 

 声を上げることもなく強化された肉体は休みなく連続で攻撃をしている。

 しかし、その全てが圭吾に掠ることもない。

 栞里は生粋の前衛魔導師である。

 単純な適性で言えば葵も超えるかもしれないほどに彼女の周囲には自然と武道というものが存在していた。

 染み付いた動作は何も彼女を裏切ってはいない。

 激昂した精神状態でも、いや、だからこそ判断に狂いはなかった。

 

「どうして届かないのか。単純な話さ。魔導においては別に武道は必須のものではないからね。剣を振るったりはしているけど、剣道の有段者なんかほとんどいない」


 圭吾が語るのは魔導の原則である。

 自分を強く信じるものが強くなるのが魔導師というものなのだ。

 身体に染み付いたものは裏切らずとも、それだけに頼っているようでは意味がないと圭吾は語りかけているのだ。

 朔夜も、嘉人も、ササラも、そして海斗も新入生でありながら自分の在り方というのがある程度は決まっている。

 己の器を見切った海斗の決断はそれはそれで強いものだし、嘉人のように普通なりにやれることを探すのもよいことだろう。

 ササラや朔夜のように強く自己の歩みを信じるのも道である。


「わかるかい? 魔導はね、何よりも自分、というのが大切なのさ。なのに君は自己を失わないと本気を出せないだろう? それじゃあ、僕には勝てないよ」


 高島圭吾もまた、歴戦の魔導師である。

 武道の経験などは欠片もないが、魔導師としてはかなりの腕なのだ。

 武道を下地にするのは何も問題ないが、何かプラスとなるものが必要になる。


「君もゆっくりと考えるんだね。友達というのは、時には喧嘩もするからいいんだよ。ずっと笑顔で仲良しこよしは少し寂しいじゃないか」

 

 無言のまま攻めてくる栞里に圭吾は笑顔で語りかける。

 彼の戦い方、彼の魔導師としての在り方は既に栞里に刻んでいるのだ。

 今から何かをする必要はない。

 彼女を1度捕まえた段階で、彼の勝利は揺るぎないものへと変わっていた。

 異変は直ぐに起き始める。

 空気を切り裂いて栞里が突きを繰り出した瞬間にそれは起こった。


「っ、痛い!? どう、して……」

 

 魔導で保護された肉体に生身の如く、空気を切り裂いた故の痛みが走る。

 原因不明の激痛で栞里の渾身の一撃は年齢相応の少女へと戻ってしまう。

 

「な、なんで、魔導を使ってるのに、私……怪我してるの? ううん、どこも怪我はしていない。だったら、どうして?」


 魔導戦闘中には原則として怪我はしないようになっている。

 防護結界の内部ではあらゆるダメージをライフダメージに変換するようになっているからだ。

 技術に対する信頼性は抜群だろう。

 全力での命のやり取りを死者なく取り仕切るために、この設備だけは他の部分とは比べられないほどに力が入っている。

 痛みに対する防御もかなり気合を入れているため、大規模な魔力攻撃でも受けない限りそれらがエミュレートされることはない。

 では、彼女が感じている痛みの正体は何なのか。


「ま、魔力干渉……!? で、でも」


 糸は栞里の身体には付いていない。

 しかし、確かな痛みと共に圭吾の魔力が栞里の身体に流れていた。


「正解だよ。種を明かしをすると、あの時君に接触させた糸は空間展開で作ったものなんだ」


 圭吾の魔力で作った空間を接触させることで距離を無視した干渉を行う。

 いろいろと手間は掛かるが栞里のように完全に接触した上で、1度は封じるレベルまでいければやれることは格段に増える。

 

「これが、僕の戦い方。僕という魔導師の在り方だよ。自分の魔力とスタイルなら簡単に切断できると思ったかい? そもそも僕はそういうタイプを嵌める魔導師さ」


 高島圭吾が目指す果てを超えるために選択した力。

 1年間積み重ねたモノが解き放たれる。


「っあぁぁ!」

「あれだけ僕の魔力に接触すれば、魔力回路への干渉もそれなりに可能だからね。悪いけど、このまま落とさせてもらうよ」

「ク……な、舐めるなああああああッ!」


 幼い容貌からは考えられない絶叫を上げて栞里が拘束を振り切ろうと全身に力を入れる。

 圭吾の顔には苦笑が浮かぶ。

 朔夜もそうだが、今年の新入生は皆が皆、気合が入っていた。

 凡人を自負する圭吾には中々に眩しい者ばかりである。

 それでも先輩として成すべきことを成すために圭吾は顔を引き締めた、

 栞里に対して終わりを告げるという役目が残っている。


「悪いけど、根性でなんとかされるような柔なものではないよ。さあ、終わりにしようか」


 圭吾の冷たい声が周囲に響く。

 ――彼女の親友がそうであったように、栞里もまた現実という理不尽の前に膝を屈しようとしていた。

 

「経験として覚えておくといいよ。僕のような魔導師は特定条件では極めて強い。健輔のようにどんな戦場でも戦えるのも強さの証だけど、一定の条件下で強いというのもそれはそれで怖いものだよ」


 内部の魔力を掻き乱される気持ち悪さに栞里は嘔吐感を覚える。

 圭吾の言葉は右から左へと抜けていき、平衡感覚を失っていくと共に栞里は静かに意識を手放した。

 同時に栞里の魔力は暴発させられてしまい、彼女のライフは0となる。

 意識を失いフィールド外に転送される後輩。

 そんな栞里を見た圭吾は再度表情を崩して、


「我ながらなんとも陰険な手法だよ。もう少しスマートにいきたいものだね」


 と自嘲の言葉を発した。

 直ぐに意味のない言葉だと首を振って、最後の相手に意識を向ける。

 勇ましい乙女たちは全てが落ちてしまい、最後に残ったのは彼と近しい雰囲気を感じさせる男性たちだけになってしまう。


「さて、聞こえていると思うから単刀直入に言おうか。――降参するんだ。嘉人君、君はわかっていると思うけど、絶対に勝てないよ」

『……まだ、こっちは諦めてないんですけど』


 相手の声を聞いて健輔が気に入った理由を悟る。

 絶対的に不利な状況、何をどうしたところで逆転の芽はない。

 嘉人に戦闘能力はないのだから、それは仕方がないことなのだ。

 会話は聞こえているであろう海斗にも同様に出来る事は何もない。


「立派だよ。君は本当に今も勝ちの算段をしている。だから、あえて言っているんだよ。ここで負けるのはまだいいけどさ。――ハッキリ言うとそれには得るものがないんだよ」

『……っ』

「これは練習だ。これで、意味はわかってくれるかな」


 練習でも何が何でも勝とうとする姿勢は問題ない。

 問題ないのだが、それだけでもダメなのだ。

 何より嘉人は我武者羅になるのが遅すぎた。

 圭吾は言外にそのことを指摘し、反省を促しているのだ。


『わかり、ました。……降伏します』

「英断だよ。――戦えない、その苦さもしっかりと覚えておくといいよ。誰かと協力する前提も悪くはないけど、まずは自分を鍛えるようにした方がいい」

『っ……はいっ』


 ここで交流戦は幕を閉じる。

 練習だからこそ全力でも見極めなければならないことがあるのだ。

 戦わずに負ける、玉砕のチャンスすらも取り上げられる惨めさに嘉人は涙を流す。

 戦場で何も出来なかった悔しさに海斗もまた顔を伏せる。

 少女たちは現実を叩き込まれて、男たちは苦さを覚えさせられた。

 そんな後輩たちに圭吾は薄く笑い、


「その苦さを飲み干せたら、男としては一人前の魔導師だよ。――歓迎しよう、ようこそ天祥学園へ」


 かつて貰ったことのある言葉を彼らに送るのだった。

 季節は巡り、出会いの春から立志の春へと向かう。

 熱い夏を万全に迎えるために全員が準備を始める。

 まだ戦いの幕は上がってすらもいない。

 それでも時間は進み、何れは激突の瞬間が訪れるのだ。

 ――これを以って、歓迎会は終わりクォークオブフェイトの再出発が加速を始める。

 目指すは頂点、誰もが勝利を目指して駆け出すのだった。


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