第148話『隠せない課題』
健輔たちが最後の戦いに移る中、他の戦線でも次々と決着が付いていこうとしていた。
各々の課題を想像して健輔が振り分けた決戦場。
最後の戦いに相応しい組み合わせの中で、1番過酷な戦場は何処かと言われれば間違いなくこの場所だった。
九条優香と正面からの1対1。
常に誰かの後ろから戦場を俯瞰していた彼にとって既に状況自体が死地となっている。
持てる全てで決死の抵抗を、というのは言うのは容易いが実際にやるのは難しい。
明確に自分よりも強い生き物から逃げる。
しかも不意の遭遇なのだ。彼――ジョシュア・アンダーソンにとって九条優香とは素手で出会った熊に等しい脅威だった。
「ははははっ! これは――笑うしかないねッ!!」
常に薄ら笑いを浮かべていた顔に心底楽しそうな笑みを浮かべている。
楽しい、というよりも自棄に近いのだが、非常に珍しいことにテンションだけは高かった。
健輔からのお節介。
無理矢理送られたプレゼントに心底楽しそうな笑みを浮かべている。
「佐藤健輔……クリスを倒した相手として忘れたことはなかったけど、今度は別の意味で忘れないよ。ああ、絶対に、絶対にだ」
対峙するのは蒼き輝き。
力における極点。溢れ出る魔力がそれだけでジョシュアに致命傷を与える。
ある意味では非常に懐かしい光景だった。
彼が親友と呼んだ男もこの手の理不尽を極めた存在だったのだ。
誰よりも傍でサポートしたからこそ、見誤るなどあり得ない。
九条優香は皇帝と同じ領域にいける才能がある。
「姉の影に隠れて、ここまで来たのかい? 怖い怖い。可愛い顔をして中々に強かだよ」
「口だけは達者ですね。王者の影にいないと何も出来ない臆病者。皇帝に寄生して栄光を味わっていただけの小物に相応しいスキルです」
「あらら、辛辣なことだ。姉、という単語が禁句かい? いや、言われるのはいいけど、僕みたいなタイプは御免だ、ということかな」
返事とばかりに魔力斬撃が宙を舞う。
連続して放たれる刃を、ジョシュアは別の空間に飛ばすことで対処する。
平然とやっているが、この防御方法は難易度が高い。
優香クラスの魔力相手にやるには躊躇して然るべきであるが、忘れてはならない。
彼は世界最強のバックスと呼ばれた男。
圧倒的な計算性能。
かつては数百人、数千人にもなる軍団を1人で個別に制御していたのだ。
倒すというのならばともかくとして、凌ぐことに関しては無理なく行える。
「いやはや」
苦笑するのは読み取れるスペックの差のせいであろうか。
強い魔導師は見慣れているが、ここまで振り切れている魔導師は非常に珍しい。
バックスであり、強者を知るジョシュアだからこそ耐えられている。
他の者では圧力に耐えることが出来ず、圧殺されているだろう。
これに抗えるのは同格、もしくは格上と戦う術を知っているものだけである。
戦場に残っている者でその資格を満たす者はそこまで多くない。
「しかし、パワー型で良かったよ。クリスで見慣れているから、まだ対処がし易い」
転移を用いた回避、及びカウンター。
圧倒的な計算能力による行動予測。
そして、強敵と対峙した際の豊富な経験量。
ジョシュア・アンダーソンは決して強くはないが、厄介な魔導師である。
戦っている優香もその事を感じていた。
「攻撃が当たらないっ」
「ま、当然だよね。1発当てれば終わらせれる。だったら、当たらないようにするしかないだろう? バックスというのはそういうポジションだよ。君みたいなパワー型というのは、結構カモになりやすい」
仮に同じくパワーに寄っていても器用な桜香が相手ならばジョシュアも瞬殺だった。
幸いなのは優香がまだまだ力に振り回されることだった。
どれほど力があり、才能に優れていても強さになっていない状態ではこの男には通用しない。
「君の相方はその点は優秀だね。しっかりと君の弱点も見抜いている訳だ」
「――では、あなたを超えて克服させてもらう!!」
「いやいや、自分に振り回されているようじゃあ、ダメだよ」
「振り回されているか、これで判断してみなさいッ!」
優香が魔力をブーストさせて、ジョシュアの懐に入ろうと速度を上げる。
噴き出す圧倒的な力の奔流。
食い止められない暴力の具現を見て、ジョシュアは呆れたように溜息を吐いた。
「振り回されているね。力があるから力押し。ダメダメだよ。才能に使われているようじゃあ、2流にしかなれないかな」
距離にして後1歩。
振り下ろした剣が何かにぶつかって、跳ね返される。
「なっ――!?」
渾身の一撃を放とうとしたところでのこの現象。
敵を前にして、体が泳いだ状態を見せる。
いくらバックスであろうとも見逃すような隙ではない。
「隙あり――てね? 魔導師も物理法則には縛られる。剣を振るう方向がわかっているなら、同じだけの力を逆方向に掛けるのは結構簡単だよ」
「壁に当たった力を反射した!?」
「正解。流石の理解力だね。君は優秀だ」
笑いながら別の空間に転送しておいた優香の斬撃を本人へと返しておく。
空間から空間へのカウンターは立夏も使用した技であるが、彼女よりもジョシュアの方がより洗練されている。
バックスとして最高峰の技能があるからこその技。
もっとも、空間系の術式には自信があるからこそ健輔の悪戯は中々に驚かされた。
「僕は君には勝てない。勝てないが、抑えるのは出来る。こういう時にどうするのか。君のエースとしての強さが試されているよ」
そして、ジョシュアは己を能力で上回る相手にどのように立ち回るのかを求められている。
凌ぐことは出来ているが、時間の問題でもあるのだ。
空間系の技を警戒するのならば接近を選ぶ。
今は上手く対応したが、何度も出来る技ではない。
生み出した空気の壁に叩き付けられた力を反射した。
言葉にすればそれだけであるし、そういう手段もある、と弁えられてしまえば最後は力で突破される。
先ほどの方法も壁で受け止められる、という前提が必要な以上はどうしても力での破壊を警戒しないといけない。
「お互いにこういう相手にも対処する必要があるだろう。……余計なお節介だけど、受け取っておこうか。僕も去年までとは立場が違うしね」
待ち受ける王者の一員ではなく、攻める挑戦者の一員なのだ。
受け身ではかなりの技を持つが、攻めとなると途端に効率が悪くなる。
相手の技をカウンター、と言っても自らに相応の戦闘力がないと警戒もしてくれない。
現に完璧なカウンターを決めたはずの優香はほぼ無傷でこちらを見据えていた。
高い魔力はそのままタフさにも繋がっている。
相手の力を流用した程度では倒せない。元々は自分の魔力であるために減衰も容易だからである。
「勉強になります。あなたのようなタイプはこちらでは健輔さんだけですから」
「クォークオブフェイトではそうだろうね。環境の上位、君のようなランカーになるのは普通に強い魔導師だ。あまり見ないのも仕方がないことだよ」
強さが表面に現れないのがキラーの特徴である。
エースを狩る柔軟さ。
剛を制する柔らかさがあるからこそ、彼らはキラーと呼ばれるのだ。
健輔のように新星が登場するのが1番多いのもこのポジションであろう。
今年のルールではバックスから予期せぬ強敵が出てくる可能性が高いのはこのキラーの特性も影響していた。
「君クラスの存在でも、やってやれないことはない。勝つことと生き残ることは意味が違うからね。時間を掛けさせて貰うよ」
「健輔さんの配慮を無駄にするつもりはありません。あなたのようなタイプにも私は勝つ必要がある」
溢れる魔力を意識して抑える。
冷静かつ慎重に『ゲームマスター』と呼ばれた相手を観察していた。
状況を組み上げ、己の優位を構築する力は並みではない。
現にこの段階までジョシュアの固有戦法と呼ぶべきものが出ていないのだ。
汎用的な戦法でも使い方次第では優香を封じられる。
教訓とするのには最適な相手であろう。
王道とは陳腐であるがゆえに王道なのだ。
奇抜な才能だけが強さの証ではない。エースとして成長するにはこの手の相手への強みは絶対に必要となる。
「今の私で、どこまでやれるか」
才能の開花と引き換えに積み上げてきたバトルスタイルの過半が不適合を起こしている。
シンプル過ぎる戦い方はそれ故に強く、同時に脆かった。
技というこれから自分が立ち向かう分野における1つの頂点。
相手の強さに敬意を表して、九条優香は前に進む。
この想いだけは譲れないと強く信じて、空を舞うのだった。
優香が技に苦しめられているのと同刻。
彼女とは逆に圧倒的な力に苦しめられるものがいた。
纏う魔力は『黄金』。
質における頂点へと一瞬で切り替えた最強の魔導師。
対峙する彼にとっては絶対に超えないといけない険しすぎる壁。
『皇帝』クリストファー・ビアスと『理の皇子』アレクシス・バーンの正面対決は前者の圧倒的な優勢に終始していた。
「ウオオオおおおおおおおおおおおおッ!!」
鍛え上げた技は確かに上位ランカーに届く。
総合的な優秀さにおいて、アレクシスは今代の3位ランカーとしてはそれなりに整えてきている。
アレンから鍛えられた『技』。
彼に備わっていた元々の『力』。
複数の陣営で入り乱れる広域のフィールドを覆う空間展開は彼に力を授けており、身体能力、魔力においてはこの戦場の中でも五指に入る高さを誇っていた。
総合力においては確かに優秀で、固有能力によって術式を無効化も出来る。
欠点を列挙する方が難しいだけの力はあるのだ。
しかし、彼の2つ名は『皇子』。
かつては『皇太子』とも言われた存在で、だからこそ必ず比較対象はこの男になる。
「気迫は十分だが、それだけだ」
拳が魔力を砕く。固有能力を魔力が砕く。
歩みが意思を砕く。技を力が砕く。
何をやっても通用しない絶望感。
小細工など不要とばかりに王者は真っ直ぐに向かってくる。
積み重ねられた技の研鑽――そんなものは知らない、正面から粉砕する。
特殊な固有能力――能力の種類に興味なし、ただ前に進む。
迸る黄金は格下の意図など力で踏み躙る。
むしろ、皇帝を相手にして5分は生き残ったことが奇跡に近い。
正面からの対決で5分も渡り合えるのは3強に届く者のみである。
順当に強くなったアレクシスは上位ランカーとしては完成に近づいていた。
同時にただ、それだけでもあったが。
「見所はある。しかし、なんとも残念な男だ。『境界』のように闘志に寄らず、『太陽』のように才能にも寄り切れていない」
淡々と王者は語る。
アレクシスは優れていた。
優れていたからこそ、この領域に留まるのだ。
「中途半端に完成度が高い。纏まりに過ぎている。だからこそ、自分の強みも見出せんのだよ」
「っ、まだだッ!! 俺は、まだ――」
「負けていない、か? そんな事を口にしないといけない時点で心が負けている」
「ガハッ?!」
一瞬で距離を詰めて、ガードの上からクリストファーが殴り飛ばす。
幾度目かになるのかもわからない光景。
5分戦えたのが奇跡と言ったのも、これがあるからである。
アレクシスも根本の部分は能力でのゴリ押しがあり、性格的にはパワー型なのだ。
問題は彼の特性が万能に近いということである。
やれることが多いが、そのほとんどを使いこなせていない。
龍輝が引っ掛かった問題と同じところで躓いている。
仕方がないと言えば仕方ない部分もあるのだ。
こう言った能力の使い方は本来は経験で学習する分野である。何処かの誰かのように勘だけで使える奴の方が少数派なのであった。
「ふむ……」
殴り飛ばされて体勢が崩れたアレクシス。
本来は絶望的なまでに開いている格差。
5分耐えた奇跡も本来はこれで終わるはずであろう。そう、戦えた奇跡を補強した存在がいなければそうなっていた。
「蛇か。話には聞いていたが……」
アレクシスを追撃するタイミングでの奇襲。
無数の蛇が王者へと降り注ぐ。
これのせいでアレクシスを仕留めきれない。
チャチな攻撃は効かないが、王者と言えども苦手なものはある。
物質化などの魔力で防げないものは防御をせざるを得ない。
「物質化を果たした上での精緻な操作。流動系と聞いていたが、流れを操ることで俺のところまで運ぶか」
本物の蛇のように空を這う霧島武雄の技。
アレクシスを盾兼囮として使う割り切り方が王者の進撃を阻んでいた。
何だかんだで通用するだけの術を容易している辺りが相手の抜け目なさを示している。
親友とよく似た動き。
曲者という共通点を見出した故にクリストファーも慎重な動きを心掛けていた。
この手の輩は油断すると戦局を持っていきかねない。
王者に油断は皆無。
慢心といった都合の良いものはこの男には装備されていない。
「相手の土俵に乗るか。お前たちは必ず仕事を達成する。それが少し怖いところだよ」
苦笑してから兵団を展開する。
相手にはこちらの方が嫌だろう、という予測の下での行動。
時間稼ぎをされているのは理解しているが、これ以上はどうしようもなかった。
小さくとも牙を持つ敵。
礼儀として正しく圧倒しなければならない。
王者の礼儀。これがあるからこそ、クリストファーは頂点であった。
「まったく、困ったもんよ。あああー、やり辛いわ」
そんな王者の度量を見て、武雄は勝機が消えていくのを感じていた。
油断も慢心もしてくれない以上は無理矢理にでも隙を作るしかないのだが、それをやるには正面から戦う必要がある。
残念なことに霧島武雄にはそれが出来なかった。
「性に合わんが、こういう時は羨ましくなるものよ。儂にも正面から敵を砕く力が欲しくなってしまう」
周囲の光景と同化して姿を隠しつつ、武雄は溜息を吐く。
力の使い方がわかっていないアレクシスを上手く利用しているが、利用ではこの辺りが限界に近かった。
羨むというのは本当にらしくないのだが、弱気にある程度には王者はヤバイと理解している。
武雄の天敵。
精神的に隙のある桜香や優香ならばもう少しマシであるが、クリストファーだけはどうにもならなかった。
「あの阿呆がもうちょい使えたらなんとかなりそうなんだが……まあ、無理よな。若いというか、視野が狭いというか。自分の能力を単純に捉え過ぎよ」
健輔がこの組み合わせにした理由をなんとなくだが悟ってはいる。
早い話、教えてやれということなのだろう。
正面からしかいけない若い皇子を賢者として導け、という訳だった。
合宿で組んだこともあるため、問題点はしっかりとわかっている。
わかっているが、そこまでやってやる義理が無かったため放置していたのだ。
しかし、この敵を相手にすると言うのならば話は変わる。
「どうせ、あいつのことよ。他の戦場も良いように弄っておる。ということは、此処で勝てばこちらが勝つ可能性もある。……誰に似たのか、人を焚きつける方法を知っているな」
負ける前提で挑んでいたが勝てる可能性があるのならばやる価値はある。
どれほど強くても1人の人間なのだ。
試合に勝つだけならばいくらでも遣り様があった。
「乗ってやろう。健輔、後日高値で買い取ってもらうぞ」
悪い笑顔と共に算段を整える。
狙うは最強の王者。
頂点の首を前にして、賢者の頭脳はフル回転を始める。
未熟な皇子をどこまで導けるのか。
この戦いの焦点はそこにある。
相手を導くべき最初の一言を必死に考え、捻り出す。
「聞こえるか、アホ。今から有り難い言葉をやるからしっかりと覚えておけ。――お前がその男に正面から挑んで勝てる訳がないだろうが。頭を使え、頭を」
『貴様ァ、いきなりの念話で喧嘩でも売ってるのか!!』
「おうよ、負け犬。悔しいならば、プライドを捨ててみろ。儂にお前と言う力を預けるならば、何、一矢報いる程度はやらせてやるわ」
『っ……』
――釣れた。
追い詰められているからこそ、そして僅かでも共に戦ったからこそ心が動いた。
思うところがあるのならば、言葉でどうとでも出来る。
天祥学園における曲者は笑顔で皇子を引き摺りこむ。
皇太子にとって、変革となる時が訪れようとしていた。




