第147話『補完』
健輔が滅茶苦茶に配分したように見える戦場。
しかし、彼自身が自らに試練を課したように決して無意味ではない。
この時間まで残った猛者たちは次の段階で足踏みをしている者たちである。
健輔の配分は全ての選手のためにある遊びだった。
勿論、先に落ちてしまった者たちの中にも猛者はいるにはいるが、今回は運がなかったとしか言いようがない。
彼らは悔しさをバネにして上がってくると信じて、とりあえずは残った者に無茶ぶりをすると決めたのだ。
練習試合。
負けるために戦うなどあり得ないが、ただ勝利のために戦うのも異なる。
練習だからこそやるべきことがある――という信念による掻き乱し。
立派なお題目なのは間違いないが、残念なことに巻き込まれた方が堪らないだろう。
ごく僅かな例外を除けば、喜ぶよりも怒る者の方が多かった。
彼女――クラウディア・ブルームは前者ではあるが、文句がない訳ではない。
この相対はまだ早すぎる。
「私の剣を、受け止める……。流石は健輔さん、よい配分をされますね」
攻撃を受け止められながらも表情は涼しいままの頂点。
自らと『戦える』相手に心から感心している様に怒りも湧かないのは純然たる事実だからであろうか。
クラウディアは不思議な気持ちを抱いていることを自覚する。
なんとも絶望的な戦いだが、どうやら自分は楽しんでいるらしい。
威勢よく飛び出る言葉がその事を示していた。
「力が強くとも、なんとかするのが人の技ですよ。あまり、私を甘くみないで欲しいですね!」
「ふむ……甘く、ですか。少し誤解があるような気がします」
「何がですか!!」
クラウディアが烈火の気迫と共に桜香を弾き飛ばす。
後ろに下がる桜香。
何かを観察するかのような瞳はクラウディアを捉えて離さない。
全ての者に授けられた試練。
健輔からの課題に燃え上がるクラウディアであったが、少しだけ見落としがあった。
この組み合わせは片方にだけ利益があるのではない。
桜香という最強にも至らない部分は確かにあるのだ。
「私は私の認識として、あなたを侮ったことなどないと言うことです。健輔さんが選んだことも含めてあなたはとても優秀ですよ」
「光栄ですが、何かその言い方が気に入らないです!」
「上から見下ろされているようで?」
「事実であっても、気に入らないのは仕方がないことですよッ!」
無言のプレッシャーに押しつぶされそうな圧力を感じながらもクラウディアは揺るがなかった。
猛き姿は彼女の強さをしっかりと示している。
桜香からしても不足はない。不足はないが、同時に桜香は見切ってしまった。
優香よりも安定性では上で、現時点での可能性のみを論ずるならば恐らくクラウディアの方が桜香を撃破する可能性が高い。
正しい評価――過剰にも決して評価はしない。
淡々と事実を列挙していく。
「火力、防御力に速度。大凡戦闘に必要な値が高水準に纏まっている。経験に技もあり、機転にも優れている。総合的に見てエースとしては素晴らしいかと」
淡々を感情を乗せずに桜香は言い切った。
紗希からの攻撃、宗則の援護を捌きながらも視線はクラウディアから動かない。
この集まりの中核に彼女を据えている。
健輔の思考をバッチリと読み切っているのだから、桜香が目を逸らすはずがないのだ。
「ええ、あなたは強い。甘くなんてみてないですよ。実に学習のし甲斐がある」
「ッ――!!」
最後の言葉を聞いて、クラウディアの中で何かが駆け抜けた。
観察するかのような瞳。
真っ先にクラウディアに向かってきたことの意味。
認めていて、学習のし甲斐がある。
全ての言葉が指し示す先は簡単であろう。
「あなたは、とても私に似ている」
桜香の口元に描かれた弧にクラウディアは一瞬であるが手が震えた。
言われた意味はわかる――そして、聡明なクラウディアは言葉の意味も把握してしまったのだ。
「同じ、バトルスタイルっ!?」
「ふふ、そういうことよ。私も、あなたも火力に秀でた総合型。制御が力の肝であるところも似ているでしょう? 違いは……才能ぐらいかしら」
静かだが力は籠った言葉が断言する。
九条桜香とクラウディア・ブルームの類似性。
学習のし甲斐があるとの意味の単純さ。
非力な在り方を最強は見つめていたのだ。
今のままだと、また俺に負けるぞ――健輔の余計なお節介が炸裂している。
「才能……仰る通りですねッ!」
そして、クラウにもこの戦いには意味がある。
何をどうやっても単体ではクラウディアは桜香には勝てない。
しかし、桜香には絶対に出来ないことが彼女には可能なのだ。
仲間との連携――孤高ゆえに同じ領域にいる者以外では追従すらも不可能な最強との違いがそこにある。
「師匠ッ!!」
「心得ている」
桜香から距離を取って、同時に牽制を行う。
完璧なタイミングでの切り替え。
弱小チームでのエースだったためか、クラウディアは飛び抜けて格下及び同格との連携が上手い。
相手の呼吸を掴むのが上手いのだ。
縁も所縁もない相手でも容易く連携が出来、同時に相手の連携の隙を見抜くのも上手い。
イリーナとカルラがレオナと3人掛かりで負けたのもこの辺りに理由がある。
味方にとっては全体の力を高める存在であり、敵にとっては連携を阻害してくる邪魔な存在。
クラウディア・ブルームとはそういうエースであると健輔は知っていた。
知っていたからこそのこの組み合わせ。
宮島宗則との師弟コンビ。組み合わせから生まれる力は倍などではすまない。
「この風は……。なるほど、盟約の方ですね」
「最強よ! 一手指南を求めよう!」
「お受けしましょう。あなたも中々に面白い」
桜香の斬撃をナイフ型の魔導機で逸らす。
風と一体化した攻防に優れた近接スタイル。
天祥学園で最も優れた『創造』の力が桜香とまともに撃ち合うことに成功する。
自らの攻撃を受け止める宗則に瞳をパチパチとさせてから桜香は笑った。
「上手い……。この繊細さは、私にはないです」
力の桁で言えば準ランカー。
しかし、繊細さと美しさで言えば上位ランカーをも凌駕する。
技巧型の極致は『騎士』アレンであるが、宗則は魔導の扱いにおいてアレンを超えていた。一言で言えば、『魔導』が上手い。
桜香のように常態で全力を垂れ流しても力尽きない者はともかくとして普通の魔導師には限界がある。
魔素を魔力へ変換できなくなるほどの疲弊。
短時間で物凄い力を消費する魔導に置いて、避けられない命題であろう。
必要な力を必要な時に。
多くの魔導師が心掛けて完璧には達成出来ていないことを宗則はやってのけている。
「インパクトの瞬間の全体からの収束」
桜香と刃がぶつかる部分のみに力を集中させて、後ろに飛びのくように攻撃を受け流す。
距離を取り、何度も同じことを繰り返すのだ。
結果として宗則は桜香と切り結ぶことを可能とする。
攻撃を弾いた後は速やかに移動用に力を抽出し、最後は攻撃用に力を集中していく。
サイクルが既に出来上っており、教科書に乗せたいぐらいに極まっている。
桜香よりも魔力の運用においては優れていると言っても過言ではない。
有り余る資源を持つ桜香に節約の考えは持つことが出来ないものだ。
対極の在り方、完全にすれ違うゆえに輝いて見える。
「そして、強固なイメージ。私の力で崩れないのは信じているからですね。惜しい、と言っておきましょうか。そのイメージを持つからこそあなた強いですが、そのイメージだからこそ私には勝てない」
桜香の魔力に押されているが風の力は負けてはいない。
魔力の形を保っている時点で中々のイメージ力である。
別格であるクリストファーを除けば、桜香の知る中で最も創造系を使いこなしていると感じられた。
「光栄だが――我が風はまだ本領を見せてはいないッ!」
唸りをあげる風。
単体での勝利など宗則は最初から考えていない。
いや、そもそもとして――
「風よ、太陽を捉えるのだッ!」
――勝利などということが頭にない。
生粋の創造系たる宗則は自らのイメージに全霊を賭すだけである。
術式もなく、あるのは絶対のイメージだけ。
『風』というあやふやものをとことん信奉する者は己の道をただ貫く。
純粋であるために彼は強いのだ。
決して覆せぬ『格』があるとはいえ、それは宗則の弱さを意味しない。
「お見事です。あなたも私にない素敵な部分を収めていますね」
言葉にしてみると桜香の中でしっくりと来る。
この対面が持つ意味を桜香はしっかりと認識していた。
「……私にない部分、か。あなたにそこまで見て貰えて嬉しいですね」
ドンドン大きくなり嵐の領域に至る『風』をただ眺める。
最強の魔導師たる桜香にとって、これぐらいはまだ挨拶にもならない。
渾身の檻。
そこそこは見栄えがよい力に淡く微笑み、
「邪魔です」
魔力を無秩序に放出することであっさりと檻を破壊する。
「ぬぅ!!」
1対1の順では紗希にでも回らない限り何も状況に変化はない。
決闘で桜香に勝てる者などそれこそ皇帝ぐらいしかいないのだ。
健輔ですらも仲間との連携は必須となる。
最強――この名は決して伊達ではない。
「そろそろ3人でどうぞ。感覚は掴めたでしょう?」
桜香の言葉に反応したのか。
それでも隙と見做したのかはわからないが、一筋の閃光が空間に走る。
桜香から吸収した魔力と聖素で組み上げられた強力な斬撃。
健輔と連携した『虹』の瞳で攻撃を見抜くと桜香は剣で軽く受け流した。
「桜香ちゃんっ!」
乱入してきた紗希の攻撃を冷静に捌く。
受け流すかのような流れるような魔力制御。
それだけならば今までの桜香の延長線上だったが、ある光景が紗希を青ざめさせる。
「これは……ま、まさか……」
顔が青ざめたのはなんということはない、桜香が強くなっていると悟ってしまったからである。
紗希は桜香の戦い方を、そして性質をよく知っていた。
桜香の特徴は圧倒的な能力に物を言わせたパワープレイ。
1つ1つの技術も優れており、努力も欠かさない桜香は優等生として強かった。
強い在り方を体現しており、決して揺るがない。
クリストファーが自らを揺るがせずに王者だったのならば、桜香は誰もがイメージする天才として揺るがなかった。
挫折もなく、彼女はただ強くある。
根本的な部分の在り方が他者と違う圧倒的な強者。だからこそ、彼女の努力とは常人にとっての努力とはニュアンスからして異なる。
強くなるために努力し、実際に研鑽を重ねる者はいるだろう。
天才と呼ばれる者たちでも確かに例外ではない。それでも――彼女だけは文字通りの意味で格が違う。
広すぎる目的のために手段を絞れない努力を徒労と言うが、桜香がやっていたのはまさに徒労であった。
大した目的意識など微塵もないが、その才能だけで全てを凌駕する。
本当のところ、昨年度の彼女は強かったが強くなりたいと思ったことなどなかった。
今もきっとそれは変わっていない。
「まさかですよ。折角用意していただいた舞台です。踊らないと損でしょう?」
茶目っ気に溢れた言い方に紗希は笑うしかない。
恋は乙女を変えるというが、変わり過ぎである。
ここまでノリが良い性質ではなかったはずだが、そんなものは関係ないとばかりに彼女は踊る。
健輔が用意した舞台を味わい尽くすつもりなのだろう。
「勝ち負けに捉われない。やっぱり、あなたは天才ね」
桜香は強くなりたいのではない。
彼女の大切な人間にとって、誇らしい存在で在りたいのだ。今までもこれからもその在り方は変わらない。
変わらないが、大切な人間が望むのならば話は別であった。
せっかく選んでくれたのだ。
才能の怪物が、在らんばかりの性能を以って弱者の積み重ねた技を喰らう。
意識の集中、クラウと宗則が見せた輝きを桜香のやり方で再現するのだ。
必要な分を必要な時に。
足りないからこそ、他から補う。
桜香に欠けている認識を、体感として埋める。
本来はそこまで感銘を受けることはないが、この『敵』は健輔の選択したものなのだ。
活かさない訳にはいかなかった。
「最強とは、どこまでも強くなること。あの人が私すらも超えるその日まで、私は不滅で在り続ける。不敗の太陽――あなたはここで落ちていけ」
「――いいでしょう。望むところですッ!」
桜香の覚悟に紗希が応じる。
構図は同じだ。
紗希が攻めて、桜香が受け流す。
能力で伍するようになった以上、多少の精神的な変化ではどうにもならないはずなのだが――
「足りないものは、補うのがあなた方のやり方でしたか?」
「健輔くん……! この子に、なんてものを学習させるのよ!」
多少薄くなったところで何も問題などない。
分厚すぎた鎧を適性な状態にあっさりと調整する。
1位と2位の差とでも言うべきだろうか。才能の総量では劣っていない優香だが、使いこなすという意味では明確に劣っていた。
如何なる力も一瞬で強さに変える。
真性の怪物は天衣無縫の才を振るう。改めて紗希はこの後輩が最強であると認識した。
自分だけで如何にか出来る領域にはやはり存在していない。
何より厄介なのは、向こうが1人ではないということだろう。
「まだまだ序の口ですよ。本題はこれからでしょうしね」
「これから……やっぱり、そういうことなのね」
1対1を細かく分けての診断はもう終わる。
ここからこそが、本当の戦いとなるのだ。
「健輔さんから頂いたものも使ってみたいですし、きちんとやりましょうか」
虹の輝きが目には見えない恩恵を桜香に与えている。
桜香の魔力が健輔に流れているように、健輔から制御のための力が桜香に流れ込んでいた。
まだまだ本領など欠片も見せていないが、高いテンションと合わさってなんとも言えない恐怖を周囲に与えてくる。
「……アマテラス、エース。九条桜香」
「……黄昏の盟約、コーチ。藤島紗希」
微笑み合う2人の美女。
太陽の名を背負う両名に気負いはない。
桜香はここからの戦いに胸を弾ませて、紗希はここからの戦いに眉を顰めた。
才能を使いこなしても、根本の発想に力がある桜香は単調である。
対して魔導師の中で3本の指に入る曲者は違う。
桜香に勝利出来たということは、桜香以上に本人の力を把握しているということである。
アルメダと同時に転移してきた弟分に紗希は強い警戒感を抱いた。
「よっしゃ、そろそろ温まってきましたし、きちんとやりますか」
「とのことです。健輔さんをしっかりと満足させてくださいね」
圧倒的な威圧と共に組んでいけないコンビが動く。
先ほど桜香が見せたレインボーモードの片鱗。
桜香に健輔の視点を与えて、健輔に桜香の視点を与える。
どのような反応を示すのかなど、誰にもわからなかった。
4対2。
しかし、互角の戦いとなる最高峰の集団戦がついに幕を開ける――。




