第146話『強くなるために』
紗希が1対1でならば最強だとされているのは彼女の固有能力が深く関係している。
『聖素』と『秩序変転』。
相手への干渉と、こちら側の増強。
相反する素質が共存しているからこその強さ。ここに技巧型としての強みを合わせることで彼女は『不敗』の名を得たのだ。
技巧型の天敵であるパワーを削ぎ、自らを強化する。
数ある能力の中でも非常に珍しい相手の能力を変化させる力。
基本的に浸透系などによる魔力の干渉は、自分の魔力を高めることでしか防げない。
そういった前提を無視してくる紗希の能力のえげつなさがわかるだろう。
紗希本人はそこまで凄いとは思っていなかったが、自分がされる側になってようやく理解できた。
相手の都合を完璧に無視してゴリ押しが可能な存在は恐ろしい。
「……不敗の太陽、だったわね。1つ聞いてもいいかしら」
戦慄を隠せない面々の中で最初に事態を飲み込んだのは歴戦の魔導師であった。
流石のキャリアと言うべきであろう。
方向性は違えど、健輔のようにとんでもない能力を持っているものはそれなりに存在しており、彼らをよく知っている身からすれば受け入れらえないことではなかったのだ。
しかし、アルメダはある違和感があった。
正確には健輔に感じるものがあった、と言うべきであろう。本来、強力な能力を持つのは自らに絶大な自信を持つものに多い。
アルメダの知る今までの強者と健輔はタイプがずれている。
「なんですか。女神、いえ、アルメダさん」
「あの桜香って子は、まあいいわ。私も負けたからわかる。マリアさんと同じようにぶっ飛んでるタイプの才能の持ち主なんでしょうね」
「ええ、その通りです。もしかしたら総合力では未来に渡って頂点かもしれない子ですね」
紗希の言葉は掛け値なしの本音である。
九条桜香は強い。彼女に紗希が対抗できるのはただ単に相性が良いからに過ぎないのだ。
能力の相性がよく、手の内を知っている。
この2つの要素が機能しているからこそ戦えていた。
どちらかが欠ければ瞬殺されるのは容易く想像が可能であろう。
「去年までのトップ3を3強って呼んで、別次元の扱いにしていた。……納得できるわ。だって、そういう人たちが集まることは確かにあるのもの」
「……では、何があなたをそこまで驚かしているですか?」
「……簡単よ。その3強に匹敵するクラスの才能が、ホイホイと出てきようとしているところよ」
アルメダは多くの魔導師を見てきたし、歴史の流れもよく知っている。
環境の変化で強さが変わるのはよくあることだ。
技術の発展によりやれることがダイレクトに変わる魔導では左程珍しいことではない。
しかし、選手の強さという意味ではそこまでスタンダードなラインが変わったことはなかった。
突出した怪物がいることはあるが、それを追い掛けようとするものは少ないのだ。
勝てるはずがないし、意味がないと誰もが悟っていたからである。
結果、天才と天才のぶつかり合いが多かったのが過去であるが、現在はそのセオリーから完全に外れていた。
健輔に才能がない訳ではないが、天才ではないだろう。
「才能なんて、努力で凌駕する。これを言って行動するのも、まあ、いるわ。でもね、実現は出来ないでしょう。だって、相手も努力をしているのよ? 同じ歩みなら、非才が負けるのは当然ことじゃない」
「……なるほど。あなたたちはそうだったですね」
「やっぱりいたのね。……そう、最後の『皇帝』ってやつね。環境を作るのはトップ。面白い時代ね」
アルメダの言葉は真理である。
才能が努力を駆逐してきたのが魔導の歴史だ。
これは努力の性質から言って仕方のないことだった。才能を持つ者も努力するのだ。
残酷な計算式。
等量の努力しか出来ないならば、才能という加算を持つものが勝利する。
魔導におけるかつての常識。
アルメダが知る限り、これほど早くそして強力な魔導師がホイホイと出てくるのはハッキリ言って異常だった。
健輔だけならば許容範囲だとしても、3強に手を伸ばすものが複数存在している。
今はまだ届かなくても、意思と魂を燃やしていこうとする者たちは確かにいるのだ。
クラウもそうであるし、アルメダが練習を受け持ったチームにも諦めずに進む者たちはいる。
昔ならば諦めて然るべきだった状況で奮闘する彼らを支えているのは才能以外のもので君臨した男がいたからだった。
「才能と努力が手を組む……。ふーん、そっか、あの子は面白い組み合わせを見せてくれるのね」
「アルメダさん?」
「なんでもないわ。後輩の女神と戦うのもよかったけど、そうよね。今だからこそ戦える相手とやり合うのは悪くないわ」
槍を構えて、アルメダは健輔を睨みつける。
あの手の愉快犯はアルメダもよく知っていた。謙虚ではあるので、先輩方よりもマシではあるがあの輩が非常に手強いのはハッキリしている。
「待たせたわね。こっちの準備はイイ感じよ。そっちの2人も準備は出来てるみたいだし――そろそろ戦いましょう」
「流石、と言っておきますよ。俺の狙いに乗ってくれるとは。先輩たちを素直に尊敬できそうです」
「よく言うわよ。倒すのが楽しみだ、って笑い方してるじゃない。そんな可愛らしい性格はしてないでしょうが」
女神の言い方はシンプルであるが、健輔の性質を言い当てていた。
アルメダもまた女神の継嗣。
育成においてはそれなりに目端が利く。
「いいわ。魔導の申し子と、新しい魔導の適応者。戦うのに最高の組み合わせよ。大きな壁に燃えるのに才能のありなしなんて関係ないって教えてあげる」
「望むところ。――桜香さん、いこうか」
「お望みのままに。ここからはあなたの補佐として動きます。優香よりもやり易いと思いますよ」
桜香のダイレクトなアピールを右から左に聞き流して『虹』を纏った男は笑う。
世界大会のために試運転には持って来いの状況。
敵がテクニカルなのはも悪くはない。
何より、ここには無様なところを見せられない相手を呼んである。
「クラウ、俺は口下手だから――」
「――剣で語るのでしょう? はい、わかってますよ。優香とは既に済ませたので、次はあなただと思ってました」
「そっか。……ああ、やっぱり魔導は最高だな」
これ以上はない敵との戦いにギアを最大にまで上げる。
2度目があるかはわからない最凶のコンビ。
いつも通りに、しかし、心は沸騰させて健輔は最大の力を一気に解放するのだった。
レインボーモードは言うならば特別な調整を施したシャドーモードである。
元々使う対象にしていたのは本来の相棒である九条優香。
彼女の有り余ったパワーを自らに上手く流すことを目的とした術式であった。
しかし、流石に次元違いのパワーであるため、調整は難航。
完成度70%では危ないためお蔵入り、だったのだが、都合の良いことに優香に劣らぬ力を持つ者がここにはいる。
負けるために戦う訳ではないが、勝つためだけに戦うのも練習試合においてはいけないことであろう。
存分に冒険をする。
滅多にない機会なのだからこそ、有効に使いたいのが健輔の本音であった。
「女神の力、見せてもらう!」
「今の魔導への適応者――こっちも楽しませて貰うわよ!」
桜香から魔力の供給を受けつつ、健輔は微調整を掛ける。
統一系の圧倒的な特性とどれほど汲んでも尽きぬように感じさせる魔力量。
底なしの沼のような感覚は優香とはまた違う恐ろしさがあった。
天井を知らぬ優香と底を感じさせない桜香。
似ていて違う2人であるが、汲みとる量の調節では桜香に軍配が上がる。
「なるほど、これは最強だ」
女神と戦っていながら他の女に目移りをしている状況であるが、思わずにいられないほどに桜香は強い。
以前のように圧倒的な距離があれば強いと感じるだけで済んだ。
中途半端に距離が詰まったからこそ、逆にその才能を感じ取れてしまう。
内包する魔力の量に底はなく、現段階でもまだ完成していない。
統一系も恐らく、桜香の本領を発揮する前の段階で止まっている。
進化の途上――既に完成したとばかり思っていた存在の胎動で内心で汗を掻く。
今回のこの組み合わせもあえて踏み込むためだったが、失敗したかもしれない。
向こう側も、健輔のことを見ている。
「末恐ろしいよ、この才能は……」
アルメダと戦いながら背後の味方に恐怖する。
天衣無縫に暴れ回ったからこそ、桜香の恐ろしさを再確認した。
3強クラスに手を掛けて喜んでいたが、まだまだ慢心に至るには遠いらしい。
倒したい存在の底知れなさを知り、健輔は笑う。
「はっ……いいね。遣り甲斐がある。そのためにも!」
――燃えてきた。
わざわざこの組み合わせにした意味がある。
内心の歓喜をそのままに健輔は意識を現実へと向けた。
桜香を倒し、最強となる。
まずは、この相手と戯れる必要があった。
「あら、ちょっとはこちらに意識が向いた?」
「ああ、すいません。別に無視した訳じゃないですよ。最初から、あなたが狙いでしたからね」
「……やっぱりあなたは非常に面倒なタイプみたいね」
「良く言われます」
言葉と共に系統を組み上げる。
小手調べに選んだのは、強化系。
魔力の性質を強化する系統の能力を使い、破壊系を1段階上の系統へと引き上げる。
魔力を砕く絶対の斬撃。
アレンが使った切断の固有能力と齎す結果は似ている。
どちらも相手の防御を凌駕する一撃。
容赦の欠片もない健輔の――『天昇・万華鏡』の力。3強に相応しい技が女神に迫り、
「やっぱり、あなたは私と似ている――!」
――全てを遮断する防壁が防いだ。
アルメダの能力は単純なコピーであるが、コピーした総数はとてつもない数になっている。
ある程度の偏りを意図的に生み出すことも現在では可能になっているため、『戦闘異能』の確立に貢献した重要人物の1人であった。
しかし、実は現役時代の能力のみでは貢献できたかは怪しい。
固有能力『幻想奏者』はあくまでも対峙する相手の力を写し取る力。
ある程度の再現性はあったが、直接相手から写し取るよりも大きく劣化してしまう。
現役時代に苦戦した要素であり、後に乗り越えた部分。
そう、既にアルメダは乗り越えている。
固有能力から連動した新しい固有能力を後年に獲得し、それこそが彼女を『汎用能力の生みの親』と言わしめた。
コピーした能力の再現。蓄積した歴史を武器と出来るようになった今のアルメダは現役よりも強い――と油断して、上手く使いこなせずに粉砕されたのは6月の出来事である。
加速する魔導の環境において、アルメダは強いが特別な強みは存在していない。
あらゆる状況に対応できる万能性――対応した能力で相手の強みを潰す。
出来ることはただそれだけなのだ。
「この武器だけじゃあ、器用貧乏になる。……だから、あなたはもっと空へ飛ぶことを考えた」
「その通り。能力の多様性は武器になる。勿論、武器にするには相応の苦労があるけどな」
新たな系統を生みだし、相手の能力を凌駕して封殺する。
経験の中から能力を選び、相手の強みを潰して封殺する。
過程に違いはあれど、結果は似ている2人のバトルスタイル。
正秀院龍輝が未だに至れていない領域――万能性を如何にして扱うのか。
この2人はそういった領域に至っている。
同系統のバトルスタイルを持った錬度の近い両者。
結果、起こることは単純だった。――お互いに、能力を潰し合う。
「くっ、くはははッ! なるほど、天敵だな!!」
空間を遮断するのならば、遮断された以外の場所から攻撃すればいい。
斬撃を飛ばして、結界の内側と交換する。
名前を考えない適当な攻撃であるが、凶悪さは保証されていた。
即席の必殺技として健輔が生み出した系統。
迫る斬撃を前にして、アルメダは冷静に対処する。
「よく言います。――私の能力が、意味をなさないじゃないですか!」
越えてきた斬撃を『切断』の能力で潰す。
健輔であろうとも壁を超えるだけで手一杯であるのを見抜いている。
アルメダも複数の能力を展開するのには限りがあるが、壁と攻撃の両立は容易かった。
相手の攻撃に対処したのならば、次は反撃である。
壁を直ぐに消して、砲撃を一瞬で放つ。
タイムラグのないチャージはハンナと見紛うばかりの速度で、ここに貫通の効果を付与する。
相手を貫く魔導の一撃。
確かな手応えにアルメダは笑みを浮かべて――直ぐに凍り付くことになった。
「おっと、それは困るからな。こういうので対応させて貰おう」
絶対の破壊力も当たらないと意味がない。
何処かの空間に飛ばされた攻撃は虚しく穴の中へと吸い込まれて消えた。
お互いに万能だからこその展開。
能力の潰し合いという光景が此処にある。
「……上手くいかないわね」
能力の威力で言えば、アルメダの方に分がある。
彼女は『固有能力』を再現するのだ。魔導師の到達点、究極の可能性の前には如何に新しい系統であっても本来は何も出来ない。
しかし、そういった常識を覆すのもこの男であろう。
非常識極まることを平気でやり遂げる。もっとも表面の態度よりも内心では先の展開については悩んでいた。
「天昇でも、対処は可能だが凌駕は無理か。やっぱり、固有能力は今後の課題だな」
あらゆる可能性を生み出す。
回帰、原初、天昇の3つモードは元々が遥かな格上たちを倒すために健輔が考え抜いた術式たちである。
可能性、力、そして天昇に求めたのは特異性。
万能であるがゆえに固有能力を描けない健輔が考え抜いた最強の異質さこそが『天昇・万華鏡』にはある。
想像の及ぶ範囲の全てで系統を生み出す力のため、固有能力の領分の外から対応が可能なのが健輔の『天昇・万華鏡』だった。
この特異さは並みの固有能力を遥かに凌駕している。
多くの能力を知るアルメダから見ても間違いなく3指に入る力だった。
ハチャメチャ具合で健輔を超えていると断言できるのは『魔導大帝』ぐらいである。
「あなたの万華鏡、非常に恐ろしいわ。こちらの固有にはない性質ならば突破も不可能じゃない。そんなバカみたいな戦法を真面目に使うなんて思いもしなかった!」
「それぐらいじゃないと、本当の怪物には通じないんだよ」
「あなたがそう言うのならば、私にとってもそうなんでしょうね。私たちはお互いに天敵。だからこそ、超える意味がある、ということかしら」
返事の代わりに笑顔を返しておく。
猛獣のような笑顔。
眼前の女神もフィーネと同じく健輔にいろいろと与えてくれる存在のようである。
「向こうは向こうでやっている。こっちはこっちで――」
「――存分に語り合いましょうか!!」
不毛な能力の潰し合い。
同類をどのようにして超えるのか。
この戦いの中で掴めるのかはわからない。
それでもより高みに至るために、2人は不毛な能力合戦に興じるのだった。




