第145話『最恐のコンビ』
優香とクラウディア。
2人のバトルスタイルは近接格闘型。
必然としてお互いがお互いの間合いでぶつかり合うことになる。
雷光を纏った戦乙女と空を背負う夢幻の蒼。
どちらも見目麗しい戦士であるが、決定的な違いがある。
それは――格。クラウディア・ブルームは強い。間違いなくこのフィールドでも指折りの魔導師であろう。
それでも魔導の歴史の中で指折りの魔導師である優香には絶対に勝てない。
数字の論理、確かな方程式がそこにはある。
――そんなこと、言われるまでもなくクラウディアも知っていた。
「魔力」
変換系のリミットスキルの完成系。
『二重性質』であろうが、優香の出力を突破するには足りない。
魔力と物理の融合?
なるほど、確かに便利ではあるだろう。しかし、綺麗に纏まっているということは逆に言えば取り柄もないということなのだ。
優香の魔力は荒削りであろう。
姉のような優雅さはないが、代わりに野生の荒々しさがあった。
桁が違えば、何よりも次元が違えばどうにもならないのが魔力というものである。
魔導師の根幹を支えるものであるからこそ、ここが隔絶しているのは恐ろしい。
「技術」
剣を交えて思うのは、荒々しさの中に隠れてしまった繊細さであろうか。
親友が元々は技術型であったのを知っているからこそこの力の中に技術が潜んでいるのがわかる。
優香の技術自体はクラウディアとそこまでの差はない。
むしろクラウディアの方が総合的には上だろう。
優勢に戦えるのは、この分野しかない――そう思うようなバカではあっさりとやられてしまうのだ。
「でも、全てが力の前に――!」
圧倒的な力が未熟な技を最大限に活かしてしまう。
剛よく柔を制す、とでも言うのだろうか。
圧倒的な力で技を凌駕してしまうのは、次元違いの能力を誇るからであろう。
今まで見てきた魔導師の中でも、間違いなく最上位。
去年のフィーネにも劣らない逸材であった。
「勝機はなし。私の切り札も未完……。あるのは、この心だけ」
これほどの実力を持つ友人を誇りに思う。
思うからこそ、後ろには下がってやれないのだ。
自分に出来る最善は準備をしてきた。その上で最後に頼るべきは精神力になる。
精神論など古い、と思う心もあるにはあるが、そうした熱さも大事だと今は弁えられるようになっていた。
雷光と共に空を駆けながら、クラウディアは笑う。
可能性は限りなく極小――しかし、0ではないのだ。
いつだってやってみないとわからない。
健輔がそうして桜香に挑戦したように、クラウディアがこの戦いに背を向ける選択肢は存在していなかった。
「はああああああああああっ!」
「やああッ!!」
双剣と変則的な2刀流。
力で圧倒される不利な状況の中をクラウディアは勇気だけを抱えて果敢に前に飛び込む。
「クラウ、あなたはッ!」
優香が相手の急上昇した魔力に驚きを漏らす。
どうやっても優香に出力では勝てない。
勝てないのだが、それはトータルでの値の話であろう。
ぶつかる瞬間、攻撃の一瞬という刹那のタイミングだけであれば抗することは不可能ではない。
優香が強大であろうとも蛇口から出せる水の量には限界がある。
本当に制御出来ない程の力では優香をも傷つけるだけなのだ。
加減を見極める眼力。
刹那を嗅ぎ分ける嗅覚。
博打を潜り抜けるだけの度胸。
誰よりもエースを討つ者として、佐藤健輔の影響を受けている。
クラウディア・ブルームは最初に討たれたエースなのだ。
相手のやり口はよくわかっていた。
優香が味方として最も健輔を間近から観察してきた存在だとすれば、クラウディアは敵として最も古くから健輔に着目していた存在である。
まだまだ非力だったころの彼のやり方を経験として知っていた。
あの頃の健輔と比べればクラウディアと優香の差などあってないようなものである。
「防御を忘れ、攻撃に傾く。そして――勇気で踏み込むッ!!」
最大限の準備は努力と言う形で行ってきた。
優香も努力はしているだろう。そんなことはわかっているし、理解もしているのだ。
その上で傲慢にクラウディアは言い切る。
自分こそが誰よりも努力をしたのだ、と。
突拍子もないし、傲慢極まることはわかっている。
しかし、胸にその自負も抱かないで戦う者にクラウディアは負けたくない。
相手を負かすからには、絶対に凌駕するという意思を見せるべきであろう。
敵を尊敬するからこそ、相手を超えていると誇るのが強さの秘訣だとクラウディアは知っていた。
「似ている。こんなところにも、あなたの影響がありますよ。健輔さん」
思わぬ劣勢の中で優香は苦笑と共に誇らしさに胸を張る。
この戦いはとてもわかりやすく、優香にも戦い易かった。
早い話がお互いに尊敬する相手の凄いところを主張し合っているのだ。
優香は才能を誇示することで、あの人はこれを受け止めてくれた、と言い張っており、クラウディアはそんなことは知っているぞ、本当に凄いのはこういうところだ、と言い返しているのだ。
やっていることは子どもの喧嘩で、とてもくだらない内容であろう。
くだらなく、稚拙。それ故に混じり気のない本音で、純粋な戦いであった。
楽しい喧嘩、優香も珍しく笑顔で対峙する。
振るう剣には華美な装飾はなく、全霊を込めた斬撃を違いに放つだけである。
「どうしたのかしら! 強くなったのに、私を攻めきれてないわよ!!」
「よく言います。上手く攻撃を逸らしているのは、あなたじゃないですか」
優香の出力は圧倒的だが、まだ武器として自在に扱えるほど使い慣れていない。
技を組み上げている最中であり、伸び代がある証拠なのだが結果として今は斬撃に終始するしかなかった。
結果、単調な技はクラウディアに見切られてしまう。
幾度も繰り返せば振るわれる力の隙を見抜く程度は造作もなかった。
言うほど簡単ではないが、どんな相手も完璧ではない。
桜香も、そして皇帝も敗北を喫したように必ずどこかに勝機はあるのだ。
「これではレオナさんに大言を放ったことになりそうです」
「あら、私をあっさりと倒すつもりだったの? 酷いわね、友達の実力を低く見積もるなんて」
「謝罪しますよ。侮っていた訳じゃないですが、過小評価なのは事実でした。ごめんなさい」
「いいわよ。事実だもの、今だって心臓が凄くドキドキしてるわ。テンションの成せる奇跡って奴ね」
クラウディアは限界を超えた力を発揮している。
その上で拮抗。
不利なのは間違いなく彼女であるが、苦境を楽しめるだから互角と言ってよいのだろう。
気持ちで負けていないのなら、いくらでも逆転の芽はある。
「それでは――」
「――ええ、そろそろ決めに掛からないとダメでしょうね」
引くつもりはなく。
負けるつもりもない。
双方が決めている以上、決着は最高の一撃で決めるべきである。
蒼が集い、剣に空が宿っていく。
膨大な魔力による放出現象。
シンプルゆえに強大な攻撃は存在だけで大気を振るわせる。
「集え、蒼き結晶。我が一撃は空の現身――逃げ場はないと知れッ!」
『複層展開――『天空の剣』』
迎え撃つは雷光の輝き。
神の怒りに例えられた自然現象が牙を剥く。
雷雲が生まれ、剣に雷を落とす。
自然と魔力の融合を当たり前のように使いこなし、刃を生み出す。
「集え、神の怒りよ。我が一撃は空の鉄槌――防ぐことは叶わぬと知れッ!」
『複合展開――『雷霆の裁き』』
現在持ち得る手札の中で最大級の一撃をお互いに向け合う。
より強大なのは優香だが、クラウディアも負けてはいない。
ただ大規模なだけではない『本物』を混ぜた攻撃は個人レベルを大きく逸脱した強力なものだった。
優香でも砕くのに容易い代物ではない。
「これで――」
「――決めますッ!」
剣を上段に構えて、振り下ろす。
動作としてはそれだけの単純な代物であるが、決着の一撃が放たれた。
残るのは勝者のみとなる強大な攻撃。
互いに必勝の一撃だった――のだが、ここで彼女たちにとって意中の男性がとんでもないことをする。
全域に響き渡る声。
楽しそうな声色はこれからやろうとすることが面白くて仕方ないという気持ちが存分に籠められていた。
『戦術魔導陣――開陳』
『括目せよ、盤上を押さえる力。『暁の決戦場』』
空間展開と似て非なる強大な空間型の魔導陣。
味方は強制的に、敵にはもっと強制的に移動を強要する。
俺が組んだ組み合わせで戦え、という恐ろしく傲慢な意思の下、全ての選手たちがシャッフルされていく。
前も後ろも、果てにはポジションも知らぬばかりに面白い組み合わせを追及するのはこれが練習試合であるからだった。
全てのもに利益を。
新人たちにも良き体験になるように絶妙なバランスで面白く配置を弄る。
「まったく……」
「健輔さんは本当に自由ですね」
苦笑して、お互いに頷き合う。
決着は流れてしまったが、これは仕方がないことだった。
何処か安心したように微笑みながら、2人の決着は一旦据え置きとなる。
「今回は仕方ないわ。それじゃあね、優香」
「はい、またいつか。いえ――今度こそ、クラウ」
2人は消え行く光の中で、いつかの決着を予期する。
思うところはあるし、感じるところもあるが今だけは忘れておこう。
向かう場所には必ず意味があると信じて、2人はゆっくりと消えていくのだった。
転移というものを敵に強要するのは難しい。
繊細な制御を必要とするため、ちょっとした衝撃で歪むのが転移の特徴である。
健輔の技はそういった常識を完全に彼方へと投げ捨てるだけの力があった。
誰1人として、フィールドにいた者全員が例外なく抵抗できないだけの力。
初見殺しを究極まで高めたのが『天昇・万華鏡』。
エースキラーとしての特性をエースの領域まで持ってきたからこその最強の形態である。
下手な固有能力など地力で既に凌駕していた。
「……ここまで、成長してるなんて」
紗希は弟分の成長に戦慄を隠せない。
自らの実力が高いと自負しているからこそ、予兆なくおまけに一切の抵抗を許さなかった力に脅威しか感じられなかった。
仮に健輔に害意があったならこの転移で終わっていた可能性すらもあったのだ。
疑いようもない。
もはや健輔は同格だと判断するしかなかった。
「紗希さん?」
「クラウ?」 どうして、あなたが……。いえ、愚問よね。あの子が集めたに決まっている」
「そうでしょうね。私と紗希さんを合流させて……」
「どうするか。ってところか。後は、そうだな。あの転移を晒した理由とかかな? 2人ともその辺りを気にしてそうだ」
挟まれる声に2人は素早く振り返る。
佇む男は予想通りの不敵な笑みを浮かべていた。
この状況を生み出した張本人。
元凶たる存在は充溢した魔力を纏って、2人の前に現れた。
「健輔くん」
「どうも。春から考えると結構な時間が経ちましたね。中々、強くなったでしょう?」
「ええ、本当に。……それと、さっきの質問だけど後者はハズレよ。あなたがこれを晒したのは、どうせ『皇帝』と同じ理由でしょう?」
健輔はより深い笑みを浮かべるだけで言葉にしない。
それだけの動作だったが、十分と言えば十分だった。
王者がそうであったように、小さな小細工など不要ということなのだろう。
対策などいくらでもしてくれていい――むしろ、してくれた方が楽しい。
健輔の『天昇・万華鏡』は強力ではあるが無敵ではないと心得ている。
本当に必要なもの以外は躊躇なく使う気満々だった。
「否定はしないですよ。必要な力を勝つために隠すのは、強い奴がすることじゃない。1人前なんだから、自分の評価はしっかりとやりますよ」
真由美から認められたのだ。
やるべきはことはやる。
強い意思は最上位のランカーとしての自負を示していた。だからこそ、この差配も強者として成すべきことを成している。
「1年生たちをお互いにぶつけ」
頂上の景色を見せた後に、ライバルたちと切磋琢磨させ合う。
「アリスは健二さんに。皇帝は皇太子に武雄さん、後は賢者連合で面白そうな人がいるのでそちらもおまけで付け足しだ」
アリスが苦手とする近接戦闘における最強の1人を単体でぶつける。
皇帝は圧倒的だが、封じるだけならば武雄の頭脳は可能だ。
足りないのは手札であるが、皇太子という札がある。
正確に評価するからこそ、健輔はアレクシスをやり方次第では強敵になると踏んでいた。
本人も気付いていないようだが、あの固有能力は術式を無効化する程度の代物ではない。
わざわざ忠告してやるつもりはないが、気付けるような組み合わせの戦いはするつもりだった。
より追い詰められて、しかし、決定的ではない状況ならば目覚める可能性もある。
仮に目覚めなくともヒントくらいは得られるだろう。
「優香は……道化がなんとかするだろう。多分、きっと」
自分でも優香の倒し方が思い浮かばなかったからとりあえず後腐れが無さそうなところに放り込んだ。
後が少し怖いような気もするが、心の中に柵を作って相棒のことを一旦忘れておく。
まだまだ重要なポイントはあるのだ。
「フィーネさんは、立夏さんとこっちも面白そうな連中を集めてみた」
立夏の粘り強さを知っているからこその差配。
桜香と戦える彼女はフィーネとも戦えるだろう。
そこを後衛型のツクヨミなどで補強する。
フィーネにとっても欧州には中々いないタイプに苦戦は必須であろう。
そして、最後。
「俺の相手はあなたたちだ。クラウ、紗希さん。アルメダ・クディール、宗則さん」
都合4名であるが、健輔はランダムに集めた訳ではない。
在る理由から繋がることで力が上昇するメンツを揃えたのだ。
流石の健輔も1人で相対するつもりはない。
この場には、もう1人健輔と対になる存在がいる。
「いや――俺たち、かな」
「ふふっ、素敵ですね。今日は本当に素敵な日です」
史上最強のタッグが此処に降臨する。
4人が強張った表情を浮かべるのは当然だろう。
最強の魔導師と最凶の万能系が手を組む。
「じゃ、やりますか。桜香さん」
「ええ、存分に」
結びつく輝きはかつての『影』から進化した術式。
『虹』の輝きが2人を強固に結ぶ。
「術式展開――『レインボーモード』」
最強のコンビ、始動。
優香とは違う意味で組んではいけない組み合わせが動き出すのだった。




