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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第144話『決戦の裏にいる悪魔』

 事実をありのままに述べるのならば、レオナ・ブックは油断をしていた。

 印象というものは本人が拭い去ったつもりでも何処かにこびりついているものだ。

 無意識下でこそそういったものは力を発揮し、最悪のタイミングで露呈する。

 そういう意味では最悪には1歩及ばないところで発覚したのは幸運だった。

 既に2名、かつて同格であったであろう後輩を叩き潰されたことが幸運なのかは微妙なラインではあるが、成果がない訳ではないのだ。

 プラスに考えた方が損がない。合宿で健輔から学んだ心構えは光の女神を窮地から救うのに一役買っている。


「謝っておくわ、クラウディア。私は、あなたの事を後輩だと思っていた」

「あら、それだけですか? 他にもあるように思えるんですが」


 3対1。

 バトルスタイルの差はあるだろうが、強いのは自分たちで、向こうは必至に耐えるしかない。

 間違ってはいないが、重要なことが抜けている。

 この戦場で不利な立場で格上を倒してきた者を上げるのならば、健輔か彼女――クラウディアのどちらかが上げられるだろう。

 弱小チームのエースとして、世界大会を含めて楽な環境の方が珍しかったのだ。

 ハッキリと言って、イリーネやカルラとは育った環境の差がある。

 フィーネという強大な揺り籠の下にいた者たちと生粋の生え抜きたる者。

 不利な状況で戦うことなど慣れているのだ。


「そうね。あなたというエースのことをしっかりと見ていなかった。何より、私こそが女神の後継だと言う自負が邪魔をしていたわ。驕りとは、こういうものを言うのでしょうね」


 女神という称号。

 フィーネから引き継いだものを誇りに思うからこそ、裏にある感情を忘れてはいけない。

 自分が1番女神に相応しいという想い、これに嘘を吐くことなどあり得なかった。

 女神というのは良い意味でも悪い意味でも時代を切り拓く称号である。

 フィーネもそうなのだから、引き継いだレオナにも同じ義務があった。

 後継として、フィーネがやり残したことをやり遂げる意味も込めて目指した頂。

 知っているからこそ、実現するのは自分だと思っていた。

 そして、成し遂げたからこそ油断は牙を剥く。

 まさか、後輩の中から同じような領域にくるものがいるとは思ってもみなかった。

 何れはとは覚悟していたが、まさか追い付かれるとは本当に思っていなかったのだ。


「ありがとうございます、レオナ先輩。そう言っていただけると、私としても誇らしいです。認めていただけた、と慢心してしまいそうですよ」

「――言ってなさいな。認めただけで、負けるつもりは微塵もないもの」

「ええ、私も同じ気持ちです!」


 爽やかな笑みで『雷光の戦乙女』クラウディア・ブルームは応じる。

 劣勢な状況にも関わらず彼女の表情から笑みは消えない。

 如何な戦い、如何な状況であろうともエースたるものが顔を曇らせてはいけないことを彼女は知っている。

 同年代の中でも最大のエースとしての経験値。

 激戦を未熟な背で戦い抜いたからこそ、彼女に身に付いたものは決して嘘を吐かない。

 この1点においては彼女は健輔も、優香をも凌駕している。


「私の速度に、ついてくる……!!」


 能力的にはまだアドバンテージがあるだろうが、とにかく戦い方が上手い。

 体捌きからの攻撃方向の誘導、魔力制御を十全に使いこなした偏りのある攻撃密度。

 前衛が必須としているが、完全には習得できないとされるものを高いレベルで完璧に扱う。

 後半戦に入って微妙に息切れしてきているレオナと違ってまだまだ余裕があるのも見逃せないだろう。

 恒常的な魔力の使用に慣れている証拠である。


「……やはり、この子はっ」

「はあああああああああッ!」


 総合的な錬度では優香に優る。

 怪物的な出力があるため、あっさりと負けるようなことはないだろうが、中々に厳しい相手であろう。

 何故ならば今のクラウディアは火力のあるアレンと呼ぶべき領域にいる。

 派手さを押さえて、堅実な戦法を完璧に流す姿には『騎士』の影響が垣間見えた。


「合宿のチームに欧州を選んだのは、そのためなのね」

「わかっていただけるということはそれなりに注目していただけたようで。ふふっ、古巣に評価されている、というのは嬉しいことですね」

「敵になってから、あなたの本当の強さがわかったわッ! いい戦いを超えてきたのね」

「はい。実に素晴らしい方々でした。だからこそ――」

「負けられない――そんなのは、私も同じよっ!」

 

 全方位から密度を高めたレーザーでクラウディアを射抜く。

 火力を高めるには相応の時間が必要であるが、『光』の性質上速度におけるアドバンテージは安くなかった。

 クラウディアを捉える光の牢獄。

 逃げ場のない檻を前にして、雷光は吠えた。


「私の2つ名を忘れましたか!」


 迸る攻撃的な光が全方位に放射される。

 レオナの檻などに捕らえられるような可愛い獣ではない。

 単純な攻撃力ではランカーでも上位。

 変換系の性質から考えれば九条姉妹にも牙を持つ生粋のアタッカーである。

 固有能力で完成度を補ったアリスとは比較にならないほどに彼女は『素』で強いのだ。


「雷光、でしょう。知っていますよ。ええ、そちらこそ、私の名を忘れていないでしょうね?」


 術式の発動、及び攻撃の速度でレオナに優る者などこの世に存在しない。

 かつての最速であるラファールですらも『術式』という分野では足元にも及ばない雑魚である。

 光で描かれた大規模な術式は縦横無尽に展開されていく。

 進路を誘導するための空間の壁。

 牽制のための追尾式のレーザー。

 万が一、格闘戦の距離に入った時の光による防護壁。

 物質と魔力の境目を自在に行き来して、レオナは打開された状況をすぐに組み直す。

 この対応力の高さは中堅のランカーとして彼女が完成されてきたことを示している。

 クラウディアの予想以上の強さは確かに驚いたが、まだまだ対応可能だった。

 優香や桜香のように対峙した時点で切り札がないのならば終わるだけの問答無用さはない。


「ここまでは、私の想定通りです。でも――」


 ――クラウディアは超えてくるだろう。

 健輔と関わった者の常なのか。どうにも読めない成長をしてくるのだ。

 レオナ自身も健輔のモチベーションに強い影響を受けた自覚があるからこそわかる。

 わざわざ別のチームと合宿してきて、そのままの状態で放置しているなどあり得ない。

 そして、レオナの懸念を証明するかのようにクラウディアは徐々に光を強くしていく。

 上昇した出力、安定した制御。

 以前の倍程の魔力であるが、完全に掌握した様は『強さ』というものを意識している証であった。

 油断も慢心も、ましてや隙など存在しない。


「――『光』。恐るべき汎用性です。1つ属性を選ぶのならば攻防走の全てに秀でているその系統を選びたくなりますね。ええ、あまりにも良く出来ている。優等生です。――だからこそ、それを超えてみたいですよね! この扱い辛い『雷』でッ!」


 気迫と共に発せられる力は現実と幻を掛け合わせたかのような不思議な存在感があった。

 見掛けは普通に放たれた雷撃。

 しかし、レオナの目だけは誤魔化せない。

 創造系に複数のリミットスキルがあるように、リミットスキルの可能性は無限に広がっている。

 複数の発現は珍しいといえば、珍しいが亜種系統である変換系が目覚めないという通りも存在していなかった。

 これこそが変換系の極意であり、変換系から生成される魔力が極めて特殊だからこそ成し遂げられる恐るべき技術。

 言うなればそれは、物質化と固有化を同時に発現させる『二重性質(デュアル・マジック)』。

 虚と実。

 魔力と実体が混在している魔力を生み出す力こそが変換系の真実のリミットスキル。

 現象を別の現象に変換するなど、あまりにも中途半端に過ぎる能力だけが真価ではないのだ。

 『二重性質』の厄介な点は2つの性質が存在しているため、どちらも同時に潰す必要があるということであろうか。

 魔力攻撃であるならば魔力で止められるが、物質化しているのならば障壁が必要になる。

 ランカーになるような魔導師たちは魔力で相手の攻撃を止める事が多い。

 これは攻撃力が防御を上回っている環境なので、機動力を優先した結果である。

 この『二重性質』は上手く環境に突き刺さる力であった。

 規模の差こそあるが、全ての系統を備えた『統一系』と突破条件は同じである。

 すなわち、現実と幻に同時に干渉することが必要となるのだ。


「ああ、もう……嫌になる。私こそが、変換系を完成させた。そう、思っていたのに」


 言葉とは裏腹に苦笑が浮かぶのは、自らの浅はかさへの自嘲の笑みなのだろう。

 雷光を発動兆候を感じて、勘に任せて光をばら撒く。

 後出しで追いつけるのは『光』の特権であろう。

 無拍子で最速に至る。この技の恐ろしさは言うまもでない。

 速度というのは間違いなく戦闘において重要なファクターである。

 その点においてレオナは間違いなくトップだった。

 しかし、それでも足りないものがある。防御を抜けないとクラウディアには勝てない。

 無策での反撃なのか。

 否、そんなはずがなかった。フィーネの正統後継者。

 彼女が残した系統を極めるものがいるならば、最初の1人は間違いなく『光の女神』であろう。

 まったく同じ性質の『光』と『雷』が激突する。

 お互いに2つの性質を持つもの同士。

 現象の再現度も魔力の密度にも左程差がないのであれば起きる結末は相殺しかない。


「お互いに……」

「決め手がないですか!」


 威力的にはクラウディアが優るが、速度でレオナが優っている。

 最高の威力に到達する前に撃ち落とされてしまうのを避けることは流石のクラウディアにも不可能な所業だった。

 レオナの速度に対応可能なのは圧倒的な攻防力を誇る者か、勘だけで全ての攻撃に対処できるようなセンスを持つ者だけであろう。

 全てが高度に纏まった両者。奇しくも同門対決であるがゆえに決着は流れようとしていた。


「この辺りが私の課題ね。光は強いけど、ただそれだけでもある。周りに行くだけの余裕がないか……」


 あちこちで乱戦模様となり、消耗が激しくなっている。

 優勢なのはアメリカ陣営とも言うべきレオナたちであるが、圧倒的かと言うとそれほどでもなかった。

 元々数で劣っているのもあるが、何だかんだでエースたちが足止めされたのが大きい。

 朔夜や真里はまだ粘っているが、エース以外の強いが数には逆らえないメンバーが続々と蹴散らされている。

 エースの数と質で優っているため、勝利は掴めるだろう。

 

「この辺りが私のエースとしての限界ですか……」


 アリスがハンナたちを食い破ったが、皇帝を前面に押し立てていないからこそ残ったアレクシスと立夏たちが決死の防衛戦を展開しているため時間稼ぎ自体はまだ可能だった。

 ギリギリのラインでまだ勝敗の天秤はまだ揺れ動いている。レオナとクラウディア、この戦いの決着も戦局に齎す影響は大きい。だからこそ、ここで彼女がやってきたことに意味があった。


「レオナさん、変わります」

「優香……。わかったわ。後はお願い」


 龍輝を蹴散らして、真っ直ぐにやってきた優香の到着。

 膠着を動かすだけの大きなピースをレオナは迷わずに飲み込んだ。

 自らの未熟に言い訳をしない。


「……この決着はいつか」

「はい。レオナさん」


 相手が入れ替わるのを雷光は静かに見送る。

 クラウディアは優香が来るのをなんとなく感じていた。


「久しぶり、かしら。強くなったみたいね。それに、いつになくやる気ね」

「はい。今の私を、知っておいて欲しいですから」


 溢れんばかりの魔力にクラウディアは何も言われずとも答えを得た。

 上位ランカーに手を掛けた彼女と、3強に手が届く優香。

 戦力差は中々に絶望的である。

 合宿で得た力の中でちゃんと使えるのが『二重性質』のみであることを考えれば逆転の札もほとんど存在しない。

 膠着から不利へと一瞬で変わった戦場で、クラウディアは静かに――笑った。


「そうね。あなたとは、1度きちんと語り合いたいと思っていたの。話題は健輔さんについて、なんてどうかしら?」


 艶やかな笑みは絶対の自信を感じさせる。

 3強クラス、何するものぞ。

 今の自分よりも遥かに弱かった健輔が知恵と勇気で勝利したのだ。

 同じことをクラウディアがやれないはずがない。

 戦う前から負けることを考えるものなどいないのだ。

 数的な計算がダメならば、後は他で補うしかない。


「お受けします。私はもう、自分からは逃げない」

「あら、前よりも素敵ね。本音でぶつかってくれるのは嬉しいわ」


 言葉での対話は終わり。

 雷光が空を駆け、蒼が空を覆う。

 親友と呼べる2人の激突が始まった。






 崩れ去った決闘場の中で健輔は考える。

 数としての戦いは向こうが勝っていても質ではこちらが優っていた。

 どちらも戦場においては大事なファクターだが、少なくとも魔導に限っては質の方が重要である。

 理由は単純明快。

 数と呼べるほどの数の差を生み出せない。

 極端な話であるが、1万人のベテランがいて、桜香が1人で戦うのならば勝機が出てくる可能性はあるだろうが3ケタにも満たないレベルでは程度がしれている。

 よって、この戦いに勝つのは必定なのだ。ならば大切なのはどのように勝つのかということであろう。

 練習試合、というものは勝てば良いと言うだけの単純なものではない。

 試合では出来ないこと、もしくはこの戦いだからこそ出来ることをやるべきだろう。

 何よりこういった普段は一緒に戦えない人と戦える機会は少ないのだ。

 混沌としているのならば、もっと面白くかき混ぜてしまえばいい。


「さてさて、武雄さんは後ろの方か。紗希さんはあっち……ふむふむ、これは楽しくなりそうだ」


 1番フリーにしてはいけない男がフリーとなる。

 相棒が覚悟の決戦に挑む傍らで、最凶のエースは悪巧みを始めた。

 隠蔽しつつゆっくりと描かれるのは広域の転送陣。

 誰も見たことのない系統を駆使して、健輔はこの合宿最大となる悪戯を仕掛けるのだった。


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