第141話『本気の本気』
フィーネは深い思考に沈む。
安い挑発を繰り返して多少は冷静さを失わせたと思っていたが、流石は中興の女神。
交戦が続いてくるとドンドンと冷静さを取り戻していた。
「あの輝きは……そう、やり切ったのね」
砲撃の光とハンナの撃墜の報せにフィーネを口元を緩める。
アリス・キャンベルの狙いと方向性を彼女は聞いていた。
強さに対する観点の違い。
最も優秀と言われるアメリカ校の特色がよく出た答えに感心するしかなかった。
固有能力の戦闘特化及び役割への傾倒。
魔導ではなく魔導競技の競技者としての完成度を高めた流星にフィーネも1つの解答を貰った気分である。
自らの固有能力を御せない彼女には、使える武器の必要性がよくわかっていた。
どれほど強力であろうとも、相手に届くレベルにもっていけないのでは意味がない。
誰よりもわかっているからこそ、アリスの選択を寿ぐ。
「そっちも届いたのかしら? 嬉しそうね」
「はい、世代は違えど好ましい人物の活躍は嬉しいですね。あなたは違うんですか?」
「いいえ、落ちたのがこっちの主力じゃなければ私も喜んでたわよ。――状況、及び私が得た情報から判断するんだけど、固有能力に目覚めたのでしょう? それも、戦闘特化のものをね」
「……ええ、その通りです。あの子は狙っていたようですからね」
「ふーん、なんだかんだで女帝の系譜なのか。クラリスもそうだけど、努力と意思が伴う輩は本当に強いわよね」
納得したかのような表情のアルメダから急激に嫌な感じが漂い始める。
疑いようもない。
相手の中で何かが切り替わったのだ。
この感覚にはフィーネも覚えがある。健輔や、桜香、果てはクリストファー。
強敵たちと対峙した時の感覚とよく似ていた。
何処か浮ついているような、当事者意識の薄かった『敵』が急激に存在感を帯びていく。
「……今ので気付くのね。やっぱり、私の認識はまだまだ甘いみたい。コーチとか、そんんな役割は忘れて、自分で勝ちにいくぐらいじゃないと相手にならないか」
「そちらこそ、猫でも被っていたんですか? ――私たちに負けない圧を感じさせますね」
「私もこれでもレジェンドの一員だからね。これ以上の醜態を晒す訳にもいかないでしょう? まあ、後は……大人の矜持かな」
アルメダは槍を構えてから視線を鋭くする。
心構えを含めて完全に切り替わったアルメダの圧力はトップエースに相応しい。
何処か他人事でやってきたコーチが錆を全て落として、倒すべき相手を見出しことで往時の輝きを見せる。
忘れてはならない、彼女はかつての伝説の一角であり、現在の最先端なのだ。
お茶目なだけの女性ではない。
「まさか、独力で競技者としての道を選ぶとは思わなかったわ。あの桜香って子だけが凄いんじゃない。全体のレベルが凄いのね」
「アリスのやり方に何か問題でも?」
「問題どころか大正解だよ。ううん、私たちが狙ってたところに自力でいけている。――だったら、私もやれるところを見せないとね」
フィーネがアルメダの構えを見て思ったことは完成されている――ということだった。
魔導師は我流でやっているため、どうしても荒い部分がある。
いくら超人的な身体能力があろうとも自分だけでやれることには限りがあり、少ないリソースを様々な部分に回している以上は仕方がないことであろう。
そういった魔導師だからこその弱点が消えている。
アルメダという魔導師に最も適した構えで、適した形のスタイル。
フィーネが見てきた中で1番完成されていた魔導師は『皇帝』であるが、優るとも劣らないレベルであろう。
魔力の流麗な制御を見てもわかるが、1つ1つの動作が高いレベルで纏まっていた。
どこから攻撃を仕掛けても対応されそうな気配がする。
「そうだ、1つ聞いておこうか。戦闘異能――聞き覚えはあるかな?」
「多少は……私は研究にも縁があるので。しかし、それが何か?」
「知ってるなら話が早いね。元々は軍隊系の研究の用語だよ。早い話がもっと強力な魔導師を育成して、戦力に使おうって奴かな」
「それは……」
「ええ、失敗してるわよ。一部の例外を除いて魔導師はムラが激しい上に均一に育たないわ、無効化が多いわでとてもじゃないけど、軍隊とかの性質には向いてなかったもの」
アルメダは淡々と事実を並べる。
フィーネも知っている常識。にも関わらず、背中に汗が浮かぶのは何故なのか。
これまで魔導師として対峙していた相手が何か別のモノに変わったような感覚。
フィーネの勘を刺激する何かがある。
「ま、これは昔のお話。今の戦闘異能は、別の意味がある」
「別の意味?」
「正解はね――競技者が持つ、戦闘に特化した固有能力のことよッ!!」
「まさか――!?」
アルメダの鋭い突き。
フィーネはいつものように風で防御しようとして、すり抜けるかのように迫る槍を見ることになった。
身体に直撃する槍。
アリスの砲撃と同質の相手の防御を破ることに主眼を置いた一撃。
アルメダの叫びと起きた事実を組み合わせれば何が起きているのかを理解するのは容易であった。
「固有能力を、個性に寄らず役割で分けた……! なるほど、マスタークラスの戦闘能力がレジェンドに劣らず、ウィザードにも勝ち得るのはこれのためですか!」
「そういうことね。本当に驚いてるのよ? 学生が、僅か2年でここまで来るなんて。私たちの時代よりも明らかに環境は上って認めてあげる」
通常の固有能力は『皇帝』に代表されるように何かしらの願望を実現するものである。
早い話が究極の自己実現のためにあるものであり、能力の優位性に限らず戦闘に長けているかどうかはわからない。
魔導競技があくまでも教育カリキュラムの1つであり、学生たちに学ばせていることが将来のために必要な総合的な力なのだからある意味では正しい形であろう。
問題は必ずしも競技的に見た時にそうして発現した能力たちが使えるという訳ではない、ということだった。
最上位陣は強烈な願望を意思と力で確立している。
強力な力が多いのはそのためであり、他の者では簡単に真似できない。
「――でもね、競技としての魔導の追求なら私は負けてないわよ」
例えば、味方がやられた時にその能力を引き継ぐ汎用能力はどうだろうか。
無敵の守護を、最強の矛を、連携の強化を、個別の役割ポジションで見た時に必要な『能力』とは、一体何が正解となるのかを探っているのがマスタークラスであり、レジェンド上位の仕事である。
固有能力の発現方法はまだ確定はしていないが、大凡の基準は絞られており、狙ったものを発現させるのはそこまで難しくはない。
無論、フィーネや桜香、クリストファーのような超1級の力は望むべきもないが、真由美やハンナが発現したようなバトルスタイルを確立させるための能力は左程難しくはなかった。
ましてや、汎用能力という固有能力をある程度調整可能な能力があるのだ。
偏りも持たせるのはそこまで難しい話ではない。
「私の能力、覚えてるわよね?」
「そういうこと、ですか……!」
「戦闘に特化した、偏らせた固有能力。まあ、亜種みたいなものよね。厳密な意味では固有じゃないしってことで、競技化した際に名付けられる予定なのが『戦闘異能』。アリスって子のは役割が同じだけの固有能力だけど、傾向としては『戦闘異能』って言ってもおかしくないはずよ」
能力の強弱で負けるつもりはないが、扱いやすさでは間違いなくフィーネは負けているだろう。
戦闘における自分の役割を自覚して、その中で必要なものを狙って発現させる。
ここまで至れば、世界大会のダークホースが何処なのかなど簡単にわかってしまう。
奇襲に近いとはいえ、アリスがハンナとサラを同時に仕留められるのだ。
アリスの力は『貫通』効果では最高峰であろうし、他にも付属の効果がある可能性が高いが、仮に貫通だけでも恐ろしさは変わらない。
あれに近いレベルの力が全員準エースで、チームとしての完成度が最高峰のチームに渡ればどうなるのか。
しかも育成を請け負うのが『育てる』ことに関して怪物である初代女神ならばどうなってしまうのか。
「そちらには何人いるんですか?」
「さあ? ま、これだけじゃああれだし、答えをさっくりと――エース級は全員よ」
「承知しました。ここから、本気でやらせていただきます」
「ふふん、いい顔じゃない。ああ、そうだ。1つだけ言っておくと別に別に省いた訳じゃないわよ。多分、明日辺りにはメアリーさんが回ってくると思うわよ。私は元々知っていただけだしね」
夏休みの間に何人かを定めて教えて回っているのだろう。
健輔たちが後回しになっているのはどう見てもここが最上位の集まりだからである。
そもそもとして、こういった補強めいたものもほとんど必要ないと判断しているのが理解できた。
「――忙しくなりそうですね」
自らの能力で生み出した嵐がこの試合の行く末を暗示しているようで不気味だった。
一瞬で思考を切り替えて、万全へと移るのは流石は3強であろう。
能力の有無などどうでもよいほどにフィーネ・アルムスターは極まっている。
ある意味では弱者の論理である特化など彼女には不要なのだ。
「仕切り直しでお願いします。今度は私から攻めていきますよ、先輩!!」
「……ここでも年齢に触るんだから、あなた本当にイイ性格してるわ。――ぶっ潰す!」
女神対決は第2ラウンドへ。
アリスの号砲が奏でた新しい調べは舞台を次の世界へと導く。
来るべき世界大会、更にはその先を示す一旦となった戦場は更に混沌とした様相へと移り変わるのだった。
同刻、女神たちの対決が次の局面へと移る中で同様に次のステージへと移る者たちがいた。
この試合――否、魔導師の中でも最高峰の技と技の応酬。
両者譲らぬ全霊の決戦が繰り広げられる。
「ぁっ!? 力も、とても万能系とは思えないね!」
「ウオオオオオオオおッッッ!」
健輔は素早く剣を槍へと切り替えて迎え撃つ。
技と機転、お互いの呼吸を読み合う極限の技量戦。
現役の中で技を競うとすれば彼ら以上の存在はいない。
魔力の流麗な移動、力の絶妙な加減、一瞬の判断。
努力で鍛え上げられるものが最上位として鍛えられている共通点。
違うのは2人が信じるスタイルの在り方。
「見事! 2年目でその技量。去年の僕ならば負けていた!」
「こっちこそ、当たる気がしないのに楽しい戦いは初めてだ!」
攻防が一瞬で入れ替わり、チャンスはピンチへと秒単位で移り変わる。
技量型の手本とも言うべき戦いであろう。
彼ら以上に技を知り尽くした存在など、それこそ『制覇の女帝』ぐらいしかいないのではないだろうか。
佐藤健輔とアレン・べレスフォード。
魔導における技のトップランカーは次元違いの武を披露し合う。
「陽炎、読めるかっ!」
『無理です。太刀筋に一定のパターンはありますが、こんなものは当てにできません。誘われている。どうしても、この感覚が拭えない』
「AIを惑わすとか、一体どんな鍛錬をしてるんだよ……!」
唇を噛み締めても現実に変化はない。
歴代でも最高峰と名高い『騎士』。近接戦闘における雄であり、昨年度の健二すらも凌駕する猛者。
並べられる経歴は煌びやかで、確かな実力を感じさせる。
もっとも、それほどの漢であっても実績で言えば健輔の方が遥かに上であろう。
桜香に勝利した健輔と敗北したアレンでは前者の方が強いのは1つの事実であった。
そのことに慢心したつもりはないが、予想以上としか言いようのない技量に健輔も焦りを隠せない。
多彩な系統、力負けしない真実の万能。原初の段階でも十分な力があり、生半なランカーなど容易く潰せる。
『天昇』に比べればインパクトは少ないが堅実なのが原初の特徴だった。
現に健輔は持ち得る系統の全てを使って戦っている。
単純な組み合わせだけでもかなりの強さのはずなのだが、この敵は技という1つの武器だけで凌ぐ。
対桜香を想定している騎士に中途半端な技は通じない。
切り札たる『天昇』の展開が最後のチャンスになると感じる心に嘘は吐けない。
「クソッ! 逆転に掛けるしかないか……」
己の未熟に健輔が吼え、心の中に怒りを鎮める。
まだ戦闘中なのだ。
気を逸らせば負けると感じているからこそ、一見すれば同じに見える激突を繰り返す。
必ずチャンスは来る。
踏ん張る心に否はなかった。
一手で勝負が決まる戦い。
僅かな驕りすらも隙になる極限状況。
珍しく焦りを隠せない健輔の内心を考えれば優位なのはアレンに見えるが、
「なんという、戦い方だ。……太陽よりも、厄介かもしれないな」
騎士にもそこまでの余裕はない。
健輔の戦い方はまさに変幻自在。
見たことのあるバトルスタイルを見事な完成度で扱い、見たこともないバトルスタイルで敵を穿つ。
安定と変化の対立する概念が見事に調和していた。
健輔だけのバトルスタイルであるために、経験も役に立たない。
一見すれば安定感など皆無なのに敵を倒すという部分の『安定感』の鋭さは間違いなく上位ランカーの力があった。
数多のランカーと競ったからこそ、騎士は見たことのないスタイルに敬意を感じざるを得ない。
我流の中の我流。
全く異なるバトルスタイルなのに一切の不安を見せずに直進する様は『皇帝』を想起させた。
最強たる王者の影を健輔に見る。
慧眼とも言えるだろう。
良かれ悪しかれ王者は影響を与える。
過去戦った中で最強の存在である王者から影響を受けていないはずがないのだ。
この事を見抜けるだけでもアレン・べレスフォードも只者ではなかった。
「もはや、余裕はないか……」
既にハンナが撃墜されている。
いつまでも2人で戦っている訳にもいかない以上、先に切り札を切るのはアレンになるのが必然だった。
時間が敵の味方ならば打ち倒すしかない。
逡巡している暇はない。
決断したならば、行動は誰よりも早かった。
「ここで、決める。是非もなし――! いくぞ、『境界の白』よ」
「ッ――来るかッ! だったら、こっちもだ!!」
アレンの魔導機に魔力が集い、如何なるものも切り裂く刃となる。
アリスと同系統の貫通系の固有能力――『戦闘異能』が目覚めた。
彼ほどの技巧者が絶対の攻撃力を手に入れる。
詳細はわからずとも凄みだけで危険な能力だと健輔もわかった。
そして、これだけに留まらない。
「――フィールドを展開。君に、決闘を申し込む!!」
特殊な空間展開が展開されて、健輔の受諾を迫る。
拒否をすれば発動することのなに認証型の空間展開。
1対1を求めるだけの能力を前にして、
「受けよう。いくぞ、陽炎!!」
『美咲からの支援も受けられないですよ!? ま、マスター、ご再考を』
「男が男から1対1を申し込まれて、逃げられるか!! 発動するぞ!」
『も、もうっ! 勝手なんですから! 術式展開『天昇・万華鏡』!』
両者の切り札が展開されて、状況は一気に動く。
試合の局面は左右しないが、今後の2人にとっては重要な決戦が始まるのだった。




