第140話『競技』
霧島武雄は優秀な魔導師である。
そして、優秀な魔導師らしく諦めも悪い。如何に戦力差があるとはいえ、早々に負けを前提とした作戦を示すことなどあり得ないのだ。
彼ほどの魔導師でも敗北を前提とするしかなかった理由。
この戦いにおける最大の壁。九条桜香は相手によりムラが発生するため、隙があるがこの男にはそんなものは存在しない。
纏う魔力は黄金。
進む方向は前進あるのみ。
油断も、慢心もない。頂点とは如何なる状況、如何なる相手であろうとも常に揺るがない。
「戦士たちよ、見事だ。ゆえ――」
武雄が敗北を視野に入れた理由は人の形をした勝利の証。
歴代の魔導師の中で、最強を決めろと言われると意見は割れるだろうが、勝てる気がしない魔導師を問われれば間違いなく彼の名が上げられるだろう。
脅威的な才能が集った中で、意思のみで頂点に立った最強。
この男に対抗する戦力が足りない。だからこその敗北前提の戦いとなったのだ。
「――決死の覚悟で突き進もう」
進撃する軍勢。
黄金で覆われた戦場に魔力で出来た人形たちが生まれていく。
かつてはジョシュアに操作を任せていたが、別に彼単体での操作も可能である。
より細かく精密に再現するのならば、という注釈が付くだけであり、王者は王者として単体で機能していた。
これこそが最強の魔導師『皇帝』クリストファー・ビアスの恐ろしいところであろう。
バトルスタイルの特性など彼には存在していない。
あるのは非常にわかりやすい結果だけである。
他の魔導師たちが個人レベルでの争いをする中で彼だけは明らかに戦いの次元がずれていた。
変幻自在なバトルスタイルの健輔に対して、クリストファーのバトルスタイルは究極のシンプルさである。
相手がチームで来る場合は圧倒的な『数』で踏み潰す。
相手が強敵であるのならば絶望的な『質』で粉砕する。
状況において使い分けているだけであり、複雑な要素は存在していない。
細かい技術、機微など不要。
下々のカテゴリーなど彼には意味がない。
正しい意味で彼は『皇帝』。魔導の世界に新たな法を齎す者である。
――すなわち、圧倒的なパワーで殴る。ただそれだけなのだ。
「相変わらず、とんでもない奴よね!」
軍勢を消し飛ばす輝き。
流星の一撃が軍勢を削り取るが焼け石に水であった。
消し飛ばされた端から復活する。軍勢の再生速度が以前よりも格段に上昇していた。
合宿の成果と言うべきであろうか。
彼と戦える魔導師がこの地には4人も存在してしまった。
クリストファーを磨くだけの強さを持つ者たちと触れ合いは現時点でも完成していないこの王者を更に上へと引き上げていたのだ。
不動の王者に作戦が必要だ、などと思わせた時点で健輔たちが如何に常識を超えたがよくわかるだろう。
成長した最強に対して、対峙する者は笑った。
もはや悪態を吐くことも出来ない。やはり、この男は最強である。
「立夏、健二、アレクシス。壁をお願いね! サラ、あなたは私に全力を注ぎなさい!」
「わかってます!」
「ああ、心得た!」
「っ……了解」
「承知。懐かしい、と言っておきますよ!」
「ええ、私もよ。まさか、このアホとぶつかるとは思わなかったわ!」
2陣営の中でも選りすぐりの魔導師たちが迎え撃っているのにまるで相手になっていない。
なんとか戦いの形になっているのは指揮を執っている『女帝』ハンナ・キャンベルのおかげである。多少は強くなっていようが、3年間に渡って戦い続けた王者の呼吸を忘れるほど耄碌はしていなかった。
加えて対軍勢においてハンナは相性が良い。
仮に自らをコピーされても、対処方法も熟知していた。
プラスの要素は確かにあり、傍から見ればまだ遣り様はある。
――そういった希望を粉砕するのも、この男の特徴となるをハンナは良く知っていた。
妹に劣らぬ機動砲撃戦を見せて、ハンナは皇帝の下へと向かう。
昔は無謀な突撃でしかないが、今は非常に癪なことではあるが良い道案内がいた。
「懐かしい、と言うには少し早いかしら?」
『さあ、どうだろうね。君と僕が味方になるとは思てなかったとだけは言っておこうかな』
「そうね。あいつはともかくとして、あんたと共闘なんて予想もしたくなかったわ」
『はははっ、流石はハンナ・キャンベル。セメントだねぇ』
「気安く名前を呼ばないで。あなたのこと、あんまり好きじゃないよ!」
憤りを籠めるかのように砲撃で軍勢を潰す。
完璧なる八つ当たりであるが、された本人は笑っていた。
何だかんだ言って彼女がそのようなに詰まらないことを気にしているはずがないのだ。
器の広さはクリストファーすらも認めている。
事実、言葉はきついがハンナは笑っていた。
もっとも親愛の情は欠片もない。そこにあるのは、ずっと戦ってきた者だけがわかる奇妙な信頼がある。
「導きなさいな、ゲームマスター。仮にも盤上を支配する者でしょう?」
『オーダー通りに。アレクシス、この程度ぐらいは切り拓けるだろう? じゃないと、いいところなしで終わるよ』
「抜かせッ! ちィ、いけ女帝!」
クリストファーがいる方向にアレクシスが手を翳す。
彼が意識を集中させると同時に人形の動きが乱れていく。
彼の固有能力は術式を阻害する力がある。
王者であろうとも、魔導師であるのだから枷は存在していた。
人形を生み出す力は固有能力の一端でありどうにもならないが動かしているのは普通の創造系の範疇である。
自らの空間展開内の人形を操作する力を打ち消す程度はアレクシスには児戯であった。
生まれる道、最短経路を突き進み、ハンナは王者の下へと辿り着く。
獰猛な笑みを自覚して、見据えた視線の先には苦笑を浮かべる王者がいた。
「獰猛な笑みだ。貴様の闘志に敬意を。仮の話だが、俺にあるのが才能だったとして、俺は俺に立ち向かえるとは思えん。貴様らの闘志は底なしだな、境界も、そして――お前もだ女帝」
「褒め殺し? 路線でも変えたのかしら!」
「事実を語ることに戸惑いなどない。来るといい、女帝よ。貴様の挑戦にはいつでも受けて立つ」
ハンナに注視して他を無視しているようにも見えるがそんなことはなかった。
現在の拮抗はクリストファーを押し止めるためにエース級が6人割かれていることが原因なのだ。
ハンナだけではどうやっても押し止められない暴威をこの場に釘づけに出来ているだけ奇跡の類なのは間違いなかった。
「自信満々な奴ね。……こうなるのは、わかってたけどさ」
質を重視した際も危険だが量を重視した際の戦法でも皇帝の脅威度は変わらない。
誰もが桜香のように無尽蔵の体力を持っている訳ではないのだ。
魔力の消耗も考えれば全力戦闘を強制され続ける状況が良くないのは明確である。
誰でもわかることが女帝たるハンナにわかっていない訳がない。
その上で断言できることがある。
拮抗では勝てない。健二や立夏、サラにハンナ、アレクシスにサポートでジョシュアもいるのに勝てない理由はただ1つしかなかった。
この魔導師が純粋に強い。理由などなく、ただ強い存在に憧れないとは流石のハンナも言えなかった。
「――考え事か?」
「当たり前でしょう? あなたを前に、思考を辞めるのは自殺行為よ」
「許そう。集中力に欠けているようならば、そのまま喰らうが貴様に限ってならばあり得ない。ああ、信じているぞ。お前ほどならば、我が力にも耐えられると」
「……油断の1つでもしてくれれば、可愛げはあるのにね!」
上から見下ろす王者の視線。
たった1つしか力がないのに結果的にあらゆる総合型駆逐する意思の化身にして、我流の覇者。
積み重ねてきた歴史を、洗練されてきた凡人たちの技を信念のみで凌駕する男はアドリブ力にも優れている。
中途半端な奇策をこの男は意にも介さない。
武雄がクリストファーに関してのみ何も語らないのは自分では絶対に勝てないと悟っているからである。
武雄ほどの策士であっても、策略ではこの王者の歩みを止められない。
桜香とは違う意味でこの男も極点なのだ。
才能ではなく精神力という誰でも持てるモノを極点まで高めた存在だからこそ、凡人が当たり前にやる努力では絶対に届かない。
健輔がこの魔導師に勝利できたのは、相手の土俵――精神力での戦闘に昇れるだけの準備を整えて正面から挑んだからである。
同じことを出来るものは魔導の世界でも多くはない。
精神力はあるだろう。しかし、倒すだけの準備が出来ないのだ。
可能性と意思を備えた健輔だからこそ奇跡。どちらが欠けても王者は止まらない。
仮に独力でぶつかってこの男に優る可能性があるのは現役では桜香だけであろう。
「っ……さて、どうしましょうか」
3年間、誰よりも戦ったからこそ、勝てないとわかる。
立夏は強くなった。剣に限らず、物質化をより高度に扱える彼女は誰にでもダメージを与えられる魔導師である。――相手がこの怪物クラスでなければ、と付かなければの話ではあるが。
何をするにしても、この王者は困るのだ。
火力で圧そうにも無限の物量を持ち、質で凌駕しようとするとどこまでも強くなる。
現役時代に勝ち切れなかったのは、結局のところ決定打不足をどうにも出来なかったからであった。
健二の技量、アレクシスの異能。全てが王者への決定打にならない。
そこまで考えて、ハンナはある違和感に気付く。
どうして、この魔導師はいつもの十八番をやってこないのだ。
――何かを待っているかのように盾となる物量のみを出し続けている。
「まさか――」
思索は一瞬、判断は瞬時に行われた。
この場にいる者たちへの警告。
ハンナは持ち得る限りの方法で周囲へと警戒を促そうとして、己が謀られた悟った。
王者は確かに正面からハンナを受け止めるつもりだったのだろう。
矜持は見事で素晴らしいが、彼女たちまで付き合う必要性は皆無だった。
「――アリスッ!!」
「何――!」
「まさかっ」
健二と立夏が悟り、各々が回避に動く。
しかし、それを見逃すような相手が敵ではない。
変動する戦況を冷静に鑑みて、王者は一言だけ呟いた。
「させんよ」
攻撃ではなく、行動の遅延に主眼を置いた捨て身の戦法。
コーチは攻撃出来ず、撃墜も出来ない。
新しい環境のルールはあくまでも暫定のものだが、おそらくこの部分が大きく変わることはないだろう。
そのように予測した女がシューティングスターズにはいる。
この陣営での戦いになると知った彼女が思ったのは絶好のチャンスだと言うことだった。
大会に向けて洗練されていくべき必勝パターンの練習にこれ以上ない状況である。
特に先代に対しては最高の返礼となるであろう。
『これは、流石に決められるとマズイね!』
「サラ――!?」
「障壁、展開! 下がってください!」
ジョシュアが即断でサラをハンナの傍へ転移させる。
魔導師の中でも最高峰の盾たる者。『魔女の晩餐会』への出向によってクレアが得意とする戦術魔導陣の早期展開を学んだことで現役を遥かに超える防御力を獲得している。
展開されたのはただの障壁に非ず。
戦術魔導陣の利点は術式よりも大量の要素を詰め込められることである。
例えば破壊系の対策など、術式では容量不足であったが今のサラでならばやれることだった。より難攻不落となった『壁』。
新旧シューティングスターズの対決は、やはり先代が――と後方から見ていたツクヨミやジョシュアでさえも思っていた。
見事な奇襲、それでも一手は足りない。
「甘いな。女帝、貴様は妹を舐め過ぎだ。統率者としては貴様の方が上だろう。だが――」
いつもように、冷静で、淡々と事実を並べる。
王者は過大評価も過小評価もしない。
アリス・キャンベルはハンナ・キャンベルに連射力で劣り、近藤真由美に威力で劣る。
しかし、この評価をもっと総合的な戦闘者として評価してみればどうであろうか。
隙がない構成、バトルスタイルと合わさって彼女は『戦闘』魔導師として極まった性能を持っている。
特に砲撃型として見れば完成度はクレアすらも超えているだろう。
彼女に足りないものはたった1つ――そして、自覚しているのならば彼女が狙う能力もたった1つしかない。
「――戦闘に関しては妹の方が上だ」
固有能力の発現のプロセスはある程度は解明されている。
精神的な切っ掛けと能力的な充足。
双方が満たされた上で心を爆発させることで発現しているパターンが多かった。
大一番、という舞台に怯えず、むしろ好機と捉える精神。
敵が姉である。舞台は完璧に整っていた。
そして、明確に自身に足りないものがわかっている状況。
彼女が此処で目覚めないことこそがあり得ない。
いや、そもそもとしてアリス・キャンベルは最初からこのタイミングを狙い撃ちしていた。
漠然としたイメージで、闇雲に狙っては習得は遠のくだろうが、役割を絞って明確なビジョンを描けば意図的な能力の習得も不可能ではない。
「――消し飛ばす。術式展開『ギガブレイカー』!」
アリスの戦意に呼応して、彼女の魔力が変質していく。
流星姫に足りない唯一の力を携えて、少女は全てを貫く力に目覚める。
「アリス……! あなたはっ」
サラの叫びごと、アリスの一撃は飲み込んだ。
フィールドには残った者たちの戦慄だけが残る。
障害物を容易く『貫通』した攻撃。
アリスに足りなかったのは、相手を貫く最強の矛。
敵を撃破可能ば武器である。
「魔導競技は、プロ化を狙っている。だったら、選手の能力はより戦闘に特化すべきだと思わないかしら?」
王者のシンプルさは答えの1つであろう。
究極的に相手を全員倒すのならば、1番大事なのは敵を破る力。
アリス・キャンベルは魔導師としての完成度ではなく、プロとしての完成度を上げるために合宿に参加した。
彼女は確信している。
自分と、自分のチームこそが1番の完成度である、と。
「どうよ、王者。私も中々じゃない?」
「見事なものだな。なるほど……マスタークラスの一部が来る競技化を見越して色々とやっているらしいが、これもその類になるのか」
「さあ? 私はこれが必要だと思ったからやっただけよ」
「貴様らしいな、姫。ふん、悪くはない。俺にも、届くかもしれんよ、その一撃はな」
「あなたたちみたいな化け物を仕留めるためだもの――当然じゃない?」
『女帝』と『鉄壁』が一蹴された。
アリスの攻撃力は直撃すれば魔導師を消し去るには十分な攻撃であるが、あの2人の防御を前にして易々と成し遂げられるほどのものではない。
何が起きたのかわからず、一瞬であろうとも動きを止める。
――王者の前で棒立ちになってしまう。
この事がどれほどまでに愚かなのかは、簡単に想像が出来ることだった。
「それもそうか。まあ、今はそれよりも」
「ええ、この場を綺麗にしましょうか」
最強の盾として王者を使い、最強の矛が全てを終わらせる。
攻撃を当てて、相手を潰せば勝てるのが魔導競技。
シューティングスターズにおける必勝法が確立された瞬間だった。
圧倒的な攻撃力を前に残ったエースたちも覚悟を決める。
揺れ動く天秤だからこそ、決着が付く時は一瞬で終わるのが定めなのであった。




