第139話『新旧対決』
桜香や健輔たちの突進をなんとか止めた欧州陣営。
粒で言うのならば次点なのは伊達ではない。
何よりこういった大規模戦に置いては間違いなく最強の一角たる者が彼らには付いていた。健輔がどれほど強くなっていようが必ず押さえられる差配。
最悪の場合も考慮しての次の手も準備している。
彼にとって無意味に圧倒的なパワーを持つ皇帝と桜香さえ封じればこの戦場は戦えなくはない場所だった。
こういった悪巧みで彼に勝てる者はそれほど多くない。
「ふむふむ、なるほどのう……」
ニヤニヤと戦場を静かに俯瞰する男は健輔とアレンの戦いぶりから今の戦力レベルを計る。場を組み立てるのに必要なのは正確な情報。
以前のままの情報では致命的な齟齬が出るとわかっているからこそ彼なりに慎重に動いている。
慎重に動いて正面からの大激突なのだから、彼の基準が如何に狂っているかがわかるだろう。普通はクォークオブフェイトに正面からぶつかろうとは思わない。
「いかん。いかんなぁ……。こいつら、面白くてたまらんのう」
『騎士』アレンは間違いなく上位ランカーに相応しい実力を持っている。
桜香と優香の怪物姉妹とラッキーマンたる皇太子を除けば今の世代で最高の魔導師は間違いなくアレンとなるだろう。
健輔も強くなったがあまりにも常識の外を爆走し過ぎである。
戦い方から在り方、能力も含めてオンリーワン過ぎて誰も真似できない。
優等生的な上位ランカー、常識の範囲内であるがそれ故の強さが彼にはあった。
そんな強者がまだ全力ではない健輔を攻めきれない。
これがどういうことを示すのかを理解できないほど武雄は鈍くなかった。
「それで、同じ万能系としてどう思う? あの理想の姿を、な」
「嫌な質問だ。……ふむ、困ったな。あまり言うことがない」
「ほう。して、その心は?」
脇に護衛として控えるもう1人の万能系に武雄は笑みを浮かべて問う。
「もはや別物、ということだ。根本が同じだからわかるが、あれは固有能力クラスの存在だろうな。あれ以上があるのか、と思うと眩暈がする」
「掛けた時間からすれば妥当だと思うがのぉ。身を結ぶかもわからない努力を延々と続けた。必ず成功する、と信じてな。まあ、並大抵の精神力ではないな」
現在は固有能力を持っていない健輔だが、能力的にはいつ覚醒してもおかしくない。
彼が現在覚醒しないのは精神的に充足していることが大きいだろう。
何かしらの不満があって、改善のために努力し、水準に達した時に切っ掛けを得て覚醒する。
基本的に固有能力はこの経緯があって発現するものだった。
不足を自分の改造で補った健輔にはハッキリと言って無縁の話である。
固有能力に頼む前に自分で解決に動くのは健輔らしいと言えた。
変わっていない。
笑みには感嘆と安堵が籠められている。
「しかし、その精神力が仇になるか。こちらは読みやすい」
「アレン相手に引かれると不味かったが、相変わらず前進精神に溢れていて結構なことよ」
戦いにおいて自分たちは劣勢。
全てを理解して2人は笑う。そもそもがこの戦いにおいて優勢なぞ貰うつもりはなかった。徹頭徹尾、不利で構わないのだ。
負け戦と呼ぶべき領域の戦い。この激戦は間違いなくそういった領域に達している。
武雄と龍輝が望んだ通りに圧倒されることに2人は揃って悪い笑みを浮かべていた。
どうしようもない壁。
絶対の防壁に挑むことの辛さと面白さ。
全てをこの場で伝えておくべきなのだ。
100の勝利よりも1の敗北が必要なこともある。チームのため、全体を考えた獅子身中の虫は泰然としていた。
「どこまで引き出せるか。こういった小賢しさが弱き者の特権よな」
「事前に知っておけば準備は可能。なんとか全てを引き摺りだしたいな」
龍輝では健輔に勝てない。
事実を事実として認める度量が彼にはある。必死に足掻く皇太子とは割り切り方が違う。
自らが3強に比すると拘る男とのスタンスの違い。
どちらが優れているか、というのは意味のない問いであるが、どちらが怖いのかはハッキリとしている。
健輔と同じように限界を見極めた上で最善以上を尽くすのが正秀院龍輝の在り方。
必ず役割を完遂する存在は実力の大小に関係なく恐ろしい。
「橘の奴に連絡を送るか。女神には女神をぶつける」
「結果は見えているのに?」
「見えているからよ。レジェンドにもハッキリと理解して欲しいからの。九条桜香も怖いが、クォークオブフェイトも怖いとな」
武雄は笑って、健輔たちの方へと視線を向けた。
この戦いに出ているべき存在がいない。
藤田葵というあの抜群の存在感がいないということは、武雄の思惑に付き合うつもりがないということだろう。
真っ直ぐに見えて裏の思惑もあっさりと見抜くのが彼女の強さである。
「経験もあるのに、あやつは練習で強くなれる。知っているか、龍輝? 健輔の成長には強敵も関係しているだろうが、藤田にはそういった話は一切存在せんのよ」
「凶星の裏にもとんでもないのがいる、と?」
「勿論よ。九条の妹も化けたようだし、いやはや、総合力ではアマテラスを凌駕しておるの。特に力と技が揃っているのが非常にマズイ」
強くなってもやり方によっては相手を倒せる。
特にルールの柔軟性が上がる今年度においては策というものの出番も増えていた。
それでも個体としての強さはやはり重要な要素である。
仮に相手が単体ならばどれほど強い相手でもなんとか相性から倒せることもあるのだろうが、相手が複数になると話は変わってしまう。
クォークオブフェイトはもはや桜香を倒すのと同じレベルで考えるべき強敵であるが、アマテラスと違い同格の実力者が多い。
しかもタイプが異なるため、優香の対して用意した必勝の策が健輔には何の意味ももたないということが起こりえてしまう。
2人合わされば死角なし、と言っても過言ではなかった。
「どこのチームも厳しくなるな。まあ、今知っておる方がいいだろうて」
「……では、俺もそろそろいこうとしようか」
「おう。精々、盛大にやられてくるといい。アレンによろしくの」
「ふん……そちらも真面目にやってくれ。負けるにしろ、納得はしたい」
「うむ、わかっとるよ」
仮の弟子が空を駆けるのを見送る。
健輔の予想以上の成長ぶりに焦っているだろうにそういった部分を欠片も見せないのはやはり見所がある男だった。
やせ我慢をする男を武雄は好んでいる。
そういう意味ではこの合宿は実に有意義だった。
全身から雪辱を誓う男もいて、見ていて飽きなかったからだ。
「派手に負けるといい、龍輝。時には回り道も必要よ。健輔もアホほど負けてあの領域にいる。所詮、強さにゴールなどないのだから、最短などと考えることが無駄よ」
どこまで強くなるというのは終らないマラソンをしているようなものだ。
走り続ける者と諦める者が出るのは仕方がないことだった。
武雄でさえも、広義では後者になる。
しかし、だからと言って自らの信念までも崩すつもりはなかった。
彼なりの美学があり、彼なりの強さがそこにあるからである。
正面からの殴り合いだけが強さの証ではない。
時間が掛かっても道化は道化らしく戦うのが彼の誇りであった。
「今回は……さて、何人芽吹くかな」
もう1つの陣営の切り札を健輔陣営の主力が迎え撃つ。
女神対女神。
歴代でも最高と謳われた中興の祖と歴代最強と謳われた規格外の戦い。
今までの魔導競技ではあり得なかった新旧対決。
どちらがその名に相応しいのかが、実力で示されるのだった。
桜香と紗希という3強クラスの同士の対決が行われているが、あちら側は規模が白兵に収まっているのに対してこちらは完全に規模が異なる。
フィールドの一角を占拠して行われる怪獣大決戦。
両者が共に最高クラスの魔導師であるからこそ、戦いの余波がとんでもないことになっていた。
「くぅう!?」
「甘いッ!」
ぶつけ合う同規模の風。
押されているのは中興の祖たる魔導師、アルメダ・クディール。
押しているのは最強の女神、フィーネ・アルムスター。
忘れてはならない同じ女神のカテゴリーにあっても、フィーネは皇帝や桜香、更には紗希といった同格と鎬を削った者である。
王者として君臨したと言えば聞こえはいいが、同格との戦いが少なった先達では経験値が足りていない。
「武雄や立夏から、言われていましたが……これほどのものとは!」
油断などしていない。
固有能力を含めて全力をであるが、単純な出力で圧されている。
周囲を覆う暴風雨はもはやアルメダの能力ではコピーできない領域の代物だった。
まさに自然を総べる女神。
傾向が違う初代を除けば疑いようもない最強の女神である。
アルメダの能力がコピー系統なのも相性が悪いとしか言いようがなかった。
もっと厄介なコピーが身内にいるのだ。
フィーネの戦闘経験はクォークオブフェイトに来てから跳ね上がっている。
去年とは次元が違う領域に彼女も成長していた。
「先達に褒めていただけるのは光栄ですが、もう少し真面目にやってくださいまし」
「生意気ですね……。いえ、我が身の不明を嘆くべきですか!! 些か、甘くみていたのは否めなせんか!」
叫ぶ言葉には真実の響きがあった。
武雄たちと接触してことで、理解していたはずだったがまだ甘かったのだ。
立夏は欧州組と細かに連絡を取り合い、その恩恵をアルメダも受けていた。
コネの中から最強の『制覇の女帝』を呼んでいたため、安心もしていたのが不味かったとしか言いようがない。
疑いようもなく、『魔導大帝』などの最上位と同じ領域に眼前の後輩はいる。
アルメダは、そういった最上位には後1歩及ばないと理解していた。
桜香だけかと思っていたが、とんでもない間違いである。
この戦場には最上位に匹敵するような怪物がゴロゴロと転がっていた。
「謀りましたね……。生意気な、年上を嵌めるとは!」
このお祭りの開催自体は決まっていたが、内容は正確には定まっていなかった。
最終決定に絡んだ1人は霧島武雄。
この妙な実力の開きがある分け方を疑問には感じていたが、此処に来てようやくアルメダも悟る。
2陣営程度ではどうにも出来ない。
敗北を、今の魔導を体感すればいいとアルメダに言外に語りかけている。
なるほど、筋は通っている話であった。
「はははは……。いいわ、いいわ。そっちがそのつもりなら私にも考えがある」
「ムラが多い方ですね。気合は入りましたか? 先達との手合せ、私も楽しみにしていたので、そろそろ本気を出して欲しいのですが」
「ふ、ふーん……。私、あなたたちの世代が嫌いになれそうよ。――礼儀がなってないわ!!」
叫びと同じタイミングで雷がフィーネを襲う。
気迫と魔力は十分に脅威であるが、フィーネには悪手だった。
視認できる自然現象に干渉するなど、彼女には余裕である。
「礼儀は尽くしていますよ。出来れば、応えてくださる先達だと嬉しいのですけど。では、これはお返ししますね」
フィーネは小首を傾げて微笑む。
とびっきりの笑顔には毒が含まれていた。礼儀は尽くしているのだ。
伝わらないのは残念だが、逆ギレ程度で勝てると思われるのは癪だった。
何より、この先達はフィーネと桜香を比べている。
桜香に比べればこちらの方がマシだ。
そのような判断は屈辱でしかない。
「伝説は大人しく、伝説として語られておけばいいのに、晩節を汚しますね。弱い女神など存在価値はないでしょうに」
「……ええ、ええ、全く――その通りよね!」
「猿真似では私に勝てないですよ。早く本気を出してくれませんか。――まさか、この程度が本気、とかはないですよね?」
「勿論よ! 泣いて謝っても許してあげないんだからね!」
「そちらも更に婚期が遠のいたら申し訳ありません」
「それを言ったら、戦争でしょうが!!!!」
女神。
ある意味で女の極限である2人の新旧対決。
譲れない信念を携えて、両雄が激しくぶつかり合うのだった。




