第13話『隠れた天才』
健輔が撃墜されたとの報で真っ先に動いたのは、蒼き乙女だった。
「術式展開――『双翼の白』」
いつか届くための理想を冠する術式を躊躇なく発動して、一気に力の質を高めていく。
創造系はイメージによって力が上下する系統である。
優香が持つ最強の固有能力はその系統に最も忠実な特性を備えていた。
発動を意識するだけで虹の魔力は使えるようになる。
問題はそこから如何にして精度を高めるか、ということだった。
『魔力パターン、読み込み開始。九条桜香――インストール』
「――加減はしません。最速で決着を付けます」
あらかじめ用意しておいた魔力パターンなどで優香がイメージする『最強』の最低ラインを確保しておく。
後の上がり幅は全てが優香に掛かっている。
頭の中では幾つもの戦いを繰り広げた姉の勇姿が描かれていた。
このままこれを展開すれば、『虹』を纏ったかつての姉には届くだろう。
問題はここからである。
イメージでどこまでも自己を強化できる、と言えば聞こえのよい優香の固有能力だったが問題がない訳ではない。
誰もが皇帝のように最高の自分を想像出来る訳ではないのだ。
自分で自分に枷を作ってしまう。
何かしらのリミッターが外れている人間でも現実的に考えて出来る、出来ないの判断はしてしまうだろう。
結局のところ、イメージで強化は出来てもそれは自分が想像できる範囲に限られてしまうのだ。
ましてや、優香にとって桜香は超えられないと認識している壁であるが故に、その差は浮彫となってしまう。
勝ちたいのに、勝てなくなってしまう本末転倒な結末。
それを覆すために、優香は白き翼を欲した。
「――我が描くは七色の光。全ての力を束ねて、白き頂に至らん」
優香のような真面目なものほど、イメージの陥穽に嵌ってしまう。
だからこそ、彼女は考えた。
今更性格を変えることなど不可能である。
九条優香はどこまでいっても九条優香でしかなく、それ以外の者には成れないのだ。
優香がイメージする頂は九条桜香、彼女の姉である。
そして、それをそのまま追いかけても辿り着くことは出来ない。
ならば、姉を凌駕すると信じる者を追いかける翼となるのだ。
そのために、かつての姉が辿った軌跡を彼女は駆け抜ける。
「発動――!」
『モード『アルテミス』。魔力光の変化を確認。タイムカウント起動します』
優香の魔力光が『虹』に切り替わり、力の性質が大きく変化する。
発せられる魔力の種類は今までの2種から大きく増加して、5種へと届こうとしていた。
普段は扱えない魔力すらも生成する。
固有能力の力を極限まで引き出すことで、九条優香は世界第2位に相応しい威容を見せ付ける。
これほどの力で未だに完成はしていない。
それでも、発する力の大きさはそれだけでササラを戦慄させるものだった。
かつて国内に君臨した太陽と同じレベル――それだけでも普通の魔導師には十分なのだ。
「これは……九条桜香、さんと同じ! そんな……ことって」
「行きますよ。構えなさい」
「や、やられる訳には……!」
太陽の輝きを写し取った月の乙女が双剣を構える。
明らかに空気が変わった相手に怯んでしまうも、なんとか対応することが出来たのはササラの錬度の表れだろう。
間違いなく今の1年生の中では彼女が1番強い。
しかし、そんなことはこの暴虐の前では何も意味はないのだ。
――世界で最強たる者に挑まんとする優香には欠片も届いていない。
「――まだ、終わりじゃないですよ」
「はやっ――!?」
目を離してはいない。
迎撃に移った身体を何処か他人事のように眺めながら、高速の戦闘を俯瞰する。
身体に纏った雷光を最大限に活用して、そのまま拳を突き出す。
それを――、
「温い」
「あっ――」
――虹の双撃が容易く叩き落す。
魔力で強化された拳が魔力ごと切り裂かれていた。
完全に上体を曝け出したところに、容赦のない1撃で迫る。
「貫け『虹の閃光』」
「よ、容赦の欠片もない人ですね!?」
健輔が撃破されてから明らかに様子の変わった先輩にササラは恐怖すらも感じる。
彼女も健輔を尊敬はしているが、相手だったであろうフィーネを考えれば1対1ならば順当な結末なのだ。
ここまで怒りを見せるようなことはない。
「申し訳ありません。――少々、やることがありますから。このまま、下がられてしまうといろいろと困るんです」
だから、最速で沈める。
瞳でそう語る優香にササラは何も言い返せない。
「そう、か。これが、私に足りないもの……」
フィーネに言われたことがある。
最終的に彼女がこのチームに来ることを決めた理由、その一端が垣間見えた。
「執念、なんだ。……こんなに、簡単なことだっ――」
答えを抱いたまま、少女は虹の輝きに飲まれていく。
これから幾つも刻まれるであろう敗北の光。
最初の1歩がこの虹の輝きとなったのはある種の縁のようなものだった。
傲慢になるかもしれなかった少女が別の圧倒的な才能で蹴散らされる。
奇しくも、フィーネが辿った道と同じ道をササラは辿っていく。
女神が導いた先で、少女は最良の環境と出会った。
種は蒔かれた――後は大輪の花を咲かせるように水をやるだけである。
「……いかないと」
敗北と言うの名の水撒きを終えた優香は女神の下へと向かう。
このまま時間切れという勝ち逃げは許さない。
不死身となった女神に月の乙女が戦いを挑むのだった。
「……こちらの術式が解体される!?」
新入生の中で最も厳しい戦いを強いられている者がいるとしたら、それは大角海斗、彼となるであろう。
健輔たちよりも美咲が優れている、という訳ではなく純粋にジャンルの違いが彼の前に立ち塞がっている。
どんなことでも経験者が強いのは言うまでもないが、時にはセンスで経験を凌駕することが出来るジャンルも存在していた。
戦闘行為というものはその最たるものであり、予想外の行動が健輔たちから勝利をもぎ取る可能性は低いとはいえ0ではない。
しかし、海斗が戦っている相手――バックスは違う。
こちらは純粋に積み重ねてきた時間の重みが物を言うのだ。
ましてや、相手はセンスにおいても海斗を圧倒していた。
昨年度は彼女も経験が不足していたため、そこまでの力を発揮出来なかったが、今年度は異なっている。
「早い……! それに、このマルチタスクは……!?」
海斗の術式を妨害しつつ、朔夜との砲撃戦に興じ、圭吾と優香の支援を行っている。
並べてしまえば同時に進行しているのは4つ程度だが、それがどれだけ規格外なのかがわかるものからすれば冷や汗の1つは流れてしまう。
「俺の、付け焼刃では……どうにもならん!」
そもそもが積極的にバックスを選んだ訳ではない彼では生粋のバックスである美咲には届かない。
比べるべき材料が少ないため目立たないが、彼女は世界で2番目には位置してもおかしくないバックスである。
花形である戦闘魔導師の影に隠れていた異才がその輝きの片鱗を見せ付けていた。
「悪くはないけど……。まだまだね。それじゃあ、私を止められないわよ」
遥か後方、海斗とは真逆の場所で戦場を支配する女がいた。
昨年度の彼女は、術式の準備などの裏方がメインだったが今年は戦力の一員として戦う必要性がある。
この戦いはそのためのデモンストレーション。
始まりを示す一戦なのだ。
丸山美咲に油断も慢心も存在しない。
「それにしても、この子、流石に新世代と言うべきかしら」
健輔が撃墜されてから目標を失った朔夜は圭吾に狙いを絞っている。
妨害のために全力を尽くしているが、いくつか漏れが出てしまうのは彼女でもどうしようもないことだった。
周辺から魔力を集めて、術式に注ぎ込む。
美咲は砲撃系統の適性はないが、無理やりに生み出した火力が朔夜の渾身を止めていた。
「……このままだとちょっと困るなぁ」
言葉だけ聞けば呑気に聞こえるが、美咲が困っているのは事実だった。
生粋の後衛を止めることが出来るのが、彼女が非凡な証でもあるだが、攻勢に移れないのも困りものである。
守るだけでは攻めている新入生側に押し切られる可能性があった。
ましてや、今はフィーネがフリーとなっているのだ。
フィーネを思い浮かべると同時に思い出すのは、健輔を撃墜したあまりにも鮮やかな戦術である。
「ルールの穴……。そういうやり方をしてくるチームもあるかもしれないのね。簡単に攻撃には専念させてはくれないか。やっぱり、バックス解禁でも甘くはないわね」
本来は相手を撃墜出来ないはずのコーチが敵を落とすための技。
やっていことは単純である。
ヴァルハラによる敵に対する干渉力、これを利用したものだった。
制御を放棄した暴走するためだけの力に健輔は抗せず、結果として魔力回路を制御できなくあり、内部から暴発していまう。
扱い的には健輔の制御ミスとなるからこその撃墜判定。
広域の空間展開と相手に対する強力な浸透系を持っていないと出来ないことだが、それ故に見事だった。
「ああいうのは、私が防がないとダメよね。……呆然としている場合じゃなかったわ。これからは事前準備だけじゃなくて即応性も鍛えないとダメ」
似たようなことは別にヴァルハラでなくても可能だろう。
ルールの見直しはスーパーエースに簡単に頼り切れない状況を生み出すためなのだ。
総合力、チームとしての力で敵を立ち向かうのがスタンダードとならなければいけない。
美咲もまた、一翼を担うものとして以前よりももっと自覚しないといけなかった。
「優香が突破された時のことも考えないとね。いざと言う時は、私がなんとかしないといけない」
今の優香は簡単には負けないだろうが、あくまでも以前の桜香レベルでしかない。
限りなく桜香には近づいているが、まだまだ荒い部分は多かった。
ササラのような格下には圧倒的に過ぎるだろうが、フィーネのような格上には厳しいと言わざるを得ない。
経験、才能、実力、全てで負けているのだから正面対決では勝ち目がないのだ。
おまけに相手はダメージを恐れる必要がない。
「フィーネさんは味方だけど……何れは同格とぶつかる時がくる。そのためにも出来ることを考えないとね」
コーチとしてフィーネと同格の魔導師はおそらく『皇帝』だけだが、他の魔導師にも優秀な者は多い。
仮に真由美がライフを気にしない砲台として暴れ回るとしたら、それは悪夢としか言いようがないだろう。
優秀なコーチの有無が試合の趨勢を決めてしまいかねない。
「……そのためのバックス。ええ、戦えなかった去年とは、完全に別物なんだから」
バックスの攻撃解禁は単純な火力の向上だけでなく、あらゆる行動の束縛が外れることを意味している。
反則行為を警戒して、仲間への支援などにしか使われなかった技能が一切の枷を失くして放たれるのだ。
万能系は即応性で優っているが、美咲たちバックスも準備さえあれば汎用性では負けてはいない。
「準備は万全に。だから、圭吾君、申し訳ないけど、頑張ってね?」
念話で戦場に残る最後の男に激励の言葉を送る。
必ず役目を果たす男がいないのだから、ここから先は至極真っ当な戦いになっていく。
そして、正しく正面から戦えば負けるしかないのだ。
博打の1つや2つは行う必要があった。
『了解。耐えるだけだし、なんとかしてみるさ』
「お願い。ここが正念場よ」
美咲は大型の術式の準備を始める。
優香との戦いで必ずフィーネにも付け入る隙が出来るはずなのだ。
彼女は親友の力を信じていた。
健輔が土壇場で輝く男なのだから、相棒たる優香にも同じ輝きがあると信じている。
「こっちはタイミングも重要か……。頑張ってね、優香ちゃん」
女神に七色の乙女が全力で立ち向かう。
親友の術式を補佐しつつ、ある意味で以前の世界大会ではなかった対決に美咲も胸を躍らせていた。
もし、太陽と女神がぶつかっていればどうなったのか。
その答えの1つがここにある。
虹の双剣を翼のように構えて優香は敵の前に舞い降りる。
虹色の魔力を身に纏う彼女に油断は微塵もない。
この状態でも、むしろ、この状態――姉を模した力だからこそ簡単には勝利出来ないことがわかっていた。
「――ハアアあああああッ!」
言葉はない。
最速で最高の斬撃を接近して放つ。
籠められた魔力は朔夜の全力を容易く凌駕しており、近接戦闘で用いるような魔力量ではないことがわかる。
「ふふ、虹ですか。朝も思いましたが、因果ですね」
「っ、やはり、あなたは!!」
銀の女神はダメージを無視できる。
優香もそのことはわかっているため、相手が捨て身をしてきた時のことは考えていた。
「普通に、戦闘をするのですか!」
「当然です。先ほどのようなやり方はいざ、と言う時にやるからこそ意味があるのですよ。何より、あれでは私のレベルが上がらないでしょう?」
「なるほど、理解はできますが――! 舐めないで下さいッ!」
「舐めてなどいませんよ。いつも通りにやることこそが、私の最大の誠意です。わかっている自爆誘発なぞ大した脅威ではないですからね」
会話の間にも斬撃は放たれる。
優香は手数においてはオリジナルたる姉を超えているが、それら必滅の攻撃は1発もフィーネには通らない。
「風が、私を阻む……!」
「桜香に対しての対抗策がこんなところ披露されるとは……。ふふっ、予想外というのは中々に楽しいものですね!」
動きを風が束縛し、一瞬の間隙を雷と光が穿つ。
魔力の生成にも空間から干渉されていることを感じていた。
地の利、そして技量に裏打ちされた確かな防御戦術は攻撃を仕掛けている優香の方を先に消耗させてしまう。
大規模な事象操作と緻密な環境掌握の併用は女神を鉄壁の要塞へと変化させていた。
優香が出会った中で最高の防御力を持っていたのは『鉄壁』サラ・ジョーンズだったが、方向性こそ違えどフィーネはサラに劣っていない。
おまけに、能力の多彩さではサラを軽く凌駕している。
「ふふ、これはどうかしら?」
「これは、ササラさんの!」
先ほどまでぶつかった相手、新入生のササラと同じ技。
槍に纏った雷光が優香に容赦なく襲い掛かる。
「魔力、バースト!」
「お返します。魔力バースト!」
技術で劣り、経験で劣る。
選択肢を削ぎ落とされてしまえば、優香が取れる選択肢はそこまで多くはない。
力押しを選択するしかなく、そして――
「ダメ、ですよ。力押しが出来るほど、圧倒的な差があると思いますか? 何より、それは格下に対する対処方法です。あなたより上は1人しかおらず、彼女に勝ちたいのならば、常識的な思考は捨てなさい」
――女神には通用しない。
噴出魔力に干渉を行い、身体を避けるように調整を行う。
言うのは簡単だが絶妙としか言いようがない精緻な干渉操作。
総合値において最も優れた魔導師の名は伊達ではないのだ。
涼しい顔での講釈、横たわる彼我の差を如実に示していた。
しかし、女神と対峙するのは新世代を代表する魔導師。
月のように誰かの輝きを受けて輝く少女。
彼女の才もまた、女神に劣るものではない。
「舐めないでッ!」
「――なるほど、ここで前に出ますか! 影響が窺えますねッ!」
フィーネの突きが直撃しているが、優香は関係ないとばかりに前進する。
チャンスとは死中にて掴むもの。
優香もまた世界大会での経験を無駄にはしていない。
「貰いますッ!」
右手を犠牲したが、懐に入った。
残った1人で力を籠めて、放つ斬撃はまさに必殺となる。
虹の力が刀身に収束し、彼女が知る最強の斬撃が顕現する。
「――それでも、甘いッ!」
「なっ!」
フィーネの身体を覆うように術式が展開される。
周囲を飲み込むような広がり方に優香は展開された術式の正体を悟った。
「まさか、ヴァルハラ!?」
「こういう使い方もある、ということですよ」
空間展開を圧縮して密度を高める。
大規模な術式は使えなくなるが、格闘戦に限ればメリットしか存在していない。
術式1つでも使い方次第でやり方はいろいろとある。
フィーネは優香の渾身の斬撃を展開されたヴァルハラの干渉力で無効化しようとしていた。
「こんな、方法が!」
「備えあれば、憂いなしというのでしょう?」
優香の魔力がフィーネのものへと変換されていく。
規格外の干渉力と変換系の力を合わせての収奪。
そして、それを再度変換して一気に流し込むのだ。
やっていることはシャドーモードの逆バージョンだが、使用者がフィーネならば必滅の滅びとなってしまう。
変換系の創始者というフィーネ・アルムスターの特権が優香を追い詰める。
優香ほどの才能でも、まだ果てなき頂点には届かない。
「これで、終わりです!」
女神と月の対決はここで終わり。
優香の奮戦は見事だったが、奇跡は起こらない。
順当な戦いは順当な結末を刻む。
仮に優香が1人であったら、そのようになっていただろう。
しかし、ここには――この戦場にはチームが誇る若き賢者がいた。
フィーネにとっての誤算、それは相手がチームであることを認識はしていたが、正確には理解していなかったことである。
『――ええ、終わりですね。あなたが、ですけど』
「ッ――大規模干渉、いえ、違う! 美咲さん、まさか、あなたは……っ!」
全チャンネルに向かって開かれた念話が一瞬の空白を生み、フィーネの意識を逸らした。
美咲の罠が女神に牙を剥く。
コーチにとっての最大の敵。
バックスという技能集団が持ち得る能力の全てで彼女を封じに掛かる。
「女神様、あなたが収まる檻はこちらですよ。リミットスキル――発動」
美咲が持つ系統は固定系と流動系。
フィーネの戦闘経験の中でもほとんど遭遇したのことのない最強の刺客が放たれる。
魔導を――術式『再生』してしまう術者泣かせの強力な技。
突破難易度においては空間展開さえも超える最高クラスのスキルが姿を現す。
「『事象再生』――術式展開『ディメンション・ロック』!」
1年間の経験が、隠れた天才をついに目覚めさせる。
意外な伏兵が女神の喉元へと刃を突き付けるのだった。