第137話『挨拶、再び』
合宿の最終日となっているが、ここで夏休みが終わる訳ではない。
夏休みは凡そ1ヶ月。
3週間を合宿に当てており、残りの1週間は自由時間となっていた。
この戦いは合宿における最終日となっており、普通はここから各自が休息を取る。
もっとも、魔導が大好きな一部のアホは特に気にせず夏休みの全てを練習に費やしてくるため本当に目安程度での最終日に過ぎない。
ランカークラスと一般生徒で最も差が付くのがこの時期なのは当然であろう。
朝から晩まで文字通りの意味で魔導に費した彼らに少しだけ触れる一般生徒が勝てる訳がなかった。
執念、情熱、努力。言い方はなんでも言いが感情の熱量が異なる。
そして、ここに集ったチームはそんなアホたちの最高峰。
やるべきことも、やらないといけないこともわかっている本当の意味での最精鋭たちであった。
特に打ち合わせもしていないのに、集まって最初にやることは『挨拶』だと決まっている。当然、この『挨拶』が通常の意味に収まるはずもなかった。
「さて、今更言うことではないでしょうが、趣旨はわかっていますね」
「各チームから代表者とコーチを選出して、合計して20名ほどのぶつかり合いになる、でしょう? もう耳にタコが出来るくらい聞いてます」
「そういうことね。ま、新人を出すのか、それともベテランを出すのかは各チーム次第で、枠の譲り合いもオッケーの大分緩いルールだけど、これぐらいでいいでしょう」
「欧州組のチームが1つ多いがどうするんですか?」
「ん? そのままの予定よ。戦力的にどう考えてもここが偏ってるでしょう? 3つの陣営での戦いの方が面白いしね。いい感じのハンデになると思うわ」
クォークオブフェイトからは健輔、優香、朔夜、ササラ、美咲の5人が出場している。
緊張で震える2名はともかくとして先輩たち3人は悠然と佇んでいた。
特に変化が著しいの優香だろう。落ち着いた微笑みは以前よりも遥かに柔らかい。
健輔の隣を自然体で占拠しているのは彼女が健輔の呼吸を把握している証でもあった。
僅かに近づいた距離が2人の関係性を端的に示している。
「……なんでしょうか、私の中で嫌な予感がしています」
「桜香、あなた疲れてるのよ。優香ちゃんを睨んでないで、試合に集中しなさい」
「ふ、ふふふふ……桜香様と健輔様だけじゃなくて優香様とも戦える。もう、死んでもいいかも」
「良くねえよ。というか、鼻血を出すな!? おい、此処に1人旅立っているのがいるぞ!」
常識を投げ打った最強たちは新人主体で来ている。
正確には新人以外では使い物になるのはあまりいないからなのだが、最強1人だけでお釣りが来る陣営なので問題はないだろう。
どれほどの人数が集おうが有象無象では蹴散らされてしまう。
九条桜香の威光に陰りなし。妹たちの戦果に当てられて妙にテンションの高い最強が残る2つの陣営に牙を向ける。
桜香、亜希、真里、俊哉、杏のバックスを顧みない超攻撃布陣。
1年主体だが、たった1人で全てが覆される。
これが最強のチームの在り方だった。
「いやー、綺羅星みたいなチームで怖いねー」
「ええ、私たちのような小物でお役に立てるのか。不安で胸が張り裂けそうですわ」
流星の姫が選んだメンバーは実に手堅かった。
誰を選ぼうが大した変化がないのが彼らの特徴であるが、最大戦力を出し惜しんでいないところに姉譲りの潔さがある。
アリス、ヴィオラ、ヴィエラ、パメラ、ジャック。
バックスを1名とした今世代の主力と次世代のエースを混ぜた布陣。
先をも見越した在り方は彼女たちのスタンスがよく出ている。
「……育成は急務ですが、切っ掛けが欲しいところです。はぁぁ……リーダーと言うのは本当に難しいですね」
「お、お疲れ様です。……その、すいません」
「ご、ごめんさないです」
溜息を吐くレオナに次代の主力が頭を下げる。
新人たちはオロオロとするだけでよいが、レオナに心労を与えている自覚が彼女たちは只管に謝るしかなかった。
自信だけはあったが実力が足りずにリーダーを悩ませている。
解消するための合宿で見せつけられた本物との差。
覚悟が足りなかったからこそ、彼女たちはここで挽回するしかなかった。
いつまでも口だけだと思われる訳にはいかない。
レオナを筆頭に、カルラ、イリーナと正統派の戦力に、
「私たち……やれるのかしら」
「だ、大丈夫よ。レ、レオナも保証してくれたし、ね?」
バックスから2名、ヴィクトリア・バウンスとフローラ―・バーナーを投入している。
次のヴァルキュリアのために才能はあるが経験に乏しい彼女たちはいきなり過酷な戦場へと投入させることが確定した。
笑顔であるが、緊張を隠せないのは仕方がないことであろう。
「皆、浮き足だってますね」
「当然じゃないかな。これだけの規模は私たちも初めてだしね。経験がある子はともかくとして新人は仕方がないよ」
「満ちる覇気は十分。……良き戦になりそうだな」
「ん、3陣営。ということは、狙われるのは此処」
最後にコーチ陣は微笑ましく見守りながらも相手から向けられる戦意へと意識を傾けていた。此処に集まったチームの中で最大の戦力を持つのは彼らの教え子たちであろう。
敵が何を考えるのかは明白である。
個別に与えれば潰される以上、最初にやってくるのは2陣営の連携と決まっていた。
全陣営の中で最強の戦闘力を誇るコーチ陣が考えることは単純である。
向こうが数で来るのならば質で凌駕するまでだ。
かつての3強と新時代の3強が揃うこのチームはその程度はやれると確信していた。
相手の成長を鑑みても合宿で彼らが育てたメンバーが劣るなどとは思ってもいない。
慢心ではなく、当然の理として戦力を見据えている。
各々の戦意の発露。
先日、心の課題を解決した彼らも戦場の空気を前にして高揚していた。
「優香、やれるな」
「はい。お世話をかけましたが、以後に以前ような失態はないと断言します」
「そっか。じゃあ、いつも通り任せるわ」
「――お任せください。あなたの前は私が守ります」
「じゃあ、お前の道は俺が切り拓こうか」
準備万端。
選ばれた戦士たちが決戦に臨み、戦闘は開始される。
各チームから5名を基本とし、そこにコーチを合わせた過去最大規模の戦闘。
夏の最後を彩る巨大な戦が幕を開けるのだった。
ルールは基本ルールに準拠。
コーチに関しては後から投入できるだけの普通の選手として扱う。
不死云々はいろいろと考えるべきだが、このお祭りでは無粋である。
必要なのは鍛え抜いた技だけ、細かいことは個別に考えればいい。
コーチたちの煮えたぎる戦意に呼応して現役勢も多いに燃え上がる。不敵にも数の不利を受け入れた最上位のチームを倒さんと燃え上がる他の2陣営。
合宿の最後を彩る最大最後の戦いが――幕を開ける。
『試合、開始――――ッ!!』
開戦の合図と共に飛び上がる各チームの後衛魔導師たち。
距離がある状態での撃ち合い。
既に定石となった開幕が始まろうとして、同時に終わりを迎えた。
天に立ち上る魔力がそれ自体で術式を――否、魔導陣を描く。
大規模な処理を必要とするはずの術式を直ぐに組み上げて、天に打ち下ろされるのは魔女の鉄槌。
この戦場における最大の砲台とは、アリス・キャンベルなのか。
――否、この戦場における最大の砲台とはランカーに名を連ねていなくとも間違いなく彼女である。
「仰げ! そして、絶望しなさい!!」
『戦術魔導陣『メテオ・ブラスター』』
最速にして最大規模。
対魔力防御を考慮にしれて、純粋なエネルギーに変換された星の涙。
複雑な処理であるが、魔導陣であれば大規模な改変も可能だった。
「まずは挨拶よ!!」
「クレアの砲撃に合わせて陣形を組む。敵の状態を見て攻撃を打ち込むんだ」
自らの得意技である近接戦をあえて騎士は封じる。
敵の強さを知るがゆえにまずは距離を取って戦う。
健輔たちの陣営に純粋な砲撃魔導師が少ないと知っているからこその布陣。
アリスとの撃ち合いならばクレアが勝つという信頼も込めた作戦だった。
「へぇ……面白いな。だが――」
規格外の砲撃が初撃で健輔たちの陣営に向かって墜ちてくる。
健輔たちの上空に魔導陣を展開したのではない。
ただドデカい魔導陣を展開して、射線を健輔たちに向けただけである。
たったそれだけで戦場の全てがクレアの射程となった。
威力もずば抜けて高く、魔力攻撃であるが規模から考えて桜香でも吸収できない。
1つの極点たる攻撃を魔女は絶対の自信と共に放った。
合宿で魔女が鍛え上げたのは技の発動速度。
威力、規模共に申し分ないが1人で戦うには速度が足りなかった。
その欠点を補った『星光の魔女』クレア・オルブライトは間違いなくランカークラスの実力者である。
この場に『彼女』がいなければ、1人ぐらいはこの時点で落としていただろう。
桜香は攻めの魔導師、如何に強かろうが彼女は自分以外は守れない。
しかし、此処には『守り』においては姉を凌駕する怪物が1人だけ存在している。
「――優香の護りは超えられんさ」
「モード展開」
『アルテミス・ミラージュ』
健輔と戦った時は虹色だったが今は『蒼』に定まっている。
優香の迷いはもうない。
健輔と共に戦い抜く彼女にはある。以前のような枷はなく、覚醒した『夢幻の蒼』は真実の力を天下に示す。
物凄い勢いで噴出した魔力は陣営全体を覆い、薄い膜を形成する。
最強の矛を受け止めた究極の盾が『星光』の一撃に正面から立ち向かった。
「なっ……そんな、嘘でしょう!?」
「クレアの砲撃を、止めるとは……。なるほど、怪物の妹は怪物か」
「……まさか、優香がここまで強くなっている。だったら、健輔さんも」
魔女が呻き、騎士が眉を顰める。
雷光はこの光景を生み出した少女の強さからその相方の成長を見て取った。
武雄はまだ戦場にはいないが、彼がおわずとも頭は回る。
この場にいる誰もが一瞬で理解した。
あそこの陣営は間違いなく最強である。勝つために中途半端な心持ちでは勝てない。
「――騎士、来るぞ」
「ああ、わかっているよ」
龍輝の警告に騎士が号令を発する。
自らの陣営で最強の攻撃が止められていた。これだけで尋常ではない事態である。
しかし、それ以上に尋常ではない相手がいるのを彼は知っていた。
あの存在は間違いなくこのタイミングで攻勢に移る。
「各位、行動を開始しろ! 後ろを気にするな。前に進むぞ!!」
「乱戦は危険では?」
「それでも、だ! このまま固まっている方があれには危険だ!」
戦慄に固まってしまう自陣営に活を入れて騎士を筆頭とした欧州陣営は前に進む。
現役としては彼らは間違いなく第2集団であろう。
世界に挑むに相応しい威風堂々とした立ち回りであった。
止まってはいけない。
どうして止まっていけないのか。
その理由を彼は身を以って知っている。
攻撃は確かに止まったのだ。一瞬であろうが止まった攻撃を前にして、最強が動かないはずがない。
「消えなさい、目障りな攻撃」
『術式展開『フレア・バスター』』
虹の輝きが周囲を光で染める。
空から墜ちてきた一撃を天へと放たれた地上の太陽が逆に飲み込んでしまう。
立ち上る光は太陽の威光。
世界最強の魔導師が進撃が開始する。
攻防としては一瞬、しかし、目まぐるしく動く戦況。
この状況に対応せんと、蚊帳の外になっていた最後の陣営も動いた。
「向こうが危ない……! ツクヨミ、援護するよ! 乱戦にさせないで!」
素早い反応は確かな錬度を窺わせる。
砲撃においては一線級の能力を持つのがツクヨミの特徴であるが、評判に恥じない速度であった。
個別での戦闘能力に差があるとわかっているからこそ乱戦を避けるための援護射撃。
相手が悪すぎる、という絶望的な問題以外には最適な行動であった。
「邪魔です」
都合5発の砲撃を何事もなかったように直進して消し飛ばす。
魔力の壁に接触する以前の問題。桜香が相手の攻撃を意識し、魔力を集中させただけで消し飛んでしまった。
もはや一線級、つまりはベテランクラスでは戦いにもならない。
敵対するのに最低でもランカークラスを要求する最強の魔導師は欧州陣営に向けて突き進む。
「…………」
桜香は全てを置き去りにして1人突出していた。
ツクヨミの砲撃は相手にならず、彼女と戦える魔導師は数えられる程度しかいない。
――だからこそ、桜香は自分を止めにくる相手がわかっていた。
「やっぱり、ここで来ますか」
「ええ、私しかあなたは止められないでしょう?」
「……その通りですね。しかし、昔と同じとは思わないで下さい」
「あら、そのセリフは私のものじゃないかしら」
足を止めた桜香は前を塞ぐように現れた影に表情を硬くする。
この試合が始まる前からこの構図になるとわかっていた。
桜香は最強の魔導師にして、究極の矛たる者である。
有効に使えばそれだけで戦略級の働きを見せるだろう。ならば、敵にとっては最初に止めるべき相手であった。
それこそが何よりも困難で最初の壁なのだが、この戦場には彼女を止められる者たちが揃っている。
そして、この敵はその中でも1番厄介な相手であった。
健輔が最強の敵ならばこちらは最悪の敵。
最強の太陽を落とす、最高の太陽。
「私も錆は落としてきたわ。――さあ、やりましょうか」
「望むところ――!」
『不敗』対『不滅』。
歴代の太陽の中でも間違いなく3指に入る傑物同士がぶつかる。
制限の存在しないなんでもありのお祭り模擬戦。
相手を超えるという確かな念をだけを籠めて、各陣営は激しい戦いへと向かっていくのだった。




