第135話『月光』
天井知らずに増幅していく魔力。
噴き出る輝きは相手を移す鏡にように色を変えていく。
「はああああああああああああああッ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」
同じ武器、双剣を手にした2人は激しく激突を繰り返す。
魔力の高速運動、加速を極点まで引き上げる健輔の魔導行使に優香は力技で追随していた。健輔の想像と魔力に呼応して、一瞬で見た事もない系統を生み出す『万能系』を純然たる力だけで圧倒する。
桜香すらも、皇帝すらも、いや、歴代全ての魔導師を超える最強のパワーが無造作に振るわれていた。
魔導の在り方を根本からひっくり返す健輔の系統を力で凌駕するなど想像も及ばない領域の力である。
「ええい!! 身体制御を強化! 押されたままで、黙ってられるか!!」
身体系の中から魔力の制御などの要素を除いて純粋な身体強化のための系統を生み出す。
そして、直ぐ様発動されるリミットスキル。
あらゆる魔導の可能性を内包している万能系。その万能性を最大限に活かす為に健輔は段階を踏んで自らを強化してきた。
『回帰』はそもそもの最初の段階、あらゆる魔力を生み出すために至った地点。
『原初』はその次、可能性を1つの魔力に束ねた状態で既存の万能系のように力不足に悩まないために手を伸ばした力である。
『回帰』は系統の発展性を、『原初』はそれに力を、そして両者の特性を組み合わせて、高次元に昇華したものが『天昇』。
『万能系』という単一の系統の錬度で健輔の力が許す範囲全ての魔導を極めた力。
これこそが健輔の切り札にして最終形態。同時に始まりとなる姿なのだ。
一言で言えば、リミットスキルである『魔導開闢』の効果もあり、初見の系統でも極めた状態で使用できるということである。
錬度は最高、力も十分、かつ技巧も揺るぎない。
健輔の状態は最高だと断言できるのだが、相棒たる少女はそれすらも力で粉砕する。
彼女らしくない、という評価は間違ってはいないだろう。
「それにしても、どこか合ってない戦い方だと思っていたがこっちが本性か!」
目の前の超パワーを見てようやく合点した。
以前から何とも言えない違和感はあったのだ。桜香は力押しが得意で、実際に圧倒的な超パワーで君臨している。
最強の魔導師――異論はないが、少し気になっていた。
桜香の才能は瞬間的な暴力よりも安定的な強さに軸を置かれたものだ。
力も圧倒的だが、あれは平均的なレベルの高さによるもであろう。
現に健輔の小細工で力が通用しなくなったら、彼女は『統一系』という技を生み出す方向に流れた。元々のバトルスタイルもカウンターであり、発現した固有能力なども幅を広げるものが多い。
九条桜香はパワーファイターではないのではないか。
これは以前から疑問には思っていた。ならば、彼女たちが姉妹が持つ番外能力から考えると一見技巧派に見える優香の本質が見えてくる。
「まさか、パワーファイターだったとはな! 少しは思っていたが、改めて見ると驚きだよ。流石だな」
「……さあ、どうでしょうか。私は、私に自信がないので、この状態でもハッキリとはわからないですね!!」
「そうかそうか! まあ、お前がそう言うならそういうことで構わないさ」
技が拙い訳ではない。
しかし、技を本質として捉えていた頃よりもしっくりしているように見える。
何よりも真由美が生み出したこの前のめりの技と相性が良すぎであろう。
今までの優香ならばこのような前進自爆技に手を出すはずがない。
愉快な気分のままに健輔は笑い掛ける。
「まさか、2人とも揃ってこの技を使うとはな。真由美さんから卒業したつもりだったが、偉大な先達にはまだまだ及ばないな」
「――そちらこそ、きっとこうなると思っていましたよ。健輔さんはこういうのが大好きですからね」
「ははっ、真由美さんには感謝だな!」
「ええ、本当に」
久しぶりに見る笑顔は力が抜けていて、とても自然なものだった。
この力を見せると決めた時から、きっと優香は覚悟していたのだろう。ある意味で諦観も籠った笑み。しかし、中に嬉しさが滲んでいるのを健輔は見逃さない。
自らの力に技で向かってくる健輔を彼女は喜んでいる。
「凄い力だ。でもな、俺の手品もまだ終わりじゃないぞ!!」
「雪風!!」
『波形パターン、変化。また未確認の系統です!!』
「どれだけの引き出しを……!」
半ば制御を放棄して大技を連発することで破滅への時間を引き延ばす。
彼らの尊敬する人物の必殺モードに倣ったバーサーカー形態は奇しくも両者の特性が似ていることを表していた。
真逆に見えて似ている両者はお互いの全てを賭ける。
「魔力の結合を粉砕する!!」
対魔力に特化した破壊系の性質をより強化する。
優香の魔力出力が圧倒的であっても魔力であることには何も変わらない以上は相性の悪さは誤魔化せない。
「させない」
『ミラージュモード発動』
健輔が名付けた決戦形態と同じ術式名。
魔力光が健輔と同じように角度によって変化するものへと染まる。
相手の魔力への干渉から性質を読み取り、想像から対となる魔力を生み出す。
特殊能力を殺す最強の決闘術式が発動した。
「俺の魔力と打ち消し合う……!!」
鏡のように優香の魔力が健輔の魔力を接触した瞬間に変質する。
結果として起こるのは健輔の能力の不発となり、優香の力は残留してしまう。
「性質を殺してしまえば、後は力だけの対決です! ならば、私が負ける道理はない!!」
対魔導における最強のカウンター術式。
健輔の切り札と似た性質、同じ名を冠した技がオリジナルへと牙を突き立てる。
優香の言葉は理屈としては何も間違ってはいない。
相手の魔力から性質を読み取り相殺する。
残りは力のみでの競いあいになるため、その分野における極点たる優香が相手ではどうにもならないだろう。
「く、くくクっ……」
性質を読み取りこちらの能力を消してくる。
素晴らしい力であった。
健輔のミラージュモードが如何なる防御をも突破する牙ならば、優香のミラージュモードは如何なるものをも無効化する盾であろう。
矛盾の対決。優香の方が優勢だが、この男がそのまま黙っているはずもない。
原理がわかれば対抗できるからこその『万能』。
まだまだ優香の想定は甘い。
今の健輔は能力の万能性においては、桜香でさえも凌駕している。
「っあああああああああッ!」
健輔の動きに感づいた優香が動く。
優香のミラージュモードは健輔の絶対に攻撃を通す矛とは違い、相手の姿を映す鏡のような性質を持っている。
相手が桜香であろうが魔力を使っている以上は同じものを跳ね返すことは可能であった。
破壊系であろうが、それを上回るような系統であろうが鏡に映った自分とは打ち消し合うしかない。
鏡を砕こうにも尋常ではない出力と固有能力の壁が立ち塞がる。
特殊な性質がなくなってしまえば、出力の怪物である優香に勝てる魔導師など本当に数えきれる程度しか存在しないだろう。
相手を無理矢理にでも自らの土俵へと引き摺り込む。
やり方は違えどどこかの誰かと良く似ていた。
『マスター、これ以上に魔力を高めると!』
「はああああああああああッ!」
後先を考えない猛烈なまでの力押し。
現状における最適解がこれであると本能で察した優香の猛攻はかつてないほどに激しいものとなっていた。
かつての技に力を加える。
相手の特性を封じるミラージュモードとこの力を組み合わせれば3強にも劣らぬ魔導師と断言しても過言ではないだろう。
クリストファーとは根元の発想が似ているため、お互いに力をぶつけ合う形になり、フィーネは優香に環境を支配されてしまうため不利は否めなくなる。
そして、桜香とは技と力のぶつかり合いとなるだろう。
同格であるからこそ、特性を殺す能力が強く突き刺さる。
「このまま――!」
時間制限は迫っているが戦局は優香の有利。
能力を封じてしまうミラージュモードならば、如何なる相手にも負けない。
優香の自負と自信に嘘はなく、真実最上位のメンツにも通じる力である。
九条優香の本気の本気――だからこそ、
「はは、ははは、はっはっはははッ!」
爽やかな笑い声が必死な優香の手を鈍らせた。
優香が今日まで本当に嫌がっていたのは、彼女が桜香と同格であるこということを認められないからだ。
素晴らしい姉、強い姉、美しい姉――自分程度が追いつくなんてあり得ない。ましてや、追い越すなど絶対にあるはずがないのだ。
恐ろしい姉、孤独な姉、寂しがり屋の姉――ああ、あんな風にはなりたくない。私は決して怪物なんかではない。無思慮に力を振り撒くなんて、やるはずがないのだ。
肯定と否定の両面から姉を基軸にして、優香は生きてきた。
そんな自分が汚いと奥底に願望を閉じ込めて、桜香を倒したいとわかりやすい目標で自分を誤魔化してきたのだ。
――嘘ばかりで、目を逸らしてばかりだったからこそ、健輔の直向きさが眩しかった。
この人の前でくらいは、嘘を吐きたくないし、目を逸らしくないと思ったのはいつからだったのだろうか。
気が付けば、優香は見せたくない部分を含めて露出していた。
その果てにこの戦いが存在している。
嬉しいような悲しいような複雑な感情での戦いは必勝を目指して容赦なく力を振るう。
勝つつもりは当然存在しており、ミラージュモードは最強のはずだった。
怖がられることは、今でも怖く、不安は付き纏っている。
もしかしたら、あるかもしれないと僅かに過っていた想い。
必死に刃を振るって誤魔化してきたが、なんということはなかった。
真っ直ぐに視線を向ければ、そこには相棒たる女性に向けるべきではないであろう極悪な笑顔をした男がいる。
「堕ちろ、九条優香」
恐れなど微塵もなく、溢れんばかりの戦意を以って男は宣言した。
なるほど、優香の能力は素晴らしい。
本人の光もあるが、相手の光に応じて照り返すのはまさに月のような佇まいであろう。
一抹の怖さも含んでいる辺りが実に優香らしいと健輔は感じ入っていた。
これほどまでに素晴らしい力を隠しているとはなんとも勿体ない。
彼がこの戦いで思ったのはそれだけであり、力への恐怖も嫉妬も存在するはずがなかった。あるのは無限の憧れと、それを凌駕する喜びのみである。
単純に完結した思考は余計なものが入る余地が存在しない。
制御などとっくの昔に失っているのに、その意志だけで望む結末を引き寄せる。
過程を排して結果を呼び出す。
道理を捻じ曲げて『理想』を描く力は健輔が半年かけて学習した最強の王者の力が元となっている。
皇帝に出来て、健輔にやれないなどそれこそがあり得なかった。
軌跡に奇跡を重ねて、健輔は王者を超えた男である。
「返すぞ、その力。術式展開――」
名を冠するのは同じもの。
決戦術式をたるものを健輔を持っている。
優香が盾ならば、何事も貫く矛が健輔のミラージュモードだった。
「ミラージュモード!!」
優香のミラージュモードを健輔のミラージュモードが貫通する。
健輔の魔力は常態で複数の性質を帯びており、優香はその攻撃を受けることで同じ性質を反射してきた。
複数の性質であろうが、複数の系統であろうが、優香の魔力と触れた時点で反射されて無効化される。
これは絶対であるが、健輔がミラージュモードを発動することで多少事情が変わってくるのだ。
どちらも相手に決戦を強要する術式だが、優香の方が汎用性が高くかつ防御に偏っているのに対して健輔は完全に攻撃に偏っている。
用途においても如何なる防御をも貫通するという1点張り。
万能系の多様性を持っていながら切り札は一品物というのがこの男を良く表しているだろう。
「がっ!?」
「まだお前さんの能力は突破できるだけだな! ハハっ、つまりは殴り合いで決着か」
身体を加速し、強化して、容赦なく腹パンを優香に放つ。
相棒であろうが、最高の憧れであろうが差別はない必殺の拳。
力に寄ったことで技が粗くなった優香ではこの連撃を止められない。
真由美の全霊の防御を加味のように引き裂いた技が『天昇・万華鏡』の底上げされたパワーと派生した系統の後押しを受けて最高クラスの格闘で放たれる。
対桜香も視野に入っている最終奥義は優香にもきっちりとダメージを与えていた。
地味な反復練習。ド派手な能力が目立つがこの男の1番厄介なところは如何なる状況であろうとも力が落ちないこの基礎力にもある。
万能を活かし切る機転と積み重ねことが最強の武器なのだ。
「ッャアアアアアアッ!」
「このままで、終わる訳には――」
身体全体で優香は健輔の攻撃を受け止める。
いや、拘束するというのが正しいのだろう。魔力を一気に放出することで無理矢理にでも逃がさないだけの身体能力を発揮していた。
「クっ、そうくるかよ!」
突き出した腕に張り付く柔らかい身体。
戦闘中における鋼の心でも僅かな動揺は避けられなかった。結果、優香の捕縛術は完璧な精度で健輔を捉えた。
健輔の行動をよく理解した上での迅速な動きに笑うしかない。
「俺の身動きを封じて、次にするのは!」
「勝つために、今回は許容します。しかし、敗北にはさせない」
激しい魔力を放つ優香の表情は覚悟を決めている。
なんともらしい決着ではあるだろう。
時間制限のあるモードで相手を押し切れないとなれば最後の手段はそれしかない。
彼の十八番であるが、今回は相棒に譲るしかないようだった。
本気の本気で足掻けば、もしかしたら勝ちは拾えるかもしれない。
負けるのは悔しいので、それはそれで選択肢としてありかもしれないが合理的に過ぎるであろう。
健輔は無駄なことが好きではないが、人生には無駄が必要だとも思っていた。
これは余分な感情で抱えなくてもいいものだが捨てるつもりにもならないのが何故かとても誇らしい。
生涯に1度くらい、受け入れる敗北があってもいいだろう。
ただ悔しいことは悔しいので、負け惜しみだけはしっかりと放っておく。
「――今回は、引き分けにしとくか。これで終わらせるのは、まあ、あれだよ。……勿体無いからな」
「――――そう、ですか。うん、そうですね。ええ。私もとても楽しかった」
満面の笑みはお互いに納得が出来たという証。
クォークオブフェイトのジョーカーとエースらしく結末にはオチを付けるべきだろう。
まだ羽ばたこうと決めたばかりの相棒とここで終わらせるのは勿体無い。
感傷以外の何物でもないが、後悔はなかった。
この戦いは楽しかったのだ。だったら、今はそれだけでよかった。
笑顔で交わした視線は自然体で、肩の力が抜けている。
相棒の可愛い笑顔に少しだけ照れ臭くなりながら、2人は閃光の中へと消えていくのだった。




