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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第134話『万能』

『マスターっ』

「わかってます!」


 雪風の警告に優香が動く。

 自らの心の中から強力な魔導師たちを引き摺り出す。

 彼女の固有能力『夢幻の蒼』はクリストファーの『魔導世界』と酷似した創造系の特殊な能力である。

 想像力の及ぶ範疇と実力に応じて、再現可能なものを世に顕現させてしまう。

 魔導の中でも飛び抜けた力であろう。

 しかし、両者の能力には明確な差異があった。

 クリストファーの『理想』に対して、優香の描く『現実』は幅が狭い。

 彼女の実力の範囲内に収まってしまうようではあまり使えない能力に成り下がっている――はずだった。


「リミッタ―解除」


 噴き出す魔力は量において常識を遥か彼方に置き去っている。

 優香が元々持っていた番外能力は出力において天井知らずのモノ。制御を考えなければ単純な力においてならば桜香すらも超える究極の力押しだった。

 クリストファーが描くのが『理想』であり、優香の現実は対極に位置している。

 実力が伴わない――より正確に言うのならば枷が付いている状態では『現実』は弱かったが、全てを取り払った優香が振るえば理想すらも超え得る力となってしまう。

 3強の力を伴った上位ランカーたちを忠実に再現する。

 ある意味では健輔すらも超える最強のコピー能力が火を噴く。


「あなたが何をしようとも――」


 真由美の砲撃に、ハンナの連射、そこにフィーネの制圧力を加える。

 健輔を囲う自然の檻。内部には破滅の光が乱れ飛ぶ。


「――力で、粉砕するッ!」


 今までの優香らしくない純粋な力押し。

 注がれた魔力量は真由美クラスの全魔力を注ぎ込んでまだ足りないほどの常識知らずの代物。術式が注がれた魔力に耐えられずに壊れながら稼働するという信じられない光景が健輔の前で現実として存在していた。


「はっ――!」


 優香の後先を考えない燃え尽きるかのような全力は現在の健輔とも共通している。

 流石は健輔の相棒と言うべきだろうか。

 やっていることが完全に被っている。

 健輔は真由美を見習い制御できない力の制御を完全に放棄していた。

 時間を引き延ばすには力の限りに暴れるくらいしかやることがない。

 後先を考えない、前のめりの自爆はこの合宿で真由美から盗んだ技だった。

 

「俺にはぴったりだが、お前には似合わないだろうに。まあ、嬉しいけどな!」


 言葉を放った瞬間に、健輔の魔力が爆発する。

 今までに比べれば比較にならない力であるが、優香の方が圧倒的に上の現状では焼け石に水でしかない。

 それでも優香が警戒を強めたのは発せられる魔力の不気味さからであった。


「あれは、一体……」

『パターンに類似する反応なし。そんな……何の系統なのかも判別不能!』


 枷を外して、いや、ないと信じて優香は全霊を尽くすためにここに来た。

 未だに心の壁を超えているとは言えないが十全ではある。

 過去の敬すべき敵たちの力を再現したのもそのためなのだ。

 私にはこれほどのことが出来る、という優香の主張、あるいは挑発はこれ以上ないほどに完璧だった。

 完璧だったゆえに起こしてはならない奴の魂に火が灯ったのである。


「さあ、さあ……行くぞッッッ!」


 発動させた術式により魔力の色がかつての『回帰』のように定まらなくなる。

 普段ならば聞こえてくる相棒の声も今は届かない。

 話すという機能すらも能力の制御に傾けているのだ。

 美咲がいないこの状態での戦闘など正気の沙汰ではない、と健輔もよくわかっていた。

 『原初』ですらも完全ではないのに、その先に手を掛ける。

 明らかに順序を履き違えているのは誰が見ても間違っているのは健輔である。

 正しいのは真っ直ぐに己の技と向きあい、その上で始まりをマスターすることなのだろう。優香に勝利するだけならば『原初』の力を極めていくのでも不可能ではなかったはずなのだ。


「セット――『加速・強化・収束』」


 それでもこの力に拘ったのはもはやただの意地であった。

 論理的な解答ではなく、感情的な衝動。

 バカな選択肢だとわかって選んだ。しかし、ただ衝動で選んだだけでもないのだ。

 確信があった。九条優香は必ず彼女の出来る範囲での全霊を尽くす。

 信頼しているからこその思考。

 相手のやりそうなことなど、簡単に思い浮かぶ。向こうも健輔が『原初』を単独である程度は扱えるぐらいにしてくると思っているはずだろう。

 ――だからこそ、健輔は其処を超えてやりたくなったのだ。

 これ以上ないほどに単純な答え。

 悪戯を思い付いた悪童のように健輔は笑う。この姿ならばきっと驚くだろう。

 限界を超えた理由はただそれだけであった。


「付いてこれるか!!」

「やってみせますッ!」


 暴れる魔力は身体に負荷を掛けてくる。

 感じたことのない大きな力に頬は緩む。実質的にぶっつけ本番、下手をすると展開した瞬間に吹き飛んでいる可能性もあった。

 賭けであったのは間違いないが、ギリギリだが成功だったと言えるだろう。

 これこそが健輔の望んだ1つの最強。

 これがないと世界には挑めないと確信していた

 魔導の系統が性質の変化だと言うのならば、真の万能とは性質を変化させること。

 既存に存在しないあらゆる方向性を自らの中に収める。

 

「駆け抜けろ――我が魔力!」


 あらゆる事態を想定して万全の準備を行い、それでも最後の最後はノリで突き進んでいく。これこそが佐藤健輔のバトルスタイル。

 安全になるのを待っていたら、いつまで経っても前には進めない。

 心が叫んでしまった以上は仕方がないのだ。

 ここが使いどころだと、思ったのだから挑戦せずにはいられない。

 美咲と相談して決めた段階を全て捨て去り無謀に浸る。

 このようなバカだからこそ、佐藤健輔は強くなった。

 賢い者には選べない選択肢があり、バカだからこそ行ける道もある。

 自らの背中で健輔をそのこと示す。


「堕ちろ! 『終わりなき凶星』――連続掃射!」

「えっ……!?」


 真由美の必殺の術式。

 超高密度の魔力を極限まで圧縮して放つ砲撃。

 魔導砲撃における1つの極点があっさりと連続で放たれた。

 まるで真由美本人かのような速度に優香は驚愕を露わにする。

 ――それが致命的な隙だとしても、驚きを隠すことは出来なかったのだ。


「遅い!」

「――この速さは!! ハンナさんよりも――!」

「オラオラ、まだ終わりじゃないぞ! 『創造・強化・再現』」


 真由美やハンナのような『速度』に特化した固有能力持ちと似たような魔力の発動速度に優香は戦慄する。

 優香も真由美の術式を『想像』して見せたが、健輔は己の技量に沿っているため、もはや再現性が高いというよりもオリジナルと言うべきだろう。

 コピーに掛けた年季が優香とは比較にならない。

 今までは能力的な不足のせいで再現し切れなかった分まで再現した上でバトルスタイルに組み込まれた健輔のコピーは此処に至ってオリジナルを部分で凌駕する。

 そして、上昇した再現性は今まで手を出せなかった領域にも手が届くようになったことを意味していた。

 覚えている魔力を『再現』する。

 過去にあったことを『創造』するのに特化した力が今に『現実』を描く少女へと牙をむいた。


「術式展開――『虹の閃光』!」

「姉さんの技!?」

『マスター!!』

「発動! 『蒼の閃光』!」


 魔力を注いで無理矢理に迎撃する。

 かなりの負荷であったが撃墜よりはマシであった。天井知らずの魔力だからこそ出来る荒業。通常の優香ならばもう戦いは終わっている。


「……やっぱり、健輔さんは――」


 胸に去来した想いを押し殺して、優香は戦意を高める。

 まだ早い。期待に浸るのは、全てを出し尽してからにすべきであろう。


「雪風、タイミングは任せます」

『承知しました。マスターも、ご武運を』


 詳細はさっぱりとわからないが、それでも健輔の状態が長くないことはわかる。

 傍目で見ているわかるほどに魔力が暴れているのだ。

 あの状態が時間制限付きなのは明らかだった。勝つためにならば、持久戦に徹してしまえばそれで話は済む。

 優香も時限式の強さだが健輔よりは持つだろう。

 賢い選択はわかっている。その上で、優香は選ぶつもりがなかった。

 

「あなたの心に、応えてみせる」


 彼女も決意を携えてやってきたのだ。

 無様な勝利など最初から眼中にない。

 クォークオブフェイトの最強同士の対決は速やかに終局へと加速する。

 同レベルの実力者でお互いを良く知っているからこそあまり時間は掛らない。

 2人は流星の如く空を翔ける。

 全てを燃焼させるかのような姿は合宿に参加していた魔導師たちを惹きつけていく。

 次代を象徴する力のぶつかり合いは、昨年度とは違うのだと言う事を改めて彼らに認識させるのだった。






「なるほど……ふふっ、あの力は私を倒せる可能性が十分に存在しますね」

「自らを脅かす存在を喜ぶのはどうかと思うけど……仕方のないことなのかしら」

「ええ、亜希。仕方のないことですよ。1人きりで強くなっても詰まらないですもの」

「そう……」


 持てる者たる桜香の言葉に亜希は静かに頷く。

 最強の孤独をどうにか出来るほど自らは強くないと悟っているいるからこその諦観もそこにはあった。

 親友として覚悟を決めても本質的な臆病さは簡単には直らない。

 人が変わるには相応の時間が必要だと少なくとも亜希は思っていた。だからこそ、この性急なクォークオブフェイトの変化には眉を顰めるしかない。


「見事な技だな。貴様の妹もそうだが、十分に我らの領域に至れるだろう」

「でしょうね。健輔さんのあれは想定通りですが、やはり滅茶苦茶です」

「健ちゃんが考えていたことだけど、こうして実際に見ると怖いね。事実上、再現できない能力なんてないじゃん」

「ふふっ、そうですね。ええ、私もそう思います。――本当に、素晴らしい」


 集まった強者たちの言葉は賛辞の色しか存在しない。

 本来ならば弱いとされた力でここまで伸びたことは彼らでさえも褒める以外の言葉が出てこない偉業である。

 もはや『万能系』という系統名は真実の意味で万能と呼ぶべき代物となっていた。

 全ての魔導を発現させる力として真実の万能に至った力を前にすれば彼らでも対処できる人物は限られる。

 かつての3強ならばともかくとして、真由美のようなランカークラスでは相性によっては何もできずに粉砕される可能性も十分に存在していた。

 まだまだ課題は多いが、疑いようのない上位ランカークラス能力である。


「……やはり、クォークオブフェイトは強い」

「ええ、レオナ様の仰る通りです」

「私たちもマシになったつもりですけど、マシになっただけですもんね」


 かつてのランカーたちが脅威だと認めるように現役勢にとっても脅威であることは変わらない。

 むしろ、より近しい意味での脅威と言ってよいだろう。

 彼女たちはあの2人と技を競い、ぶつかり合わないといけないのだ。

 ヴァルキュリアたちは強敵との対峙に緊張を高める。

 自らの不足を知るがゆえに先を行く者たちを羨望で見詰めるしか出来ない。


「素敵……」

「……こいつは」

 

 レオナたちが真面目な空気を出している直ぐ傍で変態がイキイキとしている。

 瞳をハートマークにする真理に俊哉は頭を抱えるしかない。

 桜香との戦いで多少はマシになったかと思ったら、次の日には今まで通りになっていたのだ。嫌いではないがもう少し扱い易い姿を見せて欲しいところであった。

 桜香がいるとはいえ、彼らもあの両名のどちらかと戦う可能性はあるのだ。

 あんなのと戦う上で重要な戦力となるであろう存在がこれでは先が思いやられる。

 トップを含めて強敵を喜ぶという実に最強らしい姿で彼らは待ち受ける。

 内情はともかくとして、強い在り方であるのは間違いないことであった。

 そして、最後の1チーム。


「ヴィオラ、ヴィエラ。やっぱり、今年も世界大会は楽しそうよ。あれが私たちと同じ年代にいる」

「ええ、アリス様」

「私たちは幸運ですね。あれほどの方達と技を競うことが出来るなんて」


 姫君たちが見据えるのは過去から繋がる今の光景。

 かつての健輔を知る身として、彼が強くなったことを真剣に寿いでいる。

 努力の差、覚悟の有無、才能と要因に違いはあれど、健輔があそこまで伸びるということは可能性としてはアリスたちもあそこまで至ることが不可能ではないという証左なのだ。

 勿論、それほど簡単な話しではないのだが、何も道標がないよりは遥かに良いだろう。

 何より健輔の奮闘を見せるのは次代にとっても悪くはない。


「パメラ、良く見ておくのよ。あなたも何れはこのチームを背負うんだから」

「はい、アリスさん!」

「ん、よろしい」


 傍らに立つ少女にアリスは笑いかける。

 この合宿の中では低調な動きと言えるシューティングスターズだったが、彼女たちの中で重要な事はしっかりと成し遂げていた。

 アリスに代わる人材の発掘。

 基礎を完璧にこなした上で応用の段階での素質のチェックを行い最適な人材を見つけた。

 現時点では大した脅威でなくても世界大会を進めていけば強大な力となる。


「私だけじゃ届かない。だったら、数を増やせばいいじゃない。ええ、今年のシューティングスターズは少数精鋭なんて小さなことは言わないわよ」

「多数精鋭。まあ、難しいでしょうが、来年までも視野に入れたら不可能ではないですわ」

「私は今年で決めるつもりよ? 最初から負けた時のことを考えるのなんて癪だもの」

「存じております。参謀としての情けない意見だと思ってくださいまし」


 ヴィオラの涼しい顔にアリスは呆れたような溜息を吐いた。

 あらゆる可能性を追求する。魔導においては健輔の独壇場であるが、こういった戦略的な話であればヴィオラも得意である。

 チームを多数の精鋭で構築し、数による優位を生み出す。

 まだまだ基礎工事の段階だが、不可能ではないはずである。

 何せ、ハンナから数えて4年目に突入する事業なのだ。掛けた時間という労力は嘘を吐かない。


「じゃあ、我が参謀はどちらが勝つと思う?」

「さて……」


 ハンナが選んだアリスの頭脳。

 アリス単体でも出来は悪くないが万全を期すために用意した魔導師は艶やかに微笑む。

 彼女の顔に張り付いた笑みは親愛の情が常に籠っている。

 激情を晒すことがないことこそが、彼女の武器なのだ。健輔が秘かに技を盗んだ存在は不気味な存在感を持つ。


「どちらもこの世代を背負う逸材。新時代の強者ですから、私程度では。ただ……」

「ただ?」


 温和な笑顔を少しだけ崩して、冷静な瞳を覗かせる。

 ヴィオラ・ラッセルは健輔を高く評価しており、実力を過不足なく評価していた。その上でもう1人の怖さもわかっている。


「健輔様は何をするのかわからないですが、優香様は底がわかりませんので……」

「そうね。ええ、楽しみだわ。九条優香の、九条桜香に匹敵するかもしれないたった1人の天才の全力が見られるのだから」


 健輔の本気に呼応して、何かとんでもないものが出てくる。

 期待は既に現実として描かれようとしていた。

 周囲へと溢れ出る魔力は明らかに個人レベルを凌駕して施設単位の力になろうとしている。現段階でも単純な出力面においてならば桜香すらも超えかねない力が質すらもドンドンと高めていく。

 小手調べは終わり。双方が共に終わりへ向けて加速を始める。

 蒼き輝きが健輔の色に染まる時、九条優香の真価がついに現れるのだった。

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