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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第133話『天昇』

 お互いに覚悟を胸に秘めて2人は何も言わぬままに技を磨き続けた。

 起きるであろう激突が最後の最後、最大の戦いになると理解していたからだ。

 何も言わずに、されど練習はより苛烈に。

 3チームでの合宿期間でやれるだけは全てをやろうと顔も合わせずに己を高め続けた。

 そして、時は来る。

 他の合宿との合流、培った日々の総決算が始まる時を目前としたときに2人は戦うことを決めた。


「本気でやろうか、九条優香。――不甲斐ないようならば、ここでお前の心を折る」


 対峙して投げかけられた言葉に渦巻いた感情。

 悲しみ、驚愕、焦燥。

 言葉にすればそれらが含まれていたことは疑いようがない。

 彼女は悲しんでいたし、嫌がっていた。

 しかし――、


「宣戦布告だ。真由美さんを超えた。だったら、次は去年の清算はきちんとすべきだろう?」


 ――もっともらしい言葉で格好よく言葉を放つ彼に1番強く感じたのは『歓喜』だった。

 表情には出てこない。

 優香も本当のところは理解していない感情の渦。

 もはや本人もどんな色か思い出せないし、思い出すつもりもなかった。

 姉が怖い。姉が誇らしい。姉が好き。姉が嫌い。

 混ざり過ぎてどれが最初の感情だったのか、もはや優香も思い出せないのだ。

 1つだけ確かなことは何時如何なる時でも姉が彼女の人生にチラついてきたことだけ。

 魔導が関わっていようが、なかろうが変わらない事実。

 仮に最初は桜香を知らずとも、知ってしまえば誰もが優香の背後に姉を見る。

 大好きだった。嘘ではないし、今でも誇らしい。

 大嫌いだった。疎ましいし、煩わしい。

 何をしようが届かない事実に誰よりも打ちのめされたのは他ならぬ優香自身である。


「何を考えているのかは、知らないし興味もない。ただな――」


 本心からの言葉。

 誰もが姉を背後に見るのに、この人だけは優香を羨ましいと思ってくれた。

 須らくあらゆる人物に憧れるのだと今はわかっているが、それでも生まれて初めての出来事だったのだ。

 真っ直ぐに、己を見定めくれた人。

 健輔の期待に応えようと努力する日々は目的を作って見えない影とは違う彩を与えてくれた。


「――俺を舐めるなよ。お前の全力程度、超えられずに何処にいける」


 ようやく形に出来た心。

 そして、だからこそこの激突は不可避だとわかってしまった。

 誰よりも真っ直ぐに見つめるからこそ、避けることを許せない。

 この人がそうであることは、姉に挑んだことからもわかっていた。

 出来れば、本当に僅かしか思っていないが、自分だけに向けて欲しいと切に思う。

 そのためにも、この戦いは必要なものだった。

 たとえ、胸が張り裂けそうであろうとも。


「男に気など使うなよ。全霊で、全力だ。どうか、応えて欲しい」


 健輔の瞳が怖がるなと訴えている。

 仮に優香が桜香のような怪物になっても、彼は真っ直ぐに見つめてくれるのだ。

 言葉でも、態度でもなく、軌跡がそれを示している。

 相棒と呼んでくれた人の切なる頼みに空の乙女は覚悟を決めた。


「……仰ることは、本当にわかりません。ですが……」


 少しの嘘を言葉に乗せて、九条優香は己を曝け出す。

 姉の影に飲まれてしまい誰とも触れ合えなかった孤高の天才がようやく居場所を見つけた。これは健輔の旅立ちであり、優香の離別となる戦。

 2人が共にお互いの激突を必要としている。

 既に戦いは始まっているのだ。僅かな嘘は遅れに遅れた男への抗議の想い。

 彼女は自覚していなかったが、この瞬間をずっと待っていた。


「お受けします。全力で、全霊で」

「おう、サンキュー」


 返答は簡潔に。

 無駄な装飾よりも剥き出しの想いの方が好みだと知っている。

 人生で恐らく初めてとなるであろう心からの希求。

 九条優香は全力を振るえることに喜んでいる。

 去っていく背中をじっと見つめて、優香は優しく微笑むのだった。






 夜が明けて、朝がくる。

 合宿としては最終日。

 誰もが引き締まった顔をしているが中でも彼の気合いは十分だった。

 過去最高、桜香と戦った時を軽く凌駕している。

 理由は至極単純だった。

 最高のモチベーションを発揮しないと潰される。九条優香と言う魔導師の本気の本気を今日初めて見ることになるのだ。

 桜香に挑むのと心境としては大差がない。あの領域に挑むだけの覚悟がなければ、勝負にもならない。


「おはよう。調子はどうかしら?」

「おう、おはよう」

「勝算は?」

「ない」


 戦場に向かう途中で声掛けてきた人物。

 待ち構えていたもう1人の相棒に堂々と言い放ち、健輔はそのまま真っ直ぐに決戦の舞台へと向かう。

 純粋な1対1。

 誰かに助力して貰うことは受けいれているが、この戦いだけは健輔が背負うべきものだと確信していた。

 己の矜持としても必要以上に寄りかかるつもりはないのだ。

 まずは自分が。この方針には大きな変化はない。

 

「……ああ、勝算はないんだよ」


 呟く言葉は虚空に消える。

 桜香に勝利し、クリストファーやフィーネ、果てには真由美にも勝った。

 桜香には取り返されたが、何れは勝つと決めている。

 そんな中でただ1人。

 彼女だけは――九条優香だけには健輔の心も乱れてしまう。

 美しい、と感じた魔導師はきっと彼女が初めてだった。

 強さとは直接関係ないが、その美しさに感服したのを忘れてはいない。

 自分には纏えないと唯一諦めた輝き。

 強さには立ち向かえても美しさには膝を屈するしかなかった。

 空に憧れたからこそ、空の色を纏う乙女を地に落とすつもりにはなれなかったのだ。


「だからこそ……やる意味がある」


 あの美しさに胸を張れるように健輔も飛翔する。

 落とすのではなく、自分が上がろう。

 この戦いで覚えておくべきことはその1つだけであった。

 準備は既に十全。

 これ以上はもはや可能性の話でしかない。

 

「いくか、陽炎。お前も妹との戦いに心が躍るだろう?」

『イエス、マスター。見せてあげましょう。天に至る力を』


 佐藤健輔、出陣。

 九条優香を倒すために最強のジョーカーは全てを賭す。

 受け止める女もまた気合いは十分。

 双方に不足はなく、確かな激戦を見守る者たちに感じさせるのだった。






『では――バトルスタート』


 戦場に響く冷たい声。

 健輔と優香にとって深い関わりを持つ女性――桜香の号令で戦いは始まる。

 先手を取ったのは最強のジョーカーにして、クォークオブフェイトが誇る万能系の魔導師――佐藤健輔、ではなかった。

 空を切り裂くように蒼い閃光が降り注ぐ。

 健輔を凌駕する圧倒的な速度と技で、クォークオブフェイトの最強が動く。


「――陽炎」

『補足しています。このバトルスタイルは、おそらく』


 武器を捨ててすぐさま拳で魔力を迎撃する。

 破壊系を纏った『回帰』の一撃は十全の力を発揮していた。

 魔導に対する最強のカウンター。

 健輔の十八番たるコンビネーションだったが、迫る『蒼』も並ではない。

 

『真由美の砲撃、いえ、それだけではありません!』

「なるほど、あの固有能力はそういう使い方も――っ!」


 陽炎からの報告に反応しようとした直後、健輔は直感に従い身体をずらした。

 狙われている感覚。

 この手の勘を外したことはない。


「優香!!」

「ご賢察の通りだと思います。――私は言いました。全力で、全霊だと」

「はっ、嬉しいね!」


 何もなかったはずの空間から姿を現す。

 蒼い魔力を身に纏い、いくつも術式を展開している。

 充溢した魔力は健輔を遥かに凌駕しており、冷たい表情は姉と良く似ていた。

 

「やっぱり、3強クラスか」


 なんとなくの予想ではあったが、外れていなかったことに笑みを零す。

 これだけの力を持っていて、心の問題で発揮できないというの人類の損失であろう。

 健輔は真面目にそう考えるからこそ、この戦いで枷を破壊する気満々であった。

 そのためにも、まずは戦いを進めないといけない。


「陽炎」

『ランスを展開』


 槍を形成した健輔は周囲を薙ぐように武器を動かした。

 甲高い音が響き、槍と剣がぶつかり合う。


「光学迷彩か何かか? 随分と器用なことをするな」

「――言葉は、不要」

 

 いつになく硬い表情の優香が全力の斬撃を放つ。

 吹き出る魔力は見慣れた『蒼』で桜香を模倣したものよりも弱いはずなのだが、素直に受けるとマズイ感じがした。

 予感に従い健輔は受け流すことを選ぶ。


「ぐっ!?」

『測定値……これは、まさかそんな……』

「押し切る――」


 片手で健輔を弾き飛ばす。

 圧倒的な膂力。もは力強いなどというレベルの話ではない。

 受け止めた時に感じたものはクリストファーにも劣らない規格外のパワーであった。

 健輔が情報として認識している優香は高機動が売りのテクニック型。

 間違ってもこのような力に訴えかけるようなバトルスタイルではない。


「撃ち抜く! この力でッ!」


 優香が叫ぶと同時にいきなり砲口が出現する。

 見覚えのない現象だが、見覚えのある光景ではあった。

 魔力パターンこそ異なるが、あのタイプの砲撃魔導は昨年度に腐るほど見ている。

 ましてや、初撃の段階で予想はしていた。

 想像で相手の能力を創造する。ようはクリストファーとやっている事が同じである。

 違いは王者は自負のみで紡いだものを、優香はより論理的に紡いでる程度であろうか。

 前者はオリジナルを超えることもあるコピー、後者はオリジナルの忠実なコピーである。

 強さだけならば皇帝の方が厄介だが、後者の方も負けていない。

 己よりも格下であるのならば、威力だけは完璧に再現してくるはずである。

 

「俺に対する挑発か。面白いな!」

『威力だけは優香のものですが……速度に、構成術式は間違いなくオリジナルに準じるかと。精度でいえば皇帝を遥かに凌駕しています』


 片方は夥しいまでの連射を行い、空を埋め尽くす。

 もう片方は圧倒的な威力で、空を支配し埋め尽くす。

 傾向は違うが場を制するという点で比類なき力がそこにはあった。


「まだです。――この程度が、私の全霊だとは思わないでほしい」


 感情が抜け落ちたかのように口調は冷たい。

 いや、出会いの頃に戻ったのだ。彼女にその気がなくとも孤高の強さを誇った1年前のあの頃へと。

 全霊を出すには桜香に勝つことだけが目的だったころに還る必要がある。

 優香の判断に文句はないし、健輔も納得できた。

 頂上にいるのは桜香だけで勝てない、それでも勝ちたいと祈る複雑な少女。

 心は混ざって、答えは出ないようになっている。

 それでも彼女はやれるだけのことをやってくれていた。

 過去を直視し、その上で健輔に問うているのだ。私はここまで出来るが、本当にあなたは追い越してくれるのか、と。

 健輔の十八番を奪うバトルスタイルのコピーも安い挑発である。

 流石は相棒であろうか。

 健輔が燃え上がるようなポイントを全て押さえている。

 これを狙ってやったのか、それとも素なのかはわからないが――ここで勝てなければ健輔は健輔ではなくなってしまうだろう。


「はっ――」

 

 勝算などない。

 正確には最初からそんなものを考えていない。

 仮に絶対の敗北が待っているとしても結末が描かれるまでは何でもやれることがある。

 桜香が敵でも、優香が敵でも、クリストファーが敵でも、フィーネが敵でも、真由美が敵でも、いや、誰が敵でもそこだけは決して変わることがない真実なのだ。

 勝つまでやれば、いつかは必ず勝てる。


「なんか、久しぶりだな。この感覚!」

『マスターが楽しそうで何よりです。最近は楽しそうでしたが、少し考え事が増えているようでしたので』

「いやはや、やっぱり駄目だわ。頭を使うのも嫌いじゃないけど、こうじゃないとな!」


 気合を高めて、心を燃やす。

 ハッキリと言えば精神論なのだが、健輔はこれが嫌いではなかった。

 理屈は通らず、道理も微妙。賢い生き方ではないと理解はしている。

 しかし、好みがこちらである以上は仕方がない。

 やれると思えば挑戦してしまう性なのだ。

 『原初』すらもまだモノに出来ていない状況では早い――なるほど、その通りである。

 こんなところで発動して、桜香と戦うときにどうするのか――なるほど、正論であろう。

 身の丈に合っていない、制御できるはずがない。

 過る言葉に嘘はなく、全てが事実である。

 それでも、やりたいと思ったのならば仕方がないのだ。


「さあ、俺の到達点だ。大分早い上に、完全に未完成だがな!!」

『完成度は凡そ30%。完璧には程遠いですが、マスターの精神力で70%程補えばなんとかなるはずです。私の計算もそう出ています』

「だったら、問題ないな! 術式展開――ッ!」

『発動――『天昇(エヴォリューション)万華鏡(カレイドスコープ)』』


 己の理想を、最強の姿を降臨させる。

 究極の万能性とは、あらゆる魔導を想像し、創造すること。

 クリストファーが創造から理想を描くのとはまた異なる方向性で健輔は王者のいた領域へと手を掛けるのだった。


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