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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第131話『現実』

 いろいろとあって、亜希が枷を破壊した。

 これでアマテラスは新生、最強のチームに相応しくなる――というのであれば世の中も多少はわかりやすかっただろう。

 しかし、非常に残念なことに亜希の変化から齎されるものなど多少の影響しか存在していない。アマテラスの大半は依然として桜香に寄り掛かったアンバランスなチームに他ならない。

 誰よりもその事を理解しているのは桜香と戦った彼女たちである。

 

「そんなゴミ屑ですが、ルール上、全員を切り落とす訳にもいきません。っと、大体の事情はわかってくれたかしら?」

「わかってますよ。あなたよりも、私の方が状況を理解しています」

「理解しているならば、行動で示してください。明日から頑張るとか寝言は言わないようにしてくださいね。もう、時間がないです」


 笹川真里が冷たい表情で厳しい言葉を投げ掛ける。

 才能はあるが切れすぎるのが真里の特徴だが、それでも仲間に対してこの態度はマズイだろう。

 万人に好かれろ、などと言うつもりもないが無意味な挑発は避けるべきである。

 亜希は味方なのだ。変なところで対立しても意味がない。

 今後はこの2人の間に立って潤滑油として行動しないといけない自分に俊哉は心の中で涙を流していた。


「時間がないこともわかっています。今までのことは何も言い訳しません。そちらが不満を持っているのはわかりました。しかし、吊し上げは後で2人でやるようにしてください」

「っ……わかってます。すいません」

「あなたが私を嫌いなのは構いません。それでもチームメイトとしてやるべきことがある。現時点でこの見解は一致していると思うのですが?」


 正論であるがこの相手に言われるのは非常に癪であった。

 そんなことはわかっているのだ。


「……わかりました。よろしくお願いします。先輩」


 先輩の部分に力を入れる。

 これで伝わるであろうと表情に亜希は苦笑した。

 真里からの印象は最悪でも亜希は真里をそれほど嫌ってはいない。もう少し言葉は選ぶべきだと思うが彼女が真剣であることは疑う余地もなかった。

 これほどまでにアマテラスを、桜香を愛している後輩を嫌うのは難しい。


「では、先輩らしく助言しましょうか。桜香に関することには余裕があるのにそれ以外での耐性が無さ過ぎですよ。私のように腰が重いのも問題ですが、軽すぎるのも問題です」

「……言われるまでも、ありません」

「その態度がわかっていないのです。笑顔で助言ありがたく、ぐらい言ってみせなさい。桜香を倒した相手なら、きっとそうしますよ」


 非常に生意気だが、気持ちの良い生意気である健輔と比べると真里は天才であるがゆえの傲慢さが見え隠れしている。

 人よりも先が見えるからこそ、桜香やアマテラスの進路に何かを感じているのだろう。

 亜希にその気持ちを共有することは出来ないが、焦りがよくない結果を導くのは知っていた。ようやく動き出せる。

 真里の想いを理解した上で亜希は後輩を諭した。

 彼女が今後やるべき仕事、その第1歩である。


「私、そんなに焦ってるように見えますか?」

「見えるな。俺にはらしくないように感じるぞ。お前、もっと変態だろう」

「へ……変態って……別に桜香様が好きなだけなのに」

「お前がそう思うんなら、そうなんだろうな」

「他者視点、というものは難しいものですよ。桜香も結局のところ、チーム内の心情を理解している訳ではないでしょう」


 桜香も完璧、完全からは程遠い。

 別に責められるようなことではないが、この事を念頭に置いておかないと前提が崩れてしまう。新生アマテラスは桜香の不足を補うチームなのだから。


「これでも私は桜香の親友です。至らない点は多々あれど、天才を見た時間は長いですよ」

「……わかりました。別に、ようやくだったから急いだだけです」

「わかってますよ。ただ、小さな積み重ねが大きなものとなることもなる。私と桜香のように、ね」

「はい……」


 桜香の傍に友としている。

 この事を決めた以上は揺るがないのが亜希の覚悟だった。

 相手が何を言ってこようがそれだけは決して変わらない。

 その上で彼女は凡夫として、天才の機微を見抜く。

 なるほど、笹川真里は天才で九条桜香を強く見つめてきたのだろう。

 事実であり、覆せないことだが上には上がいる。

 二宮亜希ほど近くで桜香を見続けた存在はいない。費やした時間で彼女を上回るのは優香ぐらいしか存在せず、戦闘においても健輔と同程度の理解はある。


「その上でアドバイスです。今のままでは、対桜香に比重が取られ過ぎています。早い内にいろいろな人と戦いなさい。まだあなたは間に合いますよ」

「……助言、ありがたく」

「凡人なりに天才を見抜く、ですか?」

「それほど大したものではないです。ただ、規格外の姉妹を見てきたからこそ、わかることもある、と言う程度ですよ」


 新しいアマテラスのために出来ることをやらないといけない。

 時間がないという真里の言葉に嘘はないのだ。

 1番まともな1年生たちをなんとかこの合宿中に戦力する必要があった。

 上級生の内、使えそうなものにも唾を付けておくなどと今後やるべきはたくさんある。


「あなたたちは真っ当な訓練で大丈夫でしょうけど、問題は……私の同類ですか」

「……どういうことですか?」

「同類?」

「あなたたちもアマテラスの系譜らしく桜香を絶対視する思考が刷り込まれてますけど、向こうは相当に重傷ですから。なんとかしようにも荒療治が効くかも微妙です」

「あんまり同類扱いはして欲しくないんですが……」


 アマテラスの系譜、という単語。

 この場面では明らかに良い意味で使われてはいないだろう。

 先輩たちの醜態が結果としてアマテラスの品位を下げている。そのように考えている真里にとって亜希たちと同類扱いされるのは非常に癪であった。

 

「私はあなたたちのように都合のよい夢は見てないですよ」

「知っています。でも、現実的な夢は見ているでしょう? 桜香を中心に纏まれば勝てる。これが夢じゃなくなんだと言うですか」

「桜香さんは最強ですよ。それが……」


 猶も言い募ろうとして、真里の脳裏に過るのは不敵な男の笑みであった。

 亜希の言いたいことをなんとなくだが理解する。


「……進化や変化。桜香さんは強いけど、それだけじゃ」

「流石ですね。客観視点はしっかりと持っておいた方がいいですよ。……まあ、持っていても諦めると私みたいになる訳ですが」


 自嘲の言葉。今まで行動をしなかった自分への嘲りが含まれているが、気を取り直して亜希は真里を見つめた。


「既に周りのチームはいろいろと次の段階に移っています。桜香は既存の魔導の中では最強でしょうが、新しいルールの中でもそうかはわからない」

「そういったもしもに対応するチームにしないといけない、ということですか」

「今のアマテラスも方向性を間違ているだけですからね。大きな誤解があるから訂正しておきますが、確信犯的に桜香に寄り掛かったのは私だけで、他のメンバーにそんなつもりはありませんよ」


 意外と言えば意外な言葉だった。

 夢を見ている。現実を見ていない。最強に寄り掛かるだけ。

 言葉はなんでもいいが各チームからボロクソに言われたアマテラスの評判を真里もよく知っているし、事実そうだと思っていた。

 しかし、亜希は否定する。

 正確には正しくない部分があるのだと、淡々と亜希は語った。外側から見れば結果的には同じかもしれないが、内部での事情は多少は異なる。


「桜香が中々動かなかった理由でもありますが、ようは彼らなりに真剣にやった結果なんですよ。反省も、更に言えば改善もしています」

「へ? あれで、ですか」


 自分の先輩たちが如何にダメなのかを良く知っている。

 亜希の言葉など言い訳以外の何ものでもない、と切って捨てるのは簡単だった。


「あれで、です。観点、見るべき場所が違えばあんなものですよ。個人の人柄としてみれば、全員努力家で、かつ勤勉でもあります。学校での成績優秀者なのだから、その程度は造作もないですよ」


 忘れてはならないことして彼らは成績優秀者であることが上げられる。

 早い話が未来のエリートであり、応用力も更に言えば基礎能力も凡百のチームを遥かに凌駕していた。

 桜香のような生粋の天才はいないが、秀才の集団ではある。

 そして、秀才の集団だからこそあのような集まりに堕ちてしまった。


「その割には随分と無様ですけど……」

「ええ、その通りですね。結果はそういう形になっています。事実ですので、その部分は問題ないですよ」

「方向性、っていうのはそういうことですか」


 誰かにレールを引いてもらわないと歩けない。

 あるものから作るのは得意でも創造性が欠如している。誰かが始めた間違いに全員が追従してこの結末。

 笑い話と言えば笑い話ではあるだろう。


「結論から言えば、幾人かマシになりますよ。努力の方向音痴が混じっているので、あの子たちはなんとかなるでしょう」

「努力の方向音痴? それって……」

「ああ、なるほどね。つまりは、自分で考えられないのか」

「そういうことです。桜香は天才ですけど、天才ゆえに凡才の気持ちはわかりません。やる気になれば大概のことが出来る人にやり方がわからない、なんてことは理解できるはずもないですから」


 エリートではあるが早い話がレールの上を走ることに優れているということなのだ。

 レールを作る、というのはまた別の問題が出てくる。

 

「なるほど……。じゃあ、以後はなんとかしてくれるんですよね?」


 俊哉の問いに亜希は頷く。

 どちらの気持ちも理解できる仲介人。それこそが自らの役割だと亜希は理解していた。だからこそ、眼前の天才にもアドバイスをする必要がある。

 アマテラスを一廉のチームし、世界で戦えるだけの改造を行う。

 時間も、人も足りないがやらねばならない。そのためにも次代のエースには自覚を持って貰う必要があった。

 しかし、亜希では導くことなど不可能であろう。桜香も適任とは言い難い。であれば、残る選択肢は1つであった。


「……なんとも、複雑な気分ですが、1度は正面から話したいと思っていましたし」

 

 同類扱いされて不機嫌そうな後輩への言い訳を考えつつ、亜希は健輔と対話することを決意する。

 九条姉妹と1番近い他人同士の奇妙な会合が開かれるのは確定事項となるのだった。






「健輔さんには本当にご迷惑をお掛けします。言葉ではこの程度にしかなりませんが、私からの精いっぱいの誠意です」


 始まりの言葉は慈愛に溢れており、拒否する必要性はない。

 実際のところ、相手が親切心で言っていることはわかっていた。

 太陽からの好意。今の己を知れ、という有り難い提案を健輔は笑顔を張り付けて受け入れた。仮に――手も足も出ないとしても、その事を知る意味があると信じたのだ。


「ぐっ……!?」


 トータルの対戦回数から考えれば健輔は今まで桜香に善戦してきた。

 一方的なように見えても必ず何かをもぎ取る。

 入念な準備と戦場における機転。己の持てる全てで戦ってきた。

 ――その上で、彼は初めて理不尽な暴力に必死に抗っている。

 準備の全てが意味をなさず、小さな機転など踏み潰す強さ。

 九条桜香が至った次の段階が想像を超えた暴力として健輔を蹂躙する。


「なんとも……!!」


 齟齬を埋めるために1度は必要だった対戦だが、あらゆる意味で健輔の想定を遥かに超えている。

 完全に適合した力を前に、もはや『回帰』では相手にもならない。

 

『危険です! マスター、距離を――』

「――取ったら、負けるんだよ!」


 魔力が完全に食われている。

 健輔の多様性、圧倒的な汎用力を純粋な力で制覇していた。

 浸透からの破壊? ――そんなもの、常態でやれる。

 受け流す? ――そんなもの、周囲の空間ごと切り裂いてしまえばいい。

 桜香は何も語らないが振るわれる刃が健輔に語りかけてくる。

 この力を前にして、あなたはどうするのか。

 

「ちィィィィ!」


 舌打ちは己への苛立ちか、それとも現実への苛立ちなのか。

 入り混じった感情を整理する余裕もないままに、最強の魔導師の進軍を止めないといけない。魔力は既に臨界、頭も全力で回転している。

 練習であろうとも集中力は極限。身体は今まで通りに動いている。

 健輔は何も変わっていない。それならば、変化が起こったのが誰なのかは容易に特定が可能であった。


「甘い」

「な!?」


 以前よりも濃くなった虹の輝きが健輔を捉える。

 常態で垂れ流しているだけの力の本流。以前はこれに抗することが出来ていた。

 健輔にとっての最大の想定外は、この虹の魔力が回帰の特性を殺してくることである。

 距離を取るために渾身の斬撃を放つ。

 しかし、今の最強にはこれも通じない。破れかぶれの抵抗など容易く両断してしまう。


「俺の、剣を……!」

『素手で掴むなんて……』

「それだけ差が開いたということです。もう、1人では私に勝てませんか?」


 安い挑発。

 アリスもそうだったが、健輔に対してはこの手が有効だと思われているのだろう。

 実際、周囲への配慮から乗るしかない健輔には効果的な方法ではある。

 自らへの嘲りはどうでもいいが、好敵手たちへの嘲りは認められない。

 仮に原因が自らだと言うのならば尚更にだった。


「そんな訳、無いだろうがッ!」

『マスター、それは……』


 陽炎の制止。 

 理由はわかっているが、退けない戦いも時にはある。

 九条桜香との戦いは練習であれ、試合であれ常に下がることが許されない戦いなのだ。

 勝利を念頭において、全てを絞り尽くすのがこの最強へのたった1つの礼儀。


「限定展開――『原初・万華鏡』!」

「やはりそう来ますか! ふふ、研鑽を怠っていないようで嬉しいです。しかし――」


 『原初』の部分展開。

 全身を覆うほどの処理能力は健輔には存在しない。

 美咲の協力があってこその形態であるが、そのままにするつもりはなかった。

 魔力の一部に『原初』を展開し、相手の鎧を通すための刃となす。

 原初ならば出力的にも、能力的にもまだ通じる。

 健輔の予想は見事に的中していたが、1つだけ忘れていることがあった。


「――それは、もう見ましたよ?」

「ッッ! ウオおおおおおおおおおおっ!」


 御淑やかに、そして美しく桜香は微笑む。

 最強の1度使用した技は簡単には通じない。

 健輔が必死に技を練り上げたからこそ、桜香はこの領域まで来た。

 根本的なスペックの違い。

 健輔が恐れていたことが現実へと現れている。

 変わらない光景、再び健輔の魔力が桜香の魔力に阻まれていた。


「マジか……」

「ふふっ、まだまだ本気ではありません。今回はお披露目だけです。存分に私を観察していってください。その上で、決断の後押しになれば幸いです」


 言っていることは殊勝だが、暴れる力は桁が違う。

 健輔の万能性を全て封殺するほどに差が開いている。

 これが怖かったからこそ、健輔は抜本的な改良に乗り出したのだ。

 回帰も、原初も、全てはいつかくるこの状態の桜香との決戦を想定してのものである。

 既存の範疇に残っていては、桜香に勝てなくなる時が来てしまう。

 ついにやって来た現実に健輔は前に進むしか選択肢が残っていなかった。


「それでは、終わりとしましょうか」

「……やっぱり、目を逸らすのはダメだな」


 桜香が軽く振るった斬撃で健輔のライフは0になる。

 決定的な差。

 致命的なまでに生まれてしまった距離を何とかするには健輔も加速するしかない。

 真由美から巣立っても届かなかった。当然である。

 健輔は1番直視しないといけない人物から目を逸らしているのだ。

 この状態では何をどうしようが、精神的に遅れをとってしまう。


『マスター!』

「ああ、わかってるさ。この敗北は、忘れないよ」


 ただの1度も敗北したことを忘れたことなどないが改めて誓いを立てる。

 迷いを抱えては最強には勝てない。

 その事を示すために桜香は健輔に力を示した。

 彼女なりの応援であり、返礼こそがこの蹂躙なのだ。

 健輔が迷う間にも世界は進む。

 足踏みは凡人が追い付けるだけの時間を潰してしまう。

 それではダメなのだ、意味がない。


「決着を、つけないとな」


 踏ん切りはつけた。

 薄情なのかもしれないが、健輔は相手の心情を慮るよりも前に進みたい。

 お互いに寄り掛かっているだけではダメだろう。

 憧れは胸に秘めて、隣に立って欲しいと切に願っている。

 何よりも自分の焦がれた『蒼』が、桜香に劣ると本人に認めて欲しくはなかった。

 我儘だと理解して、その上で健輔は鬼となる。

 この敗北がクォークオブフェイトのエース同士の激突を決定的なものとした。

 その果てに2人がどうなるのか。

 天から見下ろす太陽だけが、その未来を描いている――。


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