第129話『始まりの目標』
アマテラスとの戦いは終り、各人は各々の目的へと帰還する。
健輔とレオナ、現在行動を共にしている彼らも同様に練習へと移っていた。
亜希と桜香の激突。
戦いとしては見るべきところはなく、結果もまた凡庸な結末だった。
総体として考えた場合、アマテラスの変化は微々たるものであり、真里の戦いなども見るべきところはない。
桜香の新しい力の一端が見れたぐらいは唯一の明るい話題であろう。
頭では理解しているし、理屈でも正しいわかっている。
それならば引っ掛かりを覚えるのは健輔の内に眠っているものしか存在しない。
「考えごとですか。私と戦いながら、私が瞳に映っていませんよ」
「ん? ……ああ、悪いな。なんと言うか、自分の言葉の責任が降りかかってきそうな感じでさ。ちょっと悩んでる」
「あら……珍しいと言ってもよろしくて?」
「そこまで付き合い長くないだろうが。珍しいのは否定しないけどさ」
レオナとの戯れ。
お互いに何かを確認するように戦っていたのだが、何処か上の空の男に女神が焦れる。
何が原因なのかはわかっている。
それでも自分を敵としているのにふわふわしているのは認められない。
「確かに長くはありません。それでも、わかることもありますよ」
「あん?」
光の槍を生み出して、構える。
女と対峙しているのに他所に気を取られるような浮気者は許す訳にはいかない。
怒ったように、それでいて、どこか浮ついたようにレオナは槍を突き付けた。
彼女もまだ歩み出したばかりの人物。
距離感などを計りかねている。
それでも過去を顧みるならば、行動が遅かったことは反省すべきであろう。
今までは熟慮に過ぎた上に仮定に仮定を重ねすぎた。
あるかもしれない未来に怯えるのをやめた以上は、レオナも常に本気なのだ。
「あなたの視線、今は私が独り占めする時のはずです」
「……ああ、悪かった。謝るよ。だからさ、言った後に自分で恥ずかしがるなよ。なんだ、その……こっちも恥ずかしくなる」
槍を構えたポーズは凄く格好良く凛々しいのだが、残念なことに徐々に赤くなる顔で台無しであった。
肌が白く、きめ細やかだからこそ余計に目立つ。
「陽炎」
『了解しました。槍ですね』
「おう、頼むわ」
レオナ同じように槍を生み出す。
健輔には武道の心得はない。
武器を扱う才能は当然ド素人であり、それなりに年季の入ったレオナと比べると使わされている感が半端ないことになっている。
「……もしかして、付き合っていただけるんですか?」
「そりゃあね。女性に恥を掻かせただけにはなんとか埋め合わせしないといけないだろう? 俺が悪かったのは明白だ。昔、自分の言った言葉だから、ちょっと気になることがあったんだ」
「同族嫌悪、ですか」
「ま、そういうことだ。俺も完璧じゃないさ」
本当に相手のことを思うからこそ立ち向かう。
逃げ続けた果てに、逃げられないと悟って亜希は桜香と戦った。
ギリギリまで破断点を探ったのは、痛みを伴う覚悟だとわかっていたからだろう。
可能ならば逃げたいと思った亜希を責めることは、少なくとも今の健輔には出来ない。
彼もまた、目を背けていることがある。
この事を解決しない間は同じ穴の貉だった。
「わかっていたけど、俺はバカだな」
真由美と戦ってから、正確には合宿が始まってから接触を避けているのもこの辺りが理由なのだろうか。
自らに問うのは滑稽だが、そうとしか思えなかった。
1番近くに超えるべき壁があるのに健輔が自発的に立ち向かわない。
戦わないのではない。打倒するために最善を尽くしていないのだ。
これは異常と言うべき出来事であろう。
「また、余所見をしていますね!」
「っ、悪かったって。ああ、もう! 俺らしくないなッ!」
レオナは極上の獲物なのにおざなりにしてしまっている。
申し訳なささと怒りで爆発してしまいそうだった。
らしくない。珍しい。
原因はなんとなくでも察しがついているのにこうして限界まで悩もうとしている。
これでは亜希と同じだった。
「やめだ、やめ! 俺は頭をからっぽにしている方がいい!」
悩むぐらいならば、早めに決着を付けよう。
わかっているし、戦うべき場所と目的を定めつつある。
なんだかんだでやろうとはしているのだ。それでも最後の最後にまだ戸惑いがある。
自覚しているからこそ猶のこと捨てがたい想い。
真由美と決着を付けて、もう1つを終わらせないなど選択肢としてあり得なかった。
「わかっているが……ああ、クソ! いくぞ! 動いた方がまだマシだ!」
やるべきことはわかっている。
踏ん切りがつかないのは健輔の弱さであるとも理解していた。
そのためにも、今はレオナを叩き潰そう。
1度決めてしまえば健輔の集中力は急激に高まっていく。
研ぎ澄まされる意思に魔力が呼応して、レオナへの圧力を増していた。
「ふふん、それでいいんですよ!」
「そうかい、我儘な女神様だ!」
「あら、今更ですか?」
クスっ、と小さく微笑み笑顔に似合わない妖艶さを垣間見せる。
安定しているように見えて稀にアンバランスなのがレオナの魅力であろう。
触れ合えば触れ合うほどに未知の部分が出てくる。
付き合いは長くなくとも、フィーネが後継として選んだ理由に納得が出来る程度には彼女を理解していた。
「女神は、元々我儘な奴だったか。すまん、俺がバカだった!」
「ふふっ、正解ですよ。ご褒美は何がいいですかね」
槍の柄で競り合い、距離が近づく。
舞うように、会話をするように、ぶつかり合うのはこうしないと気恥ずかしいというレオナの事情が絡んでいる。
ノリノリのように見えて顔が真っ赤なのは戦闘中にそういった思考を挟まない健輔から見ても妙に可愛かった。
自分で掘った穴に自分で入る生き物は劇物揃いのクォークオブフェイトにもいない。
「人間、知らない一面ぐらいはあるものか」
レオナから発見するだけに留まらない。
本当は誰にもでもあるのだろう。
去年、優香の優しさが他者の目に触れていなかったように。
「――モード、展開」
『回帰・万華鏡』
確固たる色はないが、見る角度で様々な色に見える魔力。
奇しくも桜香と同じ色となった『虹』。
才能の怪物に、世界に勝つために進んできたことに間違いはないが、もう1度よく考えるべきだった。
レオナとの戦い、同盟は未来のために結んでいる。
来る戦いに憂いを残す訳にはいかなかった。
「お礼だ。あなただけに面白いものを見せよう」
「光栄です! どんなものか、期待させていただきますよ」
煮え切らない男に付き合ってくれている素敵な女性へプレゼントを。
時間は短いが切っ掛けは掴んでいる。
これを本当の意味で発現させるために必要なことがあるはずなのだ。
そして、何をしたらいいのかは、明確であった。
「部分展開――」
「これは、まさか……。なるほど、実にあなたらしい選択ですね。受けて立ちましょう!」
力は弱く小さいが自分だけの色も見えてきている。
心残りは後1つだけ。
亜希と桜香が示してくれた勇気に応える時は直ぐ傍へとやって来ているのだった。
しっかりと観察を頼む。
笑顔と共に厄介な依頼を置いていった男に美咲は呪詛の念を吐く。
友人を、それも親友と思っている相手を観察しろ、などという頼み事など健輔が言ったのではなければ冷笑で叩き切るところである。
「ふんっ、嫌な仕事よね。でも……」
注視してくれ、と言われたのはスペック上のデータと実際の戦い方についてがメインとなっている。
他には健輔との練習の時と他の魔導師との戦いの時の魔力の性質についてなどと細かく指定されていた。
何を探ろうとしているのか、と当初の疑問しかなかったが、おぼろげではあるが話の輪郭は見えてきている。
「――やっぱり、健輔相手以外では微妙に質が落ちている。そんなところかな」
「圭吾くん」
「や、美咲ちゃん。浮かない顔をしているね」
心境を言い当てられて美咲は少しだけ不機嫌な表情を見せる。
こういう風に言い当てられたことが幾度もあり、結構な不満が溜まっていた。
健輔もそうであるが、本当に可愛くない男性陣である。
「昔よりも隙が減って、嫌な感じよ」
「美咲ちゃんも似たようなものじゃないかな。昔はもっと余裕がなかったよ」
「むぅ……」
美咲ちゃん、という呼び方に懐かしいものを感じる。
健輔に対しての比重が大きいが圭吾とは最初に組んだ相手なのだ。
思い入れも、感慨も十分にあった。
恋に生きる男性、憧れを追い続ける姿には素直に感服している。
「はぁぁ、わかってるみたいだから白状するけど」
「ああ、いいよ。どうせ健輔からのお願いでしょう? 美咲ちゃんはその辺りの頼みごとは断れないからね」
「べ、別に……そういう訳じゃないわよ」
「顔を赤くして言っても説得力がないよ。ははっ、まあ、いいじゃないか。僕も少しお願いごとがあるからね」
健輔の影に隠れているが、圭吾は決して弱い魔導師ではない。
モデルにしているのが桜香の前に天祥学園で最強の魔導師だった存在なのだ。
能力的に完全には再現できていないが、部分的な完成度は相当なものである。
健輔にも劣らぬ観察眼と飽くなき努力。
ある意味では友人とよく似た在り方こそが、高島圭吾という魔導師の在り方であった。
比較対象が輪をかけて頭がおかしいだけであり、彼もどちらかと言うと頭がおかしい部類に入る魔導師なのだ。
「僕たちの練習に付き合って貰っている。おまけに、本気でやってくれてもいる。九条さんに不満はないんだ。だからこそ、解せないんだけどね」
「思えば、兆候は以前からあった」
「そう、黄昏の盟約との戦い。もしかしたら、それ以前からもそうだったのかもしれないけど、過去を振り返りすぎるものあれだし、今は置いておこうか」
優香の性格はよく知っている。
意図的な手抜きなど出来るはずもないし、するような性格ではない。
真剣勝負の場であるのならば、猶のことであろう。
友人として、その辺りはハッキリとわかっている。
「じゃあ――」
「ああ、気になっていることは1つだね」
視線を交わし合い、自然と同時に言葉を放った。
『無意識に、力をセーブしている』
現役においてナンバー2の実力者。
九条優香は少なくとも大人たちからそのように評価されていた。だからこそのランキング2位であり、事実として妥当であろう。
しかし、実態との乖離が凄まじい。
実力やランクから考えれば、彼女はもっと暴れもいいはずなのだ。
「怜さんは強いけど、葵さんよりも弱い。そんな相手と相討ち。あれが最初の違和感だったね」
「ええ、ずっと疑問だったけど答えが出そうよ」
美咲はそう言って、圭吾の魔導機にあるデータを転送する。
健輔と戦っている時と、今まさにシューティングスターズの面々と戦っている優香の比較のデータ。
明らかにある数値が後者では落ち込んでいる。
出力、量の面では変わらないが――密度、質の部分で大きさがあった。
出力に換算すれば、凡そ健輔相手の4割程度にまで落ち込んでいる。
つまるところ健輔相手に出している力の半分にも至っていないのが、今の優香の『全力』であった。
「なるほど……。これは厄介だね」
「本当に。よく気付いたわよね、この状態でも、あの子はランカーだったのよ」
「うん、確かに桜香さんの妹だ」
無意識下での力のセーブ。
しかし、それを気付かせないほどに出力を押さえた状態でも普通に強かった。
表面上は変わらず、いや、変わったと思わせないだけの実力があったのだ。
問題はたった1つ、内に秘めた力の大きさだけ。
「理由は……ま、考えるまでもないね」
「……全く、またあれ頼りなんて癪なことこの上ないわ」
「ははっ、仕方ないと言えば仕方ないことだよ」
親友だからこそ、この時点で圭吾は激突を予感した。
相棒だからこそ、この時点で美咲は将来の痛みがわかってしまった。
「どっちにも付きたくないわね……。はぁぁ、どうしようかなぁ」
「僕は傍観かな。最後は健輔が帳尻を合わせると思うよ」
「疑ってないわよ。心の問題!」
「それは……うん、ごめんよ」
クォークオブフェイトのもう1組の旧1年生ペア。
形になることはなかったが、絆は彼らの間にもしっかりと繋がれている。
恒星の影にいる数多の星たち。
彼らの奮闘も、世界を彩る星となるのだった。




