第12話『不死身の脅威』
リミットスキル『空間展開』。
己の魔力で満たした空間に特殊なルールを付与する魔導の中でも特に魔法らしい技である。
最強の使い手たる『皇帝』に至っては効果、展開範囲も含めて文字通りの規格外さを誇り、彼の知名度もあってかなり強力な能力と見られてことが多かった。
しかし、実はこのリミットスキルには明確な弱点が存在している。
能力への適性、つまりは自分のイメージをどこまで信じられるのか、と言う事に効果が左右されるのだ。
皇帝のように己に対して絶対の自負があるのならば、効果は強力となるだろう。
「さて、僕の拙い技だが、退屈はさせないよ」
その点で言えば、圭吾の自負は大したものではない。
彼はあくまでも平均的な魔導師に過ぎず、チームの中では凡才に属する方であろう。
仮に普通に空間展開を行っても範囲は極めて狭く相手の接近を許さないと真面には使えない公算が高かった。
だからこそ、彼は使い方を考えたのだ。
彼の親友が万能の可能性、それ自体を武器にすることで頂点に肉薄したように、空間展開という強力だが使いこなすのが難しい力をわかりやすい形へと変化させた。
「も、貰いますッ!」
「いらっしゃい、お嬢さん。君の戦い方と僕の技の相性は悪い。だから、遠慮なく来るといいよ」
全身が刃となった栞里の斬撃が圭吾へと向かって放たれる。
近接戦闘において栞里の錬度は圭吾を超えている可能性は十分にあった。
また、技の相性も悪くはない。
糸と刃物、誰が見ても有利なのは後者であろう。
防御のために展開された糸の防壁を栞里は容易く両断して圭吾へと肉薄する。
「はッ!」
直撃を確信して、彼女は攻撃を放つ。
圭吾は表情を変えぬままに迎撃に移る。
周囲から集められた糸が妨害に走るその刹那――、
『させるかァ!』
遠方から魔力による干渉が行われる。
嘉人の栞里への援護。
完璧なタイミングでの支援は即席に近い連携では十分だっただろう。
栞里は火力には乏しいため、一撃で仕留めることは出来ないが、これを続ければ勝てる。
新入生たちにそう思わせるほどに、完璧に決まったタイミングで異変は起きた。
「えっ――」
「ふむ、僕だけを注視しているのは不用心だね。警戒はしっかりとしておきなよ」
「ど、どうして……!? い、糸が」
腕が動かなくなる。
集めた魔力が散ってしまう。
突然舞い降りた異常事態に栞里の顔色が変わる。
「うん、ここで直ぐに支援に入れるのは冷静な証だね。でも、まだまだ甘いよ」
嘉人の遠距離干渉が捕縛された栞里に向かって行われるが、効果は存在していない。
当然であろう、この糸は圭吾が生み出した特別製なのだ。
「僕の空間展開の範囲はそれほどでもない。立夏さんや皇帝たちのように普通に世界として使うには無理がある。だから、少しだけ細工をさせてもらったよ」
糸の内部を空間展開とすることで展開範囲と攻撃可能範囲を一致させ、同時に魔力干渉に対して鉄壁の対抗力を持たせる。
圭吾の糸は空間展開のルールも保持しているのだ。
打ち破るには浸透系だけではなく同じ創造系か、破壊系によるルール破壊をしなくてはならない。
決して破壊されることのない魔力糸。
おまけに空間展開で満ちた魔力による糸の展開範囲自体は通常よりも広がっている。
もっとも、今はまだあくまでも理論上での話であり、実際には嘉人の干渉で空間展開ごと解除することは不可能ではない。
空間展開固有のルールもまだ本領を発揮出来ていないなど問題は多かった。
だからこそ、ここには圭吾の空間展開以外にも嘉人にとっての誤算がある。
戦域全体を見つめる瞳、バックスの支援を忘れてはいけなかったのだ。
『術式安定。初の実戦でのリミットスキルも問題ないようでよかったわ。提案した身としては適当ことを言ってないか気掛かりだったのよ』
「健輔の術式からヒントを得たんだろう? 僕たちは全員美咲ちゃんのことは信頼してるさ」
『ちゃんを付けて、からかわないで。もうっ、それよりも相手の子たちはどんな印象かしら?』
戦場に似合わないほどに2人は朗らかに笑い合う。
手加減はしてないが、全てを絞り尽くすほどの相手ではない。
圭吾にも、美咲にも、相手を観察する余裕はあった。
「後衛の彼は素晴らしいね。支援型としての基本はもう完成されているよ。ただ、同時に自分の力量を正確に測れてないよ。彼はいい意味でも悪い意味でも客観視が強すぎる」
嘉人は自分の力不足を理解している。
栞里との連携でパワーを補い、テクニックは嘉人が担当しようとしていた。
発想としては悪くないし、チームとしては当然のことだろう。
問題は1つ。
味方側での戦力考査は良く出来ているが、敵側の考慮が完全に抜けているのはいただけない。
美咲は片手間で海斗の妨害をしつつ、圭吾の支援を行えるのだ。
チームメイトのレベル差を考慮出来ていない。
嘉人の判断は数学上は非常に正しいが、それだけのものでしかない。
情報が不足している。
本来、戦場に入れば圭吾以外の気配を感じ取ってもいいだろうに、嘉人は戦場に没入できない故に脅威を見誤っているのだ。
「才能は十分。だけどね」
そして、もう1つの敗因は相手の能力への考察が甘い。
圭吾を大枠としてテクニック型だと判断したのは問題ないだろう。
問題となるのは次の部分である。
確かに栞里は弱くはない、接近出来るのならば圭吾にも勝てる可能性はあった。
そう、この前提条件が無条件に達成されると考えているのが甘いのだ。
想定の練りが抜けている。
圭吾の技は基本として糸を起点としたものが多い。
これはチームに加入し、この戦いが決まった時点で配布された資料にも記載されていることなのだ。
「切断と糸、一見すれば相性は良さそうに見えるけどさ。ちゃんと考えないとダメだよ」
当たり前すぎる弱点は圭吾も対策をしている。
空間展開による対応はわからなくても真っ直ぐに攻めすぎであった。
圭吾が平均的な魔導師とはいえ、実力差は存在しているのだ。
正面突破はあまりにも成功率が低いと言っても良い。
仮に正面対決での正着を求めるのならば嘉人は朔夜を圭吾にぶつけるべきだったのだ。
そういう意味では最初から選択を間違っていると言うべきだろう。
「そう、彼の最大の弱点がこれだ。今あるものでしか、状況を組み立てられない」
『なるほどね。策士としては、まだまだのようね。武雄さんみたいのがわんさかいても嫌だけど』
1を10にするのは得意だが、0を1には出来ないのだ。
戦術を武器にするものとしてそれは致命的な資質であった。
戦力差を覆すのに必要なものは、奇襲性である。
考えもしない角度からの攻撃、それこそが不利な戦場における逆転の一手だろう。
教科書に書いてあるようなことは押さえておくべきことではある。
しかし、同時にそれは最低限のものでしかない。
それだけでは勝者にはなれないのだ。
霧島武雄はランカーではなかったが、誰もが認める強者であった。
何故ならば、彼は誰も予想していなかったことを出来る存在だったからである。
「さあ、ここから追い詰めるよ。どうするのかな?」
圭吾は捕らえた栞里を上手く使いながら嘉人との距離を詰める。
絶望的な戦況、それでも嘉人は抗戦する。
無意味だとしても諦めることだけはしなかった。
順当な戦術を組み上げた男が順当に敗北の道に墜ちていく。
朔夜は健輔との砲撃戦、優香とササラの戦闘、そして圭吾対栞里と嘉人も佳境に向かう。
優勢なのは健輔たちであり、このまま時間が経てば問題なく彼らが勝利するのは疑いようもない。
――そう、ここで逆転の一手がなければそうなるのが運命であろう。
しかし、1年生たちにはまだ残っている札があった。
この状況を盤面からひっくり返せる力が残っているのだ。
いずれは圧しきられる運命だが、一時とはいえ全ての戦線において膠着状況が生まれた。
ここに劇薬を投入すればどうなるのか。
その答えが示されようとしている。
「フィーネさん、よろしくお願いします!」
戦場から離れて、1人で美咲に圧倒されている男が最高のタイミングで嵐を戦場に投入する。
彼はバックスとしては2流、戦闘者としても魔導の中では劣ると言えるだろう。
それでも、野生を感じさせる勘だけは無意味なものではなかった。
大角海斗は己に出来る最善を行う。
『お任せを、海斗さん。今はその悔しさ、胸に秘めてください』
――女神降臨。
朝に続いて、己の力を示すために彼女は戦場を舞う。
今後の魔導戦闘の縮図。
変わったものの1つが姿を現すのだった。
空気が変わる。
僅かな変化だが、確かな変化を真っ先に感じ取ったのはやはりこの男だった。
「これは……フィーネさんか!」
朔夜との撃ち合いに興じていながらも、周囲への警戒はしっかりと行っている。
この戦場において、自分こそがその役割を担う必要があると理解している以上、異論などは存在していない。
同時に今のメンバーで単独でフィーネを止められるのは自分だけだと確信していた。
優香も可能性はあるのだが、実力云々ではなく相性的に厳しいのだ。
桜香を逆襲の対象にしていたフィーネが対策をしていないはずはなく、素の状態では純粋に力不足となってしまう優香では運の要素が強い。
「美咲、座標を!」
『了解。あの人をお願い! その子は私が相手をするわ』
「頼む!」
頼りになるバックスは健輔の言葉に返事をする前に行動をしていた。
素早く展開された転送陣の行先は1つしかない。
視界が一瞬、魔力光で包まれて次に周囲を認識した時には、銀色の輝きがそこにあった。
「あら、流石に早いですね! これほど素早い歓迎があるとは思っていませんでした」
「当然でしょう! あなたをフリーになんてさせる訳にはいかない!」
フィーネと同じ槍型に変更した魔導機で正面から果敢に攻める。
突き出される槍の速度は新入生たちに捉えられる速度ではない。
加減のない健輔の全力がそこにはあった。
「――朝も言いましたよ。甘い!」
「まだ判断するには早いだろうさ! そらッ!」
健輔の攻撃を受け止めるどころか、逆撃を仕掛ける。
応酬される攻撃の数々は両者の能力を如実に示していた。
未だに限界は見えていないが健輔は単独で果敢に攻める。
朝は優香が主体だったことを考えれば相応に驚くべきことであろう。
「なるほど、言うだけのことはありますね。朝は支援が前提だったからまだ上がありますか」
「優香の方が前衛としては強いからな。ただ俺は支援型としてはまだまだ未熟ってことさ」
「胸を張って言わないでください。もうっ、今後の課題として覚えておきますよ」
お互いに軽口を放つが攻撃は止まらない。
健輔の苛烈な攻めを防御型としての本領を発揮して防ぎながら、麗しき女神は瞳を細めて観察を行っていた。
今朝に1度戦ったが、その時と比べると健輔の動きが軽い。
直近で戦っているからこそ、違和感を強く感じるのだ。
そして、朝との差異が何かと考えれば必然として答えは出る。
「……なるほど、美咲さんの技術ですか。バックスとしての才能……これから重要になりますね」
相違点を探すのならば1つであろう。
健輔をバックアップする力が存在しているのだ。
戦場を後ろから支配する者が確かに睨みを利かせている。
これもまた新しいルールだからこそ出来ることの1つであった。
以前のルールではバックスは攻撃に関与することが禁止されていた。
だからこそ、各チームの中でバックスに属する魔導師たちはやれることに差が出来てしまったのだ。
どこからが攻撃、と言う範疇に含まれるのかがわからないのだから、リスクを恐れてしまうのも無理からぬことだろう。
しかし、新ルールにおいてその心配は無用となった。
健輔の補助のために多少攻撃的な術式も使えるようになった意義は大きい。
「見事ですね。健輔さん、優香だけじゃなく、美咲さんも圭吾さんも素晴らしい修練です。感嘆以外の念が出てこないですよ」
「褒め殺しか! 嬉しいが、手を抜いたりはしないぞ!」
健輔が勢いよく槍を突き出し、フィーネがそれに応える。
朝の光景の焼き直し。
このまま続けば結末は似たようなものとなるだろう。
どちらもがそのことを理解していた。
「こちらの狙いはわかっているようですね!」
「勿論だ! 新ルール下でのコーチ投入はいろいろと制限があるらしいからな。俺が拙速に逸れば、そこを突くつもりだろう?」
「ふふ、流石の読みですね。ええ、その通りです。時間制限がありますが、代わりにいろいろとメリットもありますから」
健輔の指摘にフィーネは素直に答える。
新ルールによる影響を受けているのは健輔たちだけでなく、対峙するフィーネもまた影響下にあるのだ。
彼女はコーチを戦場に投入した場合の想定でこの場にいる。
当然ながら公式戦でのルールに沿って運用がなされているのだ。
「まず1つ、コーチは敵の選手を撃墜してはならない」
「くっ!?」
フィーネは健輔に講義を行うように宣誓する。
やり返される苛烈な攻撃に呻きながらもなんとかいなしていく。
迂闊に攻めれば朝のように嵌められてしまう。
細心の注意を払うべきは今なのだ。
健輔は神経を集中させて敵の攻撃を止める。
「2つ目、コーチは投入時間に制限がある」
「知ってるよ! おまけに卒業時の成績でランクが決まるんだろう!」
「その通りです。わかりやすいところだと、私や皇帝などの最低の投入時間は5分間となり、その他の国際的なランカーで8分。平均的な魔導師で10分となりますね」
コーチは強力な切り札となるが、それに頼られても困ってしまう。
だからこその時間制限と撃墜制限だった。
撃墜制限についてはかつてのバックスにあった攻撃縛りよりは緩く、どのように上手く使うのかが求められている。
本人が撃墜しなくても魔導師を落とすことは出来るのだ。
しっかりと考えろ、という学園側からの意思表示だった。
「5分……!」
5分間。
長いか、短いかは個々で思うところがあるだろうが、重要なのは彼女に時間制限があることなのだ。
健輔と呑気に剣戟などしている暇はないだろうに、わざわざこうして会話に付き合ってまでいる。
どこか余裕が窺えるのは、何故なのか。
恐らく、フィーネの言っていたコーチとしてのメリットが影響してくるのは間違いないだろう。
「っ……お、重い……!」
思考の間隙でフィーネの攻撃が重くなる。
迂闊に考え込めばその時にはあっさりと潰しにかかるだろう。
さらには、敵はフィーネだけではない。
遠方から放たれる桃色の攻撃。
怒りに震える彼女の意思を魔力から強く感じた。
「私だけに気を取られていてもいいんですか? 袖にした女の子が怒ってますよ」
「ええいッ! ここで俺を狙うか、桐嶋!」
フィーネとの戦闘の合間を狙うように2色の魔導光が降り注ぐ。
美咲が抑えてくれているために常にこちらに攻撃が来るわけではないが、注意をフィーネだけに向ける訳にはいかなくなったのは間違いなかった。
そして、片手間に相手を出来るほど、目の前の女性は甘くない。
何より、健輔は戦闘をしていてある事に気付いていた。
フィーネは健輔の攻撃を迎撃しているが、それは防御よりも攻撃に力を割かれた動作だった。
最終的な結果は同じだが、彼女の適性を考えれば幾分可笑しなところがある。
フィーネは防御型であり、無謀な攻めを行うことはなかった。
「どうして……この戦場だけは!」
多少のダメージは厭わないと言わんばかりに女神は苛烈に攻めの姿勢を見せる。
長い付き合いではないが、その攻撃への執念はどちらかと言えば葵などが持つものであり、間違っても女神が発揮するものではなかった。
まるで、ダメージなど存在しないかのような動き。
「待て……。おい、まさか……!」
健輔が答えに辿り着こうとしたその瞬間、
「――遅い、ですよ。術式展開――『フィールド・ロック』。そして――」
動きを阻害する罠が健輔とフィーネの2人を捉え、彼女の代名詞とも言える術式が唸りをあげる。
「――『ヴァルハラ』。ご安心を、撃墜まではいかないと思いますよ」
女神の罠が牙を剥く。
健輔と自分を空間ごと捕らえる罠、そして女神の行動はそこで終わらない。
「こ、これは……! 魔力が、暴走する!?」
「ヴァルハラの干渉力を最大にして、制御を放棄しています。当然、私にも制御出来ませんよ。健輔さんもこの空間にいる限りは影響を受けますね」
健輔の移動範囲を限定した上で、特定空間ごと爆砕する。
フィーネは確かに健輔を撃墜は出来ない。
しかし、結果として健輔が暴発してでの撃墜ならば問題はないのだ。
極めて単純な戦術だが、だからこそ嵌った時の威力は抜群だった。
何より、この戦法に健輔は覚えがある。
「じ、自爆戦法……!?」
「ふふ、朝はきちんと戦いましたので、今度はこういう変則的な方向でいかせてもらいますね。ご安心を、脱出は絶対にさせませんので」
銀の女神は場にそぐわない優しい微笑みを浮かべて、
「――では、もう1度言いましょう。今日はここまで、です。健輔さんはまだまだ伸び代がありますけど、それにはまだ時間が足りないですね」
――終わりを告げる。
魔素に対して行われた干渉が健輔の魔力回路を暴走させる。
仮にこれに耐えたとしても傍で自爆してしまうフィーネからは逃れられない。
形式上はフィーネの暴発に巻き込まれることになるため、これで落ちてもルールには抵触しない。
2段構えの自爆戦術を前にして健輔に出来ることはなく、朝に続いて健輔を黄泉へと誘う。
『健輔、ライフ0%。撃墜判定。ふーん、なるほどね。そういう手もある訳か……これは厄介かも』
審判たる葵の声が響き、
「そうですね。これがコーチの怖さになると思いますよ。バックスの重要性は以前とは比較にならないということでしょうね」
銀の女神が同意する。
光に飲まれて自爆した彼女が何故そこにいるのか。
理由は簡単である。
コーチにはライフが存在していないのだ。
ルール上、彼らは時間制限以外で退場することはない。
かつて圧倒的な能力を誇った者が死兵となって迫ってくる。
これから先、世界大会に向けて起こりえる事象がそこにあった。
「残り3分、さて終わらせることが出来ますかね」
涼やかに女神は宣誓する。
チームを喰らってしまうほどの力、個人で組織を圧倒するスーパーエースというものをルーキーたちにこれ以上ないほどわかりやすく示していた。
健輔を失った2年生たちが進撃する女神を止めることが出来るのか。
この勝負はそこに掛かっているのだった。




