第127話『最強の意味』
無造作に、限りなく力を抜いて桜香は場に佇む。
まだ刃も抜いていないのに関わらず、既にこの場は彼女の支配下に収まっていた。
彼女の武器は精密さにあらず。
存在しているだけで環境が荒れてしまう天然の暴力こそが本質である。
数多の魔導師はこの力の前に沈められてきた。
敵が身内であろうが、振るうと決めたのならば彼女は力を振るうことを戸惑わない。
覚悟していたといえども、人型の災害に襲われて泰然としている方が少数派である。
ただでさえ迷いがある亜希に対処しろ、というのは些か以上にキツイ要求だった。
「惚けている暇があるんですか?」
「桜香っ! 私は……」
真っ先に狙うのは親友たる亜希。
この戦いに終わりは定められていない。
強いていうならば、どちらかが折れる時である。双方が納得を得るのか、もしくは『最強』の前に膝を屈するのか。
最初の1度目、幾度も負けるのが前提の戦いでも刻まれる力は恐怖となる。
1度目、というのはそれだけ重い。それをこんな開始早々に使わせる訳にはいかなかった。
「散りなさい! 杏!」
「させないよ!」
「あなたたちはっ」
桜香と亜希の間に割り込む影。
勇気があるなどというレベルではない。
無謀にも等しい突撃であるが、彼女――大隅杏は気にしていなかった。
アマテラスにやってきた動機は1番ふわふわとしているが、彼女はやるべきこと知っている。
真里や俊哉が好きで、桜香が戦いを望んでいるならば応えればいい。
シンプルな論理に複雑さはなく、それ故の安定感がある。
必要ならば戦えばいい。どれほどの力が前でもやると決まっている以上はやればいいと少女は亜希の前に出て代わりに桜香を受け止めた。
「勇気は、見事です。そして、役割を果たしたことも認めましょう。しかし――」
「きゃあああああああああ!?」
流動系で魔力の流れを断ち切るのが杏の体術。
系統的には栞里と似ているが、流れを操ることに関しては杏の方が上である。
しかし、相手が悪かった。
世界で最高の干渉力を誇る魔導師は恐らく『藤島紗希』であろうが、彼女でも統一系への通常の方法での干渉は不可能に近い。
普通に魔力を使っているだけでは、絶対に突破できないのが九条桜香である。
「――順番が変わるだけです。私の行動に何も影響はありません」
剣での一閃が杏を弾き飛ばす。
稼げた時間は本当に一瞬で、亜希の運命に変化はない。
このまま光に飲まれるのは確定で、彼女の意思を圧し折ってしまう。
訪れる未来に亜希が顔を蒼くした瞬間、
「どうせ、落ちるなら少しは役に立ってくださいよ。二宮先輩」
「このタイミングで、戸惑いもないとは!」
「え……?」
背後から魔導砲撃がその未来を断ち切る。
亜希が状況を把握する前に戦場は動き出す。
この場には過去だけではなく、未来もいるのだ。
桜香はどちらとも正しく相対している。
「ダメだとわかれば躊躇しませんか」
亜希に対する時とは違い少し楽しそうなのはこの行動の裏に関係している人物を思い浮かべたからだ。
味方であろうが最適の瞬間に消し飛ばすのはどこぞの誰かもやっていたことである。
必要ならば自分も切り捨てる在り方――今の健輔にはもう必要のない弱者の在り方を継承している者がアマテラスにもいた。
桜香はこの事に何とも言えない縁を感じている。
「ふふっ、いいでしょう!」
気分がよくなれば魔力の生成効率も上がる。
撃墜された亜希には目もくれずに桜香は真っ直ぐに進撃を開始した。
砲撃が休みなく放たれるが、ここでも桜香の特性が立ちはだかる。
通常の魔導では突破不可能――桜香が呼吸のように展開している魔力の余波すらもまともに対応できていなかった。
「遠距離で砲台型、しかし、その割り切りですか。覚えておきますよ、河西俊哉くん」
「光栄、ですね! 出来れば加減もして欲しいんですけど!」
「すいません。私、器用ですが、手加減は苦手な部類で」
「イイ笑顔で言うことですか!! ああ、もうッ!」
わかり切っていたが太陽が常態で発している力を俊哉に突破する方法はない。
格下では何をどうしようが、それこそ奇跡が起こっても勝つことはあり得ないのだ。
これこそが最強の魔導師。
これが、頂点の在り方である。
「――河西くん、ごめん。名前呼びに昇格するから、許してくださいね」
そして、桜香がそうするであろうと全て予想し、理解した上で待っていた女が動き出す。
時代が時代ならば彼女もまた1つの世代を背負う可能性があった天才。
次元が違うとはいえ、同じ天才の在り方を予想する程度は容易い。
ましてや彼女はずっと桜香を見続けていたのだ。
「その魔力、私が握らせていただきます」
これこそが彼女の番外能力。
魔力掌握という名の異能が炸裂する。
握るのは桜香――ではなく、味方の身体の中にある魔力。
桜香を突破するのには全ての魔力の性質を備えている必要があるが、容易く用意できるはずがない。
しかし、限界を超えて魔力回路を駆使すれば不可能でもなかった。
系統は元々魔力が持っていた性質を伸ばしたものなのだ。
原初の魔力回路が全ての性質を持っているように、短時間だけならば『掌握』しておくことは十分に可能だった。
浸透系と身体系の複合能力であり、世界最高の魔力コントロール能力を持つ真里にしか出来ない最悪の必殺技。
「俊哉くん、桜香様と一緒にいけますわね。とても羨ましいです」
「おおい!? ちょ、俺の魔力!!」
「味方を爆弾にする!? あなた、流石にそれは引きますよ」
慌てる桜香に不思議そうに顔を傾けて、真里は満面の笑みを浮かべた。
「これぐらいはしないと、あなた様の底どころか表面にも触れられませんから」
「――なっ……」
理由はそれだけで、それだけあれば十分である。
強い意思の発露に桜香をして認めるしかなかった。
健輔とは別の方向性だが、同じぐらいにぶっ飛んでいる。
この時、桜香の注意は爆発しようとしている俊哉ではなく、後ろから操る真里に向いた。
味方にこの所業、恐ろしいとしか言いようがないが、彼女は考えなしでこのようなことをやる狂信者ではない。
策はないが勝算はある。俊哉に語った言葉がこの場で真実となる時が来た。
「――はっ」
微かに漏れた笑い声。
激変する状況の中で、確かに桜香は感じ取った。
健輔がそうと決めた時のような小さな覚悟。
彼女のここまでの経験が身体を自動で迎撃に向かわせる。
「まさか、さっきの驚きようは、演技ですか」
「さあ? どっちだろうな」
勘に従い剣を振るえば、不敵な笑みを浮かべた俊哉が真っ直ぐに向かってきている。
一緒に驚愕した様は掻き消えて瞳は冷静に桜香を観察していた。
戦士の瞳。
この段階で彼は既に覚悟を決めている。かつての隆志、そして今の和哉や圭吾が持っている使い捨てられる覚悟が彼には宿っていた。
この手の人間は如何に面倒臭いかを桜香は理解している。
彼らは必ず託されたことをやり切るのだ。
「見事な覚悟です。確かに見届けました」
少しでも近づこうと伸ばされた腕を弾き飛ばして、桜香は相手への認識を改めた。
彼らは『敵』に成り得る。
「ふふ、流石は健輔さん。よく見つけてくれました」
最大の賛辞と共に、相手を見極めるために気を静めていく。
亜希の添え物でない。
認識を改めた桜香は急速に戦場のモノへと気配を切り替える。
不滅の太陽――最強の魔導師はまだ表面も見せ切っていない。
ここからが本当の勝負になる。
たった1人残った真里は唇を一舐めして、行動を開始するのだった。
身の丈を大きく超えた大剣。
印象から小回りが利かない魔導機を真里が選択したのには意味がある。
彼女は控えめに言っても天才であるが、圧倒的かと問われればノーと答えられる程度の才能でもあった。
突き抜けていない強さ。常人が想像できる範囲の天才でしかない彼女では在り方そのもので敵を圧することは出来ない。
そのための苦肉の策、ようは外見の段階から印象を操作しているのだ。
このように巨大な魔導機ならばきっと威力が高いはずだ。
逆に小回りは効かないだろう。
思い込み、認識を操るためにわざわざ用意した特別製の魔導機。
「はっ!」
「ふっ!」
桜香の剣とぶつかり、真里の剣が弾かれる。
上段からの振り降ろしと外見通りの重量を合わせた一撃を桜香の膂力が容易く凌駕してしまう。
予想通りの光景に笑うしかないが、大きく隙を晒したままにしておくわけにもいかない。
「いきます――!」
魔導機に魔力を流し込み、固定しておいた術式を発動する。
あらかじめ仕込んでおいたのは2つの術式。
1つは荷重を操作する術式。
そして、もう1つがここで重要になる。
「させません!」
真里の行動を許さないとばかりに桜香が攻勢へと移る。
即時の判断は相手に主導権を取られると面倒になると理解した上での行動だった。
この後輩は才に溢れており、確かな実力を持っているが同じくらい癖が強い。
あまり思い出したくはない先輩と行動原理に似たものを感じていた。
「その手の笑いは、あまり好みではないですね」
「申し訳ありません。しかし、性分ですので。――お許しくださいませ」
艶やかな笑みは桜香への尊敬と崇敬に溢れている。にも拘らず、真里の視線にはハッキリとした敵意があった。
まるで私が認めた相手ならば、この程度は超えろと強要するかのように不敵に笑っている。
「言葉で止まるとは思っていませんが!」
渾身の一撃。
統一系の魔力を巡らせた斬撃が真里の魔導機に叩き付けられて、
「なっ!?」
「砕けなさい、コンダクター!」
大剣が分裂して、剣が連なった姿を見せる。
意思を持つかのように動く相手の刃に桜香の顔が歪んだ。
「その魔導機、もしや!」
「ふふっ、手品ですよ。それ以上でも、それ以下でもないッ!」
真里が腕を振るうことで剣が鞭のように撓る。
魔導機による物理攻撃。
桜香の統一系による魔力防御を突破するための数少ない方法である。
ここまで見せられてしまえば桜香も相手の戦いが想像できた。
能力の全てが徹頭徹尾、対桜香を前提としている。
憧れを打破する。そんな風に優しい領域の話ではない。
笹川真里は己の心理に一切の矛盾なく桜香と敵対している。
「歪んでいますね!」
「あら、あなたがそれを言いますか!」
複雑な軌道を描く太刀筋に迂闊に踏み込めない。
桜香の能力であれば力技でも突破は可能である。
しかし、相手が考慮に入れていないとは思えなかった。
健輔が桜香の能力に対策をしているように、この相手も同じようなことを考えている。
「健輔さん以外で、このような気持ちにさせますか」
苦々しさと少量の喜びが混じった声。
自分にチームにいた可能性は嬉しいが、なんとも評価に困る。
健輔とは逆の精神性を持つ少女。
強者のスペックを持つのに比較対象が桜香しか存在しないため、戦い方が弱者であることを前提としている。
チグハグな印象を与えるのも当然だろう。
在り方が矛盾しているのだ。歪みが生まれるのも至極当然の話であった。
「まったく、こういう輩も導く必要があるんですか、真由美さん? だとしたら、リーダーというのは本当に大変ですね」
迫る剣を冷静に観察して、攻撃のタイミングを見切る。
桜香は決着を急ぐ癖があるが、彼女の継戦能力ならば急ぐ必要はない。
1つ1つの行動だけではなく戦いそのものに緩急をつける。
健輔から学んだ在り方で真里への対処を行う。
実際のタイプは正反対でも、現れた結果が健輔と真里は似ている。ならば、対健輔用の手法は通じるはずだった。
真里は天才で規格外でもあるが、常識の上を飛ぶ男と比べるとまだ甘い。
太陽が恋した男にこの程度で追いついたなどと思われると困る。
「受け止めてみましょう。私にあるのが、才だけではないと知りなさい」
黒い魔力が揺らめき、かつての七色へと戻っていく。
混沌から調和へ。
力の制御を可能とした証が、再び『不滅の太陽』を照らす。未完成だった統一系が桜香に合わせて完成に至る。底を感じさせない圧倒的な力。
不滅の輝きが再び魔導の世界を照らす時がやってきた。
活動報告で詳細はご連絡しますが、リアル多忙につきしばらく隔日更新になります。楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんがご了承のほどよろしくお願いします。




