第125話『定められた激突』
夕食を摂る合宿の面々から離れた場所。
暗い空を一筋の閃光が彩る。
天に打ち出される光は魔導砲撃の証。
休むことなく打ち出される輝きはまさに彼女の2つ名の如く輝いていた。
「う~ん、今日は調子がよくないかも」
「ん、言い訳」
「ち、違いますよ。お、女の子の日が近いだけですから! 香奈子さんだってあるでしょう! ほら、こう、なんていうか。魔導の限界的なやつです」
「嘘吐き。あなたぐらいなら、どうとでも誤魔化せる」
「ぐ、ぬぬぬ……」
あまり表情の変わらない小柄な女性。
イメージカラーは『黒』で実際に黒色の魔力を操る魔導師であった。
『破壊の黒王』赤木香奈子。
既存の魔導のルールをぶち壊した昨年度におけるジョーカーの1人である。
「でも、技術は見事。足りないのは力だけ。私とは逆」
「あ、ありがとうございます! 凄い嬉しいです!」
「努力も欠かしてない。こちらから言うようなことはない。そんなに悩まなくて大丈夫。こればかりは仕方のないこと」
「……と言われましても」
アリスははぁぁ、と大きな溜息を吐く。
香奈子の破壊系を他の系統を併用する力は昨年度の魔導の中ではまさに最強の魔力キラーであった。
桜香のような規格外を除ければ大半の相手には脅威であろう。
魔力を破壊する系統。
あまりにも物騒であるがゆえに枷があったこの系統を解き放ったのだ。
技術的にはそこまでのものではなかった香奈子が世に名を轟かせた理由なのは間違いない。
「誰でも不足はある。皇帝も例外じゃない」
「あの人、不足はあるけど、不満がないじゃないですか。俺サイコーっていう人ですよ。一言で言っちゃうと」
「事実。魔導に限るならば偉人」
「えぇ……こう、あの人のファンとか結構怖い感じなのになー」
最強の王者を誰よりも間近で見ているのに全然気にしていないアリスらしい表現ではあった。
クリストファーであろうが人間は人間だから何かしらのやり方で勝てる。
アリスの単純でわかりやすい理屈があった。
姉と同じように挑む前から諦めることだけは決してあり得ない。
「ま、いいか。それよりも、私の提案受けてくださりますか?」
王者に対する話を断ち切って、アリスは香奈子を呼び出した本題の方に話を切り替える。
ハンナと真由美からは学んだ。
最後は彼女たちと戦った黒き王が相応しい。
諸般の事情で『星光』が選べない以上は実質的に固定に等しい選択肢だった。
「残念だけど断る」
「えー……どうしてですかぁ」
あからさまに肩を落とすアリスに知り合いにしかわからないぐらいの微妙な表情の変化を香奈子は見せる。
浮かぶ感情は申し訳なささだ。
アリスからの提案、ようはコーチ依頼に応えられないことを非常に惜しんでいる。
しかし、この提案を受け入れることは香奈子には出来ない。
彼女にも彼女が守るべき矜持があった。
「私が貰うものが多過ぎる。逆に私が上げられるものは、ほぼ存在しない」
「そんなことないと思いますけど……」
「あなたの評価は素直に嬉しい。だからこそ、絶対に受け取れない」
アリスがどれほど評価してくれても香奈子の中で自分への評価が低い。
所詮は特殊な能力に頼った砲台。
如何なる状況に陥ろうともどこかで活路を掴むアリスたちと違って、香奈子は能力を失えば最後、世界では戦えない2流の魔導師に戻ってしまう。
只管に練習だけを繰り返していた、昔の香奈子に戻ってしまうのだ。
「あなたの技術は本当に欲しい。でも、対価が釣りあっていない」
固有能力へ至る心構えなどのやり方を聞きたいのは香奈子の方である。
彼女の固有能力はある日いきなり目覚めたのだ。
至れると思っていなかった彼女にとっては晴天の霹靂であった。
伝えられることは多くない。
「私は、あなたと対等でありたい」
「施すつまりはないけど……そういうことじゃないんですよね?」
「ん。プライドの問題だけど、これは捨てていいものじゃない」
静かだが強い否定にアリスが苦笑する。
やっぱりこうなった。
仕方ないが悲しいことではあるだろう。
「ごめんなさい。本当に嬉しかった」
「……そうですか。それじゃあ、仕方ないですよね。私も捨てられないですもん」
仕方ないと呟くも、背中は少し寂しそうだった。
姉や真由美と戦った姿を尊敬したからこそ、香奈子を選んだのだ。
卑下する必要などないのに、と思ったが口には出さなかった。
「じゃあ、変わりに1戦お願いしてもいいですか! 実戦から学びますので」
「ん、それならオッケー。明日から始めよう」
「負けませんからね!」
アリスはアリスのペースで強くなる。
健輔たちの奮起に関係のないペースは彼女の強さを象徴していた。
お転婆なお姫様に破壊の王は苦笑する。
自らと違い才能に溢れている姿に僅かの嫉妬心とそれ以上の興奮を感じた。
この姫が行きつく先は姉と同じなのか、あるいは――。
「ん、楽しみ」
予想を胸に秘めて、香奈子は姫の相手を務める。
快活であるが、どこか自信を漂わせるお姫様。
安定感に優れた流星を、香奈子は暖かく見守るのだった。
向けられる魔導機と冷たい視線。
前者はともかく後者は彼女がずっと避けたかったもので、現実の光景となってしまったことにただ胸が痛かった。
いつかは、と思っていたが、あまりにも唐突にやって来てしまった終わり。
二宮亜希は、九条桜香から『敵』として見られている。
「これは、どういうことかしら」
語尾が僅かに震えてしまう。
抑え込もうするが、身体は正直な反応を示していた。
震える指、平衡感覚を失って、何故立てているのかが不思議でしょうがない。
他人事のように感じている心の動きに嘲笑う自分と、この現実を受け止めきれない自分。
複数の己がいるのを感じつつ、瞳だけは逸らさなかった。
ここで瞳さえ逸らしてしまえば、今度こそ本当に終わってしまう。
この予感だけは絶対に外れていないと確信できた。
「言うまでもないでしょう。……優香に任せて、それでも猶伝わないのならば、取れる手段はたった1つしかない」
「……何を、言っているのよぉ」
泣きそうな声。
亜希はあってはならない展開に現実を直視できない、いや、したくなかった。
どれほど祈ろうと変わらないと知っていても僅かな可能性に賭けたい。
「泣こうが、喚こうが、ここが1つの終わりです。……わかりますね」
「私に、あの男の子と同じことをやれ、とそういうの?」
「私からあなたにお願いすることは、ありません。……ええ、ないんですよ」
寂しそうな桜香の笑顔に胸に痛みが走る。
剣を向けて努めて冷静な態度を取っているが、桜香が不本意であることも随所から読み取れた。
「お、桜香……私はっ」
「――言葉では、もうわかり合えない。違いますか」
亜希の発言を一言で両断する。
相手が言いたいことは桜香もわかっていた。
他に解決策はないのか、と瞳で訴えかけられている。
亜希が殊更に戦闘を恐れているのは、桜香の能力が1番発揮されるのが戦場となっているからであった。
何をしようが、どうしようが、亜希では桜香に勝てないのだ。
絶対に勝利できない勝負に乗る訳にはいかないが、残念なことに桜香の方はこれ以外の方法では意味がないと判断していた。
桜香は亜希に勝利したいのでもなく、ましてや気に入らないから踏み潰したい訳でもない。
想いを伝えて、理解して欲しいのだ。
ただそれだけのために、桜香は剣を取る。
不器用な太陽の精いっぱいの感情表現であった。
「戦いましょう。もう、それしかないのだから」
「……わ、わかったわ。受けて立ちます」
「……では、第3フィールドへ移動をしてください。審判も用意してあります。そこで、存分に語り合いましょう」
踵を翻して、桜香は進む。
背中からは不退転の意味が滲み、最強の魔導師たる威厳に満ちている。
ついに来るべき時がやってきた。
アマテラスの内紛――九条桜香が自らのチームメイトを叩き潰す。
この戦いが、桜香の決意が亜希だけに向けられたものでないこと程度は誰でもわかる。
最強の太陽にどのように立ち向かうのか。
考えたこともない命題を前にして、アマテラスの面々は固まるしかない。
「それで、あなたたちはどうしますか?」
亜希以外のメンバー、ではなく、背後に連れてきた1年生たちに桜香は問う。
健輔から面白い、というお墨付きは貰っているがそれだけで認めるほど桜香の信頼は安くはない。
この世で1番信頼する人物の言葉だからこそ、最大限の誠意を以って問いかけていた。
この状況、この流れで問われて、健輔が推薦するような人間ならばやることは1つであろう。
「戦わせていただきますわ! 私たちの輝きをご照覧くださいませ」
艶やかに微笑みのは、1年生の中心人物たる笹川真里。
桜香を前にした時はいつも壊れている彼女が今日はまともに応対している。
実際には表面だけで内面は大変なことになっているが、その事を知っているのは真里の後ろで白けた表情をしている俊哉だけであった。
「うーん、真里ちゃんがやるなら私もー」
「右に同じで。まあ、1回くらいは必要でしょうし」
やる気がなさげな声であるが、現状は正しく理解していた。
このまま進めば世界最強の魔導師と戦うことになる。
恐るべき力との対峙。
それをあっさりと飲んだことへの驚きが周囲から伝わってきていた。
「俊哉くん、あなた……」
「うん、なんですか?」
「桜香さんと戦うのに、本当の構わないの? 真里ちゃんはその、力があるわ。でも、あなたは……」
真里の才能は楓も含めた先輩たちは知っている。
変人なのは間違いないが実力は確かであった。
しかし、俊哉は違う。
楓たちベテランにも届かない力で桜香と対峙すれば、結末は分かり切っている。
「弱い、でしょ? それがどうかしたんですか」
「どうかしたって……」
「いや、前から疑問だったですけど、弱いから負ける、だからどうしたって感じなんですけど。負けたら死ぬんですか?」
「何を……」
猶も言い募ろうとした楓を俊哉の冷めた視線が留める。
やる気がないように見えるし、実際のところ左程やる気はない。
健輔たちのような高いモチベーションはないだろう。
「負けるのは嫌ですよ。格好悪いし、辛い。でも、やらないと勝つことも出来ないでしょうに。やる前から計算して、怖がる。そんなんだから、あの人を怖がるんですよ」
弱いということと負けるということはイコールで結ばれてはいない。
確率が高くなるというだけの話であり、それ以上のものではなかった。
挑まなければ0は0で在り続けてしまう。
負けはないが勝利もない。
そんな詰まらないものを味わうために此処に居るのではないのだ。
何より、仮にもアマテラスという最強のチームに所属した身分としては履き違えてはならないものがあると俊哉は思っていた。
「桜香さん、桜香さんってあなたたちの敵は他のチームでしょうが。むしろ、あの人に勝つために、真っ直ぐに向かってくることが出来る連中にその体たらくで何をするんですか。俺は、あっちの人たちの方が100倍怖いですよ」
桜香は味方だ。
よって俊哉は欠片も怖くはない。
戦えば粉砕されるだろうし、才能が追い付くこともないだろう。
怪物、という評価にも頷く。
それでも味方は味方であった。
俊哉はまだまだ未熟だが戦う相手を履き違えはしない。
敵として見るべきは他のチームであり、桜香の才能ではなかった。
「内側もまともに見てなくて、外もまとも見てない。1人相撲にもなってないですよ」
「それは……それ、は……」
「普段は良い人なんだから、少し落ち着いて考えるべきでしょう。相手に失礼ですよ。弱くても、真剣にやるのが礼儀のはずです」
言いたいことを言うだけ言って俊哉たちは桜香たちの後を付いて行く。
指摘されたのは当然のことで、アマテラスのメンバーの大半が忘れていたことだった。
強さ云々など論ずることがまずズレている。
桜香を倒すために向かってくるのは真実の意味で勇者となる者たちなのだ。
弱さを言い訳に使わずに、ありのままに向かってくる。
「……全てが、変わろうとしている」
動き出した太陽のチーム。
最強に相応しい姿となるために、生みの苦しみと向き合う時がきた。
誰もが不安と、僅かな期待を感じている。
アマテラス対アマテラスという異色の対決。
最強の言葉の意味を体感する時が、ついにやって来たのだった。




