第124話『友達』
「うんで? そっちは順調か、って聞くまでもないか?」
「どうだろうね。僕は順調だと思うけど、ヴィオラさんはどう思う?」
「順調なのではないでしょうか。私のような非才でどこまでお役に立っているかはわかりませんが」
「あらあら、ヴィオラは謙虚ね。圭吾様は褒めてくださっているのに」
「物凄い人口密度……」
「ま、まあ、交流ってこういうものですから」
1日を終えて夕食の時間。
食事などの自由時間については基本的に細かい指示などはない。
よって、チームを超えた交流を行うところもある。
シューティングスターズ、ヴァルキュリア、クォークオブフェイト、そしてアマテラスの1部だが、こうして集まることは既に珍しい光景ではなかった。
健輔たちのテーブルにはいつものメンツに加えて、ヴィオラとヴィエラの姉妹、そして端の方にはレオナがいる。
「お互い順調ってことか。何よりだよ、親友」
「だね。僕としては更に強くなった君に嫉妬するしかないけどね。一目でわかるくらいに充実しているのが癪だね」
内容とは裏腹に瞳には面白そうな色だけが浮かんでいた。
嫉妬云々の領域など圭吾にとっても、健輔にとっても大分前に通り過ぎた話である。
心穏やかに冗談として放てる程度の話題でしかない。
「良く言うよ。嫉妬だけで済ませるほど、お前は優しくないだろうに。去年の今頃、俺をボコボコにしてたのを忘れてないぞ」
「そうかな? 結構、優男って言われるんだけどね。実際、あまり戦いは得意じゃないしね。健輔みたいに適応できる才能が欲しいよ」
「何処がだよ。笑い話にもならないぞ、それ」
お互いに放つ言葉は軽い。
和気藹々と交流する姿は彼らの関係性を端的に示していた。
対等で横並び。上も下も存在しておらず、真っ直ぐに別々の目的へと足を向けていた。
必要な時にぶつかり、必要な時は協力する。
完結した美しい関係性。周囲にそれを窺わせるように気軽に交わす2人の様子を羨ましそうに見つめる女性がいた。
最高レベルの存在感を誇るのに時間帯のせいなのか、静かな輝きを纏う者。
夜でも変わらずに地表を照らす最強の魔導師。
「何か思うところでもあるの? あれを見てさ」
「真由美さん。いえ、少しだけ、羨ましかっただけです」
「そっか。うんうん、羨ましいのなら仕方ないね」
「そうですね。仕方ないと思います」
テーブルの端の方、健輔たちの座る中央から少し離れたところで憂いげな表情を見せる太陽に真由美が話しかける。
孤立している、ではないが何かと背負っている最強を真由美なりに気に掛けていた。
既に敵も味方もない以上、桜香も真由美の大切な後輩である。
「それよりも、目途は立ちそう? 隣にいる面白い後輩も含めて、いろいろと期待は持てそうだけど。いやー、面白い子だね。お姉さん、芸人かと思ったよ」
「芸人、ですか? 健輔さんからおすすめと聞いたので、その、少し話をしようかと思ったのですが」
苦笑する桜香に真由美も苦笑する。
話題の人物、笹川真里は隣に桜香がいるにも関わらず黙々と食事をしていた。
これは食事が大事、という訳でもなく、緊張から感情のブレーカーが落ちているだけである。
漂白された表情が彼女の心が此処にないことを示していた。
ただ只管に口へ物を運ぶマシーンになっている。
「ま、健ちゃん推薦なら大丈夫でしょう。これで少しは大丈夫?」
「残念ながら、マシになったレベルでしょう」
「改善には遠いよね。うんうん、よくわかるよ」
「真由美さんの決断の重さを今更ながらに痛感しています。既存のものを作り変えるのは本当に面倒臭いですね」
才能に溢れて、自信に溢れている。
常の桜香は天才を体現した人物だが、非常に珍しいことに大きな溜息には疲れが含まれていた。
滅多ことでは疲労感を感じることさえもない彼女が妙に疲弊している。
「コミュニケーションは難しいです。私もこの才能だけはありませんね」
「ま、経験則でもあるからねー」
真由美の能天気な返答に桜香は品良く笑い返す。
アマテラスが如何に面倒臭いチームかは真由美の方がよく知っているだろう。
今代はあれだけの失態を侵しているが、桜香のコントロールからは外れていない。
外れていないだけ、真由美の頃よりもマシなのだ。
最終的には力技も使えるだけ桜香は恵まれていた。
今代のアマテラスは腐敗の残骸に過ぎない。
ある程度はバッサリと掃除してくれていた真由美がいなければより悲惨な結果となる可能性もあったのだ。
「で、そろそろやっておくの?」
「白藤さんへの教導は終りましたので、明日以降はフィーネさんが引き受けてくれますし、あまり先の伸ばしするものでもないでしょう」
桜香は視線を圭吾へと向ける。
籠められた感情は複雑な色をしていた。
1番強い想いは感嘆であろうか。
「彼ほどに、亜希が強ければ何も問題なかったのですかね」
「さあ? 強いとか、弱いとか言うレベルの話じゃないしね。ようは自信を持てるか、持てないか、だけだよ」
この才女を前にして、揺るがぬ自信と確信を抱いて、隣に立つ。
必要なのはそれだけであり、だからこそ険しい壁でもあった。
「ま、隣にいる子と一緒に頑張ってくれたまえ!」
「他人事みたいに……楽しんでいますね? まったく、真由美さんのそういったところはあまり尊敬できません」
「私の趣味だから許してよ。人生を豊かに、そして楽しくするには趣味は必須だよ。桜香ちゃんもちゃんと考えておかないとダメだよん」
忠告なのか、捨て台詞なのかよくわからない助言を残して真由美は席を立つ。
最強の魔導師はお節介な先輩に一礼してから、空を見上げる。
「さて、明日はどんな1日になるでしょうか」
自分で決めても迷うのは九条姉妹に共通する癖であった。
最後の最後、行動をするところまで2人は最善を模索する。
もっと良い道があるのではないか。
結論がわかっていても可能性を探す姿は優香によく似ているのだった。
桜香が悩んでいるのと反対側では外見に似合わず次々と食事を口に運ぶ女性がいた。
大食いなどという印象は欠片もないにも関わらず黙々と食べている。
「……相変わらず、量が凄いわね」
「うへぇ……魔導師じゃなかったら体重計が怖いですね」
「レオナさん、凄すぎです」
「そうですか? これくらいは普通だと思いますよ」
そう言いつつまた口の中へと料理は消えていく。
元々大食だったのだが、魔導師になったことで拍車が掛かっており、下手をしなくても1人で5人前ぐらいは食べる。
それでいて、美貌に陰りはないのだから世の女性が魔導師に憧れるのも無理はないだろう。
何せ、魔導を極めておけば大した運動をする必要もなく体型の維持が可能であり、おまけとばかりに若さまで付いてくる。
30歳になってから死にもの狂いで魔導を学ぶ女性もいるほどにこの技術は愛されていた。
暴力的な技術という評価の割には結構な人数が学びにくる一旦になっているのは間違いない。
男が強さを求める性ならば、美を求めるのは女の性であろう。
両方を満たす魔導は確かに優れた技術である。
「私のことはいいんです。それよりもイリーネとカルラ。あなたたちはエースとして掴んだものがあるんですよね?」
「えっ……いや、ない訳じゃないですけど」
「むっ、そんな弱気じゃダメですよ。挑戦して、勝ち取りなさい」
あまり変化はないが、レオナは少しだけ得意げな表情を見せる。
先輩の何とも言えない変化に後輩たちは顔を見合わせて、唯一事情を把握している先輩は苦笑するのに留めた。
前に進んでいる。
何かをやっている、という充足感は今のフィーネには覚えのあるものだ。
長い停滞を抜け出したレオナには尚更に感慨深いだろう。
多少ハメを外すくらいは大目に見るべきだろう。
「レオナ、嬉しいのはわかったから、今後のことについて話しておきなさい」
「……は、はいっ」
頬を赤らめて、ようやく自分のテンションについて自覚する。
少しの沈黙の後に、レオナは口を開く。
「とりあえず、真由美さんのコネも使えるので、全力でクォークオブフェイトから学習します。私たちにはない、個としての強さ。1番持っているのは、あのチームでしょう」
ヴァルキュリアに課題は多くあるが、中でも最大のものは粒が小さいことだろう。
エースと疑いなく呼べるのはレオナぐらいしかいない。
そのレオナも格下には強いが格上や同格には不利な面を抱えていた。
これでは世界の頂点を狙うのは不可能である。
「わかっていると思うけど、これはかなりの方針転換になるわ。これまでの戦い方と決別する可能性もある」
「大きく弱体化する可能性がある、でしょうか?」
「そういうことです。イリーネ、カルラ。私は――上にいくことを選んだわ」
このままの方向性でもベスト8を狙えるチームには成れる可能性は高い。
いや、100%その領域にはいけるだろう。
堅実な選択肢はそちらで、このルートは博打もよいところだ。
ここまでやっても世界戦で最大の障害になるであろうクォークオブフェイトには大きく引き離される。
基礎や応用、全ての情報を晒す以上は避けられない結末。
何もかも意味のない結果となるかもしれない。
それでも、レオナは選んだ。
「勝ちたいし、負けたくない。……去年のような後悔は嫌です」
後悔の源泉は暖かく見守る先代の女神その人である。
アマテラスのように依存の領域にもいたが、ヴァルキュリアはそれ以上にフィーネに雪辱を果たして欲しかった。
彼女たちなりに真剣にやったが、心の何処かにあった甘さが最高の女神から王者になる機会を奪ってしまったのだ。
相応しい能力を持っていたのに、至れなかった原因の1つは間違いなく自分たちだとレオナは確信している。
「同じ失敗はしない。きっと、それだけが過去に出来る私なりの償いだと思ってます」
「同じ失敗なんて、格好悪いですもんね」
「同意見です。繰り返す訳にはいかないですからね」
レオナも含めて皆が愚かだった。
まずは認めないといけない。
「私たちはダメダメだった。だからこそ、まだ変われるはずです」
失敗を糧に変えて、前に進もう。
フィーネから卒業すると決めたからこそ、レオナはもう振り返らない。
少し寂しいが、別れもまた人生には付き物だった。
後ろから追いかけた日々の結末は、苦いものであったけど決して無駄なものではない。
「私たちが、私たちの失敗を無駄にしないために」
イリーネは強い口調を意思を述べる。
「戦乙女の、ひいては女神の名を汚さないために」
時代遅れの英雄に憧れた。
平和な時代、世界で戦いに邁進するスリル。
負けるのは悔しく、辛いがそれでもカルラはやめられない。
「そして、私たちに勝った者たち、負けた者たちに恥じぬように」
強者として、強くなるためにまずは自覚をする。
1人で立つのは大変だが、有り難いことに参考はいくらでもあった。
尊敬し、誰よりも近くでみた女性の在り方。
他の何が誘惑してきても、レオナだけは女神が最高で最強だと信じている。
「――強くなりましょう」
過去を捨てるつもりはないが、新生には痛みが付き物である。
覚悟は決まった。
後は進む以外に選択肢はない。
ヴァルキュリアは太陽よりも先に踏み出すことを選んだ。
この結末がどうなるのかはまだ誰にもわからない。
1つだけ確かなことは健輔が笑うだろう、ということだった。
「……時間が経つのは、早いものですね」
眼下の誓いを少しだけ寂しそうに見送る。
過ぎ去った日々を懐かしく想い、同時に今の立場を有り難く思った。
女神の戦いは終ったが、まだ敗北した訳ではない。
彼女たちがフィーネを継いでくれる限り、挑戦は続くのだ。
「継承し、そして発展させる」
瞳を閉じて思うのは、たった1つだけ。
どうか彼女たちに良き戦いを。
自分がそうだったように、かけがえのない日々になればいいとフィーネは小さく祈るのだった。




