第123話『種火』
暮稲はササラは優秀な魔導師である。
戦闘にあまり適していないという問題点はあるが翻れば魔導師としての適性、つまりは研究者としての適性では健輔を軽く凌駕しているということなのだ。
準備は入念だが最後にはセンスや運などに身を任せる健輔と違って、ササラは最後まで状況をコントロールすることを諦めない。
結果、戦闘では不利になっているのだが、性分ゆえに仕方がないとも言えるだろう。
「こうして、見ると――」
「私たちは似ている、ですか?」
「くっ!?」
まずはお互いを理解し合うために模擬戦。
もはや恒例の流れだが、ササラからすると文句を言いたい組み合わせである。
戦い慣れた健輔ならばともかく相手は初見のランカー。
名前は知っているし、バトルスタイルもある程度は把握している。
ササラの特性から考えれば悪いではないだろう。
表面上の情報だけで判断すれば正しいが、ササラも健輔たちとは付き合いが長い。
単純な戦力計算になど意味はないと理解していた。
「意図はわかるけど――!」
発動速度が速すぎて術式が感知できないため、防御が全て障壁頼りになる。
これこそが本来のレオナ・ブック。
攻撃力が低い、貫通力がない。
そんなものなどそもそもが問題とならない圧倒的な速度。
手数においてハンナすらも容易く凌駕するのが『光』である。
威力に関しても速度を優先した結果の低下であり、時間を掛ければ強力な攻撃も連発が可能であった。
同じ変換系でも横たわる格差は圧倒的。
大人と子どもの戦いで、子ども側が相手から学ぶほどの余裕があるはずもない。
「きゃあ!?」
「ハッ!」
閃光によって視界を奪い、距離を詰めての近接戦。
桜香や健輔には自殺行為でしかないために取らなかった戦法だが、レオナはこれくらいはやれるぐらいには総合力に優れている。
結果として後衛として見た場合にアリスに劣っているのは仕方がないだろう。
後衛を突き詰めた流星とそれ以外に活路を求めた光の女神。
両者の名が持つ重荷の違いが異なる選択肢を選ばせたのだ。
「風の刃よ!」
「光の刃よ」
不可視の一撃がぶつかり、お互いに弾け飛ぶ。
変換系の使い手。
彼らは魔力を別のモノに加工するプロフェッショナルである。
中でも自然現象に優れているのが、ヴァルキュリアの特徴となっていた。
初代のフィーネによって率いられて、今は2代目。
完成には程遠く、今回の合宿に参加しているチームでは下の方になるだろう。
アマテラスの体たらくさえなければ、最弱は彼女たちであった。
他ならぬリーダー、レオナ・ブックがそう判断している。
しかし、それらは総合評価だけの話であり、レオナ単体で見ればまた条件は変わっていく。
「ふん!」
「こ、拳!?」
変幻自在。
あらゆる物事を取り込めるように努力した形跡が窺える技。
似ている部分など皆無のはずなのに、ササラは一瞬だが健輔を幻視した。
センスではなく合理性を突き詰めて、似たような結論に至った両者は似ている。
「あなたの問題点は、私たちのチームが抱えるのと同じことのようですね」
「っ、わかりますか」
「わかりますとも、同じ命題を抱えていますからね」
苦笑を浮かべた顔は本音の言葉であることを示している。
選択肢が多い系統、変換系。
生誕からまだ1年という時期のせいでもあるが、確立されていない在り方のせいで最先端を突っ走るヴァルキュリアに停滞を強いている。
これは個人レベルでも全く同じであった。
ササラもまた、中途半端な万能性が足枷となっている。
「万能系を羨ましく思う時がくるとは、去年の私は微塵も思わなかったものです」
「同感ですよ! 同じだけの選択肢があれば、って何回も思いました!」
「無いモノ強請りははしたないとわかっているのですが」
連続攻撃は止まらないが、言葉も止めるつもりはなかった。
普通に戦えば蹂躙。
しかし、この戦いは普通ではない。
見守る男の思惑があり、これからのために必要なことなのだ。
ただ戦い、勝利をするだけでは意味がない。
「意地悪な先輩ですね。答えがわかっているのに、こういう風に暴力的に叩き込むことを好む」
「ですよ! でも、嫌いではないです。私たちを、信じてくれている証拠ですから」
必ず超えられると確信しているからこその試練。
半年も付き合えば本当に無謀なことはやってこないことぐらいは理解していた。
なんだかんだと優しい人たちだと思っている。
「まあ、このなんでもかんでも魔導に絡めてやるのも、どうかと思いますけど!」
「良い信頼関係ですね。人間ですから、相手に文句があるくらいがちょうどいいと思いますよ。近くにいるからこそ、見えてくるものがあります」
憧れで目を曇らせてしまうよりも、愚痴を言うくらいがちょうどいい。
近すぎて光に潰されてしまった身が発する言葉は重かった。
意味がわからないササラにも感じ取れるだけの何かがある。
「忠告、ありがたく!」
「よい啖呵です。では、ここからは技を競い合いましょうか。異国の変換系さん」
「大本には見て貰いましたから、失望はさせませんよ!」
「ふふっ、ええ、楽しみにしています」
光の剣を見よう見真似で構築する。
挑発以上の意味はない不出来な剣。
それでも、やってやれないことはない。
「胸をお借りしますよ!」
「ええ、望むところです」
先にいる先達に、全てを繰り出す。
必定の敗北に抗う姿はレオナにも想起させるものがあった。
受け継がれる不屈の念。
技術ではなく魂を受け継いだのだと、行動の端々が物語っている。
「これからが楽しくなりそうですね」
この少女だけではない。
健輔が齎すものと、自分が齎すものが魔導にどんな軌跡を残すのか。
少し胸を弾ませて、レオナはササラに『光』の神髄を叩き込む。
前に進む彼女の背中はほんの少しだけ、憧れた銀の輝きに似ているのであった。
他者に厳しく、それ以上に自己に厳しい。
停滞を好まず、前に進むことを是とする心。
真由美よりも苛烈で、炎のように燃え上がる女性。
カルラ・バルテルは自らよりも余程炎に相応しい存在に妙な感慨を抱く。
「余所見しない!」
「は、はいっ!」
練習は激しく容赦がない。
出来るだろう、やってみせろ、いや、やれるはずだ。
勝手にドンドンと高くなるハードルに心は折れそうになるが、同時に負けたくないという想いと期待に応えたいという想いがカルラを支える。
攻撃の苛烈さは期待感の裏返しであり、信頼の証なのだ。
避けてしまえば、相手を裏切ることになる。
「はああああああッ!」
火を纏い、拳を放つ。
バトルスタイルは同じ拳闘型。
属性の有無から考えれば、有利なのはカルラの方である。
やることが破天荒な葵にしては実に大人しいバトルスタイル。
データだけで見れば派手なのはカルラの方であろう。
「こんな見せかけの熱じゃ、怯えてあげることも出来ないわよ」
「見せかけじゃ――ないです!」
「だったら、もっと熱くしてみせなさいな。本気のほの字にも掠っていないわ」
掴んだカルラの拳を物凄い握力で握り潰す。
能力の全般が高度に纏まっているがゆえに小細工は不要。
このバトルスタイルは地味だが、あらゆる相手に勝機を見出せるスタイルの1つでもある。
真由美がそうであったように魔力に重きを置きすぎると格上への対処が厳しくなってしまう。
卒業した後に追い付くようなことは、葵の矜持が受け入れることが出来ないのだ。
力及ばずに敗北するのには納得できるが、手段が伴わないための敗退など御免蒙る。
何時、如何なる時であろうとも、勝機は残す。
彼女の信念がこのバトルスタイルを導き出した。
「栞里、見てないであなたも参加しなさいよ」
「は、はい!」
この場にいる最後の1人に葵が声を掛ける。
カルラという準ランカーを相手に取って余裕があるのは、両者の間にある格差がそれだけ開いていることを示していた。
見慣れたはずの先輩に威厳が漂っているのように感じたのは決して気のせいではない。
「か、カルラさん、援護します!」
「合わせていくわよ! ――付いてきなさい!」
「りょ、了解です!」
右から加速していくカルラと対照的な軌道を描き、栞里は葵を攻める。
近接格闘戦の練習だが、結局のところ栞里は葵のところに戻ってきてしまった。
いろいろな場所、魔導師を見て感じたことは先輩ほどに完成された格闘型は少ないということである。
近接魔導師ならば幾人かはいるが、格闘というカテゴリーでは葵は間違いなく世界最高峰の魔導師であった。
他のものから学ぶぐらいならば葵で十分なのである。
「やああああッ!」
「はッ!」
ほぼ初見にも関わらずカルラと栞里は素晴らしい連携を見せた。
栞里の中にあるササラとの経験は無駄になっていない。
カルラの中にあるイリーネとの経験もまた、無駄ではなかった。
回り道したカルラであるが、歩んだことには意味がある。
「はい、やり直し。ダメよ。完璧すぎても意味はないの」
「嘘ぉ!?」
「え……」
初めての共同作業にしては見事であるが、それだけではランカーには届かない。
ほいほいと牙を届かせた健輔や優香の方が例外なのだ。
これこそが本来あるべき姿。
ランカーとなった者たちとそれ以外の差である。
いとも容易く両名の攻撃を止めて、今度は葵が攻勢へと移っていく。
「戦場にマニュアルはないのよ。覚えておくといいわ。大切なのは、思考して諦めないことよ。無謀と勇気を見極めなさい」
「ガァ!?」
「カルラさん!!」
脇腹に葵の蹴りが突き刺さり、カルラから出てはいけない声が出る。
そのまま蹴り飛ばすと流れるように栞里へと襲い掛かった。
「あなたもしっかりと考えて戦いなさいな。こうやれば勝つ。ああやれば勝つ。そんな答えなんて戦場にはないわよ。どうやって勝つのかを常に考える」
バトルスタイルも結局のところは勝利のための手段でしかない。
結果が全てとまでは葵も言わないが好む手段で望む結末に至るには意識をしておく必要はあるだろう。
流されるまま、何も考えていないのでは話にならないのだ。
「体に刻んだのはあくまでも基礎。ここから先、何をするのかは自分で考えないとダメ」
「きゃあああ!?」
手を掴まれて、胸元に引き込まれる。
栞里を包み込む大きな胸に視界を遮られてしまい、周囲の状況が判別できなくなっていた。
「魔導は半人前ぐらいになったけど、戦闘はまだまだね。蹴り飛ばすのは可哀相だから――」
栞里には見えない位置だが、葵は慈母の如き微笑みを浮かべる。
可愛い後輩を抱きしめる姿は状況さえ考えなければ微笑ましくはあった。
「――接触からの魔力暴走でいきましょうか」
「ほえ!? せ、先輩っ」
基本的に魔力は発現している全系統の性質を持っており、系統とは特定の特徴を伸ばしたものになる。
よって、他者の魔力干渉などもやろうと思えば浸透系がなくても可能なのだ。
問題は効率が悪いことと浸透系でなければやれることがほとんどないことだろう。
しかし、遊びでしかないのならばやりようはいくらでもあった。
0距離からの魔力放出による過干渉。
栞里の魔力に回路に負荷を掛けるには十分であり、未熟な者にはこれだけで暴走を引き起こせる。
「じゃ、1発打ち上げるわよ!」
「い、いやああああああああああ!?」
後輩と共に葵は笑顔で閃光に飲まれていく。
練習だし、こういうのもありだろう、と普通は忌避する自爆を嬉しそうに実行する辺りが健輔の先輩たる部分であろう。
葵が思い描いた通りに2つの綺麗な閃光が飛び散り、後には地上に落ちる2人の姿が残る。
「あー、結構くるわね! なんか新鮮だわ」
気絶している栞里を抱えて笑顔で戯言を漏らす姿はクォークオブフェイトのリーダーに相応しい威容を備えていた。
藤田葵は安定を好まないが誰よりも安定している魔導師である。
停滞する己をどこに導くべきかを常に模索しており、後輩たちとの触れ合いもその一環に過ぎない。
「うーん、これは違うかな。ちょっと難しい問題よねぇ。私も1人じゃ限界かな」
健輔よりも更に破天荒な星が自力での試行から他力を視野に入れる。
合宿における転換点の1つが、ここにも姿を現すのだった。




